その日、いつものように暇を見つけては十三番目の妻である太宰のもとへ向かった福沢はその目を大きく見開くことになってしまっていた。
部屋付きである鏡花に出迎えられたその場では妻である太宰が起き上がって、花を活けている所であったのだ。
ぽっかんと口を開けて太宰を見てしまう。太宰が動いている所を見るのは、行商人が来ていた時しかなく夢でも見ていたのかと疑ってしまうところであった。
だけどそれは夢ではなく、気づいた太宰が少しだけ目を泳がせていた。どうぞ、旦那様と鏡花は太宰がよく見える位置に椅子を置き進めてくれていた。その椅子に座りながら福沢は太宰の姿を見る。
食事をちゃんと食べるようになったという話は聞いていたが、以前ここに来た時より健康的になっているようなそんな気がする。それに気を良くして、福沢はどうしたのだと太宰に微笑みかけていた。太宰の口は少し尖りだってとそう言った。
「貴方が私のことを好きといってくださったから……もう少しちゃんと生きてみてもいいのかなってそう思ってしまったんです。何か悪いですか」
そっぽを向いた顔。ちらりと福沢を見てきた目は不機嫌そうなものだけど本当はそんなことはないのは福沢とってわかっていた。凄くわかりづらいけどきっと不安なのだろう。ふっと笑みをこぼしてしまう。
「悪くない。嬉しい」
自然な言葉は太宰の不安を解消したのだろう。枝をいじっていた手が一瞬止まってそれから口元にはみかむような笑みが浮かんでいた。それはすぐに消えてそうですかなんて余裕ある笑みに変わってしまうのだが、目がいい福沢にはばっちりと見えて、心に刻み込んでいた。
「そうだ。今度一緒にご飯でも食べないか」
そうしながら太宰に問いかける。はっとその顔が固まっていた。大きくなった目はすぐに嫌そうなものに変わって、太宰の手の中で花の茎が少し歪んでいた。慌てて彼は切りなおして、花瓶の中に挿している。
太宰が生け花をしている所は初めて見たがかなりの腕前でとても綺麗なものが出来上がっていた。それを鏡花に命じて見やすい位置に置いた後、むうと頬を膨らませ太宰は福沢の元までて来ていた。
「それは私に貴方の食事会に出ろということですか。嫌ですよ。他の人たちとも一緒になったらねちねちくだらないこと言われるじゃないですか。知っているんですよ、彼女たち私が卑怯な手で貴方の気を引いたとか金目当てのメギツネだとか陰で噂しているんでしょう。
金目当てはそっちのくせして。彼女たち相手ににこにこ笑うのも馬鹿らしいので私は行きたくありません」
はあとため息をつく太宰。傍まで来た彼に福沢は手を伸ばしてその体を抱きしめていた。己の膝の上に座らせながら髪を撫でる。そうではないとその口からは出ていた。
「そうではなく、ここで二人で食べよう。そうだな。昼食であれば誰も文句は言ってこないだろう。剣呑な雰囲気の中する食事は疲れて困る。たまにはお前と二人で食べて食べることを楽しみたいのだが、だめか」
何度か太宰が瞬きをしてから微笑んでいた。
「駄目なんかじゃありませんとも。それはとても大切なことですね。貴方とのご飯私とても楽しみにしていますから、約束ですよ。破ったら許しませんから」
「ああ。また日取りが決まったら連絡する」
「はい」
ぎゅっと抱き着いてくる太宰を抱きしめ返しながら福沢は喜んでくれたことを嬉しく思い、当日はどのような内容のものにしてもらうかを早速考え始めていた。できれば太宰の好きなものがいいが、久しぶりにとても充実した食事の時間が得られそうなのだ。福沢の好きなものを食べたい気持ちもあって悩んでしまう。幸せな悩みに福沢の表情は緩んでいた
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