前々からその男のことはよく思っていなかった。
 美しい造形の者が好きで美男美女ぞろいの探偵社のことも狙っていた。虎視眈々と狙うその男の姿を見てそのうちつぶしてやろうなんて考えていたのだが、探偵社の利益を考えると色々やる気も起きなかった。
 まあ、いざと言う時は自分だけでうまく回せばいいとそう考えていたのだけど甘かったなと太宰は男を目の前にして途方に暮れていた。

 その視線はいつもよりも数段低い、獣になってしまった時の視界だ。

 手もフニフニでものを掴むのさえも一苦労だ。こんな間抜けな姿では誘惑の一つもできやしない。相手の息の根を止めることだって難しい。逃げるのももう無理だろう。驚いていた男は我に返って手を伸ばしてくる。
 伸びてくる手を見つめ太宰はまあ仕方ないか。助けが来てくれるといいなと諦めていた。


 そんな日、まったく来るとは思わないけれど



 太宰がいなくなったと騒ぎになり始めたのは、見なくなって二週間ほどしたころだった。時間がかかったのは太宰がよく失踪するためだが、流石に今回は長すぎるとみんなが心配しだすようになった。

 福沢も太宰のことは心配していた。
 最初はポメラニアンにでもなったのだろう。何処かで動けなくなっているのか。そう思い一人太宰が隠れていそうな場所を探したが見つかることはなかった。迷い犬として秘かに捜索を出しているのだが、今のところ手掛かりとなるような情報が来ることもない。太宰が犬になることを知らない探偵社の者たちは人として捜索をしているが、そちらからも太宰の情報は得られなかった。


「太宰さんですか。すみません。あの後すぐに帰ってその後は見てませんでして」
「そうですか。ありがとうございます」
「いえ、それより太宰さんいなくなったんですか。それは心配でしょう」
「はい。まあ太宰さんですので大丈夫だとは思うんですけどね」
 困ったように口元を歪めて笑う。どことなく疲れているような敦が今日訪れているのは太宰を最後に見かけた場所であった。それは依頼のため尋ねていた人の家であった。

 太宰のほかに敦と鏡花も一緒にいたのだが、太宰の方が途中、〇〇店の菓子を食べたくなっちゃった。二人は先に帰って買いに行ってほしいなと言い出し追い出されたのだった。
 その後から太宰は戻ってこない。

 何かあったとしたらこの時ではないのか。あの時太宰さんがあんなことを言い出したのはこの男が何かをしでかそうとしたからではないのか。そう疑っているわけだが、太宰があんな奴にそうやすやす何かされるとは思わないと他のみんなは懐疑的であった。それは確かにそうで敦もあまり話すこともできず何もないという男の言葉にすぐに引いてしまっていた。

 失礼しましたと立ち上がり男に案内されながら出口へと向かう。その途中で敦は何かの音に気づいてあたりを見渡してしまった。

 犬の鳴き声のようなものだった。

 キャンキャンと吠える声。だけどかなり疲れているような声で前を行く男は気付いていない。何処からとあたりをさがし敦は一つの扉に目がいった。その扉は少しだけ隙間があいていて、他の者より目の良い敦には隙間の向こうが見えてしまう。 
 暗い部屋の中、大きいゲージがあって、その中にぐったりと横たわっている小さな毛玉がいた。敦の目が見開く。思わずその場所に駆け寄ろうとしたが、どうしましたと言う男の声が聞こえてそれはかなわなかった。 
「その部屋には何もないですよ。玄関はこちらです」
「でも」
「太宰さんを探さないといけないんでしょう」
 男は嫌な笑みを浮かべていた。その笑みに敦は何かを感じとった。部屋の中を見なくてはいけないのではないかそんな気がした。だがここで無茶を通して何かあっても探偵社に迷惑がかかるのではないのかとそんなことも考えてしまった。

 そうして追求できずに敦はその家をあとにしたのだ。


 探偵社に帰った敦はかなり落ち込んでいたので何かあったのかとみんなから心配されてしまっていた。どうしたんだと問われ犬がとそう答えた

「犬がいたんですけどなんだが様子がおかしいというかぐったりしている感じで、もしかしてあの犬虐待でもされているんじゃないかって」
「動物の虐待か。まあ確かにそれはあまりよくない話だな。でも証拠がないと何もできん。それに今は太宰を探すのに忙しい」
「そうですよねでもなんていうかうーーん」
 頷きながら敦は首を捻っていた。あの犬を見た時から実は何か気になることがあるのだ。苦しそうだったのもそうだが、何か。

 その疑問はわりとすぐにとける。 

 社長室から出てきた福沢を見て敦の中で一本の線が繋がったのだ。ああとでていく声。思わず立ち上がりそうですよと声がでていく。その姿はとても目立ち全員の目が敦を見ていた。
「あの犬、社長の飼い犬にそっくりだったんですよ。見た目もそうですが声やにおいも似ていて」
「何の話だ」
 答えが分かりすっきりした顔を敦がするのに対して、敦の話を聞いた福沢の顔は険しいものになり、そして鋭い声が出ていた。敦の背が伸びる。

 鋭い瞳に少しだけその顔は青ざめていた。見慣れている者たちですら恐ろしいと思うような険しい顔になっていて、敦の目が泳いでいくそのと何度か開いては閉じる口。気の毒に思ったのか代わりに与謝野が話していた

「なんか敦が行ってた男の家に犬がいたんだって。ぐったりしてたみたいで虐待されてるんじゃなかって心配していたんだけど、それが社長の家の犬に似ていたんだとさ、まさかと思うけど逃がしてないよね」
「それは何処の家だ」
「え、あの太宰さんが最後に行ったあの依頼人の」
 与謝野の言葉は最後まで音にならなかった。誰一人として動けなくなる。


 冷え冷えといた空気があたりを包む。見やれば人を殺しそうな目を福沢がしてくそがと口悪くののしっては扉に向かっていた。

「太宰の居場所が分かった。今すぐあの家に乗り込むぞ」
「へ、え、ちょどういうことだい


 話し合いなんてものはなかった。
 家まで来てすぐ太宰を出せと伝えた福沢。挨拶も何もないその言葉に男は何かを言い返すこともできなかった。

 あまりにも福沢の気迫が凄すぎたのだ。ガタガタ震え玄関に座り込んでいく。まともに動けない男。痺れを切らすまで数秒も掛からず勝手に玄関を開けて屋敷の中に入り込んでいた。訳も分からないまま後ろをついてきていた探偵社はその姿をしっかりと見ていた。

 福沢からはいつになく恐ろしい気配が立ち上っており、今すぐにでも人一人と言わず何人も殺してしまいそうな雰囲気があった。

 屋敷の中を進みながら敦にどこだという声もまた険しいものであった。敦が答えるのが一瞬遅れる。そうすると酷く恐ろしい目が睨みつけてくる。何とか答えると福沢はその場所に向かい一直線に進んできていた。

 太宰を探しに来たのではと戸惑いながらも誰一人福沢に聞くことはできなかった。疑問ばかりが巡る中で福沢が力強く扉を開ける。

 ここに来るまでの道中、男の使用人たちがいたが止めにはいることすらできずにいた。
 あけ放たれた扉の中にはゲージの中に閉じ込められた犬がぐったりと横たわっている。その犬に向かって福沢は手を伸ばしていた。まずはゲージに手が触れて、柵が曲がっていく。えっと言う声は誰から漏れたものだったか。
 
 曲げられたゲージ。そのゲージの中に福沢の手が入る。犬に向けて手を伸ばすが、犬は怯えるように奥に向かっていた。その動きに福沢の手が止まり、何かを考えるように目が泳ぐ。それから少しして羽織を肩から外して犬と自分の間に置いていた。

 犬が少しだけ動いた。
 それからわずかに体を寄せる。すんすんと犬の鼻が羽織に近づいていく。暫く匂いを嗅いだ後犬の頭が羽織の中に突っ込んでいき、そしてくるくると動いて体全体に羽織が巻き付いていた。一つの塊が出来上がる。
 ひょっこりと頭が出てきてくうんと鳴く。それを合図にしたように福沢の手が動いて犬を抱き上げていた。

 くうんくうんと犬が何度も鳴いて福沢の腕の中に体を預けている。福沢の手は包み込まれた犬を抱きしめていた。


 それから数分すると犬が眠ったのか殆ど動かなくなる。話しかけていいものかわからず見守っていた探偵社の面々の目がそれぞれ誰か何か言えとお互いを見ていく。その前で福沢が携帯をとりだして何処かにかけていた。
「武装探偵社の福沢だ。今監禁現場に来ているので至急来てもらえるだろうか。監禁されていた被害者は助け出し、加害者も近くにいる。

 ああ、被害者の名前は太宰治。わが社の社員だ。

 ただ少々特殊で太宰はポメガバースの体質を持っている。そして今現在もポメラニアン化してしまっている。あ。否、すまぬ。その件だが詳しい話を聞かないことにはわからないのは確かだ。だが恐らく太宰であることを知っていたはずだ。太宰が元に戻ったら分かるだろうが時間はかかる。証拠を消されないようしっかり見張っておいてくれ。
 それでは。ああ急いできてくれ」
 福沢の耳元から携帯が離れていく。

 はなんて声がその時やっと出たのは褒められてしかるべきだろう。はぁああああああと全員の口から部屋中に響くような大きな声が出ていた、福沢の腕の中て寝たばかりの太宰の体が飛び跳ねる。きょろきょろと頭が動いては羽織の中に隠れる。
 鋭い眼光が全員を睨みあげた。


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