気が緩んでいたとか、もう何日も寝てなくて休みが欲しかったとか、色々あるけれどその日その時、石に気躓いたことを一生笑いものにされることになった。
 何せ犯罪者にかけようと手にしていた手錠がかちゃんと嫌な音を立てたのだった。
 生前どんな罪を犯したらこんなミラクルヒットが起きるのか。支えようとしてくれた男の手と手が繋がっていた。


「ふーーん。それで社長は私に迎えに来させたと。休みで一人寂しく眠っていた私を叩き落して」
 笑顔が怖い。にこにこ凄く美しい笑みで笑っているのにその笑みが怖い。狭い車の中俺は縮こまってミラー越しに見える笑顔を見ないようにした。なんならすぐにでもドアを開けて飛び出したいけど、それをしようにも手錠で繋がれていて無理だった。
 あろうことか俺が手を繋いでしまった相手はあの武装探偵社社長、福沢諭吉だった。
 何でそんな男と繋がってしまったのか。
 今すぐにでも過去に戻ってこけそうになる俺を蹴飛ばしてやりたい。が無理だった。もしくは今日の朝、上司から厄介な相手だから最新式の手錠を持っていくように言われその通りにいうもと違う手錠を持てきた俺を蹴飛ばしたい。それか手錠につながれた後、鍵を焦って取り出し、川におとした俺の頭をはたきたい。
「切れないのですか、その手錠」
「高すぎるそうだ。今他の者たちが鍵を必死に捜索している。見つからなくとも明日になれば予備の鍵が届く。
 それまでは我慢してほしいと」
「へえ。そうですか。ほう。でも鍵を落とすなんて間抜けにもほどがありますね。本当に軍人ですか。その前にこけるのがもう情けない。君、母親の体内からやり直したら」
 笑顔だ、笑顔は何一つ変わらないままだ。いっそいかつい顔でもして言われた方がどれだけましだったか。
 言葉も空気もブリザードのようだったのに笑顔だけは美しくて恐ろしいにもほどがある。
 あれ、この人こんな感じだったか。ちょっと変なところはあるもののあの武装探偵社の中では断トツ付き合いやすいというか、いつもニコニコしてくれていい人だと思っていたのに。
 いや、俺が悪いだけど。
 でもこんな怒るか。繋がれている福沢さんさえさほど怒らなかった。手錠をガン見した後、五分ぐらいしてため息一つ。仕方ないかってそう言っただけ。顔は怖かったけど。その時よりずっと太宰さんの方が怒り続けている。まるで親でも殺してしまったかのようだ。
「すまぬな。朝から機嫌が悪いのだ」
「休みに仕事に行く誰かさんのおかげでね。敦君が待機あったから彼でも十分だったのに」
「否、聞く限り不安要素は大きかっただろう」
「知りませんよ。もう福沢さんの家に行きますから」
 何故かわからないが太宰さんはますます不機嫌になっていた。そしてアクセスを全開に踏み込んでいて、車が急発進する。景色が変わる。
 体が引っ張られるような衝撃に思わず悲鳴が出た。

「はい、ついたよーー」
 明るい声が聞こえたのは聞こえてはいけない時刻だった。
 取りもののあった場所から資料で見た福沢さんの家まではまだもう少し時間がかかるはずだった。ついていてはいけないはずだがついている。
 どれだけ飛ばしたのだろうか。酷い時間だった。
 パトカーでやったら間違いなく炎上ものだろう。なのに一回もクラクションを鳴らされていない気がするのはどうしてだろうか。軍である程度鍛えられたはずの三半規管は壊されまともに歩けやしない。
 それなのに手錠で繋がれている福沢さんは平然としていた。
「すまぬな。こやつの運転は荒くて」
「貴方も同じようなものでしょう」
「私は時と場合を使い分けている」
 荒いですんでいい問題ではないし、こんな運転をしていい時とはないんじゃないかと言いたいが、口を開くことはできなかった。普段でさえ福沢さんに意見するなんて恐ろしくて無理だろうが、今は口を開いただけではきそうであった。むしろ吐いた。
 頭の中でガンガン音が鳴り響く。体を支えてもらってもたっているのがやっとで視界もかすんでいた。足の感覚すらない。
 ふらふらしているが、横から振動がきているのはすこしわかった。見れば微かな視界に福沢の足をけっている太宰さんの足が見える。前から気になっていたが、上下関係どうなっているのだろうか。そんなこと俺が上司にしたら下手したら首を斬られるのだが。
 福沢さんは気にせず、家の中はいっていた。
 ああ、これで太宰さんとおさらばだ。よかったと胸をなでおろしたのは一瞬、何故か案内されたいまの中には太宰さんもいた。
 馬鹿あほって福沢さんを罵っている。
 横になっていたら楽になるだろうと座布団を枕に横にされたのだが、酔いが取れてきた今どうしていいかわからん。目を開けたくない。しかも私も疲れたとか言って福沢さんも横になるし。馬鹿って太宰さんが怒っている。
 なんかぱちぱちと変な音も聞こえてくる。どうしても気になってしまって薄眼で見ると太宰さんが福沢さんの頭を叩いている。よくやれるな。上司だろう。怒られないのかって思ったけど、福沢さんは怒る様子はなく、お前も眠れって太宰の手を掴んでは転がしていた。手錠で片手を塞がれているとは思えないほどの鮮やかな手つきで、体が動くことはなかった。
 振動が伝わったのは何かが福沢さんの上に乗ったものだけだった。恐らく太宰さんの頭。それが福沢さんの腹の上にでも載ったのだろう。否、どういう状況だこれ。これ上司と部下の距離か。下手に何かを言ってはいけないということぐらいしかわからん。
 もういい、寝よう。

 人と言うのはどうしてずっと眠ることができないのだろうか。でも疲れていたのもあってかなり寝ていたようで薄目で見られる世界は暗くなっている。
 後ろからは二人の話声が聞こえてくる。
「太宰。頼むこっちに来てくれ」
「やですよーー。今日は私と猫ちゃんだけでラブラブするのです。他の人と仲良くしている福沢さんは仲間に入れてあげないのです。
 うふふ、気持ちいいですね」
 にゃーーと猫の鳴き声が聞こえてくるう。どうやら軍警の間で噂になっている福沢さんは猫が好きと言う話は本当だったらしい。知りたくは別になかったけど。
「かわいそうな福沢さん。私がいないと庭の猫にさえ触らせてもらえないのに。今日は一日触ることができませんね。猫の姿も見せません。声だけです」
 どういう状況なのか。と言うかこの家の力関係がいまいちわからん。もしかして太宰さんが一番偉いんじゃないだろうか。分かりたくはないが考えてしまう
「起きたのか」
「いえ、ま、はい、おきました」
 気づかれてしまった。そして変な声が出てしまった。思わず否定しようとしたが、できなかった。まあ当然である。
「丁度良い。夕食にするか。何がいい」
 福沢さんが起き上がれば俺の体も必然的に起き上がる。来る前にはろくに見えなかった福沢さんの家がみえた。こう見かけによらず物が多い。しかも統一感がない。なんかファンシーなものが多かった。なんだろうか社員に持ち込みしているのだろうか
「蟹がいいです」
「分かった。すまぬが、ついてきてもらっていいか」
 部屋を見ているすきに福沢さんの問いには太宰さんが答えていた。なるほど太宰さんも夜ご飯を食べていくのか。そして遠慮がない。むしろ蟹あるのか。いいな。安月給とはえらい違いだ。
 そしてこの状況で福沢さんが作るのか。まじか。
 台所は見た目は普通だった。だが器具やお皿がおかしかった。どうそろえたのかわからないが、ファンシーな絵柄のものや変な絵柄のものなどがある。やはり統一感はない。
 なんて見ている間にも福沢さんは調理をしている。何かできるかとは聞かれたので正直に台所に立ったこともないと伝えていた。軍人だしなと言われたが、軍人をなんだと思っているのか。まともに自炊している先輩や同僚もいるというのに。
 俺はできないので何もしないで張り付いている。
 福沢さんは自炊をちゃんとしているのだろう。手際もとてもよかった。もうすでに下準備と言う奴は終えて鍋に火をつけようとしている所、なんだけど、
「福沢さん、私〇〇のラーメンが食べたいです。今日は出前にしましょう」
 そんな声が聞こえてきた。自由か。もうほとんど準備できているんだって。作り出しているんたって。流石にあきれ、福沢さんも怒っているだろうと思ったが、険しい顔立ちこそしていたものの聞こえてきたため息は怒っているもののそれではなかった。
「分かった」
 え、許すの。許しちゃうの。嘘でしょ。マジか。え、片付け始めてる。乱歩さんとてもすごい人だけどそれにしても傍若無人過ぎるだろうと思っていたけど、そうか、あれはこの人が作ったのか。この人が甘やかしてきた結果か。そうやって甘やかすからみんな苦労するんだぞ。

 夕食はラーメンだった。多くは語るまい。太宰さんが食べにくいでしょうと福沢さんにあーーんをしていたとか、太宰さんは半分も食べていなかったとかもう言うまい。
 それより俺は大きな問題を抱えていた。
「すいません、そのトイレ」
 これぐらい照れても仕方ないだろう。普通に言おうと思ったのにまごついてしまった。太宰さんは固まり、福沢さんは頷いていた。
 行くかと言う声はあまり変わらないが、何でかわかってしまった。この人凄くほっとした。俺に言わせようと我慢していた。言ってくれよ。俺も限界まで我慢したけど。
「一緒に入るんですか」
「そうでなければできんからな」
 太宰さんの視線が痛い。刃物と言うよりもはやチェーンソーのようだ。なぜかついてくる太宰さんはずっと福沢さんの足をけり、背を叩いている。お風呂は今日は我慢しよう。入ったら最後俺にまで攻撃が回ってきそうだ。軍人だから風呂に入らないことには慣れている。
 トイレにはいた後は福沢さんがもう寝るかと言った。精神的にくたくたでしかも男の尊厳もボロボロにされた俺は大賛成ともろ手を上げて喜んだ。
 寝室に言ったのだが、何故か太宰さんも一緒だ。
 三人それぞれ布団の中に入る。手錠で繋がれていてほぼ同じ布団の中の俺には太宰さんが福沢さんの足をけり続けているのが伝わってきていた。こう攻撃されてなんで怒らないのだろうか。気になりすぎて眠れやしない。
 と思ったら福沢さんが動き出していた。その足で太宰さんの足をはさんだのだろう。暴れるのが分かるが、福沢さんの力にはかなわずそのうち諦めていた。バカバカと太宰さんの声が聞こえてきていたけど、それをかき消すように福沢さんの声が聞こえてきた。それは子守歌で福沢さんが歌うことに脳が違和感を覚えてしまう。
 なんなんだこの状況。
 ってか、声いいなこの人。
 もうわかんね。寝よう。この声が聞こえる限り眠れる気がしないけど。寝よう。起きたらきっと手錠の鍵は届いている筈



 俺の願いが届いたのか、起きたのは早朝だったが鍵が届いていた。
 朝起きると誰かずっと外にいるので見に行きたいと、この人は野生の動物か何かなのだろうかと思うようなことを言われ、嘘だろと半信半疑でついていくと玄関の前に上司がいたのだった。
 直立不動で立っていた上司は福沢さんが扉を開けると勢いよく土下座をしていた。そして鍵を差し出したのだった。
 やっと解放された。
 持ってくるの遅いのだよなんて上司に対しても嫌味を言っている太宰さんは見て見ぬ振りし続けた。俺は後で上司に殺されるだろう。ひたすらに謝ってから上司は車で去っていた。もちろん俺は置き去りにされた。走って帰って来いって。
 挨拶をして準備運動。体操中、体を後ろに捻った時不意に見てしまった。
 玄関に入ろうとしている福沢さんと太宰さん二人の手が繋がれていることに。
 いちにさんでダッシュする。昨日必死に見て見ぬ振りしようとしていたことが頭の中叩きつけられた。
 馬に蹴られなくて本当に良かった!


[ 301/312 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -