「先生のことが好き。結婚してください」
「先生も好きだよ」
 園児服を着た小さな子供がエプロン姿の女性に小さな花とともに言葉を贈っている。女性はにこやかに笑っていいよ。大人になったらねなんて答えていた。次のページをめくると子供の面影を残した青年が好きだ。結婚してって少し老けた女性に言葉を贈っている。女性は戸惑い目を泳がせている。そんないきなりみたいな声が出ていて……。


「まあ、普通あってもこんなものだよね。幼い頃に告白して、ある日いきなり迫ってくるみたいな……。どの小説だって漫画だってこんな感じ……。
 やっぱさ、ちょっとおかしいと思うのだよ」
「椅子で寝転んでることが? いつも言ってるが、いい加減ソファを買ったほうがいい。器用なのはいいが、そのうち落ちる」 
「や、そういう話じゃないのだけど……しかも台所にソファはないだろう」
「じゃあ、台所で横になろうとするな」
 だってと蓬髪の少年はその口から吐息をこぼしていた。見つめる先には台に乗ってシンクで調理をしている少年よりずっと小さな子供の姿だった。
「諭吉はまだまだ子供なんだから一人で火を使わせられないだろう。見張り役としている必要あるから。というか別に料理してくれなくていいよ。適当にコンビニ弁当とか買うからさ」
「コンビニ弁当ばかりじゃ体に悪い。長生きしてもらうのだから、ちゃんとしたもの食べろ」
 ジャーって野菜を炒める音が聞こえている。子供の手は小さいがその動きはプロ顔負けなぐらいで手早く炒められ一品が完成されていく。
 はぁって少年太宰から吐息が溢れていた。読んでいた漫画を手放して二つの椅子の上、ごろりと体制を変える。見張りと言いつつ子供から目を離して天井を見ていた。
「諭吉は何でそんな私の世話を焼きたがるかな……」
「好きだからだが。言っただろう。一生一緒にいてくれって。
 一生一緒に暮らす大切な人なんだ。いくらでも世話を焼く。大切にする」
 太宰を見もせず料理を作っているがその声は真剣なものだった。はぁって太宰からまたため息が落ちていく。火の音が止んで諭吉が台から降りていた。用意していたお皿に盛り付けて他のものもどんどん盛り付けられていく。
「好きだからってこんなに世話やく? 諭吉小学2年でしょう。遊びたいざかり。遊んできていいんだよ。友達もいるでしょう。普通もう少し大人になってからアピールしてくるものだよ」
「友達と遊ぶより太宰といるほうが楽しいし幸せだ。
 それに普通って言うが漫画とか小説の中の知識だろう。普通昔告白されただけの人に大人になってから告白されても怖いと思うが」
「またそんなこと言う……
 いや、それはそうかもだけど……。でもどこ探しても子供に本気で告白された系の悩み相談が見つからないのだよ。だからこうして小説や漫画を見て学んでるの。大体子供に落ちてて何の解決にもならないけど……。格好良く育ち過ぎなのだよね。本当にこんなにずっと思い続けて格好良く育つかって感じ。
 まあ、でも……」
 ため息をついて話をしていた太宰の目がちらりと子供を見た。子供は炊飯器からお椀にご飯を盛り付けているところだ。美味しそうな匂いが部屋の中を満たしている。手際よく準備していて太宰がくだらない話をしている間にももう準備は整っていた。
「諭吉、ちょっとこっち来て」
 太宰の手が子供を手招きする。ひらひらと振られる手。子供の眉が小さく寄りつつもその手に近づいていく。
「もう食事の時間なんだが」
「いいからいいから」
 むうと怖い顔をしつつも自分のもとに来た子供に太宰は微笑んで、そしてその頬を両手で挟んでいた。太宰の手よりも子供の顔は小さいぐらいで大きな目が太宰を見てくる。
 すべすべの肌を指先で撫でながらもしっかりと掴んで太宰は小さな子供を見ていく。子供の銀の目は太宰だけを映していた。
「諭吉は可愛い顔をしているよね。でも大人になったらすごく格好良くなりそう。きっと引く手数多だろうね。
 それなのに今から私に決めていいのかい? 可愛くて素敵な人が君の前にきっと現れるのに」
 ねぇって太宰は子供に向けて囁いた。やめておきな。勿体無いよってそう囁きもするけれど聞いてるはずの子供は呆れた顔をして肩を落としていた。
 そんな話のために呼んだんですかって少しだけ不機嫌そうだ。
 子供の小さな手が頬を掴む太宰の手に重ねられた。
 太宰だけを映す銀の目が真っ直ぐに見ては微笑んでいく。
「俺にとって一番大切なのは貴方だ。貴方以外いらない。これまでもこれからも貴方だけが好きだし愛してる。貴方と未来永劫一緒がいい。
 貴方が俺のこの手を振り解かない限り、俺はずっと貴方のそばにいる。
 大好き」
 ギュッと握りしめられる手。太宰の褪せた目が揺れてその手が離れていく。だけど子供の手を振り払うことはなかった。
 あーーって声がして太宰の体が椅子の上を転がる。落ちそうで落ちない太宰は本当変わってるってそう口にしていた。
「親にも世間にも見捨てられたような私によくそんな言葉言えるのだよ。君のお父さんお母さんだって私のもとに来ることよく思ってないのだろう。
 あんまり言うことを聞かないでいると私のように捨てられてしまうのだよ」
 投げ出されていく言葉を子供は聞いていた。太宰の手から手を離すことなく掴んでちょっとだけ眉を寄せながらも太宰が話し終えると笑みを向けている。
「そうなったらお前と暮らすからいい。毎日家に帰るの嫌なんだ」
 柔らかく落ちる言葉。太宰の目が見開いていく。そうしてからふぅと吐息をこぼしていた。褪せた目が閉じられるのを子供が見つめた。
「馬鹿なこと言ってないで帰り給え。二人とも君の帰りを待ってるよ」
「ん。夕飯はちゃんと食べろ。明日も来るから食べてないとまた怒るからな」
 そっと離れていく手。子供は太宰を見ながら分かってると呟いて名残惜しそうにつつも太宰の側から離れていた。子供が作った料理が皿の上湯気を立てていて太宰のもとまでその匂いは届いていた。
「はいはい。わかったよ。ばいばい」
「また明日」
「……」
 去っていく子供にひらひらと手をふる。それ以上は何も言わなくて子供が家の中からでていくと太宰の手はぱったりと下に落ちていた。




 物心ついた頃、否、生まれたその時から子供福沢には記憶があった。
 それは己が別の世界で生きて……そして死ぬ記憶だ。赤子として再びこの世に産まれたとき驚きはしなかった。それよりもただ決意した。
 記憶の最後にみた初めての涙。
 逝かないでと子供のように縋っていた愛しい者の姿。
 今度こそ絶対に置いていかないのだと。ただ決意したのだ。だから朝幼稚園に出掛けるとき隣の家から出てくる愛しい者、太宰を見たとき福沢はすぐにその手を取って好きですと。一生一緒にいようと言葉にした。
 そこに躊躇うことなんてなかった。それから五年福沢と太宰は今も共にいる。




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