荒い吐息が落ちていく。
嫌な匂いがあたりに充満していた。腕一本動かすこともできない。感覚そのものがなくて意識が遠のいていく。辺りは真っ暗でろくにものも見えない。握っていたはずの刀がどこにあるかもわからず、福沢は己の死を受け入れるしかなかった。
山の中に建てられたもう使われていない古いお堂。しかも盗賊が隠れ家にしていた場になど来るもの好きはそうそういない。いたとして盗賊の仲間で福沢が殺されるのは見て取れている。
もう終わりかとこんな時だからか福沢の口から笑みのようなものが浮かんでいた
ろくでもなかったものだったと目を閉じる中、聞こえてくるものなど何もなかった。
「あ、起きた」
嬉し気な人の声がして福沢は思わず体を大きく動かしていた。体中痛みが走って動けなくなる。何か硬いもに寄り掛かりながら目の前にいる男を見た。行者のような恰好をした男はにこにこと嘘くさい笑みを浮かべて福沢を見下ろしている。その背には大きな黒い羽が生えていた。
「物の怪か。何故……私に見鬼の才はないはずだ」
男の口元がつり上がる。
「ええでも見えないのは寂しいでしょう。だからほんの少し魂をいじって無理矢理見えるようにしたのですよ」
「魂の。待て、何故私は生きている」
問いかける福沢は己の姿を見下ろしていた。着ているものは元の色がわからないほど血に濡れていて、あたりも血だらけだった。死んでいないとおかしいはずだった。だが今は痛みこそ残っているものの死にそうにないぐらいには元気だ。
男の笑みがますます深まってなんでだと思いますなんて笑う。それからすぐにまあ私がやったんですけどと答えていた。
「何故、物の怪が」
「お礼ですかね。貴方が背にしているその石私を封印するためのものだったのですが、札が貴方の血で汚れ、効力がなくなってしまったのです。お陰で私は再びこの世に返り咲けました。
なのでそのお礼。後私この世に戻ってきたのはいいですが。別にやりたいことも帰りたい場所もないので貴方に拾ってもらおうと思いまして。
さあ、さっそく家に帰りましょう。暖かい布団に入って休んで、それから美味しいご飯が食べたいな
あ、私の好物は蟹ですのでよろしくお願いしますね
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