金曜日、福沢はいつもの場所で待つ。朝早くから来ているというのに気付けばいつの間にかあたりは暗くなり、そして周りの電気もポツリポツリと消え始めていた。
 確認する時計の針は二つとももう天辺を超えている。
 少女が来ることはないだろう。


 その次の日、福沢は朝早くからいつもの場所に赴いて七時ごろになると離れ会社に行った。その後会社が終わった後汗を流していつもの場所に来ていた。そこまでまた一人過ごす。
 真っ暗になって時計を見る必要もない時刻になって福沢はその場所から移動していた。

 その次の日も、次の日も福沢は朝早くに来ては時間まで過ごしてから、仕事に向かい、終わったあとは待ち続けた。
 そのどの日も少女が来ることはなかった。
 あくる日朝早く来た福沢はメモを一つ残してその場を去った。その日の夜はその場に福沢は来ない。遠く離れた西の地に出張ででかけていた。翌日も来なかった。福沢がその場に足を運んだのは四日目の晩だった。


「またせたか」
 その場について早々福沢が口にした言葉に少女はその目を見開いていた。唇を震わせて音にならない言葉を紡ぐ。何度もまばたきをしてはその場にいるのが福沢であることを確認して、また口を開くが今度も音にならない。
 酷く驚いていた。
 暫し少女が驚愕している姿を福沢は観察していた。それから行くかと手を差し出すのだが、少女はすぐには手を出しては来なかった。
「……あの、逆じゃないですか」
 やと出た言葉はそんなもので手はまだ伸ばされない。
「待っていてくれたのだろう」
「……そうですけど、でも貴方はずっとまっていてくれたでしょう」
「まあ、そうだな。だが今日は貴君が待っていた。体冷えなかっただろうか。温かいものでも食べに行くか」
 少女の顔は福沢が来てからというもの、いや、その前からずっとバチが悪いような、何かを恐れるようなものだった。そんな少女に福沢はずっと穏やかに声をかけていた。普段少女と話すときよりも柔らかに話すことを心がけて少女の目を見ていた。
 もう一度差し出す手を少女が見つめる。そして泣き出しそうな顔をしていた。何でってその口から音が溢れていく。どうしてと問われる福沢はただ優しい色を載せて少女を見ていた。
「来てくれたんです。何でずっと、待っていてくれたんですか」
 問いかけてくる声。何処か必死な声に福沢は何一つ変わらず答える。
「そう約束しただろう。私には貴君が嫌になったとは思えなかったからだから待った。貴君ならばきっとまたいつかこの場に来ると思ったし、貴君と私はまだ過ごしたかったから。貴君が嫌になったなら諦める。でもそうでないならあきらめたくなかったのだ」
 銀灰の目は柔らかく微笑んでいた。その中に映る少女は泣き出しそうな顔をしながら俯いている。貴方は馬鹿です。なんてそんな言葉が少女の口から出ていくが福沢は否定しない。
 ただ少女を見つめる。少女も福沢も二人して知っていた。来なかったこの数日、本当は近くに来て福沢がいることを認識していたことを。そのことを福沢が知っていることを。
 なんでってまた声にだしながら、少女の手が差し出されたままの手を掴んでいた。引き寄せた体は小さくて軽い。少女の頭を福沢の手が撫でていく。ほうとその口からでる吐息。少女の体が福沢の体にもたれかかっていた。少女の顔が隠れて見えなくなる。泣くのだとそんなふうに感じたが、涙で濡れることはない。それでもその体は小刻みに震えていた。
「あのね……、私もう愛されなくなっちゃったんです」
 少女からでたのは小さな声だった。福沢の胸板に表情を隠しながら少女は話す。耐えきれなくなった何かが堰を破り口から出ていた。
「私のお父さんロリコンだから、もう時期が過ぎてしまったんですよ。今まで散々かわいいお洋服が似合うよってこっちが嫌がっても送ってきてたのに、もう貰えなくなって…、だから嬉しかったんです」
「そうか」
 少女の体がさらに福沢の元に近づいてきていた。本当はもっと口にしたい言葉があるのだろうにそれはでていかなかった。柔らかな少女の髪を撫でていく。ふっと前より少しだけ感触が変わっているようなこと気づいてしまう。
 一度唇をかみしめてしまいながらも福沢は少女を見て微笑んだ。優しく少女の丸い頬を抑えて上を向かせる。目が合う中で少女を一心に見つめる。
「私は年とか関係なく貴君が好きだ。だから変な心配はしなくていい。ずっと付きあう」
 少女の瞳がまた揺れる。
 少し遅れて笑みが浮かんで福沢の体に抱きつく力が強くなる。ほうと力の抜けた吐息が少女から出てはもたれ掛かってきていた。崩れてしまいそうな体を支える中で少女は少し笑っていた。
「ふふ。なんだか告白みたいな言葉ですね」
「そうかもしれぬな」
  少女の目が柔らかな色をしていて、言われた一瞬驚き、否定しようと口を開いたものの、閉ざしては頷いていた。少女の体を抱きしめている。少女は笑う。やっといつもの笑みが戻ってきていた。それも作られたものなのかもしれないが、哀しげなものよりずっと良かった
「勘違いしちゃおうかな
 笑う少女を見る。悪戯する子供のような目をしている。どんな反応するのか楽しんでいるものの目、その目を前に福沢は少女が楽しみにしているだろう反応をしてあげることができなかった。
「してもいい」
「え」
 できたのは頷くことだけ。少女の目が大きく見開く。瞳孔まで開くのに福沢は少女に微笑んだままの顔を向けていた。
「そうなってもいいかなって思った。否、違うなそれでは貴君に失礼だ。そうなりたいって思った」
 思いのままを口にする。そうすると少女はその目を大きく震わせて、唇を開いていた。えっなんて溢れていく声。泳ぐ瞳。あの、そのなんて言い淀んで少女は福沢を見上げる。
 その目が泣き出しそうに揺れている。それでも福沢をその中心にしっかりと映していて
「……私、そういうのよくわからないんです」
 少女の言葉に福沢は頷いていた。それでいいとでも言いたげに頷いて少女に触れていく
「別に気にすることはない。年寄りの戯言だ」
「そんなに年いってないでしょう」
「貴君からみたらだいぶ年上だろう。だからというわけでもないが、何も気にしなくていい。貴君とどうこうなりたいとかそういわけではなく。ただ私が好きなのだ。それだけだから」
 穏やかに少女を見る福沢は本当にそれ以外のものなど求めていなかった。己の心一つあればよかった。そのことは少女にだって届いただろう。それでも少女は何かを言いたげに福沢の服を握りしめる。
 言葉を少し探して、苦しげに眉を寄せていく。
「……でも私もその戯言好きです」
 出た声は小さく、答えを言えないことを苦しんでいたけど、そんなのはどうでも良いことなのだと福沢は笑って見せていた。少女の体は福沢の腕の中で溶けていく。
わがままですけど、……暫くだけ答えを預からせてもらえませんか」
「ああ。いい。何気にすることはない。むしろすぐに諦めなくて言い分私にはありがたい」
 羽虫の羽ばたくような声で少女が口にした。俯くその頬を撫でながら福沢はいいとそう答えた。本心からのものだ。
「いつかちゃんとこたえをだしますか」
「待ってる」
 握りしめられる手を感じながら福沢は頷いた。




それから数年後
「……そう言ったんですけどね、ごめんなさい。答えだせませんでした」
 少女が福沢の前で笑っていた。悲しいのを隠そうともしない泣き出しそうな笑みだった。そんな少女を福沢は見つめる。出会ってから数年、何時だって待ち合わせの日は口頭だった。この日なら開いてるはずと別れ際に少女が伝えてくる。その日に合えなければ会える日まで待つ。そうして続けてきた関係。
 だけど今日は違った。
 昨日の夕方明日いつもの場所にきてほしいと連絡が来たのだ。少女に自分の連絡先は伝えていたものの、少女のものは知らなかった。見知らぬ番号から来た連絡にそれでも福沢はそれが少女のものだとわかった。
 そして何かがあったのだということも。もしかしたらこの関係が終わるかもしれない。そうわかった上でここまで来ていた。
 そしてそれは正解で、
「違うな……。でたんですよ。でももう言えないなって……。
 私婚約しろって言われたんです。誰か分からないんですけど家のために婚約しろって。変態で嫌な人ですが、捨ててしまえるほどでもないんですよ」
 少女の声がどんどんか細くなっていく。そうかと答えた福沢の声も弱々しいものだった。
「会うのもこれで最後になります」
 少女が苦しげに音を吐く。心は納得していない、それでも選んでいるから福沢は文句など言えなかった。悲しみを押し込んで最後のこの時間を過ごすのだと少女に問いかける
「そうか。どこかいきたいところはあるか」
「何処にも行きたくないです。ただ貴方のそばにいたいです」
 少女の手は福沢に伸びていた。シガミツイてくる体を抱きしめながら私もそれがいいと最後の願いを福沢は口にする。腕の中の少女は震えている。福沢の熱い手がその震えを抑えようとその全身に触れていた。
 わがままを言わせてと少女が願った。良いよと福沢が答えれば少女はその目もとを赤くさせてたった一つの言葉を口にする
「好き。……好きでした」
 それはずっと聞きたくて待っていた言葉。やっと聞けた言葉に歓喜で体を震わせて抱きしめる腕を強くしていた
「そうか。私も好きだ」
「ごめんなさい。今更言ってしまって」
「否。私は言ってもらえて嬉しい」
少女が腕の中で泣く。福沢はその涙を拭ってあげることもできずに抱きしめて泣いていた。もっとそばにいたいってそんな心を伝えることはできもしない。
 だから二人夜が訪れるまでその手を離すことがなかった。


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