その日からも福沢はたびたび男に会いに行った。
 会いに行く度、男は肩をすくめてまたですかとそんなふうに呆れた顔をしていた。だが拒絶されることはなかった。首を傾けながらも福沢がすることをすべて受け入れている。おにぎりを渡しても食べるのが面倒なんですけどと言いつつも食べてくれていた。
 そんな日を続けていた時、福沢は珍しいものを見た。
 男がスーツ以外の服を着ていたのだ。パジャマだろうか。そんな服を着て男はベンチに座っていた。そして福沢を見ると、その頬を膨らませていた。私貴方に怒っているんですけどとその口は言っていた
「あの人と旧知の仲と言うことはチャンスはいくらでもあったでしょう。何で殺してないんですか」
 いつもとは違いジト目で睨んでくる男。その言葉に福沢は心底驚いた。言葉の内容もそうだが、その顔。いつもは心とあっていないように思えていたのだが、今は一致しているようなそんな気がしたのだ。
 驚きながら何かあったのかと問う。
 男はその頬を膨らませてあの人が来たんですよとそう答えていた。
「それで私にいい加減にしたらどうだいなんて言ってきたんですよ。どうせ死ねやしないんだからそろそろ戻ってきた方がいいよなんて。誰があんな人の元に戻るかっていうの。私は死んでやるんですから
 と言うか自分が売りつけたくせによく言えますよね。腹が立ちましたよ」
 ああ、もうと男が本気で苛立っている声を上げる。話を聞いていた福沢の眉間にも深いしわができていた。だが男の言葉に同意することはなかった。
「そういうな」
「あの人の元に戻れというんですか」
 男の目が見開いて福沢を見た。まさかと福沢の首は横に振られる。
「そんなことは言わん。でもお前が死ぬのはもったいない」
 もっと男の目が見開く。何をなんて唇が震えたあと、福沢から目をそらしていた。尖った唇。何かを言いたげではあるが、何かを言うことはなかった。そんな男を見る。
 あたりを一度見てから一つ頷いていた。
「家を抜けてきたのか」
「ええ」
 問えば男は頷く。その答えを聞いて福沢は微かにその口元を緩めていた。
「なら気付かれる心配がなければこのままいても大丈夫だな」
「そうですね。もう今日は私がいないと気付かないと思いますよ」
「ならばまた眠ればいい」
 男の頭を撫でていく。男はその目を大きくしながら福沢を見上げたけどまあいいかと目を閉じていた。
 寝息が聞こえてくる。
 青白いこけた頬。健康的とは言い難いその顔を撫でていく。

 ぱちぱちと何度か瞬きをした目が福沢を見あげた。むうとその口が尖り、変なのと再び呟いている。そんな男に頬を緩ませてまた今度も抜け出して来いと福沢はそう言っていた。
 嫌ですよなんて言っていたが日修看護のある日、福沢はまたスーツでない服で姿を現していた。
 あなたって本当変な人ですよね。男が口癖のようにそんな言葉を口にする。その声は楽し気なものに変わり、かと思えば悲し気で苦し気なものに変わっていた。
 私は死にたいんですけどねとその後に続けていく。


 どれぐらい男との関係を続けてきただろうか。もう何度となく男と二人で過ごしていた。
 まだまだ続けていきたいがそろそろやばいのではないかとも感じていた。丁度そのころその時はやってきた。
 探偵社に急にやってきた一人の男。
 その後ろにはぞろぞろと護衛にしてはガラの悪そうな者たちがついてきていた。その男が来るのは初めてのことで、あったこともないが知っていた福沢はその男を見た時思わず顔をしかめていた。
 福沢を出せと事務員に高圧的態度で言っていた男は福沢がでていくとその顔に喜色を浮かべる。
 男と福沢のやり取りをはらはらといくつもの社員が見ていた。
 
 そんな中で男は懐に手を入れて何かをばらまき始めた。その何かは写真でそこには福沢があの男とあっている場面が写されている。。
 膝枕をしているところ、男を支えているところ、手当てするために少し服を脱がせている所や、男が面倒がるから男の口に食べ物を放り込んでいる所など別にどうと言うこともないシーンだけど、うまい具合に切り取れば浮気と言うものに見えなくもなくて、さんざんに責め立てられる。
 その話を聞きながら福沢はいつだったか、わりと最初の時あの男調子に乗りやすいですからね、そのうち足をすくわれるんじゃないですか。そう言っていた男のことを思い出していた。思わず笑ってしまう。
 その姿が癇に障ったのか男はさらに騒ぎ立てた。人の嫁婿と浮気したのだ。慰謝料払ってもらうなんて口にして、こんなことして会社の信頼を損ねる行為だぞと脅しにも来ていた。社員たちが苦しそうに見ている中、福沢は神妙な顔つきだけは作ってとりあえず男の言葉にはいはいと返事だけはしていく。その脳裏ではあの男は今家と会社どちらにいるのだろうかと考えていた。
 こうしてここまで来ている男だ。あの男にも何かしている可能性がある。
 これが終われば迎えに行く必要があった。あの男の安全を確保するまではうかつな手をうつわけにはいかない。
 それだけを考えて受け答えしていく。男の要求を一応のみ込んでいく。パニックになっている社員達には悪いが福沢は男が帰ると簡潔に指示をし、後ですべて説明すると駆け出していた。
 監禁するのなら人の多い会社よりは家かとまずは男の家に向かう。正解だったようで福沢が遠くから家の様子を窺うと、気づいたのだろう。窓が一つ空いてそこから男が出てきていた。二階の窓。
 何をするのかと思えば、飛び降りた。
 ぎょっとはしたものの考えている暇はない。駆け出しそして男を受け止める。
 安心したと共に湧いてくる怒り。何を考えているんだと怒鳴ろうとした。だがその前に男が笑う。。
 あっははと声を上げて笑う男は今までで見た中で一番楽しそうで福沢にはじけるような笑みをむける。そうしながら謀りましたねと言った。
「いやーー、貴方があの男が裏で繋がっている組織をつぶしているとは知っていましたけど、間接的すぎるというか、あの男を捕まえるような方法ではなく放置していたんですけどね、まさかあの男にストレスを与えて貴方を攻撃させるためだったとは。
 何かやる気かとは思っていたんですけど。うふふ。楽しいですね。人に迷惑をかけないクリーンな自殺が私のモットーなの知っていたんですか」
 腹を抱えそうなほど男はにこにこ笑っていた。福沢の腕の中でばたばたと両腕両足を動かしている。落とさないよう気を付けながら福沢はどんどん遠くへ走る。
 問いにはそんな奇妙なモットー知らぬと少し冷たく返す。そうすると男はますます目を輝かせていた。
「だとしたら凄い自信ですね。ですが確かに貴方に迷惑をかけるわけにもいきません。仕方がないので私も力を貸してあげましょう。
 これどうぞ」
 男が大げさな身振りで話している。落ちることも考えてほしいと思ったがそこまでは言わなかった。男が差し出してきたものを握りしめる。
 口が男のように上がってしまった
「さてお手並み拝見と行きましょうかね」



 それからあとはまあ早かった。
 男をか浚った数日後には男の家がやってきた犯罪や、そこまではいかないけれどもあくどいことの数々があばかれ、男の義父やその親族が捕まったのだ。
 ただし男だけは被害者と言うことで捕まることはなかった。
 今は探偵社でかくまっている。
 始終楽しそうだった男と違って探偵社の社員は苦虫をかみつぶしているようなものが多かった。一応詳細は説明して浮気などはなかったことは伝えているのだが、どうにもこうにもまだ疑われているようだった。そんな中で男は凄いのですねとしきりに感動していた。
「まさかこんなあっさり終わってしまうなんて。いや、凄い」
「もっとちゃんと社長が教えてくれていたら速攻で終わらせることもできたんだけどね。おかげで探偵社に変な噂がながれちまったよ」
 はあと深いため息をついたのは与謝野だ。とげとげしい目で見てくるのは彼女だけでなく他の者も疑うのと同時にそんな目で見てくる。もっとねと言いたげな瞳。受けながら福沢は仕方ないだろうと小さな声で答えていた。
「まさかあの男が探偵社に喧嘩を売ってくるとは思わなかったのだ。浮気は私の個人的事情。個人攻撃に出てくるだろうと思って一人で対処する準備をしていた。それに太宰とのことは個人的な付き合い。あの男のもとから連れ出そうというのも個人的な感情からだったからな」
「考えが甘いですね。ああ云う男は勝ちを確信したら激しく追い詰めてくるんです。貴方を追い落とし探偵社まで失墜できるとしたらこれ以上ないチャンスですし。意気揚々と来たんですね。
 まさかあなたの作戦だとも知らずに。ふふ。にしても探偵社の凄さを見せていただくことができてうれしいです」
 あの屑がと罵る福沢とは違い、男はまだまだ楽しそうだ。子供にさえ見えるほどの笑顔を浮かべていて、何となく福沢の苛立ちが萎んでいく。さっきからこれの繰り返しではあとため息を一つつくともう奴らのことは忘れることにしようとそう福沢は決めた。
 それは良かったと男に向けて話す
「入社したらお前もぜひその力振るってくれよ」
 頼んだぞとそう口にする前、男が反応するより前に大きな声を上げるものがいた。それは国木田でその他の者たちも福沢と男を見ては驚いた顔をして口を開けていた。
「なにいいいい! 社長まさかこの男がここで働かせるんですか!」
「ああ、そのつもりだが。何か悪いか」
「いや、そんなことはないんですが……」
 あまりの反応に福沢の目が白黒と回る。小さく首をひねる姿に辿たどしい声で答えつつ、国木田の目は左右に動いていた。数日匿ってはいるもののほぼ他人。どんな相手なのか男の事をまだ詳しく分かっていない。だから否定する理由などないのだが、それでも否定したくなるのは違うと言われても不倫という話を聞いてしまったためなのか。
 後ろではやっぱり不倫してたんじゃなんてジト目の与謝野が呟いているし、サイテーなんて乱歩が舌を出している
 あまりよろしくない雰囲気だ。
 福沢の目が潜められ、どうすればいいのだと息を吐き出す。そんな中でんーーと声を上げたのは成り行きを見守っていた男だ。
 ニコニコ笑っていた顔が少しだけ困ったような顔をしていた。ふりであることは誰が見ても分かる。その内面は先程までと変わらない笑顔だろう
「入りたいのはやまやまなんですが、でも私今回のことで分かったこととひて、一応しっかり社員だったみたいじゃないですか。何故か給料が義父に渡されていたうえ、他の社員と値段も 倍違うかったそうですが。で、この機会にといろいろ調べたんですが、なんとこの社会には失業保険なるものがあるとか。半年の間は働かずともお金をもらえるんでしょう。しかも私には会社と一族両方からかなりの慰謝料がもらえることになってますし、これはもう遊んで暮らすしかないと思うんですよね」
 困ったような男の顔はただの笑顔に戻っていた。固まる周り。きらきらと見つめられ福沢はそうかとしか言えなかった。否定の言葉を紡げない中で、男はそうですよねとさらに嬉しそうにしてなのでと宣言する。
「半年後失業保険が切れたら働きます」
「まあ、良いが」
 愛らしく完璧な笑顔。普通に考えたら駄目だろうと口にするところなのだろうが、福沢は肯定してしまっていた。
 国木田の叫び声が響く
「はあああああああああああ! そんなやり方があるか。そんなやり方認めていいんですか」
 抑えきれぬ怒りで机を叩いた国木田が福沢を見た。男もまたにこにこ笑って福沢を見ている。
「まあ、こやつの場合は怪我とか精神的疲労もあるだろう……」
「ぐ。そうかもしれませんが」
「半年後お願いします」
 ぱああと男が笑みを深める。その横では国木田がだからといってと葛藤していたが福沢はそっと目をそらして見ないことにしていた。ぽんと与謝野がその肩を叩きながら福沢を睨むもそれも気づかぬふりをする。
「あ、福沢さんもう一点お願いがあるんですけど、暫く嫌な奴からも隠れなくちゃいけないので貴方の家で暮らしていいですか。
 さすがにあの人も貴方には手を出さないと思うんですよね」
「ああ、最初からそのつもりだ。安心しろ」
 険悪な雰囲気に気づいてないわけではないだろうに男は新たな爆弾を投下していた。また騒がしくなると思いつつ福沢もそれに頷く。しーーんと静まり返る探偵社。
「は」
 小さな声がやたらと大きく聞こえる。


「やっぱり不倫はしていたとみた」
 誰かが言う声が聞こえる。誰かに不倫行為だと咎められることこそしていなかったものの、己の心が近い所に傾き始めているのに気付いている福沢は否定しなかった。男だけが別にしてないんですけどねとそう否定している。




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