「おやおや、葉桜を見ながらお酒を飲むなどいつのまに福沢さんはそんな風流な人になってしまわれたのです。この前、私が提案した花見の席では桜なぞただの飾りとしか思っていなかったのに。これは女の匂いと言う奴ですかね。ナオミちゃんに太宰さんも女の勘を磨かなくてはいけませんよと言われていましたが、まさか本当に必要になるとは思ってなかったので私悲しいです」
 よよよと福沢の前、太宰が手の甲で涙を拭く真似をしつつ崩れ落ちていく。ぐすんぐすんと肩を跳ねさせつつその目は福沢を見てくる。探偵社からの帰り道、土手
で酒を呑んでいた福沢はぽかりとその口を開けていた。先ほどおちょこの中にひらりと舞い降りたように太宰の頭の上にもひらりひらりと桜が舞い降りている。
じっと見つめてから口は開いた。
太宰と名を呼べば出てもない涙を指先が拭う。
「よく思ってもいない言葉をすらすら述べられるな。やはり演技の才能があるぞ」
太宰の褪せた目が福沢を見た。むうとその口が尖っていく。
「もう分かったとしても慌てるぐらいしてくれてもよいのではないですか。私は悲しんでいるのですよ。これは本当ですからね。だいぶ貴方を私色に染めたので今度は茶番劇の一つや二つ付き合ってもらえるようにしようとしているのに全く付き合ってくださらないのだから。いつもそうやって感心するばかり。
こう言う時はごめんよ。そんな者はおらぬのだって私の体の一つ抱きしめるぐらいしてくださいよ」
「それはすまぬな?」
「いいですけど。気長にやっていきますから。さすがに人前では恥しくて出来ないでしょうが、私と二人だけの時なら小芝居出来るようにこしてあげます。
なので楽しみにしてください。あ、あと乱歩さんと与謝野さんの前でも出来るようにしたいな。そしたらまた福沢さんはとか騒ぐのですが、そこが楽しいのですよね」
とにこにこ大宰が笑う。愛らしい、どう笑えば自分が一番美しく見えるのかを知っているからこそできる完璧な笑みだ。その言葉もその笑みもだから先ほど大事が名前を出した二人と騒がれるのだぞと言いたくなるものであったが、そう言う所も含めて愛しいのだと思ってしまっている福沢は口をつぐんでいた。
太宰がそんな福沢に向けてまた微笑んでいた。
すべて分かっているものの笑みだ。前で崩れていた体が立ち上がって隣に座っていく。
「それで福沢さんはどうして葉桜を見ながらお酒を飲むなどと風流なことをしていたのですか?
やはりどこぞの女のことなど思いだしていたんですか」
のぞきこんでくる太宰を見た後、福沢は上を見上げていた丁度よいと腰掛けていた木は桜の木であり、問を受けて桜の木が並んでいる。ここを通る等たまに咲いているなと思いはするが、今日は殆ど見ておらずここが桜並木であるとも考えていなかった。
おちょこに降ってきたので見上げてもう葉桜かと時期の過ぎる早さに吐息をついた。そこにやってきたのか太宰だ。
「別に桜は見ていなかったさ。前から飲んでみたいと思っていた希少な酒が手に入ったのだが、家に帰るまで我慢できなくて一杯だけいただいていただけだ」
「おやおや子供のように可愛らしいことをするのですね」
太宰が空気をふるわせて笑う。知っていただろうにと言う目でみてもどこ吹く風である。楽しそうにして、福沢が持つびんを見てくる。
「それが社長を子供にしてしまうお酒ですか、私も一つ飲みたいですね」
言い終わる前に福沢の手によりおちょこの中身は満たされ、太宰の手に渡っていた。ふっふっと口元はゆるまりおちょこの中身をのみ干していく。
「ああ、確にこれは美味しいですね。社長が赤子のように飲みたがる訳がわかります。私もう一つ飲みたいです」
「ほら」
とぷとぷと満たされる液体。太宰が呑み干すのを見届け、福沢は己の分を注ぎ飲み干していく。もう一杯と太宰が乞う。
「これ以上飲むとここに腰が根付いてしまいそうだな」
「おや、それは問題ですね」
桜の木の下、座り込む二人。まとう雰囲気は穏やかなものであった。風にゆられて桜が舞っている。
「だが酒はまだまだあるしつまみもある。桜ももうじきしまいとなるだろう。そうなる前に花見をしていくのも悪くないとは思わぬか?」
口角はニンマリと上がる。
「よいのです。また騒がれますよ」
「何それも一興と言うものだろう。違うか」
「いえ、その通りですとも」
二人の体は桜の中、どちらともなく近付いていた。福沢の手が肩にまわる。
「よいのですか」
「何よっぱらいの戯れだとでもみな思ってくれるさ」




「あの福沢さんでしょうか? 注文の品……お持ちしたんですが」
そろそろ帰ろうかとそんな話をしようとしていたころ、二人は話しかけてきた男の姿に目をまたたかせていた。その手には大量のデリバリー商品の数々、はっと福沢の口が開き、太宰は空を見上げていた。
もう暗く星が見えている。
まぁ、二人が待つはずありませんよね。夜桜見物なんて風流でいいですねと笑っている。
「はぁ。いくらだ」
「1万4820円になります」
「あ? いい分かった。たく、あのば」
「うわっ、見て与謝野さん。川原にいるバカップルで注文したのに届いてるよ」
「あー分かってたとはいえきついね」
福沢の動きが止まっていた。 青すじの浮かぶ額。口元が歪むのを太宰が見てころころ笑っている。
「おい、支払いはあのバカ共に、」
「残念財布なんて持ってきてないもんね〜〜」




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