その日、太宰は朝から内心首を傾けていた。どうにも周りの様子がおかしいのだ。そわそわしていてまともに仕事ができていない。それは仕事の鬼である国木田までもが同じではてどうしたことかと考えつつ太宰は対して気にはならなかった。
こう言う時は社長がらみであると大体相場は決まっているのだ。
新作発表、グッズ、ブロマイド、握手会。まあ何でもいいが何かしらある時。太宰は興味がないので関係なくよくやるなとそんな気持ちであった。それでも何があるかは気になっていた。場合によっては己も巻きこまれるから。
何かあるのか分かったのは昼過ぎ。
事務員が受かりましたと歓喜の声をあげたからだった。その後から次々に落ちた受かったのだと聞こえてきて、太宰はそれが存在を忘れていたライブの抽選チケットのことについてだと気付いた。そしてひとしきり全員の当落がそろうと太宰は感嘆の息をもらす。
「なるほど、中々当たらないものなのですね」
当たっていたのは全社員が応募している中で、五分の一にもみたない。応募できる上限二枚で全員応募しているが三分の二もいけないわけだ。そりゃあ太宰に抽選をするよう言いにくるわけだった。
「お前はどうだったの」
まだ当選を告げてない太宰を乱歩の目がじろりと見てくる。
「残念ながら外れておりました。ですが、私は最低でもチケットを十枚はご用意できます」
はぁってみんなの目が開いて口があいていた。
「いや~~、抽選をすると聞いた時、何もそんな確実性のないことしなくても関係者チケットを入手できるお偉い方さんにとり入って、用意してもらえる関係を築いた方が早いじゃないかと思ったんですよ。それでちょっとお食事して、お仕事について相談にのったりして、見事、複数の方からチケットをご用意していただけると約束していただけたのです。十枚は確定枚数ですので必要ならまだまだふやせます」
ぽかんと口が開いていたのは少しの間。ぶわっと世界が動きだしていた。太宰の周りに人が集まり、凄い、さすがとて褒めたて、ありがとうございますと涙をためて感謝していた。
興奮がさめやらぬ中、与謝野がう~~んと首を捻る。
「あたったのが同行いれて八人、社長のチケット三枚。太宰のチケット十枚ってことは……後二枚で全員いけるんじゃないかい」
おおっと社員が全員沸き立つ。ありがとうごさいます。と再度感謝され太宰はにこにこだったが、ふっとその笑みを途中で止めていた。国木田の様子がおかしいことに気付いたのだ。彼は喜んでいたはずなのに今は難しい顔をして何事かを考えている。
「国木田君どうかした? 君も社長のライブ行けるけど」
「いや、悪いが俺は」
「いけばいいよ、国木田。太宰お前はライブくる気はないだろう」
「あ、はい、私はまだアイドルとしての社長についてはくわしく知らないので今回はいかないかなと思っております」
ぱちぱちと太宰の目はまたたく。これは何かを失敗してしまったな。そう思いながらそれでも太宰は笑っていた。
「なら、大丈夫、太宰にまかせたからな」
「はい、お任せください」
国木田が何か言いたそうであった。でも太宰はにっこりと笑って話を終わらせていた。どうせその日の仕事がまわらなくなるとかなんとかだろう。太宰からして見ればその日一日探偵社を一人で回すことなど造作もない。それに一人でできる分気楽というものだった。他にもなにかはありそうであるもののそう難しいことではないだろうと呑気に考えていた。
それか正解であるとわかったのは福沢にその後、呼ばれてからだった
「ライブ会場の警備ですか」
「ああ、毎回、社で行ってもらっていてな次の責任者はお前になると聞いたので、会場の見取り図を渡しておきたい。他のものはまだ聞いていないのだか、誰になるか分かるか?」
「……他はいませんよ」
福沢がはっと固まる。その姿を見なから、伝えたのは与謝野と乱歩のどちらなのかななんて呑気に考えていた。いないとはと福沢の首がかたむけられている。
「その言葉の通りで、会場警備は私一人で執り行います。他の人は来られないと言うか、全員社長のライブに行くので」
「は? チケットそんなに当たっ……太宰まさか」
「安心してください。セックスは行わず会話だけで気にいられたので」
青冷めた顔の福沢ににっこり微笑む太宰。だが福沢の顔色がよくなることはなかった。
「それは良いが、
……何も全員分用しなくともいいだろう。会場警備だけでなく普通の仕事だってあるのだぞ。奴らだって分かるだろうに何故全員で……」
「大丈夫ですよ。依頼はそれまでに全て終わらせていればよい話。当日は電話対応だけできるように私の電話とと会社の電話をつなげておけばいい。会場警備も、他の警備会社から派遣はあるのでしょう。彼らをつかい、こちらは指示するだけ。問題はありません。
私なら一人でやれます。それにこれは乱歩さんに私のことを許してはもらえなくとも、認めてもらうため、必要な議式なのですからあまりとやかく言わないでほしいです。
何せ私が 社長を拉致監禁凌辱までした犯人であることを気付かれてしまっていますから。敵として見られてしまうのは仕方ないですが、少しでも仲間として扱ってもらえるよう、売れるごまは売らなくてはならないのです。
いくら私が人の輪の中に入り込む天才でも組織の中心に嫌われてしまえば、仲良くなるのは厳しいですからね。取り分けここは乱歩さんの影響が強すぎます。そう言うことなので楽しみにしているみんなに水を指すのは止めてあげてくださいね、私は一人で大丈夫ですので」
銀の目をじっと見る。さらに美しく微笑んでいくと福沢は盛大なため息をついて頭を抱え込んでいた。まったくとそんな声がでている。
「私が許しているというのに……。
まあ、そう言うことなら分かった。ただそうなると数日前から色々忙しくなるだろう。どうだ。その間私の家で世話にならないか」
太宰のロが音もなく開いた。
「夕飯を作ってやるし、風呂の準備や洗濯もやってやるから悪い話ではないぞ」
「……むしろいい話すぎるのですが、何故そうなるのですか?」
「私の所のバカが迷惑をかけているからな。私にその詫びをさせてくれ」
銀の目がじって見てくる、太宰はその口を閉ざしながらその目を泳がせていた。えっととでていく声はゆれる。
「流石にそこまで」
「そうか? ではライブが終わった後、ご馳走させてくれ。それぐらいはよいだろう」
「……ええ、まあ」
ライブ当日まで日々は慌ただしく過ぎた。
当日の打ち合わせとかで色々なところと話をせねばならなかったし、それまでに他の仕事を終わらせる必要もあって忙しい日々であった。それを何とか乗り越えて当日を迎えた。
太宰は会場の中で立ちつくしていた、
警備の配置は完了し、不審な点もなくただぶらぶらとしていた。そんな時、見付けてしまったものに目を奪われてしまったのだ。そして動けなくなってしまった。
それは大きな花のスタント。確かフラワースタンドっと言われるもので祝の席に飾られるものだ。
さすがと言っていいのかは分からないのだが、飾られるものだ。
多くの花が飾られている中で、それはひときわ目立っていた。
百以上の赤い薔薇。フラワースタンド。
その目立つ赤が目についた瞬間、太宰の鼓動は音を立てた。遠目からでもそれが誰から贈られたものであるかなど太宰には分かって、それでも驚愕してしまってそこか動けなくなった。
綺麗になったねって笑った森の声が聞えた。
幻聴である。分かっていても動けなくなった太宰を動かしたのは、どうしたのだという福沢の声であった。そこで立ちつくしてから、どれだけの時間がたったのか。それすら分からなくなりなから、太宰は福沢に虚ろな目を向けた。
だがそれは一瞬のことだった。人の姿を隠して太宰は我を取り戻す。微笑むのを福沢の目は細められ見ていた。
「素敵な花だと思ってみていたのです」
「……心にもないことを言うのだな」
隣に並んだ福沢は太宰が見ていたものを見てその顔を歪めていた。太宰が見ていた赤いフラワースタンドには二人のよく知る人物の名かでかでかと書かれている。
太宰の目は再び赤いバラをみる。
そうすると森の声が聞こえてくる気がした。それは過去の声だ。
「心から素敵だと思ってますよ。最高で悪趣味でこんなものを贈ってこれる人は素敵な性格しているなって……それとも」
太宰の口は動いて、それから閉じていた。ふぅと吐き出されていく吐息。その目は赤い薔薇だけをみている。太宰と福沢が名を呼ぶ。
目は薔薇ではなく太宰を見ている。どうしたと問う声。褪せた目が少し揺れていく。赤は色鮮やかで人の目に焼きつく。
「……それとも貴方も求めているのですか。ライブが終わった後はこの赤い薔薇をもってあの人の元に行くんですか」
太宰の脳裏には笑う森の姿が浮かんでいた。可愛いね。綺麗になったねて形だけは優しく太宰に笑いかけてくる。
どういうことだと福沢が問うてくる。薄い唇には笑みが浮かぶ。綺麗に笑えているのか不安であったが、それは杞憂であった。
太宰は今、誰より美しく笑えている。
それは人の心の中にある欲を掻き立てる類のものだ。
「赤い薔薇はあの人がよく使う合意の合図ですから。それを持っていけば申し出を受け入れたことになり素敵な夜をむかえられますよ」
この花を持っていてほしいな。そう託されたのは匂いのきつい赤い薔薇だった。貴君はと声が聞こえた。でもその続きを聞くことはなかった。記憶の中、渡された薔薇を手に立っている。その手を見知ぬ男の手が掴む。
「あいにく私はあんな男に会うきもなければ、今日は大事な用事がある」
「用? 打ちあげとかですか」
「……それもあるが、明日は約束通り食べに来るだろう。その為のしこみをしなければならぬ。実はいい蟹が手に入ったんだ。最高のものだからお前も気に入る。色々作る予定だから今日の夜から仕込むのだ」
楽しみだろう。福沢が微笑んで見てくる。つい太宰の目は薔薇からそらされていた。福沢を見てその目がわずかに歪んでいく。
「明日はお前が来てくれるのを楽しみにしているから仕事は早めに終わらせるといい。私の方も予定は早くに終わることになっている。終わらなければ乱歩におしつけていい。私が許可をだした。文句を言ってきたら締めていい」
福沢が告げていくのを太宰はじっとみつめ、それから笑みを強くしていた。そんなことしたら私が怒られるのにと肩を器用に下げながら分かりましたとそう答えている。
「貴君と打ち合わせしたいことがあったのだ。きてくれるか」
「……はい」
太宰の目はもう赤い薔薇を見なかった。
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