はち

 「ほら、太宰。あーーん」
 福沢が小さなスプーンを口元に持っていけば太宰の小さな口が開いてぱくりと食べていた。まぐまぐと口が動いて、スプーンの上に載っていたものを一生懸命食べている。その姿を見るだけで福沢の頬は探偵社のものが見たら引くぐらいにとろけて可愛いななんてそんな言葉をこぼしていた。うまいかなんて福沢が声をかければ太宰はまーーと楽しそうに笑う。
 言葉の意味なんてものはまだほとんど分かっていないだろうが、そうやって笑えば福沢が喜ぶことは知っているのか、ふわふわと笑みを浮かべて、スプーンをまだまぐまぐしている。
 そろそろなくなったかとはなしてみれば、もう何もなくなっているのにまーー、まーーと上がる声。欲しいのだろう。すぐにスプーンにとろとろの離乳食を乗せて太宰の口元に差し出していた。口の中に再び含んで太宰がまーーと嬉しそうに声を上げる。
 福沢の目元がまた緩んで太宰を見ていた。
 離乳食を食べるようになった太宰はその姿も愛らしいことながら、元の太宰よりも素直に食べてくれるので食べさせるのが楽しくて仕方なかった。
 昼間は事務員たちにその楽しみを奪われてしまうので夜のこの時間は太宰の可愛らしさを残らず堪能していて、その姿は少々威厳にかけるものとなっていた。可愛いななんてそんな言葉が何度も出ている。その度太宰はまーーと笑って、にこにこの笑顔を振りまいていた。
 あまりの可愛さに福沢の方が手元が止まって食事を遅くしてしまいながら、それでも元の太宰のころよりもだいぶスムーズに終わらせると、福沢は座っていた太宰をプレイマットの上に横にし直して自分は食器を片付けようと台所に向かっていた。からりんからりんと吊り下げられているおもちゃの音がする。
 手早く洗い物と明日の朝食の仕込みをすませていく。その最中福沢は奥から音が聞こえなくなったことに気付いて、手を止めていた。慌てて手を拭い太宰のいる部屋に向かう。
 遊び疲れて寝てしまっただけならいいが、もし何かあればと少しだけ蒼褪めかけていたその顔が部屋の中を見て固まっていた。
 その目はどんどん大きく見開いていく、部屋の中、太宰を寝かせたプレイマットの上には太宰はいないが、そこから少し離れた入口近くの場所に太宰はいて、福沢と目があってあーーと嬉しそうに笑っていた。あーー、うーー、あーーととても福沢を見ている。ぱたぱたと太宰の手が床をたたいて、さらにその小さな手が前に出て、その小さな体が向かってくる。
 その姿を見下ろす福沢からなんてことだなんて悲壮な声が出ていた。福沢の顔は今度は蒼褪めたものから悲し気なものに変わっていた。
「初めてのハイハイを見逃してしまった。
 やはり与謝野に言われた通り、家の中にもカメラを設置した方がいいのか」
 小さな体で一生懸命よじよじと福沢のもとに向かってくる太宰を見ながらそんな言葉が福沢からは出ていた。
 あーーーという太宰の声が肯定するように聞こえていた。


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