太宰は血なまぐさく硝煙の匂いがする倉庫の中でしくじったなとただ天井を見ていた。
 倉庫の外では大勢の人の話し声がしており、その中からもうこの辺一帯燃やしちまえと言う嫌な言葉が聞こえてきている。数が多いだけの相手だったが、数の力と言うのはやはり侮っていいものでもないらしい。怪我をしていたが大丈夫かとしかけてみたが結果は散々。逃げ道は用意してるので奴らが火をかけ逃げた後にでも逃げ出すことは可能だが、いかんせん疲れてしまった。
 もう何もしたくないと体を動かすのがおっくうで深い息を吐きだす。火をつけたのか人の気配がどんどん遠くなっていく。それを感じながらどうしようかなんて考えこむ。ここで死んでしまうても問題ないと思う。いつだって死を求める太宰としてはいつ死んでもいい。何も変わらない。それでも織田の言葉を思い出してしまうから目を開けてしまうのだ。
 確保していた逃走経路。その中から這い出た太宰はその目を大きく見開いていく。
 暗い夜の町。その明かりがわずかに届く瞳中に人の姿が映っている。
 どうしてとでていく言葉。
 目元に深い皺を寄せながら本当だったかとその人の声が落ちていた。太宰の目がまた大きくなってそれから乱歩さんとその名前を口にする。正解だと答えられていた。
「乱歩さんが何で」
「機嫌取りだろう。こないだ怒ってからろくに話していないからそろそろ機嫌を取って許してもらいたいとでも考えているんだろう。
 まあ今後のあいつの態度次第だが、そろそろ許してもいいかもしれぬな」
「はあ」
 なるほどとなんてでていく言葉。そう言いながら半分以上はまだ理解ができていなかった。乱歩にばれていたことは想像に容易い。その乱歩が福沢に入れ知恵したのは分かる。何故機嫌取りになるのか。福沢がそんなことを知ってどうなるというのか。それで福沢はどうしてここにきているのか。勝手にやっていること。仕事がい。関係ないのだからわざわざ見に来る必要ないのに。それでも何かあったのだろうか。
 今回の奴らは最悪の武器を持っているが、政府は甘く見ていて最悪な事態になるまで手を出しもしなければ依頼もしないだろう。それに最悪な事態になっても依頼が来る可能性は少ない。そうなってから来たら政府の面汚しになるし、なにより対処することになりそうな政府の役人の殆どが探偵社を毛嫌いしているから。それにもし来たとしても探偵社の利益とはなりにくい。だから探偵社には関係ないはずだった。
 では個人的に福沢が用があったのかとも考えてみたが、つながりがみえてこず、ますますわからなくなっていた。顔にはださないものの混乱する。その前で福沢は太宰の事を見下ろしてため息をついていた。
「起きる事態を考えると汚い手を打つことがよいのは分かる。なのであまり口煩く言いたくないがそれでもなぜ誰かに頼らなかった。一人で動くには危険が過ぎると貴殿ならばわかったはずだ」
 聞こえてくる声は険しいものだ。鋭い眼差しで見てくる。太宰はその音を聞いて首を傾けていた。はあとでていく声は理解していないもののそれだ。
「とはいわれましても、このようなことを頼める知り合いなどいませんでしたもので」
「私や国木田などに頼めばよいだろう」
「でも個人的なことですので、私事で付き合っているわけでもない職場のものに頼むのは」
「確かに探偵社の仕事としてのことではないかもしれぬが、この街を守るためのことではある。探偵社は街を守るのも大切な務めだ。言ってくれれば誰でも力になってくれるはずだ」
「そうなんですか」
 太宰はどういう反応をしていいのか分からないまま福沢を見ていた。つまり福沢が何と言いたいのかよくわからない。怒られていることは分かるのだが。その理由がいまいちだ。疑問を浮かべているとすまないと福沢が言っていた。
「そんなことより手当てをするぞ。私の家はまずいか、寮でいいか」
 「え、手当てって必要ありませんけど」
 福沢が問う。太宰はすぐさま否定していた。福沢の目が鋭くなった気がして、太宰の腕をつかむ。いいからと言う声はさらに険しくなっていた。
 押されそうになりながら太宰は待ってくださいと声にだしていた。今日はまだ太宰にとって始まったばかりだ。逃げるのさえ億劫だったけど、いくつもやらなければいけないことがある。それを告げるのに福沢の足は止まった。
 太宰は手から逃げようとしたが強く掴まれ逃げられない。痛みを感じるほどであった。分かったと福沢が答える。だがその声は納得しているものなのかかなり怪しい
「それでどこに行き何をするつもりだったのだ。貴殿の手当てをしたのち直ちにそこに向かうから教えてほしい」
「え、いえ、それはわたしで」
「駄目だ。これ以上貴殿を働かせることはできん。私が動くので指示をするように。急がなくてはならないようで少し失礼するぞ」
「え」
 福沢の口元は固くその決意を表しているようである。どうしてと戸惑い続ける中、太宰はさらに困惑することになった。福沢によって己の体を持ち上げられたのだ。そうかと思えば福沢は走り出していて、とてもすごい勢いで景色が変わっていく。
 結局残っていた仕事の殆どは福沢がやってしまった。太宰がしたことと言えば福沢が伝えてくる内容から新たに作戦を練り直しをしたことか。だが太宰の知る中で福沢はずば抜けて強く、殆ど福沢の力でどうにかなってしまった。最初に始めたのは太宰だが太宰はいらないようなものであった。
 そして太宰の予定よりも早くにすべてやり終えた福沢は寮に帰ってきて太宰の手当てをし始めていた。
 福沢にはかすり傷一つなく、これぐらいの相手なら最初から私がしていればよかっただろうと不服そうであった。でもと太宰の口からは戸惑った声が出る。ただその答えは最初のうちに言われているので同じことは言わなかった。
 口を閉ざして手当てをしていく姿を見る。福沢はそんなことする必要があるのかと思うぐらい丁寧にしていて包帯もそのまま使っていたぐらいの太宰と違い新しいのをまき始めていた。手当てが終わると福沢の目がじっと見てくる。その目は何かを深く考え込んで、何かを言いたそうにしていた。
 はあとでていくため息
「いろいろ考えたものの今の貴君に通じる言葉は思い浮かばん。なので今はまあいいこととする。それより次からこのようなことをするときは私を呼べ。隠そうとしてもこちらには乱歩がいる。あれもそれを条件に許してやればちゃんと言ってくるだろうしな」
 福沢の目は太宰を睨みつけてる。太宰の目が丸く大きくなりええとそんなことを口にしていた。でもそれはとでていく言葉を福沢の目が鋭く睨みつけて奪う。
「よいか。私を呼べ」
 福沢の言葉は厳しく太宰に叩きつけられる。何でと太宰からまた声が出ていた。今度は福沢の声にさえぎられることはない。何かを感じ取ったのか静かに聞いていた
「なんでそんなことを言うのですか。探偵社の仕事に関係あることではないので、どうしようといいのではないでしょうか。それなのになぜですか」
「確かに私が干渉することではないのだろうが、でも貴君を大切に思っているから無茶をしてほしくない。怪我してほしくないと思う。その為にできることをしたいのだ」
 銀の目はじっと太宰を見る。
 その瞳はまた大きくなった。もうその目だけでも分かる。太宰の首が小さく傾きながら、福沢を見ていた。はあ、なんて覇気のない声がでていく。何も伝わっていないことは分かるのだろう。福沢の目は何か言いたげによりながら細い息を吐き出した。
「とりあえずわかったな。次は私に頼るように」
 太宰は返事をしなかった。口を閉ざし福沢を見る。それだけだったが福沢は何かを納得したようにしていた。家に帰ろうと差し出される手。送っていくと言われるのを見ながら、太宰は自分で立ち上がっていた。




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