福沢の家は昔から物の怪の家として知られていた。
 なんでも数百年も前、そのあたり一帯が村だったころ、飢餓に襲われて村人は一人の女を土地神に捧げたのだとか。土地神は女を殺さず妻としたという。そして二人は仲睦まじく暮らし、その中で子供が生まれたのだ。
 その子孫が福沢家なのだ。


 普通ならば信じないような、所詮は言い伝えと笑って済ませてしまいそうな話だが、生憎とそうはいかなかった。
 福沢の体にはしっかりとその歴史が流れていたのだから。
 犬神の血。
 母はそうではなかったが、福沢は先祖返りだとかなんとかでその血が濃く流れ、人ではなく犬神に近い力を持っていたのだ。
 その目は祖先と同じ何処までも遠くを見、その牙は鋭く、その鼻は百の匂いをかぎ分け、耳は千里の音を聞く。
 そしてその体は時に大きな犬の姿へと変貌した。それは幼き頃からのことで福沢は剣術の修行とともに、その姿をどう制御するかと言ったことに時間を費やした。そうすることで普通の人として過ごす日々を手に入れたのだ。
 友も師も弟子も共に暮らしたことのある乱歩や与謝野すらしらぬその事実。福沢ですら己が妖に近い存在であることを忘れそうなほどであったのが変わり始めたのは、太宰が入社してからだった。
 太宰に会った時、福沢は心臓を直接触られるような衝撃に見舞われてしまった。微笑む太宰。その美しさとかではなくあまりにも腹の奥にある何かをかき回してくるような激しい匂いのせいだった。
 福沢の脳髄まで溶かして理性の奥底に閉じ込めたような欲望を揺り起こす香だった。
 獣は匂いで恋をするから気を付けなくてはいけませんよと遠い過去に言われた言葉を思い出してしまった。
 その時には福沢はもう太宰に落ちていたが、人として暮らす理性はそれを否定して冷静であろうとしていた。その過程入社試験の審査を弟子に任せ、極力近寄らないようにしていたが、社員となった太宰は色々と厄介で気づけば目で追いかけるだけでなく直接声まで掛けてしまっていた。そうしていく中で獣としての恋だけでない思いも芽生えてしまう。
 もっと近づいてしまいたいと願う日々。
 きっかけは簡単に訪れる。
 それは犬であり、犬でなかった。
 ずっと見てくる中で福沢は太宰が妖に憑りつかれやすい体質であることに気付いていた。犬と言う生物は見えはしないが、そう言ったものに敏感で感じ取っては吠えることがある。だから太宰もやたらと吠えられるのだろう。町で怯えている姿を何度となく見てきた。一度通りがかった際に犬を追い払ってやればころりと福沢になついてきたのだった。
 どうしたら自分から近づいてきてもらえるだろうか。そう悩み続けていたことがあっさりと解決した。太宰はいつの間にか犬に追われると福沢のもとに来るようになったのだ。それを毎回助けているうちに今のように共に眠るようになっていた。
 太宰は嫌がるものの眠った翌日はいつもすっきりと目覚められることから嫌だとは言い出せなくなっていた。朝はいつも気持ちよさそうにしていた。福沢が望んでいた通りに近くなった距離。
 でももっと深いところまで行きたくてさあ、どうしたものかと考え続けるのだった。
 


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