再会した子供はどう思えばよいか分からない何かであった。とても大きくなっており、太宰の面影より森の面影の方が強い子供。柄にもなく一粒の涙をこぼしそうになったりもした。
その似た面影は森の子供であるという確かな証のようで太宰にはそれがとても尊いものに思えた。でも太宰の血もやはり混じっているのかと思うと気味が悪いものにも思えた。子供にどういう態度をとっていいのかよく分からなかった。
だから子供が探偵社に来てもあまり話してやることはできなかった。むしろどことなく子供を避けて遠くからみている。幼いがそれでも子供はそれを感じ取っているのか太宰に話しかけてくることはなかった。他の者たちとはとても仲良く話して可愛がってもらっているようだが、太宰とはそのような交流はない。それをなんと思ったのか何度か太宰は福沢に食事に誘われて共に食べることがあった。
偉い人との食事は好きではないが、得意なことだったはずだが、その時の太宰はどう過ごしていいのか分からず過ごす。ただ相手に言われるまま食べて、相手と話すだけだ。福沢の話は仕事のことや社員のこと、街で見かけた面白いものなどと多岐にわたりながら、結局最後は子供のことになっていた。今日どんなことをしていたとか、子供の好きなものや好きな食べ物、嫌いなもの。子供の今までの成長過程。そんな話を太宰にきかせて元気に育っているとそう言ってくる。
太宰はその話を聞くたびどういえばいいのか分からなくなって戸惑った。
福沢の話はちゃんと聞いていたいけど、でもちゃんと聞いていると辛い。げんきな子供の話を聞いていると言いようのない不安のようなものを感じる。どう知たらいいのか分からずただそうですかと言い続けるだけ。
そんな太宰のことを福沢がよくないと感じているのも当然だろう。
とうとう太宰は福沢にお前は子供のことは嫌いかと聞かれてしまったのだった。
太宰は言葉に迷った。
嫌いかどうかなんてわからない。嫌えてしまえば早いけど、でも決してそれだけでもないのだ。口を閉ざして俯いてしまう中、福沢は太宰を見てきながら深く息を吐き出していた。否とその口が言葉を紡ぐ
「そうではなさそうだな。だが戸惑いは強いのか。あの子の何がそんなに怖い。あの子を置いていってしまったことか。それともあの子そのものか」
一つ一つ考えながら福沢は言葉を紡いでいた。その言葉を聞きながら太宰の目は大きくなっていく。何でなんてそんな声が出ていた。何でそうなるのか。どうして怖いなんてそんな言葉が
沢山ある疑問を感じ取ったのか分かると福沢は答える
「お前の目は嫌いなものを見るそれではあるまい。私の話を聞く姿にも嫌そうなものはあまり見受けられなかった。それでも好きと手放しで言えるわけでないことも分かる。まあ、私の勝手な感想だが。
でもそういうふうに少しだけだが見えた。別に母と子供が仲良くなる必要はないと思う。本当ならそうであるのがよいだろうし、母となったのなら見守るべきだろうと思うけれど、でもそれはおいておき、あの子は今や私の子。お前はあの時できる選択を取った。それで終わりとしてもいいと思う。
だがあの時のお前はりんを本当に大事に思っていたのが伝わってきたから、こうして再会した今、あの子を抱きしめてもいいんじゃないかとそう思うんだ」
「私は大事にしてませんでしたよ。あの時でさえあの子に何を思えばいいのか何も分からなかった。好きなんてとてもじゃないけど思えませんでした。私は」
途中で言葉は切れていた。これ以上何を言っていいのか分からなかったし、そもそもその言葉だって言っていいものとは思わなかった。間違ってしまった。人として誤ったことをした。
そう思う太宰を前に福沢はふむと顎を抑えて何かを考えこむ様子であった。じっと太宰を見ながら動かずにいる。二人の間で料理は冷えていた。
「私にはそうは見えなかったがな。確かに色々と惑い、どうしてよいかわからなくなっていたように見えたが、それでもお前なりにあの子のことを考えて大事にしようとしているよう見えた。そう感じだ。だからあの時私はりんを引き取ることを決めたのだ。そうでなければ二人とも見捨てるか、お前だけ警察にぶち込んで子供は何処か孤児院に預けていただろう。
お前があの子のために必死だったから、助けたいとそう思えたのだ。色々と思う所もあるかもしれないが、でもあの頃のお前はまだ幼い子供だっただろう。本来ならまだ大人に保護されて過ごしていなくてはいけない餓鬼だった。幼い命を抱え一人頼る当てがなかったのは心細かっただろう。そういうことを思えばうまく自分の気持ちに折り合いをつけられなかったのも、今も付けなくなってしまうことも仕方のないこと。
少しずつだが折り合いをつけていってもいいんじゃないか。そしたらきっとお前はあの子を好きだとそう思えるようになる。
私はあの時そう感じた」
言葉を探しながら福沢が告げてくる声。それを聞きながら太宰の目はゆっくりと見開いて、自分の中で噛み砕いては落ち込み始めていた。暗くなった目があたりをさまよって、下に落ちる。無理ですよなんてそんな声がでていく。
「だってそんなことできると思えませんし、それにあの子のことをすきだなんてそんなこ と思えるわけがない。私と血がつながっているのに」
出ていた小さな声にハッとしてしまったけれど太宰は訂正する気もおきずただ目の前にある机をぼんやりと眺めた。口元は小さく閉じて今にも苦し気な吐息を零しそうだった。噛みしめなおす唇。福沢が何かを言おうとして一度は口を開けたものの再び閉ざしていた。沈黙が訪れる。
そうかなんてそんな声が福沢から出た。
福沢の手が端に伸びて食事をつまむ。食べ始めるのを見て同じように太宰も食べ始めていく。その都有ででもと福沢が小さく呟いた。
「私はお前はあの子のことを好きだと思うよ」
そんな声が聞こえる。太宰はなにもこたえなかった。
その後も太宰と福沢は二人で食べに行くことがあった。正直な話をするとあの日でもう終わりだろうと思っていたから驚いた。何故と戸惑いを感じもしたがそれを口にすることはなく太宰はただ福沢に大人しくついていていた。福沢との会話は相変わらず福沢が一方的に話すだけだった。本来なら無口な性質であるだろうに福沢は食べている間ずっと何かを話し続けてくれていた。
太宰はそれを聞くだけだ。
やはり子供の話が多かった。
福沢が話す中の子供はとても元気で時折探偵社にいる姿を見てもそうだが、幸せなのが伝わってくる。約束通りに福沢は子供を大事にしてくれていた。幼稚園に通う中最近では平仮名だけでなく簡単な漢字も勉強するようになって、小学一年生のドリルを買ってあげたのだとか。その話を聞いた時、少しだけ眉をひそめてしまった。その変化に目ざとく気付いた福沢はどうかしたかと聞いたが、太宰はそれに何かを言いはしなかった。自分が何かを言っても仕方ないだろうと口を閉ざしたのだ。
福沢はそれに思うところもあっただろうが何も言うことはなかった。ただ何故かわからないが二人で食事を続けていた。
そんなある日だった。
太宰は前からうすうす気づいていたことが事実だったと確信した。福沢についてではなく子供についてだ。
それは子供のことを探偵社の中心人物とでも言える乱歩があまり快く思っていないこと。
乱歩はその推理力で子供がどれだけややこしい立場のものなのかおそらく福沢が拾ってきたその時からわかっていたのだ。そして太宰が子供の親であることも分かっているだろう。太宰のことも嫌っているが、あまり気にしないようにしていた。けれど子供のことを嫌っているのであればそれなりに気になってしまった。
子供は太宰に対してと同じように乱歩がよく思っていないことも感じて近づかないようにしている。乱歩は自由奔放な性格ではあるが、さすがに子供に対してとげとげしい態度をするのはよくないと思ってか相手にしないようにしている。だがやはり社の中心と距離が開いていると言うのはあまりよろしくないというか、時折みんなの意識が乱歩にそれて事務所の中、一人ぽつんとしている子供の姿を見ることがあるのだ。
大体誰かが気付いて話しかけているが、小さな子供にはその一瞬は寂しいのではないかと気にしてしまう。
不安な面持ちで子供を見てしまっていたのにある時太宰は福沢にすまぬと謝られていた。
「あれのことは分かっているのだが、どうも何を言ってもむりでな」
なんてため息交じりに謝る福沢。そんな姿を見ても太宰は仕方ないですからとしか言えなかった。
「あの子なんて厄災の種みたいなものですからね。乱歩さんが嫌うのも分かります。悪いのは乱歩さんじゃなくて私で二人に酷いことをしてしまっている」
「否、あれが悪い。それはまあ、確かに気づかれる可能性がないわけでもないが、もし何かあってもそれをあの子のせいとはいわせん。あの子にはあいつのことなど気にしなくていいからもっと自由にしろと言ってもいるが、気にさせてしまうし。まあそれだけでないのだろうが。
とにかく全体的にあれが悪いからお前は気にするな。
難しいとは思うがな。あれに関しては私もより良く見ておくようにするから」
大丈夫だよと福沢が笑うような顔をした。
その次の日乱歩がごめんと人のいないところで謝りに来ていた。全力で不服そうな顔は怒られたとありありと伝えていて……。
太宰からは私の方がなんかすみませんとそんな言葉が出ていた。そうだよ。もとはと言えばお前がなんて声が聞こえるかと思ったもののそんなものは聞こえず、はやくどうにかしろよと言って乱歩は去っていた。
どうにかと言われて太宰は途方に暮れてしまった。その後乱歩は子供を好きになるなんてことはまあないんだが、少しだけ態度が丸くなったというか、声をかけるようになっていて、駄菓子を一つ上げていた。乱歩なりのあゆみよりというやつだろう。子供の方がびくびくして戸惑っていたぐらいだが、いいのだろうとあまり深くは気にしないことにした。
それからはまあ特に気になるようなこともなく過ごしていた。
子供は元気そうでそれなりに楽しそうにしていて、福沢はそんな子供の話をしてくれる。あまりこう言うのもなんだが、それなりに満ち足りているような日々であった。
そんな日々を過ごしながら太宰の方は着々と探偵社とは関係のない捜査を行っていた。探偵社の仕事で人を救いながらそれだけではどうにも人を救った気になれず、自分でできる範囲でやばいと思った相手がいれば先に対処してた。また自分に恨みを持っている者もおおくいて、そういうものがやってくることへの対処も秘密裏に行っていた。面倒なことも多かったけれど、ただ欝々と考え込んでいるだけよりはましでついついそうしてしまうのであった。
基本的には情報を集め、敵対組織を探して裏で工作してつぶし合わすことが多い。だが中には自分で直接つぶしに行く必要があるところもあって、きをつけてはいるが、所詮マフィアでいう中堅程度の戦力しかない太宰はいくら戦略を練ったとしても怪我をしてしまうことが幾度かあった。そういうときは一人でひそかに手当てをし隠す。
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