「貴方は」
 見開いた目。震えた唇が問う。何がどうなっているのか全く分からなかった。ただ一つ分かるのはああ、きっとこれで助かるのだというその事実だけだ



「ここは」
 目を開けると見えたのは天井であった。恐らく見覚えはない。一度混乱したもののすぐに昨日のことを思い出し、ここがどこなのかも思いだした。ここは福沢諭吉とか言う男の家であった。太宰は昨日のジイドとの一戦後、織田作とともに突然乱入してきたその男に引き取られていたのだ。
 もう行く場所などどこにもなかったのでいいのだが……、ただあの男は何なのか。こんなことをして何の意味があるのかそれが分からなかった。
 どうやら織田作はあったことがあるようなのだが、それが原因とも思えない。何せ織田作を見てあの男は驚いていたのだ。分からないことだらけで再び考えてしまうものの面倒で今日もまた投げ出してしまうことにした。そもそも昨日さんざん考えても答えが分からず、いやになり寝たのだ。今日になってわかるはずもなかった。
 助けに来た男と話せば別だろうが、男の方は男の方で織田作の手当てをするとさっさとどこかに出掛けてしまい、朝になっても帰ってきていない。
 太宰がマフィアであることを知って何やら考え込んでいたから、その件について誰かに相談に言っているのかもしれない。悪いようにはしないと言っていたがどうするつもりなのか
 大事なものをマフィアに置いてきてしまったので男の言うとおりにする気はさらさらないが少し気になってしまうところだ。見届けてから出ていってもいいかもしれない。そんなことを考えながら太宰はたちあがった。
 まだまだ布団の中でごろごろしていたいが、別の部屋で寝ている織田作のことも気になる。怪我は男とともに来た女医の異能で治ったようだが、織田作には子供のこともある。塞ぎこんでいないといいがと気になりながらふすまを開けた。
 確か織田の部屋はと昨日覚えた間取りを浮かべる。そんな時だった。太宰と前から声が聞こえてきたのは。
 振り返るまでもなくそれは織田作の声でああ、起きていたのだと少し肩を落とす。おはようと言おうとした太宰は織田作の姿を見て、声を無くしていた。戸惑ったような顔をした織田作の手には見慣れた日本人形が握りしめられている。きらきらと朝日を受けて輝くその銀髪の髪は間違いない。
 何でとでていく声。
「台所に行ったらいた。どうやら朝食を用意してくれていたようだが、食べるか」
 受け取った人形はしっくりと手になじむ。何度も抱き上げてきた重みは変わらない。間違いなく太宰の人形だ。織田作の話を聞き、手の中の人形をどうしていいのか分からないけど、ただマフィアに帰る理由がなくなってしまったことが分かる。
「どうする」
 もう一度織田作に問われる。太宰は人形を見る。ここ数年、ずっと自らの周りのことを任せてきた人形だ。その食事はもちろんおいしいことも知っている。ンと頷くとそうかと織田は言ってこっちだと台所に向かった。ついていこうとしたが思いとどまって太宰は人形を自分の部屋に戻していた。タンスの中に隠してから台所に向かう。
 いけば既にすべての準備が整っていた。織田作がついているのとは別の席につく。何を話していいのか分からなくてただ手を合わせて二人して食べ始めた。太宰にとっては食べなれたいい味なので次から次へと食べていくが、一度食べただけの織田作は何処か食べづらそうにしていた。
 黙々と食べていく中で最初に口を開いたのは織田作であった。太宰と声をかけてきた織田作。そして問う
「俺たちこれからどうなると思う」
「さあ。あの男がどうするつもりなのかにもよるから何とも言えないね。懲罰覚悟でマフィアに戻るか。それとも懲罰を恐れてマフィアから逃げるのか。まあ、戻ってもどうせしあるのみだろうから、選択は一つだろうけど、その選択肢だってこのままあの男の手を取るのか、それとも二人で逃げるのか。
 どうしようか」
「あの男はどうするつもりだと思う」
「さあ? 正直あの男に関しては全く読めないのだよね。武装探偵社と言うのも正直聞いたことのない組織だし、あの場所に現れた理由も分からない。森さんにだって想定外のはずで本来ならあそこに来るべきはずの人ではなかったと思う。それがどういうつもりなのか上がってきて何かしようとしている。でも情報が少なすぎて私に読み取れることがあまりない。
 一つ分かるのはこちらに危害を加えるつもりがないということだ。
どうしてかすらわからないけど、何かしらこちらにとっていい提案をしてくれると思う。けど、どうなのだろうね。それに乗っていいものか
 それとものるのはやめておいた方がいいものなのか。情報がたりぬというのはやはり落ち着かないね」
 太宰はそう言って笑ってみる。けれど実際のところ、太宰が思い悩んでいるのは情報が足りないことではなかった。人形が作ってくれた料理を食べる。何度も食べなれたそれはどう作っているのかすら想像もできないが、とても美味しいものであることは変わらなかった。
 ふうと落ち浮いていく吐息。
 どうしようかともう一度口にする。織田作の方もそうだなとその口元も尖らかせていた。じっと太宰を睨んでいた。
 また二人の間には沈黙が流れていく。
 どれぐらいたっただろうか。それが敗れたのはどちらの声でもなく玄関の扉が開く音がしたからであった。がらりと開いた扉。二人とも一度ピクリと体を動かしながらも元に戻り食事を続ける。そうしているうちに居間の襖も開いていた。入ってきたのは昨夜二人を助けた男。二人の姿とそして食べているものを見るとその顔にわずかな驚きをのせていた。手元には風呂敷があり、何かが入っているようだ。時間的に見ておそらく朝食でも買ってきているのだろう。
 織田が頭を下げ食材を使ったことを謝る。太宰はわれ関せずと食事を続けていた。
 否、いいがと男が言いながら二人の姿を交互に見ている。そして空いている場所に座っていた。昨夜は大丈夫だったかと男が問う。答えるのは織田で助かったとまた頭を下げていた
「気にすることはない。それより貴君らのことを異能特務課の種田長官に相談したのだが、貴君らが私か種田長官のもとで働くのであれば身を隠す場所や日のもとで生きていく場所を与えてもいいと言っていた。貴君らは今後どうするつもりか決めてあるのか」
 男の目が太宰と織田を見る。
 その目を織田は見返しながら太宰におまえはどうしたいのだと聞いていた。太宰はその言葉に織田を見て……。それから机の上に視線を落としている。
 ほうとでていく吐息。
 男を一度見る。
 男はずっと太宰を見ていた。真っ直ぐに見つめてくる目。その目は銀の色をしていて、そしてその髪は輝くような銀色だった。
「織田作の方がどうしたいとかあるんじゃないのかい」
「俺はいい。お前が選べ」
 織田作の声は静かなものであった。太宰の口が閉じてそれで吐息を出して、私はとその口を開いた。
「異能課に行くつもりはないよ。だってあの人色々とこき使ってきそうだし、そもそもお役所はお堅くて嫌。安吾もいるし……
 なので」
 一度閉じる口。もう一度吐き出される吐息。目は一度だけ男を見る。男は変わりなく太宰を見ているそして
「マフィアに追いかけられるのも面倒です。
 なので貴方の下で働きます。
 貴方の力は昨夜充分見ましたしね。あれほど強いのですから貴方の下にいれば森さんもそうそう襲ってこれないでしょう」
「そうか。では今後のことは追って話そう。とりあえず今は朝食を食べしっかりと体を休めよ。私もまたしばらくしたら貴君らのことを伝えに出掛ける」
 太宰の目は男を見る。だがすぐにそらされていた。
 銀の髪が揺れる。



「私はどうしたらいいのだろうね」
 ほうと朝食終わり男がいなくなった部屋で太宰はつぶやいていた。聞く人はいない。織田作は少し休むと言って部屋に戻っていた。太宰もそうしていたかったのだが、部屋に戻るのも気が進まなかった。太宰の部屋には今、あの呪いの人形がある。拾ってからと言うもの太宰の家で太宰の世話をし続けた人形。人を殺すという呪いの人形が何故そんなことをするのか。
 太宰を世話してどうするというのか。
 面倒になって途中で考えるのを止めたことをもう一度思いながら、太宰はため息をついた。
 人形との暮らしは悪くないものだった。否。とてもいいものだった。楽ができるのもそうだし、人形からは悪いものは感じなかった。むしろ心地よいものを感じて、人形があるとよく眠れた。手に戻ってきて安心したのだが、それと同時に今は共にいていいのか分からない男の姿を思い出してしまった。
 銀の目、そして銀の髪。
 癖の強い髪質に鋭い眼もと。
 それは人形の姿とうり二つであった。
 はあと太宰の口から吐息だでる。
「なんだというのだ。なんであんなに」
 



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