家は軍人の家系だった。
 代々軍人を輩出していて、父も軍人だった。母も軍人の家系。いざという時は自ら刃を振るい戦う人だった。時代的にも戦争の真っ最中で、共に笑いあった者が翌日には消えるような日々。人を守るため、軍人を目指すのは必然なことであった。
 多くの敵を倒し、戦争に勝ち、そしてこんな不安定な日々を終わらせるのだと胸に近い、刀を幼いころから振るい続けた。友人が幾人死んだだろうか。己が守れたらと何度嘆き、強ければとそうなるため、訓練を続けた。
 やがて軍に入り、軍人として刃を振るった。幾度となく戦に出て敵を切り裂いても終わらぬ戦。死んでく仲間は多数。今まで以上に人の死をみた。本当に戦で戦うことが戦争を終わらせることなのかと思い悩むようになった。
 そんなとき、この国の平和を取り戻すためにその力を振るわないかと上から声をかけられた。怪しいといぶかったもののこのまま戦争をしても戦は終わらぬ。無意味な戦いが長引いて、仲間たちの死が無数に増え続け、民が永遠に苦しみ続けるだけという話には頷かさざるおえなかった。福沢は上の話を受け入れていた。
 それは暗殺者として、戦線拡大を唱える官僚を殺すこと。同じ国に生き、そして同じ組織に所属する仲間を殺すことに躊躇いはあったが、そうしなければこの戦争は終わらぬのだと思えば刃を握れた。
 人を守りたかった。人を救いたかった。
 そのための道だと思った。
 だから幾人も仲間を殺した。
 時に私に期待していると声をかけてくれたものでもあった。この国のために共に戦おうとこぶしを交わしたものであった。それを殺した。
 人の為だった。守るためだった。
 何人かの葬式に参列した。知っている者が親しくしていた者たちがその顔を歪め、ないていた。失った辛さを抱えていた。
 守れたのだろうかと疑問に思った。
 それでも戦争を終わらせることができたらと殺した。通常の軍としての活動はしなくなった。人とのかかわりがなくなっていく中で、それでも人を斬ることを止めなかった。
 救いたいと救うのだとそう思っていた。
 ずっと人を守るのだとそう思っていたのだ。だが長くは続かなかった。
 人を殺めていく中でふっと私は目の前の相手を斬ることを待ち望んでいることに気付いた。人を斬るその瞬間にどうしようもない喜びを覚えたのだ。沸き上がってくる何か。押し殺そうとしてもそれはわいて、己に恐怖を覚えた。このままでは駄目だと軍を抜ける。軍を抜けてからは日々がとても苦しかった。
 毎夜のように誰かを斬ることもなく、ただ平穏に生きているというのに何かが苦しくて息ができないようだった。
 どうやって生きていくのかこれからが何も見えなかった。そんなとき戦争の終わりを知った。
 戦線維持を唱えていたものがいなくなり、ついに終戦を迎えることができたのだ。
 ほっとした。私がしたことは決して無意味なだけのことでなかった。人を守ることにもちゃんとつながったのだ。守れたのだと誰かを守りたいと思った。
 また誰かの中でつながっていたいと外に少しだけ出るようになった。
 私は外で護衛の仕事をした。依頼者だけでも守ろうと戦う日々。人に触れる瞬間、人を殺していた時のことを思い出しては己を恐ろしく思い続けた。とらえるべき相手をとらえた時また殺してしまうのではないかと思った。それでもほっとした顔や、時々言われるありがとうの言葉がずっとはなれなくて、ただ一人朽ちるように生きるのも苦しくて関わり続けた。
 ある日、乱歩に出会った。乱歩には誰かが必要だった。気付けばその誰かになっていて困惑したもののここちよかった。
 乱歩と過ごして共にあり、そしてそれまでよりも多く深く人とかかわっていくうちに、己が人に飢えていたことに気付いた。人の世の中行きたくて、そして、人を守りたかった。
 守るために己の刀を振るいたかった。
 そう思うようになって探偵社を設立した。
 探偵社を設立してからはそれまでよりも多くの人とかかわるようになったが、仲間として向けられる視線に安心した。
 漠然と人を守りたいと思っていたのが、この場にいる大切な者たちを守りたいと思うようになった。
 己のことを信頼し、親愛してくれる者や、己を見つめる暖かなまなざし。守りたいたいせつにしていきたいとおもった。
 そうして気付いた。
 私は人を守ることで己を見てくれる人を増やしたかった。愛してくれる人が欲しかったのだと。ずっと感じていた息苦しいまでの呼吸が少しだけ和らいだ。



 探偵社ができてからは日々は忙しいものの充足していた。大切なものみんながいて私はそれで満足していた。だけどどこかに少しだけ満足できない私がいるのも確かだった。
 私はもっと深くまで私を見て私のことを愛してくれる人が欲しかった。そうしてその誰かを己が見えなくなるほど大切にしたかった。
 己のすべてを注ぎたかった。
 でもその相手はいなかった。一番近くにいた乱歩は一番私のことを大切にし求めてくれていたが、乱歩を求めるものは多く、そして本人の情も厚い。多くの人を大切にしていた。私一人のものにできなければ、私一人をずっと見つめ続けることもできないだろう。色んなものを大切にして守ろうとする。
 何より私がそうあって欲しかった。
 他のみんなもそうだ。広い世で生きていく者たちで私の思いに付き合わせられなくて、満たされない思い。
 それでもこの世界は大切なもので満ちているからいいとそう思うことにした。
 そう思っていた。
 でもある時私は太宰に出会ってしまった。
 最初はただあまりよろしくない相手だと思った。
 かつて別れた嫌な男の匂いも感じた。断りたいと思いつつ必要であることも分かっていて、
 受け入れた中、どうするか悩む。そんなときにふと気づいたのは太宰が必死に見ないふりして抱えている寂しさのようなものだった。
 はじめは気付かなかった。
 入社ですぐのころ、勝手に一人で無茶をしてけがをしたことがあったのだ。太宰は隠そうとしていたが無理矢理暴いた。やめろと言っても止めることはなく、無茶をし続けていた。
 そうしないと太宰がもたないことが何回目で分かった。
 動いていないと何かに押しつぶされてしまうのだ
 それならせめて誰かにたよってくれたらいいのにかれにはそれも無理だった。 
 太宰には仲間だなんて意識は殆どなく自分でどうにかしなければと思っていた。仲間意識の強い探偵社の中で彼だけは浮いていて、私のことも社長として信頼はしつつそれだけだった。彼に対しては他の者に比べると大切に思えないところがあったけれど、それでも仲間だから大切にしたい。少しでも彼のことを知りたいと一人行動する彼に声をかけるようになっていた。
 手当して、無茶を止めるように口にして、彼は嫌がるばかりだったが、少しずつあきらめたわけではないが彼の中取り繕っていた部分が出はじめた。
 彼は人を信じるのを恐れていた。
 それはきっと失ったことがあるからだろう。その苦しみをもう一度味わないように信頼しないようにしていて、それでも声をかけ手を差し出すうちに少しずつ向けられるようになっていて、助けてとそう言ってくれるようになっていた。
 そのころから他の社員と同じぐらい大切になっていた。そして他の社員よりずっと気にかかるようになっていた。
 無茶をしないかずっと見ていた。生きることを嫌う彼をそれでも生かしたくて前よりもずっと構うようになって、そうなっていくと見えてくることがあった。
 寂しさの部分が少しずつあふれていて、
 伸ばしてくるようになる手があって、ほっと息をするようになり、体を預けるようになっていた。
 見つめてくる瞳があって、そしてその中には私しかいなかった。
 探偵社の者たちが大切なわけではないだろうが、心のよりどころとなる一番柔らかな場所。その場所を太宰は他に欲しがらなかった。
 一度失った太宰は多くを手にしても失うだけだと恐れているためであった。そして私を見ていた。
 私の中潜んでいた獣が満たされはじめたのだ。


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