探偵社がテロリストとして窮地に立たされた時、軍から逃れ立て直すときの一手としてポートマフィアに求めた助け。その代償として探偵社の一人をマフィアに渡すことになっていた。
すべてが終わった後にマフィアが求めたのは太宰であった。
それもあって太宰は数年前に探偵社から退社し、今はマフィアとして働いていた。それからというもの太宰に会ったことはない。
探偵社の者たちも誰一人太宰に会っていることはなかった。
マフィアの噂はそこそこ聞くもののその中に太宰と思わしきものは一つもなく、元気でやっているのか、生きているのかさえ分かることはできなかった。
いつでも太宰のことを思っていた。
自分がふがいないばかりにマフィアに渡してしまった人。それが彼にとってどれほどの苦痛か知っているからこそなおの事。元気でやっていてくれなんてとても思えない。
会いたい。けれども生きていなくてもいいとそんなことまで考えだしている毎日。そんな時だった。太宰がある晩福沢のもとに姿を現したのは。
探偵社にいたころとは違う黒一色に身を包んだ彼はその顔に一つの笑みも浮かべてはいなかった。
探偵社にいたころとは違い暗い表情をしていた。目元には深い隈ができていて、不健康そうにみえる。
そんな太宰を見て福沢は何も言わず口を閉ざした。そして静かに太宰の体を己の腕に閉じ込めていた。その蓬髪を撫でていく。探偵社にいたころより艶やかだけどボリュームが小さくなっているようなそんな気がした。腕の中に包まれた太宰は何も言わなかった。
ただそこで息を吐き出していた。
やっと息ができるようになったとでもいうようだった。息を繰り返しながらじっと立ち止まっている。福沢も太宰に何かを求めることはなかった。腕の中収めて太宰とともに息をしていた。
二人してそうしてその晩過ごした。
朝方になって太宰が口を開いた。
「もう嫌です。もう無理なんです」
ただそれだけの言葉。
そうかと福沢の答えもそれだけ。
少しだけ離れて太宰に手を差し出していた。褪せた目が差し出された手を見つめる。そしてその手に手を伸ばしていた。
二人は夜明け近くの闇に紛れて横濱の町から逃げ出した。
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