赤い薔薇を見た時、何で忘れていたのだろろうかってそんな言葉が最初に浮かんでいた。とっくの昔に森が太宰のことを子など見ていないことは分かっていたことだったのに。
それを持っていてくれるかいって赤い薔薇を渡してきたあの日。そして太宰が見知らぬ男につれられてきたホテルまで迎えに来た森を見た時。この人は私の保護者などといいつつも、ただ私を都合良く使いたいだけで子供として大切にしてくれるわけではないだ。とそう答えを出していた。
そうなる前から薄々分かっていたことへの答えだ。
たとえば生活態度がよくないので改ためるため家事を一通りお教えします。そう広津が森に言われて言ってきた時。敵対組織を屠るための理由がほしいから相手に怪我させられてきてくれないと言われた時。太宰は失望し、結局ただの道具なんじゃないかってそう思ってきた。
その全ての答えがその日だされて、もう期待することを止めたはずなのに太宰は再び望んでいたのだ。
それが裏切られてかなしんで、それで勝手に憎んで八つ当たりとして無関係だった男に酷いことをした。そんなかつての己を愚かだと思いながら今の己のことも愚かだと思っていた。だってそんな風に自分で傷つけた男にまた森にした期待をしてしまおうとしているのだ。
でもそれは福沢が悪いと思っていた。だって太宰を罵る処か太宰が森に期待したことの全てをしてくれるのだ。子を独り立ちさせる親のように親身に家事を教えてくれ、子を愛する親のように望むことをしてくれて、怪我も心配してはしないよう考えてくれる。何かあるなら助けようとしてくれる。そんな風にしてくれるから一度ズタボロに切り捨てられた期待でからもう一度と思ってしまう。
愚かだと思いつつ太宰はそれを捨てられなかった。
「私……、蟹の他好きなものがあるんですよね。味の素なんですけど……」
「は? それは……味の素の商品ということか、それとも調味料ということか?」
太宰は福沢が作った蟹料理を美味しそうに食べていた。それはあきらかに今まで食べてきた他の料理達とは違ったし、演技でもなかった。
どうやら本当に蟹を好きになったらしくて単純な奴だと思いながらもそんな太宰が愛しくて福沢の目元は緩んでいた。
そんな時、太宰から言われた言葉に福沢は口をあけて呆けてしまう。 太宰に好きな食べ物が他にあるとは思わなくて、何故なんて思う。ただ答えはわりとすぐに浮かぶ。昨日の件できっと太宰の心に何かしらの変化が起きたのだろう。
正直、昨日の話していた件については今でも仔細まで問いただしたい所だが、すれば太宰は見限るだろうと口を閉ざした己を良くやったと褒めてやりたい。
きっと蟹を食べさせてくれたように次の好物を用意してくれることを期待している。そうしてくれるのかを見極めようとしているのだろうが、それにしても……それで調味料をあげてくるのはどうなのだろうか。
値段は安いが難易度はぐっと跳ねあがっている。その味を活かした料理を作ればいいのだろうが、うまくいくかも分からず、福沢はそうかと言ってやることしかできなかった。少しの間、無言になる。落ちこんだ様子は今のところない。
まだ様子見、今後の私次第と言う感じで……いつまでが、期間なのかも分からないのは少々困ると言った感じであった。
早めがいいのは確かか。
誘えば来るのか、それとも何かしらの理由を探した方がいいのかも分からなかった。手探りの中、あまり太宰を悲しませ続けたくもなくて、来週にもまた食べに来ないかとそうきいていた。
ぱちくりと太宰の目は瞬いて、机の上を見る。少し悩む仕草。福沢を見つめる目は迷っている。そうしてから微笑んでいた。
「良いのですか。ではまた来週」
気付いているだろうか。太宰の笑みは少しだけこわばっている。何かを恐れている。だから福沢はそんなにおびえなくともいいのだと伝えるように微笑む。
「腕によりをかけて調理するからたのしみにして」
「……はい」
その翌日から福沢は味の素を使い毎夜調理していた。存在そのものは知っていたが、一度も使ったことがないもので初日のうちはどう使えばいいのかも分からなかった。
パッケージをみても万能調味料的なことが書かれて何に使えばいいというのが漠然としかわからない。
見た目は塩。
だからひとまず塩として使ってみたが、いつもと違う味がしつつもどこか全体がぼやけているような感じがした。塩を減らして使うことはできそうたが完全に塩の代わりになれるわけではないようだった。
二回目はその失敗を活かして味の素を使い、いつもより塩を少なめにいれた。一日目よりはしっかりとした味で、普段より食の旨みがひきたっているようなそんな感じがした。これでいいのかと思いもしたが、太宰は味の素と言ったのだからもっとその味を感じられた方がいいんじゃないかと考えた。己の料理を食べなれているからこそわかるが、そう頻繁に食べているわけではない太宰は違いに気付かない可能性も浮かんだのだ。
三日目からは味の素の味をしっかりと感じられる料理を作ることに精進しはじめた。これが中々うまくいかなかった。そもそもの味の素というのが、アミノ酸を元にしたもので、食品のもつ旨味成分と結合し味のうまみをますと言ったもので、決してインパクトのあるような味のものではないのだ。
それでも入れ過ぎたらやはり味が濃くなりへんなものになるし、周りの調味料を最低限にして、味の素の量を調整してもこれはこれでぼやけた味になる。塩梅が難しく丁度良いのを見つけたのが五日目。
豚のような腹になるのではと不安だった福沢は安心した。
それから六日目と七日目は味の素を使った料理のレパートリーをふやした。残念なことにメインである蟹で練習している間はなかったが、本当に好きになるかは分からないもの。全部に使うより好物の蟹は残しておいた方がよいだろうと考えないようにした。
そうして本番をむかえた。
今日も美味しそうですね。とにこにこする太宰は、でもその笑みに似合わない探る色が瞳にはあった。じっとみつめてから一口食べる太宰を福沢の目が見ている。咀嚼して飲み込む姿を見つめてどうだって聞いていた。太宰の目がまばたきをして口元は歪に歪んでいる。
その唇は少し震えているようだった。
ほぅと出ていきそうな吐息を飲み込んで福沢はじっとその姿を見続ける。口元が綻ぶのだけはおさえられない。褪せた目がそんな福沢を見て歪んだ。口元を閉ざしている。
もう一口を食べ始めていた。何度か無言で食べているのを福沢は己も食べつつ静かに見つめた。気に入っているのはあきらかで、でもそれをどう言葉にしていいのか分からないとそう言った感じであった。食べながら紡ぐべき言葉を探していて食べ終わっても言葉がみつからないのかその目は泳いでる。
箸を手にしたまま止まっていて、笑いそうになりながら、その姿を見守る。
「美味しかったか」
迷ってといかける。
太宰の目が福沢を映して動きを止める。それからまた深く頷いていた。
「美味しかったです」
「良かった。味の素は初め使うから口にあうか分からなくて不安だったのだ」
太宰の口元がもっと歪んでいく。嬉しいのだろうに今までみたいに笑えなくなっていて、それが愛らしいとそう思う。その姿を見つめては笑みがこぼれていくから太宰は俯いてしまっていた。
少し握りしめられた手とか、震える唇とかも可愛かった。
「折角上手く作れるようになったからな、よければまた食べに来てくれないか
いつでも来てもらって構わないから」
ねと微笑むと太宰はその目をさらに震わせる。そうして唇を閉ざしていいえというのだ。
まだ太宰の心は福足にかたむききっていない。でももう少しで落ちそうで、そうかと残念そうに肩を落としつつも上がる口角を抑えるのが難しいところでもあった。
「太宰、無茶はするなと言っているはずだが、何故お前はここで、一人倒れているのか、私に説明できるか」
見下せば太宰はあぁ~と間の抜けた顔をしてからへらりと笑っていた。だってとその口からでていく。
「秘密裏に回ってきた仕事で他の者に言うのは危険度も内容も適さなかったけど、社長は最近まで社の仕事がお忙しかったのもあって、アイドルの方も忙しくもうずっと休めていないでしょう。
これ以上仕事を遅らせて疲れさせる訳にもいきませんから私が適任かと思った次第であります。ほら、一応問題なく解決はしておりますよ。
後は別の所にいる奴らを捕まえにいくだけ。二、三時間ここで休めば行くつもりでした」
「……そもそも秘密裏の依頼がお前の元に来たのが問題だな。いつの間に軍のお偉方と仲良くなっていたのだ」
へらへらと笑う太宰は本当に悪いことなどないと思っている様子だった。一度固まったあと福沢は深いため息をついていく。じと目で太宰を見つめて一つ一つとうていくことにすれば、太宰は笑顔のまま口を開かない。
「太宰」
眉間にしわができる。さらにじっと見つめると太宰は舌をだしたあと子供のように肩をすくめて笑う。
「だって言うと貴方が怒るのが目に見えるものだもの」
「私はもうすでに怒っているのだが。太宰」
太宰の口が閉ざされてしばらくは開かなかった。辛抱強くみつめ続けてやっとその口が開く。
「半年前ぐらいですかね。探偵社の仕事か大体分かってくると偉い人に気に入られるのが正解だな。と分かっちゃたので媚び売ってしまいました」
「……」
福沢の口が閉じてしばらくの間は何を言わなかった。ふぅと吐息がでていく。
「太宰。気のせいでなければそれはわりと早い段階。私が貴君にまだ仕事を頼んでいなかったころの話ではないか」
「その通りですね。
でも大丈夫ですよ。そのころはまだいざという時の伝として気にいられていただけですから。ただ社長の元にやばい依頼が来ることか分かったので、それとなく私の元に先に情報が来るようしておいたのです。社長が今日のように忙しすぎる時は私一人でやった方がやはりいいと思ったので。
でも基本的には社長のご意志を尊重してますよ」
「基本的では困るのだが。……とりあえずそのいらぬパイプ、立ち切り……はせぬが、私の元に先に情報が来るよう戻させてもらう。
私の身を案じてくれたのは嬉しいが、私は自身が大変であることよりも部下や大切にしているものが大変な目にあっている方が辛い。
貴君は私にとっても大切な部下で守りたいものなのだから、その身を守らせてくれ」
へらりと笑おうとしていた太宰の口元が止まっていた。褪せた目は大きくなって福沢を見つめる。余程衝撃的なものだったのか、呼吸まで止まってしまったように見える太宰の姿。福沢はもう何度も口にしているのだがと困ってしまいながら、それでも何を言うこともなくみていく。
時間がかかるのはわかっているのだ。太宰の目は泳ぎつつ何も言わなかった。
「数時間後には行くと言っていたか、どうせ数時間もこうしておらねば体が動かぬのだろう。あいにく医者にはつれていてやれんが、家で手当しよう。そしてそれが終わり次第残りは私がやりに行く。
大人しく私の言うことを聞き、私に情報を渡すのだな」
褪せた目を覗き込む。太宰は不服なのか唇をとがらせてはいるものの文句は口にしてこなかった。無駄なことだと知っているのだろう。
はいと遅れて頷いた。
思っていたよりを素直で福沢の口元に笑みが浮かぶ。これならもう一つぐらい踏み込んでみても良さそうであった
「それから罰として貴君には私の家で暮らしてもらおうか。
無茶をしないよう見張っておく必要もあるかならな」
えっと太宰の口元が歪んでいく。絶対嫌だとそう言いだしそうな顔はしているものの言葉を紡ぐことはなかった。口を閉ざして少しだけ目をそらしている。
何も言わない太宰をじっと見つめつっける。拒否権はないぞとそう言ってやればさらに口はとがるものの何かを言うことはしない。そうして時間だけが過ぎていく。
時計の針が一回りしたころか、このままでは会話が終わらぬことを悟った太宰が福沢をにらむ。
「それ本当に罰のつもりで口にしておられますか?」
「ふふ。ばれたか。でも暗躍させなければ罰ともなるだろう。きつけ薬でも飲んで元気になろうとしているバカは治るまでしっかり見張っていないとな。じゃないと心配でろくに眠れんと言うもの。私の家に来てくれるな」
また太宰は口を閉ざして何も言わなくなった。
うんともすんとも言わないのをじっとみつめつつ福沢は辛抱強く待つ。実のところは太宰が嫌だというのであれば無理強いをするつもりはないのだが、言わないことをわかっているから待っていた
「どうせ拒否権などないので好きにしてください。
でも私、動けませんからね」
投げ出される体。その無防備さに少しだけ驚きながらも福沢は細い体を抱きしめていた。
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