「また、会いましたね」
 ことりとその首を傾けた男は不思議そうにしながら福沢を見て、また軽く首を傾けていた。
「どうしたんですか。面白いことなんて何もありませんよ」
「うむ。そうだな」
 男の姿をてっぺんからつま先までみていく。やはり目に見えるところに怪我はないが、どうにも左足の動きが気になる。捻っているのだろうか。動きが鈍そうで歩くだけでも難しいように見える。
 しばらく考えたのち、福沢は一言いいかと聞いていた。男は不思議な顔をしてはあ、いいですけどと答える。何も考えてはいないだろう。まあいいかとその体を抱きかかえていた。へッとそんな声が出る。
「え、なんですか」
「いいかと聞いただろう」
「え、あ、あれこのことだったんですか。でもなんで」
 福沢が男を運んだのはベンチであった。そこに横たえると男はますます福沢のことを不思議そうに見てきていた。目が大きく見開いる。怪我なんてしていませんけど、今日は家にも帰れますしなんて言い出しそうだった。
「えっとなんで私はここに」
 その通りと言うのか男は訳が分からぬよう首を傾けては福沢を見てくる。福沢は貴殿が怪我をしているからと答えた。
「怒られてしまうんですけどね」
「そうか。でも今日は早く帰るつもりはなかっただろう」
「そうなんですけどね。でも」
 男は首を捻る。そんな男には特に何も言わず福沢は手当てをしていく。男が普通聞きまさんと聞いてくるが、福沢の方はそれでさせてくれるのかとそう聞いていた。
「もしかしなくても私のことをあの人と同じと思っているでしょう。私はあの人みたいに駄々をこねることはしませんよ。諦めが早いので手当されます。
 と言うかあれこれ抵抗するのって無駄でしょう。私はもう無駄なことはしたくないんです。まあどうせ死ぬ人の手当てして馬鹿だななんて思いますけど」
 男がぷりぷりと頬を膨らませていたが、面倒になったのか途中からは感情をそぎ落としていた。そんな男を手当てしていく。思った通り男は足を捻っており、赤く腫れあがっていた。
 まずはそこを冷やして包帯を巻く。
 それ以外の怪我も男が動かないのをいいことに服などを捲って見ていく。殴られたあざのようなものが多くついていて、それらに一つ一つ薬をぬり必要な個所には包帯を巻く。男の腕にも包帯を巻いた。見えない方がいいかと服に隠れる位置であることを気を付けながらまいていく。
 つまらなそうにしてた男はじっと見ては少しだけ笑顔を浮かべた。
「包帯まくの久しぶりですね。昔は毎日のようにしていた私の一部だったのですが、そんな姿をしていたら娘が変に思われるって無理矢理はがされたんですよ。もうどうでもよくなっていたので抵抗しなかったのですが、やはりこうしてまいている方が落ち着きますね。
 見えない範囲なら沢山まいてくださっていいですよ。家には包帯さえありませんので」
 にこにこと男が笑う。それはなんとなくだが本当にうれしそうに見えて、呆れつつも多めにまいてしまっていた。
 手当する最中、男にお握りを差し出した。あなた本当に変な人ですねと言いながら男はそれを食べる。ひとしきり終わると福沢は男の横に座った。
「今日は家に帰るのか」
「そうですね。帰らないとなとは思っていますよ。手当てをしてもらって楽になった気はしますし
 帰りましょうか」


 また男に会ったのも公園だった。
 毎日同じ頃、男がいないか確認に来る癖がついた福沢には、それは当然のことであった。だが男は驚いてその首をまた傾けていた。どういうつもりなんですかと福沢に問う。
「奇妙な縁だと貴殿は言ったろ。たった一度会っただけの縁ではあるもののそれでも縁が出来たのだから私ができることはしてみたいと思ってな。
 もともと縁が出来るはずだったならば猶更」
「なるほど? まあよくわかりませんがお好きにどうぞ。後はまあ死をまつだけの日々ですからね。考えることも疲れてしまったんです」
「それはもったいないな」
 心から福沢はそう思った。だけど男はその言葉に笑った。
「貴方もそういう冗言ううのですね」
 楽しそうな笑み。違うのだけどとは思ったものの口にすることはせず、男の手当てをする。おにぎりを手渡す。男は驚きはしないものの呆れ、またですかと嫌そうにしながらも食べていた。手当をしながらそんな男を見福沢は具は何が好きだと聞いていた。
 男の目が何度も瞬きをする。
「何故そんなことを聞くのですか」
「好きなものの方がうれしいだろう食べやすいものがいいかと思っておにぎりにしているが、具以外でも好きなものがあれば言ってくれ」
 男はしばらく答えなかった。どうやら福沢の言葉について考えているようで固まりながら少ししてからああと頷いている。そんなに考える内容には思えなかったが、男にしてみれば分からないことだったのだろう。つくづくどこかおかしい。そんな男を見る。
 福沢が見つめる中で男は考え込んでからカニと答えていた。
「蟹が好きですけど、むくのは嫌いなのでもって来るのなら身をほぐしたものにしてください」
「貴殿、わがままが凄いと言われたりしないか」
「言われたことはありますけど私の地位を考えるとこれぐらいはしてよかったですからね。まあ、今はそんなものありませんけど。
 でも今更かわれませんよ。わがまま言いますとも」
 男がにこにこ笑っている。楽しげに見えるが別に楽しくはないだろう。ふむと一つ頷いて分かったと福沢は答えていた。
 手当は大体終わって最後に包帯を手にした。男が嬉しそうにして沢山まいてくださいねなんてそんなことを言ってくる。期待のこもった眼差し。薄い布とはいえ巻いていると動きが遮られるような気がして福沢はあまり好まない。必要最低限で巻いてしまうが、男には沢山まくよう心掛けた。見えるところだけとはいえ包帯を巻かれた男は安堵したように笑い、やはりこれがなければとそう口にしていた。
 しばらく会話するでもなく過ごした後そろそろと帰る。
 その背に次会う時は蟹ですなんて男が言ってきていた。
 
 


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