「呪いの人形〜〜」
小さなバーの中、すっとんきょうな声をあげた太宰は人形をぶらーんと下向きにぶら下げていた。じぃと睨んでいる。
「これが……、そう言うのって普通女の子の人形なんじゃないの?」
「そうなのか?」
隣にいた織田はそんな太宰を見て勉強になったと頷いていた。
「そういう話ではないですし、呪いの人形をそんな風に持つのはどうなのですか?」
隣の坂口はため息をついている。
「で、この人形ってどんなことするの?」
人形の襟を掴みぶらんぶらんと揺らして太宰は織田に聞く。織田が払ってくれと頼まれたと言って持ってきた人形。どうすれば良いと織田が聞いたのには答えていない。
「何でも夜な夜な音を立てるそうだ。それが恐ろしい音で一瞬目を開けてみたら一心不乱に剣を振り回していたとか」
「剣ってこの小さいの? こんなの振り回しても別にしにはしないでしょう」
織田の言葉に太宰は人形の腰についていた刀を触っていた。和服姿の人形。武士なのか小さな刀がついていて、その髪は銀色であった。珍しいなと坂口が見ている横で、太宰が人形が指していた腰の剣を抜いていた。
あっと太宰が声をあげる。坂口からも声がでていた。焦った声なのに太宰はテヘッと舌をだした。
「抜けちゃった」
「抜けちゃったじゃありませんよ。呪いの人形なんですから、そんなにいじらないでください」
「でも呪いなんて、あれ……この刀……、何かを切ったような形跡が……」
はっはと軽く笑った太宰だが刀を見て低い声をだしていた。じぃと見つめながら言われたのにひぃと坂口から変な声がでた。その顔は青くなっている。そうなんだと織田は頷くだけだ。
「どうも調べてみたらその人形の前の持ち主達の中には奇っ怪な死を迎えたものが居たらしく、中にはその刀が目に突き刺さっていたものも居るとか」
「ふぇ。ちょ、そんなもの早く捨ててくださいよ!」
だが捨てたら呪われるかもと言うことでどうにか供養してくれと、こういう場合どうしたら良いんだ」
「そんなの知りませんよ。お寺にいくとかしかないんじゃ」
「そうか」
人形の小さな剣が眼球に刺さっているのを想像してしまったのか。坂口は悲鳴をあげて立ち上がっていた。詰め寄るのにだがと織田は首を傾けて聞いていた。聞かれるのに門外漢の太宰が分かる訳もないが何となく思い付くことを口にしていた。そうするかと言って織田は人形を持っているダザイヲミタ。
明日寺に持っていくから返してくれ。
と、声をかけようとして、織田は動きを止めた。ほうと大きな息を吐いた坂口も太宰を見て固まる。
二人の話にはいってくることのなかった太宰は人形を両手で持ち直してじぃとみていた。人形の銀灰の瞳と太宰の褪赭の目が重なりあっている。
何か嫌な予感が二人な間を横切っていく。
太宰は決めたと叫んだ。
「この人形私がもらう! 呪い殺されてみたい!」
二人の予感は的中した。
それから数日後。
久しぶりにルパンに集まった三人、坂口と織田は二人に首を傾け太宰を見ていた。酒を頼む太宰は何か生き生きして輝いている。楽しそうとかそう言うのではなく純粋にいつもより顔色がよく、かつなにか何時もよりずっと綺麗になっている。
綺麗になったとか美しいとかあの人の輝きが前よりも強くなったとか、マフィアで聞いていたのをいつものことかと聞き流していた二人は、こう言うことかと今思っていた。
前から美人だが、それ以上に美しくなっている。
「……どうしたんだ」
がぶがふと酒をのみ、べらべらと話していた太宰。それに対して二人はしばらく無言だったが、ついに織田が太宰に聞いていた。ん? と首を傾ける太宰。何がと聞くのにいやと織田は太宰を見た。
太宰をじぃと見て健康的になっていないかと聞いた。
あーーと太宰が声をあげる。
「最近ちゃんとごはん食べているからかな」
「ええ」
坂口から驚いた声があがった。太宰がごはんを食べないのは有名なことでみんなに知られている。太宰にごはんを食べさせるようにと言う命令もでているが達成したものはいなくて……。
そうされる度に太宰は食事をするのは嫌い食べないと断言していた。そのはずなのに。
その太宰がなんでと安吾は大きな声をあげて驚いていた。声にださなかっただけで織田も驚いている。
「どうしたんですか。なにか悪いものでも食べましたか」
ついそんなことを坂口が言ってしまうのに太宰はそれがねと口を開けた。その言葉を聞いて二人はなにか拾い食いをしていた方がましだと思った。
「最近朝起きたら朝御飯が出来てるし、夜に家に帰ったら晩御飯が用意されているんだよね」
「はい?」
「最初は誰か変な人が家に勝手に入って薬を盛ったのかな、相当頭がおかしい人だな。毒薬か媚薬どっちかななんて気持ちで食べたんだけど、それが凄く美味しくてさ。最近ちゃんとそのごはんをちゃんと食べてるんだ。
後部屋も綺麗になっているし、寝てる間にお風呂にもいれてくれて洗濯とかもしてくれてるんだよね。
それで健康的に見えてるのかも」
太宰の口調はさっぱりとしたものだった。が、その口調とは違い話の内容はさっぱりと片付けられるものではなかった。二人が数分以上固まってしまったのは言うまでもないだろう。数分近く動き出さないのに太宰はのんきに酒を飲む。
「はぁああーーー!」
数分後、安吾が叫んでいた。立ち上がり叫ぶ坂口を酒を飲みながら太宰が見上げる。どうしたのだと言う太宰の手を織田の手が掴んだ。
「え? お」
太宰が驚いた顔をするのに。織田はいつもの無表情はどこに捨ててきたのかと思うような顔をして太宰を見ていた。感情の読めない瞳が今日ばかりははっきりと引いているのを表している
「どうしたんだい、二人とも。」
「どうしたじゃありませんよ何をしているんですか! バカなんですか!!」
「え」
「そんな危ないものを食べないでください。と言うか怪しき人が侵入しているのに何でそんなにのんきにいられるんですか」
「害もないから良いかなって。気にするのも面倒だし」
「面倒がらないでください」
ばんと坂口の手がカウンターを叩く。いつになく荒れているのに太宰は指で頬を掻いた。
「太宰、安吾の言う通りだ」
織田が低い声で告げる。これは怒っている。すぐに気づいた太宰は坂口を見てからマスターに目を向けた。助けてと目で告げるがマスターは華麗に無視をしていく。
「今から太宰くんの家いきますか」
坂口が問い、織田が頷いた。太宰に拒否権はなかった。
「凄く綺麗に片付いている。ここは本当に太宰くんの家なんですか」
信じられないと太宰の部屋のなかで坂口が呟く。太宰の部屋に来たのは初めてだが、執務室をこれでもかと言うほど汚くしている太宰の事だから部屋も汚いのだろうと予想していたのだ。が、今いる太宰の家は埃一つ落ちていない。とても綺麗な部屋。ふらりと坂口の体が傾くのを支えた織田も頭を押さえていた。
そういえば部屋も片付けられていると言っていたかと太宰の言葉を思い出しながら織田は部屋のなかを見渡す。あっとその口から声がでた。
太宰の部屋のなかには物があまりない。ベッドと机、ハンガーにかけられた服ぐらいなのだが、そのベッドの上に一つだけ異質なものがあった。
それは織田が前に払ってほしいと頼まれた呪いの人形だ。
なんとか寺に持っていこうとしたが太宰に言いくるめられ、さらには勝手に持ち出され太宰のものになってしまったもの。まだもっていたのかと驚く。
「ほら、これ美味しそうでしょう」
そんな織田に部屋をでていた太宰が告げた。手のなかにはキッチンからとってきたのか皿に盛られた料理がある。確かに美味しそうだ。
なんとか動けるまでに回復した坂口が立ち上がって差し出される料理を見る。「美味しそうですけど、誰が作ったかは分からないんですよね」
「そうだよ」
「うん。でも美味しいから」
「あ、食べちゃ駄目ですよ」
「食べようとふるな」
流れるように食べようとした太宰を坂口と織田がそれぞれ止めていた。エーーと太宰が口を尖らせる
「大丈夫だよ。変なものとかは入ってないから。毎日食べてるのになにもないんだからね」
「でも」
「安吾は心配性だな」
ケラケラと太宰は笑う辺りを当たり前だろうと二人は考えるがいっても無駄だろうとと食べる太宰を見てため息をつく。
食べたら太宰は眠ろうと横になった。
「せめて食器を運んでから寝たらどうですか。固まって洗うのが大変になりますよ」
「大丈夫だよ。いつも起きたら運ばれているから」
それは大丈夫ではないのでは。二人はそうも思ったが言わなかった。太宰が寝た後、二人は時間が過ぎていくのをただまった。相手の正体を確かめてやろうと。だがその途中で眠くなり眠ってしまったのだった。
ぎゃぁあああ! 次の日の朝、坂口の悲鳴が狭い部屋の中に響き渡った。
起き上がるとばさり布団が落ちていく。その布団をすごい勢いで蹴飛ばして坂口は壁際まで寄っていた。布団など坂口は被っていなかった。その布団を凄い形相で睨んだ後、坂口ははっとして辺りを見回す。その目が太宰に向いた。
太宰は布団の中で眠っていた。かけられただけの坂口とは違い、ちゃんと敷布団の上に寝かされている。服も着替えさせられており、体も洗われているのか肌の汚れが落ちていた。
見つめてしまうのに太宰が布団の中でごろりと転がった
「ねーー」
「ねーーじゃないでしょ!一体だれがこんなことを」
のんきな太宰の声。坂口が叫ぶのに織田は口を閉ざしていた。考え込みそれから織田は少しだけ起きてみていたんだがと言う。えっと坂口がメガネの奥の目を限界まで見開いて織田を見る。どんな人でしたと聞く声は震えていた。
織田のてはまっすぐに部屋の中を指した。
織田のてが指差すのは部屋の中にあるもの、呪いの人形だった。
あれが動いたように見えた
坂口の体がよろめく。ついで聞こえた悲鳴。
「あ、あれて呪いの人形じゃないですか。捨ててきなさい! ごみ捨て場に出してくるんです!」
悲鳴と共に坂口が言うのに太宰はエーーと声をあげた。嫌だ嫌だと駄々をこねる。やだーーというのにダメですと安吾が大きな声を出す。
騒がしくなった部屋の中で人形は静かに佇んでいた。
それを見つめる織田はでもと思っていた。人形は確かに動いて色々しており、そして最後に太宰に触れていたけれど、そこに悪意はなさそうだったのだ。うっすらとした視界の中で織田は見たのだ。
人形が優しい顔をして太宰を撫でているのを。
それに……、太宰があんな無防備に寝たりするだろうか。もしかして……
織田は太宰を見る。太宰は嫌だと坂口に対して首を強く振っていた。その瞳が指差された人形を見て微笑む
人形は守り人形として作られた。
大切な子供を守ってあげるようにと作られて、そして守るのだと渡されたのは小さな赤子だった。まだ殆どはえていない茶色の髪、褪赭の瞳。
愛しい子供。
この子供を守ろうと人形は誓った。人形はこの子供のために作られた。
それから人形はその子供の傍でずっと見守っていた。愛しい子供は人形にはあまり興味を向けてくれなかったが、何かあれば人形を抱き締めてくれた。人形を抱き締めて小さくなるのに、大丈夫。私が守ろうと人形は子供に言い聞かせていた
子供はとても賢い子供で難しい本でもなんでもすらすら読んでいた。そして子供の親はそんな子供を恐れ始めていた。
最初は愛していたのにどんどん子供を恐れ、嫌いになっていた。化け物と子供を罵るようになって、子供を殴るようになっていた。
そしてある日、子供を捨てた。
人形は子供を助けることが出来なかった。
子供のいなくなった家で人形は守るべき子供を捨てた親をずっと憎んでいた。そしてその親を呪い、殺したのだった。
それからは人のてを転々としていた。守れなかった子供を探して誰かの手に渡っても呪い、別の人の手に回されるを繰り返してきた。
そして人形は探しもとめていた子供に出会えたのだった。
その子供は楽しそうにしていたが、この世に生きている事を憎み、生きながら死んでいるような生活を送っていた、
そんな子供を見て人形はもう一度この子を守ろうと決めた。この子が何時かこの世に生きることを望んでくれるように。
それからは子供のために人形はごはんを作り、風呂にいれてと子供を世話するようになったのだ。
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