その日、太宰は口の端をつり上げて実に嬉しそうに笑っていた。そばにいるのは福沢だけで、その何も隠さぬ笑みを福沢は見ていた。
「うふっふ。どうも依頼内容が噂に聞く探偵社のものとしてはどれもお綺麗すぎると思っていたのですが、なるほど社長がすべてお一人でされていたわけですか。お優しいのですね。

 ……私には優しくしてくれないのですか」
 悲しいな、何て思ってもいないのだろう言葉を蠱惑的な笑みを浮かべながら吐く。その目は福沢が渡している資料を見ていた。
「優しくしてやりたい所なのだかな。どうにも貴君がいるのならどんな内容でも大丈夫だろうと思われてしまったらしい。私一人では対処できそうにないのだ」
「冗談ですとも。広域型の異能。それも部隊までそろえた相手を貴方一人でどうにかできるとは思えません。
 どうぞ私におまかせください。異能者相手であれば私は誰よりお役に立つことが出来ますよ」
 話す太宰は楽しけだ。おそらく資料を読みこんでも福沢が読みとけない何かを読みとっているのだろう。それで楽しくなる所は理解出来ぬが、それとは別にこうもあっさり受け入れてくれ、しかも自信を見せてくれるのは助かると思っていた。他の者でも受けいれてくれるだろうが、自信はでないはずだ。それよりきっと覚悟を決めたような顔をするだろろ。
 今の大宰のようにどうしようかな。など呑気には歌えないだろう。
「……太宰、作戦を立てるのはいいのだが、ちゃんと私も組みこんだものを立ててくれ」
 とても楽しそうにしている姿にこのままでは、では行ってきます、何てすぐに言いだしかねないと口をはさんだ福沢は、あせた目が見開いていく中、吐息をついている。
「やはり一人でいくつもりだったか。誰がお前一人に任せると言った。
 早とちりするな」
「え? だってお忙しい身ですし、昨日は夜遅くまで撮影があって、今日は朝早くから挨拶回りに行かれて寝むれていないのでしょう。これぐらいであれは私一人にお任せいただいても問題はないです」
 笑顔に戻っている太宰をじっと見つめる。強い自信がその笑みからうかがえてふむと顎に手をあて福沢はしばし考えていた。それからそうと吐息を吐きだす。太宰の顔をじっとみて彼の名前をつむぐ。その声はいつもより重い。
「マフィアではどうであったか知らぬが、ここでの問題がない。は怪我をしないこと含めてそう言うのだ。無論、仕事柄怪我をしないというのは無理だ。でもそうしないよう注意することは必要だ。そしてこれぐらいの怪我であれば、利益と充分吊りあいがとれると言う考え方はご法度だ。
 今回の相手は貴君と言えど難しいだろう、依頼の内容的に他の者を共に行かせることは出来ぬが私であれば問題はない。一人より二人の方がこちらの被害も少なくすむからな。だから私と二人でいく。
 作戦はそのつもりで立てろ。ついでに出来る限り怪我をしないやり方を考えろ」 
 ぱちぱちと太宰の目がまばたきをくり返した。それからため息をついている。なるほどという声は納得していないものの声であった。
 資料をもう一度読みこみ初めるのを見つめる。太宰は真剣なまなざしで資料を見てそうしてむりですと口にした。
「貴方の予定は把握していますが、今夜は仕事でしょう。明日からも色々入っている。空いている時間もあるようですが、私にも予定がありますし、何よりこの組織なら私は今晩中に終わらせたいです。今晩がもし無理だとしても二、三日のうちがいい。
 まだ自分を捕まえる行動などおこせないと高をくくっているはずですからね。でも時間がたてばそろそろ何かしらしかけてくるだろうと奴らも構えはじめます。
 だから無理です」
 笑顔はなく真剣な目が見てくる。分ってもらえますねとその目だけでも充分伝わってくる。それに対して福沢はそれなら大丈夫とそう答えていた。
「お前なら早いうちに始末すると思い今日の予定はすべてキャンセルしている。元々探偵社の仕事を優先することを絶対として仕事をしているから問題はない。だから二人で行くぞ」
 またも太宰の目は丸くなり、それからその口元は尖っていた。福沢を見て何事かをじっと考えている。そうした後に一息をつくとにいと口角をあげていた。
「でも私が作戦立案していいのですか? こき使わせてしまいますけど」
「私より貴君がこういったことは得意だろう。こき使うのも構わん。
 貴君が最善と思う手をとれ」
 不満げだった太宰の口角があがっていた。さすが社長ですと言う声は今まできいてきた中で一番機限のよいものになる。指先で口元を抑えて太宰はゆっくり考え始めた。
 と言っても見ためだけで彼の頭の中では色んな言葉が回っているのだろう。しばらくして福沢を見る太宰の目は探るものであった。上から下までじって見てくるので、少なくとも国木田よりは強いと口にしている。
「それは知っているのですけどね、どこまでできるのかと少し……。今日の敵、私が厄介なのは部隊です。それがなければすぐにでも捕まえられるのですが、あるから難しい。
 こっそり忍び込んで異能者を最初に撃破してから部隊と戦おうかと思いましたがそれも中々難しそうで、途中で遭遇して戦闘になる可能性が高い。そうなれば私一人で戦うしかないので結局二人で来た意味がなくなる。貴方のいう怪我をしないようにも無理です。
 でも考えていて思いついたのですが、貴方、異能者では確かありませんよね? だとしたら私を抱えて戦っても戦力的に問題はない。できるとこまで忍び込み、見付かった所で私を抱き戦闘。最短距離で異能者を目指すはどうかと思いましてね。まぁ、私を抱えた貴方の戦力が私以下になるのであれば使えないのですが。
 どうです、筋肉的には私を抱えて動き回れるとふんでいるのですが」
 なるほどと呟いた福沢の目は太宰の体をじろじろと見だしていた。そうしてからにんまりとその口元を上げている。
「貴君程度であれば何の障害にならん。昔は乱歩などをよく抱えて戦闘していたしな」
「それはたのもしい、では」
 ああと福沢を頷いていた。そして二人同時に、立ち上がっている。


「あの~大丈夫です」
 はぁはぁと荒い息を吐く福沢。太宰は肩に担がれたまま問い掛けていた。大きく揺れ動く肩。見えない胸も上下して深い呼吸をくり返している。そうしてから福沢は太宰の問いに答えた。
「ああ、問題はない。大丈夫だ。怪我はしていないか」
「私は大丈夫ですよ。担がれているだけでしたから。あの男さえ倒せたら降ろしてもらってよかったのに」
「それもそうだが、今後のためにどれだけ動けるのか自分でも把握しておきたくてな。どうせ今回のような厄介な相手の仕事はふえるだろう。その時このやり方は効率が良い。
 だから試しておきたかったのだ」
 ふわりと地面の上、降ろされた太宰は近くで倒れている男を見つつなるほどと頷き、それから己の手を見ていた。褪せた目はしばらくそうした後福沢を見る。そうしてでも残念ながらと音を紡いだ。
「この手はもう使えない可能性もありますけどね。だって貴方異能者みたいですから」
 はっと福沢の目が見開いていく。何をと口にする声は震えた。
「私もびっくりしたのですが、貴方にふれた時、自分の異能が発動する感じがしたのですよね。思い起こしてみれば二年前もそうだったから恐らく異能者なのでしょうね。異能によってはなかなか気付かない場合もありますから、社長もそうなのでしょう。どのようなものかは分かりませんが、もし私が触れることで影響のでるものでしたらこの方法は今回限りですね」
 福沢の目は太宰が話し終えたあとに見聞かれていた。は? 何てまた首を傾けてしまいなから太宰を見ている。太宰が言った事がどうしても理解できない。間抜けな顔をして瞬きをする
 はぁ。何て声がもう一度でていた。太宰がそんな福沢をみてそんなにのみこませんか? と逆に首を捻っている。
「いや……だって今まで一度もそんなもの感じたことはないぞ」
「そうは言われても私の異能が発動した以上は異能はあると思うのですが、発動したということは恐らく常時発動型。明日にでも種田長官に連絡して確かめてみればどうでしょうか」
「……そうだな」
 まだ信じられないものの福沢は頷いた。本当は今すぐにでも連絡してみたい所であるが、今はもう深夜。連絡するには非常識な時刻であった。
「それによっては今後は別の作戦が必要ということか。だがそうなると貴君への負担が大きくなるな」
「そればかりは仕方ない所でもあるのですがね。私の異能が使えるとなればそれはまぁ色んな所か使ってこようとするでしょうし……。猟犬もいますが、単純に異能が厄介な場合は彼らを使うより私を使った方が早いでしょうし、それに何かあっても向こうに被害はゼロですから」
「もしその考えで依頼してくるのであれば私が今すぐにでも甚大な被害を出してきてやるがな」
「そう深刻にならなくても大丈夫ですよ。貴方がいなくくてもうまいことこちらで処理しますから。
 怪我しても合法的に休めると考えればラッキーですしね」
 ヘラヘラと笑い初めた太宰を福沢しまじと見つめる。その姿にはまあ何とかなるだろう、と言った自信のようなものと、何とかならなくてもいい。と言うほのかな期待のようなものを感じられる。
「最悪な場合は依頼のことをもう一人与謝野には伝えるようにするとして、今はまだ確定したわけでもないのだ。深く考えてもあれだろう。
 とりあえず今日はしまいにして夕食でも共に食べぬか」
ひとまずは目をつぶって話題をかえる。太宰は分かりやすく嫌な顔をしたが、少し考えると首を降って頷いた。
「よかった。ちゃんとした蟹はまだ用意できてないが、蟹缶を用意してあるのだ。蟹料理を作るからたくさ食べてくれ」



おやと太宰の姿を見て福沢はその目を瞬かせていた顔には出さないよう気をつけつつ太宰の姿を見てしまう。
 太宰はと言うと他にも色々作っている中で、先程から蟹にしか箸をつけずそればかり食べている。どうにもその姿が今までと違う。人参を食べる時の顔ではないのだ。
 美味しそうと言ってしまえば語弊があるのだが、でもそれに似ったものがあるのではないかと言うような感じで食べている。
 前回は違ったが、何故今回はそんな顔をするのか。蟹というのは蟹そのものではなく、蟹料理のことをさしていたのか等と色々変えてみるが、どうにもこうにもそれでは納得できないのである。含んだものを飲みこみながらふっと太宰の目が福沢を見た。
「さっきちゃんとした蟹はまだ用意できてないと言ってましたよね。
 ということは用意しようとしているのですか?」
「ん? ああ、そうだ。近所の魚屋にいいものをいれてくれるよう頼んである。まだ連絡は来ていないが、近いうちきっと届くから、来たら共に食べよう」
 そうして問われた言葉に驚き、その言葉にどんな意味がこめられているのか考えながらもああと答えていた。どんな反応をするのかと見守る前で太宰はふ~んって鼻をならす。が、興味がないなどと言うような感じではなかった。つまらなそうな顔をしつつもその口元は少しゆるんでいる。
 一口食べる姿はやはり人参とは違う。
 ちゃんと食べているものの顔をしている。好物ではなかったはずだとしたら好物になったのか。何がそんな変化をさせたのか。
 合理を好み無駄を嫌った男のことを思いだせば何となくでも分かる気がして、喜びと怒りが同時におしよせる。おかげで子の虚ろは広がって、そしてこうして福沢との距離は近付いた。
 それは悦ぶべきことだが、その時からこれまでに続いてきた悲しみや寂しさを思うとその原因である男を殴りに行きたくもなる。
 もう随分遅いけれどせめてこれからは抱えてきた寂しさが払拭できるぐらいの優しさを与えていきたいと。
 ずっと思っていた決意をあらたに強くしていた。
 つい優しい目で見てしまうと気付いたのだろう。太宰が首を傾け変なものでも見るような目で福沢を見てきた。
「どうかしましたか」
「いや……蟹が届いたら次はどう調理しようかと考えていてな。この間のように蒸しただけでも充分旨いが、今日のように蟹玉もいいし、炊き込みご飯だって旨いだろう。茶わん蒸し、サラダや煮込み、ちらし寿司、チャーハンだってある。どうするのが一番いいかとな。
貴君は何がいい」
 驚いた顔をしながら太宰の頬は少しずつ赤らみ始めていた。分かりやすく期待を隠せてない顔。それに浮かんでしまいそうな笑みを必至におしこめてでお前は何がいいともう一度福沢は問いかけていた。そうですねとちょっと興味かないような声を出しながら太宰の目が泳いでいく。
「全部ですかね」
 そしてひたと蟹玉をみすえた末にそう言った。福沢の口元に今度こそ笑みが浮かんでしまう。
「金部か……」
太宰の目が福沢を見てくる。
 じっと見つめる目は試すものの目で福沢がどう答えるのかを探っていた。
「さすがに頼んである分ではできないだろうな。ふむ届いたらまた次の分を頼むか、その時は一杯ではなく二杯……三杯ぐらいはま頼んでおくか? 
 蟹三昧だ。たくさんお腹をすかせてきてもらわねば困るな」
見ていた太宰の目は信じられないと見間きつつも嬉しいと笑ってほほ笑んでいた。
「それはとてもよいですね。
 でも……そこまでしてもらう理由はないのでいいですよ。今頼んでしまっている分はいただきますけど、社員に施しすぎていては貴方がしんどくなります。私はもう充分です」
 それでいて手を引こうとしている。大丈夫って笑ってそこから離れようとしているのをさてどうしようかと引き止める為の言葉を探す。
 まだ太宰に下心を気付かれるわけにはいかなかった。結局それが狙いなのかと思われれば太宰のような男はすぐに福沢のことを軽蔑するであろう。こうして世話を焼かれてもいい相手とは認識をしてくれなくなり困ったことになるのだ。
 だから福沢の意志を見せすぎてはいけない。かと言って社員だからと言うのではもう通用しない。暫く考えてから貴君がそう言うのであればと一度手を引くことを決めていた。
「遠慮してもらう必要はないが、気になるのであれば仕方はないな」
 少しだけ寂しげにも見える笑みを太宰はうかべる。でもどこか安堵しているようでもあった。おそらく深みにはまらなくてすんだとそう安心しているのだろう。
 臆病でかわいらしいことだ。
 その臆病さがますます福沢を夢中にさせるのである。本人はそんなこと露とも知らぬのであろうが。
 あふれる思いを隠し太宰を見ている。
「だが今日のような仕事の時は共に食事をさせてくれ。お前に負担をかける分、何がしてやりたいのだ。頼む」
 太宰の目は福沢を見て迷う。そうしてからこくりと首を縦にふっていた。思ったよりもたやすく落ちてきてくれることへその傷の深さを感じて、福沢の胸は喜びとともに傷んでいた。
 まあ機会があればとつなげる太宰をじっと見つめた。


 その次の日、福沢は種田に電話をしていた。
 答え次第では話し合う必要がでてくるため太宰も近くにひかえさせている。
「もしもし、君の方からかけてくる何て珍しいなぁ、どないかしたか?」
「少々種田先生にお聞きしたいことがありまして」
「儂に? 何や? 太宰君のことか?」
「否、太宰のことではなく私のことなのですが……、私はもしや異能があるのでしょうか? 種田先生ならばその異能も含めて知っているのではないかと思いご連絡させてもらっています。
 もしあるのであればどのようなものなのか教えてもらえないでしょうか」
「…………はぁ?」
 電話の向こうの沈黙はしばらくつづいていた。そうしてでたのは驚きの声、混乱しているような様子。やはり自分が異能力者というのは間違いではないのかと太宰
をみるのに、太宰はその口をおさえて今にも笑い出しそうとしていた。
 何だその反応はと福沢の口が開く。
「何や知らんかったんか。儂はてっきり知っとるもんやと思ってたんやけど」
 はぁと今度は福沢から声がでた。
 けらけらと太宰が笑いだしている
「何や太宰君おるんか?」
「あ……。はい。太宰に言われて気付いたので」
「あーなるほどな。君の異能やけどな組織するにはぴったりやで。何やったら太宰君も気に入るんやないか?
 彼に直接的な関係はないけど、異能の出力を調整する……不安定で制御の効かん異能を制御するものやからな」
 ほぅと笑っていた太宰から感嘆の息がこぼれおちていた。その唇はつり上がり微笑んでいる。
「それは確かに良い異能ですね。現状探偵社に必要な者はいないでしょうが今後あらわれた時、大変やくだちます。そもそも制御できない異能というのはその力が大きすぎるということがよくありますから。隔離してしまうか、殺してしまうかしかなくなることもあります。でもその異能であれば、社長の下においておくことが出来る。
いやーすばらしい」
「はは、太宰君が喜んでいるようで何よりや。そう言うことでこれから色々頼むで」
「はい。これからもよろしくお願いします」
福沢が呆然としている問にも二人の会話は終わりをむかえていて、ということですからと太宰は言っていた。
「使えるうちは楽な手を使っていいと思いますが、もし異能の制御の出来ない者を社員にする時があれば、その時は別の手を使っていくようにしなければなりませんね。別の手と言っても私が一人でやるぐらいしかないと思いますけど。怪我した時すぐに助けだしてもらえるよう準備することぐらいでしょうか」
 にっこりと太宰が笑うのを福沢は渋面でみていた。
「……私の異能は政府には伝える、そうしてもしその時が来ることがあれば受ける依頼を制限することを伝えておく。さすがに昨日の相手のように数の多い相手を貴君一人でやるのは無理がある。相手の勢力などかみし確実に貴君でなければやばい時だけうける。話す人数を最小限にしろと言うのであれば軍からも人をだしてもらう。
 人が増えたらそう言う形にしよう」
 笑っていた太宰の顔から笑みが消えてその目は真っ直く福況を見ていた。何度かまばたきをし、そして口をあける。
「随分と優しいのですね、そんなに優しくなくてもいいのですよ」
「……優しくはない、これは当然のことだ。探偵社は怪我をすることをおそれては仕事にならない。でも怪我をしていい存在であるわけではない。だから社員がただ危ない目にあわせられないよう目を光らせている必要が私にはある。
 貴君とって怪我をしていい存在ではないからな」
 「私は……」
 太宰の口は何度か開いて閉じた。それ以上の言葉を紡ぐこともなくその目はただ下を見ていた。



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