花が咲くのを美しいなんて言う屑が嫌いだ。
 花の匂いが好きなんて言う馬鹿が嫌いだ。
 花が嫌いだ。
 

 太宰が花生みという存在を知ったのはまだ五つの頃。それより前には太宰は花生みとして牢の中にいた。時たま引きずり出されてはやたらと綺麗な部屋で大人しく椅子に座っていることを強要される。体は縛り付けられ動くことはできなかった。そして体から花が咲いていく様をしっかり観察されるのだ。
  笑顔でそれを摘む男たち。蕾ができ花が咲くたび、ひどい痛みが走っていつの頃からか苦痛になった。
 そのうち牢から出された。
 なんでも当主が倒産したとかなんとかで太宰は売りに出されたのだ。買った男はそれまで太宰を飼っていた男とは違う男であった。そこで初めて花生みについて知った。
 曰くその身から花を生み出すもの。
 見目麗しいものが多く観賞用として高く売れる。中には寝てみたいというものもいて、金の生る木そのもの。
 牢屋に閉じ込めて死なない程度に世話していたらそれだけで大金が手に入る。その通り太宰は牢屋にずっととらわれていた。綺麗な服を着、椅子に座り花を咲かせて、その姿を周りのものに見せる。咲かせた花は捨てられ、無理矢理抱かれる。そんな生活。
 何人も飼い主は変わった。
 太宰の美が醜い奴らを争い合わせた。
 太宰は飼い主が変わるたびに人形のように飼い主の好きなようにされた。中には花喰みと呼ばれるついになる存在がいることもあった。花喰いは花生みから生み出される花を食べる者。花喰いもまた見目麗しいものが多かった。
 何人かの者たちと触れ合った太宰が分かったのは花喰いのものの言うことはすべて従った方が痛い思いをしない。花結いと呼ばれる儀式を頼まれたときは素直に頷くといい思いができる。普通なら心より決めないとできないそうだが、太宰はどうもその辺の感覚が欠如しているらしく、いかようにもすることができた。
 花結いを行った花生みと花喰いは双花と呼ばれるそうだが、そうなると優しくなる花喰いは多くて太宰にとって花喰いに買われたときはいかにして好きになってもらうかが大事なことだった。そうでありながらあまり長くは続かずに何度も飼い主は変わっていた。
 その途中太宰は森に拾われ、そしてマフィアとして生きるようになった。花生みの人形ではなくなった太宰は花生みであったこと自体を隠すようになっていた
 太宰の意思など関係なく際限なく咲きだす花を隠すのは大変であったが、それでもうまくいっていた。乱歩は除いたとしても誰一人として太宰のことを気付いていない。そのはずだった。
 そのはずだったのだ。
 太宰の目が部屋の中にいるものを見る。今夜は帰ってこないとそう聞いていた。だから少し安心して咲いた花を適当に千切り取ってはその辺に捨ててしまっていたのだ。
 誰が悪いと言えばそんな自分だと想うけど、それでも太宰にとっては目の前の光景は受け入れがたく、とても酷いもののように見えていた。
 福沢がここにいることもだが、その手が花を食べていることが信じられなかった。
 福沢の手から花がこぼれていく。太宰の目がそれを追って歪んだ。足元で踏みつけている花。つぶれてもう見る影もない。いつからとそんな声が出た
「いつから私が花生みだと知っていたのですか」
「最初からだな。花生みは匂いで分かるんだ。いつもお前からは甘い匂いがした」
 太宰の問いに福沢は答えていた。隠そうとするつもりはないらしい。床にあふれている花を太宰がさらに踏みつぶした。
「私が花生みだったから今まで優しくしてくれたのですか」
「そう思うか」
「……」
 湖畔のように静かな目だった。ただ真っ直ぐに太宰を映して問うてくる。太宰は唇をかみしめるしかなかった。
「そんなことはないですけど、でも」
 声が床に落ちている。朝咲いて切り取りはしたものの片付けるのはおっくうになってそのままにしていたもの。この家の主、福沢は明日にならないと帰らないから、そのままにして家を出てきた。咲いた後は動くのが苦しくなるのもあってそうしないと間に合わなかったのだ。
 それでも前は何とか片づけたけど今日はそういう気にもならなかった。住処であると思ってしまったのが敗因だったのだろう。
 花をそのままにしていても昼の間、気になることもなかった。帰る途中で思い出して面倒なことが残っていたと嫌になったぐらいだ。嫌なことは先延ばしにするが限るとのんびり帰って、そして見てしまったのが福沢が散らかしたその花を食べる。その姿だった。
 福沢とはそれなりに親しくしていた。
 いな、多分誰より近くで過ごしていた。大切にされ、大切にしてとても親しい関係を気付いていたと思う。
 だけど福沢が花喰いであったなどとそんなことは全く知らなかったのだ。初めてその事実を告げられてどう思っていいのか分からなくなり頭の中が真っ白になる。動けもしない。立ち尽くしてしまう。そんな状況で福沢はすまぬなとそう口に七えた
「お前が花生みだとは知っていたが、聞くことでもないかと言わぬことを選んでいた。私のことは口にするほどのこともないからいいかと。否、違うな。お前が花生みであることを嫌っているように感じられたので、言わないことにした。
 警戒されたくなかったから。
 一つ弁明させてほしいのは私はその、お前を花生みとして求めたことは一度たりともないということだ。匂いで寄せつけられたところがなかったのかと言えば嘘になってしまうがそれでも私はお前をお前として大切にしていた。お前に告げた言葉に偽りはない」
 銀の目は時折揺れ動いていた。迷うように溢れた花を見ながらも太宰のことをみていた。その目の中に収められた太宰は俯いてしまっている。
 福沢の言葉は届いて意味もちゃんと伝わってくる。嘘なんかじゃないことは言われなくても今までの日々が証明してしまっている。
 だけどそれでも太宰は今この時そうですかと口にすることができなかった。
 花生みが嫌いだ。大嫌いだ。




「私いつか福沢さんと付き合うんだって思っていたんです」
 あれからもう一か月はたっていた。あの日の花はとっくに市の焼却炉に出されている。太宰は福沢の家に泊まっているまま、部屋も同じ部屋で布団が並んでいないことだけが変わったこと。
 朝は福沢が用意して、昼はそれぞれで食べて、夜は時間が会えば二人で帰って、夕食は二人で台所に並び福沢の手伝いを太宰がする。風呂に入って寝るまでの時間を二人で過ごす。
 そんな変わりない時間を過ごしながら、二人の間、会話だけがなかった。
 二人の部屋の中無言が支配しても二人は何も言わなかった。
 そんな日々に突如落とされた言葉。福沢は少し驚きながらもそう言った太宰を見た。太宰の体に花が咲いていた。
「今まで貴方は何も言わなかったけど、私のことを好きなのはわかっていたことだし、私も……貴方が好きだったから。恋だとか愛だとか、ちゃんとわかっていないけれど、貴方に抱くこの思いが本当に好きなのかすらわからなくなる時もあるけど、……でもあなたの傍でならもう少し、貴方が死ぬまではいきていてもいいってそう思えるから。
 だからいつか恋人になるんだろうって。
 貴方ってお固いところもあるけど、朴念仁ではないでしょう。あまり言葉を話す方ではないけれど、それでも大事なことはちゃんと伝えてくれる。そんな貴方だから私は好きになれた。だからそういうことは曖昧で終わらせず、いつかちゃんと伝えてくれるんだろうなって。私が貴方を好きだと思っていることも貴方には伝わっていると思っていたから。
 だからきっといつかってそう思っていたんですけど」
 太宰が口をつぐんでいた。
 その先の言葉を言いよどむ。長い話の間福沢は一度も口をはさんでくることはなかった。太宰のことをじっと見守っている。太宰が花を見た。
「だからなんですね。お互いに理解しあっていないところで思いを通じあったとして花結いが起こるかどうかは疑問ですが、貴方はそれ避けたんですね」
 ほうとでてゆく吐息。目を閉じた太宰を銀の目が映す。
 太宰の手の中で花が揺れて、無造作に千切り取られていた。床に落ちていく花は形が崩れている。
「私もしかして貴方と恋人になれませんかね」
「お前は嫌なのか」
 口元をわずかにあげた太宰が問い掛けてくる。小さく傾く首。落ちた花を太宰の目は見ている。福沢の目にはその花は入ってこなかった。
「どうでしょう。あれからずっと考えてみたんです。社長が花喰いであったことは混乱してしまいましたが、いやとかはないです。貴方が私を私として見ていたといったように、貴方を貴方として好きだと思います。それに今更花喰いだから嫌いになれるかと言うとそうではもうないんです。私は貴方と生きていくんだなって思って、それを当然のように思っていたから。
 だから嫌いになるのは無理です」
 落ちた花を太宰の手が握り潰していた。体にはまだ花が咲いている。その花も手にしながら動きを止める。話していた口も閉ざされて、それ以上の言葉は聞こえてこなかった。
 仄暗い色をした褪せた目に、その銀の瞳を伏せながら福沢は謝罪の言葉を口にしてしまう。
「太宰。……すまぬな。お前を悩ませてしまって」
「いえ、別にそれは私のことずっと考えてくださっていたんでしょう。本当は花を食べたかったのではないですか。花喰いにとって甘い花の匂いはごちそうのようなものだと聞きます」
 否定の言葉を口にしようとしたものの福沢は言い切れずに口を閉ざしていた。太宰の喉が少し音を鳴らす。
「あれから私なりに色々考えてみたのですが、私はやはり自分が花生みであることが嫌いです。それでもその、傍にいていいですか」
 福沢の目は太宰をじっと見つめていた。そらされることのない目には迷うような様子はなかった。そして何の憂いもなくああと答えるのだ。太宰の目が揺れていく。
 口元が上がって笑みの形を作りながらそれは悲しみであった。
「やはりあなたは私にやさしすぎますね。もっとわがままになってくれていいのに」
 転がってゆく言葉。それを聞く福沢は真っ直ぐな目を向けたままに答えていく。太宰の体に咲く花は美しくて見る人に求めさせるような魅力があった。それでも太宰だけを見ている
「私は貴君といる時間が好きだから花喰いとしてではなく、ただの人として、花生みとしてでないただの貴君が好きだから二人で傍にいるそれだけで充分満足なだけなんだ。
 それにこの時間を得るために随分我儘なこともした。これ以上我儘を口にしてしまうと悪餓鬼共にまともに叱れなくなるしな」
 穏やかな声に穏やかな微笑みであった。福沢が太宰にだけ見せる特別な表情。しているから太宰の瞳は揺れて唇はまた噛み締められる。握り締めていた花の茎が折れて花がまた転がってゆく。ころころと畳の上を転がった花は丁度二人の中間で止まっていた。
「でもそうだな。もしも許されるならどうして嫌いなのかそれだけでも聞いていいか。どうして貴君は花生みであることが嫌いなのだ」
 太宰の目は花を見る。どちらからも取れる距離にある。
「そうですね。毒の花を咲かせてしまうからですね。花結いのことはもちろん知っていると思いますが、その儀式を行った後から毒の花が咲くようになるのです。それで何人も殺してしまいました。だからもう花は咲かせたくないです」
「お前に花結いができるような相手がいたのか」
「私は美しいですから引く手あまただとは思いますけど」
 少し傾く太宰の首に。自分のことを疑う様子もなく思っているのは伝わってくる。それはそうだがと言うものの福沢にはそれでも信じられずにいるようだった。
「でも貴君の方が心から受け入れられるような相手がいたなんて、正直な話私が初めてだと思っていた」
 福沢が紡ぐ。
 冗談でもなんでもなくまじめな顔でそんな言葉を口にする。太宰の褪せた目が初めて大きくなって、それから笑っていた。
「ふふ。それは確かにそうですけど、でもすごい自信ですね」
「貴君がここにいるからな。ここにいたいと思ってくれるそれが答えだ」
「確かにその通りです」
 太宰の口が答えようとしていた。何度か音もなく開き、目は福沢のことを見ていた。細い息がでていく。
「いませんよ。あなた以外に共に居たいなんて心から思えた人は一人もいません。でも心を判別するのは体ですからね。体を騙すのは簡単なことですよ。脈を上げて心臓の音を作り上げる。そうしたらもう騙されて相手を好きになるんです。心がなくても花結いは行えるんですよ。
 そうして花結いを行うと大体の花喰いは優しくしてくれるんです。自分のものになったって喜んで私を愛してくれる。反対に花結いを行わないと私のことを愛してないのかとひどい扱いをしてくるんです。
 痛い思いをしたくないから花結いを行っていたんですけどね」
 太宰は微笑んでいた。福沢はじっと口を閉ざしていた。そうだなと答える。少し間をおいてからよかったと呟いていた。
「へ」
「お前が他の者に私と同じ気持ちを覚えていないようでよかった。それならまだお前に思うのはあれだが機会があるように感じる
「機会ですか」
 太宰の口が小さく開いて言葉を零す。福沢はそうだと再び頷いていた
「心を騙せるといっても一瞬だけだろう。ずっとだまし続けているわけじゃない。そういう変化を感じ取っているだけかもしれないだろう。
 お前を怖がらせるつもりはないから確かめるつもりはない。花番になれなくてもただこうして傍にいれるそれだけで満足のもしえいる。それでももしかしたらなんてそんな夢を見ていられるだろう。そうでなくとも軍隊勤めで毒には耐性があるからあまり気にしないのだがな」
 太宰と名前を呼んだ。
 銀の目の中に太宰が移る。苦しげだった顔が今は少しだけ緩やかだった。




名を呼ばれて銀灰の目は太宰を見る。太宰は甘く微笑んでいた
「私、貴方に言われてみたい言葉があるんです」
「わかった」
 二人が穏やかに話す。そして福沢の口が一つの音を紡いだ




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