「乱歩って呼ぶんだよ。ら、ん、ぽ。わかるね。らんぽだよ」
「敦ですよ。あつし」
「鏡花。きょ、う、か」
「賢治ですよ」
「ナオミですわ。こっちは純一郎お兄様」
「そんなに言ってもと惑うだけだろう。よさのだよ、よさの。あきこでもいいからね」
「分かっているのならやめてあげた方が……」
 探偵社ではいま名前を言うのが流行っていた。というのも彼らが可愛がっている太宰が後もうそろそろ言葉を言いそうなのだ。彼が宇宙語を話し出した時から今か今かと楽しみにしていた彼らはここぞとばかりに小さくなった太宰に己の名前を伝えていた。
 その度太宰の首はあっちこっちへ動いてその相手を見ていた。あーーうーーと何かを言いたげに口を動かしてはその目を回している。
「らんぽだからね。らんぽ。いえるよね」
「きょうか」
「よさのだよ」
「けんじです。太宰さん僕の名前を呼んでください」
 きらきらとした目がすべて子供にだけ向けられている。そして口々に落とされていた。太宰はうーーうーーと何度も唸っていた。
 あと一歩。あとちょっと。みんながそんな思いで子供を見る。そのときだ
「ゆ、ゆきゅ! ……うーー。ゆきゅ、ゆぎゅち! ゆきち」
 何回も口にした子供が嬉し気にもう一度その音を口にしていた。きゃきゃと笑う。
「ゆきち、ゆきち!」
 手まで叩いて叫んだ。そんな太宰とは対照的に周りにいた者たちは固まって、肩を落としていた。あーーとでていく声。
「やっぱり社長にはかなわないですね」
「凄く大好きですものね」
「ゆきち!」
 太宰の手がぱちぱちと音を立てている。周りのものが落ち込んでいることなど気にしていないようだった。にこにこ笑っている。そんな太宰を与謝野が抱え上げていた。
 つかつかと歩いては社長室へと向かっていた。そこで仕事をしていた福沢は突然のことに口を丸くしどうかしたのかと太宰をみた。
「社長のむっつりスケベに太宰の姿を見せてあげようと思ってね」
「は」
「自分は名前を呼ばれることに興味はありませんみたいな顔をしておきながら家でこっそり言い聞かせてたなんてね。しかも下の名前ってところが厭らしい」
「は? 待て何の話を」
「ゆきち」
 与謝野の話を聞いていた福沢の目が見開いていた。大きな目が福沢を見ては輝いて笑顔を浮かべている。さっきよりも嬉しそうに何度もゆきちとその音を口にしていた。
「ゆきち、ゆきち」
「え……。いや、私は別に」
 福沢の頬は赤くなり、口元は歪に歪みながら、でも戸惑っているのは変わりないようだった。
 社長室の扉は開いていて、落ち込んでいる者や事務員たちもその様子を見ていた。そして事務員たちは気付かれないよう何人かで集まってひっそりと話している。



「なあ、お前、何回教えた」
「十回ぐらいだからまだセーフ」
「私言い過ぎたかな。でも、二十回はまだ超えてないし……セーフ」
「俺は五回程度だからセーフだな」
「私はパパだから大丈夫ですね」


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