コイに気付くとき

 ニャーニャーと猫の鳴き声が耳に届く。
  ゆっくりと目覚め始める意識。そこで感じ取ったの何やら美味しそうなお味噌汁の匂い。ぐぅーとお腹がなり太宰の意識は完全に覚醒した。暖かな布団。もう少しこの温もりに包まれていたい。そう思うが美味しそうな匂いに刺激された腹は早く起きろと急かしてくる。
 がばりと太宰は布団からでた。のたのたとした動作で匂いの出処である炊事場に向かう。がたり。襖を開ければ襷を付けた銀色の髪の後ろ姿が見える。太宰の気配に気付いたその人が振り返る。
 「起きたか、太宰。もう少しでできる故顔を洗って来い」
  顔つきはいつもと変わらぬ険しそうなものなのに漂うオーラは柔らかなもの。声も穏やかで微塵も怒りを感じない。ぼぅとその姿を眺めた太宰は、ハッとして時計を見た。まだ少し霞む視界。眠いと落ちそうになる目蓋越しにみた時計はもう六の所を長針短針ともにかなりすぎていた。
 一瞬固まってから、何だかな〜〜と心の中で思う。     



「甘やかされすぎている気がするんですよね。私もう子供じゃないのに」
  探偵社医務室。事務所の方から聞こえる太宰 と今日も元気な国木田の声。それをBGMにして太宰は最近の悩みを乱歩と与謝野の二人に相談しているところだった。その二人から太宰に注がれる視線は何を今さらと語っている。
 確かに太宰が相談するにしては些か遅すぎる時期であった。
 相談している問題が起きだしたのは半年以上前。そんなに経ってからの相談というのも遅いだろう。 
 だがそもそもその問題と対峙するのは一月に一・二回。最近では二・三回程度で頻度自体が少ない。だから問題に気付くのが遅くなっても仕方ないんじゃないか。仕方ないだろうと太宰は言い訳したい。
 「にしてもね〜〜。むしろあそこまで甘やかされておいて今頃気付くのもどうか思うよ?」
 「うぅ……勝手に人の心読まないでください」
 「それは僕だからしょうがないね。それより別に気にしなくてもいいんじゃない? 甘やかされていたらいいんだよ。福沢さんも面倒だとは思ってないんだし」
 「そうだね。それで別に困ることがあるわけでもないんだろう」
 「そうですけど。でもそうじゃないというか……」
  マイペースな二人に太宰は机に突っ伏して唸る。相談相手を間違えたとしか思えない。かといってこの二人以外に相談できる相手もいない。国木田に相談したら怒鳴られる上、彼の頭皮がそろそろ心配になりそうだ。谷崎に敦は何故か社長凄い。と福沢に尊敬の念を向ける。賢治や鏡花などは甘えればいいと言った後、甘え方の伝授とかまでしてくる。 
 すべて太宰が試した結果だ。
  残りはもう二人しかいなかった。まさか本人に相談するなんでできるわけもないのだから。だが最後に残しただけあってその二人すら頼りになるとは言い難かった。
 「困るっていうか、最初にも言いましたが私もう子供じゃないですよ?」 
「年齢からしたら子供みたいなもんじゃないのかい?」 
「そうそう。社長は僕だって子ども扱いだよ」 
「それはだって……社長と乱歩さんの関係を考えたらおかしくはないでしょう」 
 乱歩さんは子供みたいなものじゃないですか。言いかけたのを飲み込んで太宰は言葉を繋げた。普段の振る舞いは子供そのものなのに、子ども扱いすれば突端に怒るのが乱歩なのだ。残った数少ない相談相手を失うわけにもいかなかった。役に立つかは微妙だとしても。
 「そう? じゃあ太宰も可笑しくないってことにしとけば。僕より年下なんだし」
 それがいいでしょと乱歩は特に考えずに言ってくる。それに首を振る太宰。
 「いやいや。おかしいでしょう。私と社長は上司と部下ってだけですよ? 殆ど他人のようなものですからね」 
「じゃあ他人じゃなくなっちゃえばいんじゃない」
 これまた考えずに乱歩が言う。何を言ってるのかと太宰があきれるのにああ、良いね。さすが乱歩さんと与謝野は全く反対の反応をしていた。はぁ? と思うのに続く会話。
 「乱歩さんみたいに社長の子供みたいなもんになるってのはどうだい」
 「あ、それいいじゃん。流石与謝野さん。僕の弟みたいなものにもなれるし良かったね太宰。お父さんじゃなくってお兄ちゃんもできるよ」
 「真面目に考えてください! そんな力技みたいな方法じゃなくて」 
 思わず太宰は二人に対して声をあらげていた。もうと頬を膨らませすぐにへなへなと力をなくしていく。二人に相談したのが間違いだったのだと自分の愚かさに気付いたのだ。
「て、言ってもね。じゃあ一つ聞くけど」
  力が抜けて机に突っ伏す太宰に与謝野は突然真剣な顔つきをして声をかけた。太宰の顔が半分だけ上がる。そこにずいとつき寄せられる指先。与謝野の眉間には薄くしわが寄っている。
 「あんた、社長に添い寝して貰わなくても普通に眠れるのかい」 
 うっと喉の奥で言葉が詰まった。太宰はすぐに言葉を口にすることができない。それこそが答えのようなものだった。 
「ほらね。医師として言わせてもらえばそこが改善されるまでは現状維持。しっかり甘やかされな」 
「いやでも添い寝だけでいいのでは? 他は別にしてもらわなくても……」
 「何言ってんだい。社長に世話されるようになってからあんただいぶ健康的になってるよ。顔色も前よりいいし、傷も随分減ってきてるしね。ちゃんと手当したらこれだけ治りが違うんだからね。放置するんじゃないよ」
  ぐぬぬと奇妙な声が太宰から出た。珍しく言い返すこともできなかった。すべて自分でも自覚している。さらには周りから嫌というほど言われている。
 「だけど……、それにしても限度というものがある気がするんですよ。
  こないだなんて絶対遅刻するって時間に起きても怒られなかったんですよ。そもそもその時間になっても社長が炊事場に立ってて……これって起こさないように気を遣われたってことですよ」
 「あ〜。あの国木田が凄い顔してた時か。まあでもあんたの場合は普段の睡眠不足がやばいからね。月に一・二回しかまともに寝ないならその日ぐらい多少の寝坊は許容するってことじゃないのかい」
 「朝、晩どころかお弁当すら用意されるし、なんなら夜食まででてくるんですけど。しかも何か量が少ない割には品数が多いし、あれ食材の無駄遣いだと思うんです」
 「そりゃあお前が毎日栄養補助食品とかカニ缶とかしか食べてないからだろう。バランスよく栄養を取らせようとしたらそうなるんじゃない?後お前一回に食べる量が少ないし」
 「私が寝てる間にけがの手当てとか……」 
「あんたが怪我してもろくに手当てしないで放置しているうえ、起きてる時じゃ絶対やらせないからだろ」
 行きすぎていると主張するため話すのに、返ってくるのは正論ばかり。ぐぬぬと太宰は歯を噛みしめ二人をみた。二人とも楽しそうだった。
 「う、うぐぐ……てか、これ全部乱歩さんと与謝野先生の入れ知恵ですよね! 社長に怪我の事とか食生活とか教えたのお二人ですよね
 「まあね」
 「そりゃあ、妾は医師だからね。社員の身体状況については逐一社長に報告してるよ。まあ、あんたのはちょっと多めに報告してるけど。で、他にはなんかないのかい」
  ニヤニヤニヤニヤと乱歩と与謝野の二人が笑みを浮かべた。それを見つめる太宰の顔はひきつっている。だから相談しても役には立たないと思っていたのだ。そう太宰は思う。どちらかと言わなくても二人は社長側だ。むしろ国木田以外は全員社長側かもしれない。
「う……。うぅ。なんかよく頭撫でてきます」 
「それは……お前が甘え慣れてないからじゃない? 社長はもっとお前に甘えてほしいんだよ」
「何ですかそれは」 
「だから子供なんじゃない? 社長にとってはお前は子供みたいなもんなんだよ」
「私、子供じゃないですもん」
  ぷくっと太宰の頬が膨れた。拗ねて尖らせた口元が言葉をぼやく。納得いかないと告げる。そんな太宰の姿を衝撃を受けたように二人が見ていた。
 それは初めて見る太宰の姿だ。 
 固まった二人。やがて何かに気付いたのかおやおやと目を瞬かせた。そして二人はまたにやにやと笑みを浮かべる。それは先ほどのものと似ていながらも全くの別物だ。何がと聞かれても明確には答えられないが、例えるならピンクの色をしていた。 
「そうか。お前は福沢さんに子ども扱いされたくないのか」
「はぁ? 先からそう言っていると思うんですけど……」 
「うんうん。そうだねそうだね。いやーー悪かったよ。気付かなくって。流石の僕もその可能性までは考慮してなかったや」
 「はい? 乱歩さんどうかしました?」 
「そうか。あんたがねぇ。流石社長ってところか……。いや〜いいんじゃないかい。妾は応援するよ」
 「??与謝野先生までどうしたんです?」
  急に態度を変貌させた二人。身を乗り出してニヤニヤニヤニヤと笑うのについていけずに太宰は戸惑う。そんな太宰の鼻先に押し付けられた一本の指。何やら同じようなことが先ほどもあったような気がするが、その時とはやっている人も違えばその顔に浮かんでいるものも違う。 
 稀代の名探偵は満面の笑みで告げた。 
「太宰。お前は社長に恋してるんだよ!」 
「はっ、はい??」         



  コイって何だ。あの池の中の奴か。食べたら美味しいって言うけど何処で食べられるんだろう。
 それが太宰の最初の思考だった。違うとは分かっていたけど、まさか別の方のコイだとは思いたくなかったのだ。
 だが乱歩はそんな太宰の思考を読み、違うそっちじゃないからと言ってくる。しかもその後すぐ依頼あるからと消えてしまうしまつ。与謝野も与謝野でまあ、今晩は頑張りなとだけいって買い物に……。
 二人にそんな予定がなかったのは知っている。これ以上何かを言わないために出ていたのだろう。分かるが、充分すぎるほどの爆弾を落とされた太宰は、そんな二人を容易く逃がしてしまった。 
 一人になった医務室で乱歩に言われた言葉の意味を考える太宰。長いこと固まっていた。何十分かたってやってきた国木田にも反応しなかった。引きずられ事務所の席に戻っても固まったまま。しばらくして仕事を始めるが、頭の中は言葉の意味を理解するので一杯一杯だった。まともに仕事などできていない。そして二人は帰ってこなかった。

  コイコイコイ池のコイじゃないコイ。となるともはや恋。の恋しか思い浮かばないのだが、恋って何だ。意味なら知っている人を好きになる気持ち。抱きしめてほしいとか、自分のものになってほしいとか、監禁してでも自分のものにとか、自分のものにならないのならいっそ殺してやろうとか、なるそう云った気持ちのことだ。太宰自身幾度となく向けられたことがある。それは男女問わずだったため男同士で何を言っているのだとはならないのだが、それでも太宰には意味が分からなかった。
  されたことはある。なんなら今言ったことやそれ以上の事をやられたことだってある。あるのだけど自分がしたことはなかった。むしろ自分がそう言ったものをするとは欠片も思っていないのが太宰である。誰かにどうしてだと聞かれたらだって私だよと太宰は答える。そして殆どむしろ全員がそれで納得すると思っている。だからこそ、恋をしていると言われても理解できないのだ。 
 ありえないと笑い飛ばすところだ。だがこれを言ったのは稀代の名探偵。太宰も一目置いている人物。まだ与謝野に言われたのなら御冗談をと言えたのに彼に言われたらそうもいかない。それでも勘違いではないのかと思うほどに太宰にとって恋とは無縁すぎる言葉であった。 
 恋恋恋恋恋恋恋。 

恋とは   1 特定の人に強くひかれること。また、切ないまでに深く思いを寄せること。恋愛。 
      2 土地・植物・季節などに思いを寄せること  

       1 対象に強く引かれる。思いこがれる。
       2 男女の愛。 

         @  特定の異性に強く惹ひかれ、会いたい、ひとりじめにしたい、一緒になりたいと思う気持ち。 
      A  古くは、異性に限らず、植物・土地・古都・季節・過去の時など、目の前にない対象を慕う心にいう。          
  
      @ 人、土地、植物、季節などを思い慕うこと。めでいつくしむこと。
       A 異性(時には同性)に特別の愛情を感じて思い慕うこと。恋すること。恋愛。恋慕。 
       B 和歌、連歌、俳諧などで恋愛を題材とした作品。また、その部立(ぶだて)。
       C 愛人。情婦。   

   ありとあらゆる辞書に乗る恋の説明文が太宰の頭の中に駆け巡る。ピンと来るものが一つもない。まさか植物とか土地とかを思うような意味で言っているわけでもないだろうし、だとするとやはり……恋愛とかそっち系の意味になるのだが。誰が誰にどうして。太宰の思考はそこで途切れ最初に戻り回り続ける。同じところしかループしていない。  
  「……い。…ざい。太宰
 「ふぇ、あ、社長! うわぁ」 
 名を呼ばれて太宰はハッと思考の海から戻った。
 のはいいが、予想外に近い所にあった福沢の顔に驚き、思わず後ずさってしまった太宰は何かに当たってよろめいてしまった。こけると思ったのを腰を掴んだ福沢の腕が容易く防ぐ。
「大丈夫か」
「え……。はい」 
「ご婦人も連れが済まぬことをした。怪我はしておらぬか」
「はい。大丈夫ですので」
  どうやら太宰が当たってしまったのは人だったようで、急ぎ太宰が振り向けば顔を赤らめた女性が走り去っていくところだった。小さな声だったので福沢には聞こえなかっただろうが、その女性がかっこいいと呟いているのが太宰には聞こえて分かると思ってしまった。 
「ありがとうございました」
「いや。それより大丈夫か。今日はどうもぼぉとしていることが多いように思うが」 
「……大丈夫です。ちょっと考え事をしているだけなので」
「そうか。悩みがあるなら相談に乗ることもできる。あまり一人で背負いすぎるな」 
「はい」
  普段裏で何かと手を回すことの多い太宰。そのせいかわりと深刻に受け止められて罪悪感が刺激される。本当はどうしようもないほどくだらないことなのに。思いながらも言葉に出すことはできなかった。今は考えないようにしよう。思考を追いやろうとするが何度やっても同じ場所に戻ってくるコイという文字。考えないように考えないようにと頭の中で唱えながら太宰は福沢のいっぽ後ろを歩いた。 
 仕事終わり太宰は福沢と共にスーパーにきていた。与謝野が頑張りなと言った通り、今日は福沢の家に泊まる予定の日だったのだ。そんな状況でも考え込んでしまってやばいなと太宰は思う。むしろこんな状況だから余計に考えるのだろうか。社長に恋をしていると言われた後に社長と一緒とかってちょっと意識しちゃうというか。さっきのも思わずかっこいいと思ってしまって。でもあの女性も言っていたし。なんなら国木田君だってさっきの社長見たらかっこいいって思うはずだし。むしろあの状況で思わない人なんていないでしょ。だから私が社長を好きなわけではなく……。
「……たい」
「へっ、えなんて」
「夕餉は何が食べたいかと問うたんだが……」 
「え……コイ」
「「……」」
「それは……「あーー! 違うんです! それは間違いでつい口が滑ったっていうか、印象に残っていたからぽろっとでちゃっただけというか。とにかく食べたいとかじゃないんで大丈夫です」 
 気付けば再び思考の海に潜り込んでいた太宰。問われたのに何も考えぬまま頭に浮かんでいた言葉を言ってしまっていた。酷く焦った。滅多にないほど顔が赤らんでいく。必死に弁明の言葉をひねり出して。
 元凶である二人がこれを見たならきっと腹が捩れるほど大笑いしたことだろう。が、幸いなことにその二人はここにはいない。福沢の方もいつもと様子の違う太宰に心配になりながら、今はそっとしといた方がいいだろうと何かを言うことはなく、先ほどと同じ問いだけを繰り返してくれる。 
「……なら何が食べたい」 
「えっと。蟹? と言うか何でもいいですよ。社長の作るご飯は何でも美味しいですから」
 「分かった。蟹缶なら家にあるからそれで何か作ろう」 
 福沢の思いやりにホッとする。何とかいつも通りを装いながら、蟹缶なら家にあるという言葉にいたたまれなさがこみ上げる太宰だった。




 その後も太宰は何度も思考の海に沈みかけてしまった。醜態を晒さぬよう取り繕った太宰は、寝る段階になってやっと一息がつける。いまだに思考は終わっておらず、気を抜いたらすぐにでも考え込んでしまいそうだ。でも後は寝るだけ。もう醜態を晒すことはないだろう。安心できる。そう思い、いつものように福沢につづいて寝室に足を踏み込んだ所で動きが止まった。
 安堵の笑みが浮かんでいた口元がひくひくと痙攣する。見つめるのは床に敷かれた布団一式。
  布団一式。 
 自分が何のためにここに来ているのかこの段階になって思い出してしまう。太宰の口からは思わずうめき声のようなものが出た。とっさに抑えたがそれは福沢にも聞こえている。慌てて福沢は太宰に近寄り、それを見る太宰はやってしまったと両手に顔をうずめた。最後の最後で最悪の醜態を晒してしまったのだ。
 「太宰どうした。何かあったか」 
「なんでもありません。大丈夫です」  
「だが……」
「本当になんでもありませんから。心配しないでください。大丈夫なんです」
「そうか……。それならいいのだが。
 だがやはり今日一日様子が変だ。風邪などひいたわけではないな……。うむ。熱もないな」
「ふぁ」
 声をかけてくる福沢に何とか冷静にいつも通りに笑みを浮かべて対処しようとした太宰。が、福沢が急に近付いてきて。子供の熱を測るように互いのおでこが触れ合う感覚に我をなくした。またも変な声をあげてしまう。ぎょっとした福沢が何かを言いかける前に慌てて太宰が捲し立てる。
「ちがうんです。本当に大丈夫なんです。ただちょっと考えすぎで変になってしまったというか。あ、そうだ早く寝ましょう。思考のしすぎで疲れてるんです。寝たらなおります! ああ、でも思考のしすぎと云っても個人的な些細な用件ですから心配しないでくださいね。ヤバイこととかはないので
 だから寝ましょう!!」
「……………そうだな」
 必死なその様子にまだ言いたいことはあるものの福沢はすべて飲み込んだ。今聞いたところで答えられないだろうし、余計太宰を混乱させるだけだと考えたからだ。ただ心配なのは抑えられないのか、布団までのわずかな距離、太宰の肩を支えてゆっくりと連れていく。布団の中に横たわってもいつもより強い力で抱き締められたうえ、背やら頭やらを気遣わしげになでられる。
 それに太宰は心のなかだけで悶えた。外に出ないように必死に表情筋を押し殺し、歯を強い力で噛み締めていた。

 ふわぁ。なにこれ格好良い。いや、でも変なんじゃなく大多数が絶対思うから! 何か心臓どくどく言ってるけど、めっちゃ鼓動が早いけど、これだってあんな急に顔を近づけられたら誰だってなるはずだ。そもそも乱歩さんや与謝野先生が変なこと言ってきたから気にしちゃってるだけで、それで過剰反応しちゃってるだけで。そうだよ、そう。もうどうしてくれるの! 折角添い寝してもらえたら眠れるようになってたのに、心臓ドキドキ言い過ぎて眠れる気がしないんだけど。顔が暑い。ああ、社長の鼓動の音が聞こえてくるのすごい恥ずかしい。バクバクする。でもこれだって恋とかじゃなく。変なこと言われるから
 だって恋とかありえないでしょ。私だよ。私が誰かに恋するとかできると思ってるの。ありえないでしょ。地球がひっくり返ったってありえないでしょ。恋ってあれだよ誰かを愛おしいとか、抱き締めたいとか、抱き締められたいとか、触れてほしいとか、優しくしてほしいとか、そんなこと思うやつ! そんな感情私が誰かにいだ……あれ? いやいやいや、違う違う違う。確かに社長に触れられるのは好きだし、頭撫でてほしいとか思うし、こうやって寝るのも好きだけど、でもそれは違って、親しい人になら誰にだって思う気持ちっていうか、国木田君にだって……。思わないな、あれ? いやでも違う。あの、そう! 子供!! 社長は何だかんだ子供扱いして甘やかしてくれるから、何て言うかお父さんみたいな感じで、だから安心するというか、だから触れてほしいと思うっていうか…………。子供のような感情って……それはなんか違うんだよな………。子供扱いはされたくないっていうか、子供として見られてるのは嫌って……。


 太宰の思考は休みなく続き続ける。その間も福沢の手は太宰の頭を撫で、背を撫でを繰り返していた。絶え間なく与えられるそれらは思考の海に溺れた太宰にも届いていて……。やがて

あ、駄目だ。これ、好き。私……恋しちゃってる



 そう気づくと共に顔を真っ赤にした太宰は気絶するように寝落ちしていた。





「乱歩さんと与謝野先生のバカ!」
 翌朝、探偵社医務室にて太宰の怒鳴り声が響いた。中々珍しい事態である。顔を真っ赤にして怒鳴った太宰の前には怒鳴られたとは思えないほど良い笑顔を浮かべた二人。
「いやー、案外気付くの早かったじゃん。褒めてやろう!」
「気付けて良かったね。で、これからどうするんだい」
「どうするもこうするもないですよ!逆にどうしてくれるんですか!! 社長私のことなんて子供みたいにしか思ってないんですよ!脈無しにもほどがあるでしょ!」
「いや、それはどうかなーー」
「そうだね。頑張りゃいけると妾は思うけどね」
「そんなわけないじゃないですか、もう! 兎に角責任とってください!」
「え? くっ付けるよう仕向けたらいいの?」
「付き合えるように応援かい。まあ、やぶさかではないね」
「そんなじゃないですよ! もう!」
 ぷんすこと怒鳴りながらでていく太宰。ここにいてもからかわれるだけだと判断してのことだろう。だが上に戻れば上に戻ればで、怒鳴り声が聞こえていたのであろう敦やら谷崎やらに心配される声が医務室まで届く。今ごろ余計顔を赤くしているであろう太宰に二人は腹を抱えて笑った。爆笑するのだけは堪えている。
 そこに響くノックの音。笑いやまないなかでも入室を許すと入ってきたのは話題に上がっていた人物。福沢だった。
「先程太宰が怒鳴っていたようだが…………、あまりあれをからかいすぎるなよ」
 ドアを明けながら問いかけていた福沢は中の様子をみるなり何があったんだと聞こうとしていた部分を飲み込んだ。二人の様子に詳細まではわからぬがおおよそは悟ったからである。乱歩がはいはーーいと軽い返事をした。思わず福沢は眉間を抑えた。はぁとため息を吐き出した後、福沢は顔をあげ当初の目的を果たそうとする。



「所で与謝野。コイが食べれる店を知らぬか」
 数秒後探偵社内に笑い声が轟いた。


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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
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