「デートをしないか」
 口にした言葉が己には途轍もなく似合わない言葉であることを福沢は知っていた。その証拠に目の前にいる太宰は目を見開き口を大きく開けたたいそうな間抜け面をさらしている。それでももう一度同じ言葉を口にする。
「デートをしないか」
 二度同じことを言われ太宰はぽかんと口を開いたままだった。不思議そうに首を傾けて、それから福沢に向けて細い腕を伸ばす。どうするのかと見ていればその手は福沢の額に触れて。
 熱はないですね。 
 呆然としたような声がそう言う。密かに福沢は落胆した。変なことを言っている自覚はある。だが付き合っている者にたいしてその反応はないのではないかと。確かにデートなどを二人はしたことないが、普通の恋人同士であればしているものだろう。
「どうしたんですか」
 大きく見開いたままの目が問いかけてきえ、福沢はため息をついた。
「付き合っているのだ。たまにはそう言う恋人らしいことをしてみたいと想うのはそんなに変か」
 口にしながら恥ずかしさが募る。何を言っているのだろうか。そう想いながらも福沢は太宰をまっすぐに見た。赤く染まる太宰の頬。俯くその口元が綻んでいるのが見えた。喜んではくれているようだった。良かったと胸を撫で下ろす。でもと太宰は否定の言葉を口にする。
「誰かに見られたりしたら大変ですし……」
 福沢は一度口を閉ざした。それが一番の問題であることは福沢も分かっている。付き合っている二人であるがその関係を誰にも言ってないのだ。それは福沢も太宰もどちらも男であることが理由で。正直福沢は話してもいいのではないかと思っているが、太宰の方が気にしている以上そんなことは言えなかった。
「それでもたまにはしてみたいのだがな」
 福沢が言うと太宰が俯いて眉を寄せた。悲しそうな顔をする。追い詰めているようで福沢の方が悲しくなる。だけど、きっとデートをすれば太宰は喜ぶのだろうと思うと折れるわけには行かなかった。
 そもそも福沢はデートなどしなくとも良いのだ。
 家のなかで二人のんびり寄り添って過ごす方が福沢は好きだ。二人で出掛けたりするのも楽しいのだろうが、生来の気質からして福沢はそちらの方が好きだった。そんな福沢がデートをしたいと言い出したのは太宰が行きたがっているそう思ったからだ。家のなかでのんびりするのでも充分だと思ってはくれているだろうが、時折テレビや雑誌のデートスポットなどを羨ましそうに眺めているのを福沢は気付いている。恐らく本人は気付いてないだろうが。
 だからこそ行きたくて福沢は駄目かと太宰にとう。
「駄目ではありませんが別によくありませんか? 社長だって外に出掛けるより家のなかにいる方が好きでしょう」
「それはそうだが、でもお前と出掛けるのは楽しいのだろうと思ったら行きたくなってな。無理強いをするつもりはないが考えてみてくれ」
 恥ずかしい台詞を言っている。思いながらも口にした福沢は太宰を見る。嫌そうな顔をしながらも太宰の顔は何処か嬉しそうで。俯いて福沢は太宰の言葉を待った。

「分かりました。行きましょ、デート」
 数十分後小さな声が答えるのに福沢は良かったと口元に笑みを浮かべた。



 それから数日後のデートの日。福沢は太宰の姿を見て目を丸く見開くこととなった。はっとでていく声。間抜けな顔をして福沢が見つめる先にいる太宰は何故かスカートを履いていた。
「この格好なら男女のカップルに見えるでしょ」
 小首を傾ける太宰は確かに太宰だと知らなければ、いやしっていても女子にしか見えなかった。
「だ、太宰」
 上擦った声が福沢からでていく。太宰はにこにこと笑っていた。そうしながら私可愛くないですかと舌からのぞき込んでくる。太宰は不思議なことに福沢の胸元ほどしかその身長がなかった。普段はほぼ同じ目線であるのにだ。福沢さんに可愛いって言ってもらえるようたくさんお洒落してきたんですよ。太宰が言う。その言葉通りなのだろう今の太宰は福沢の好みがそのまま形になったような女子であった。
 愛しいものが好ましい格好をしてくれていることにはぐっと胸に来るものがあった。
 それでもやはりどうしてとも思うし、太宰の気持ちが分からなかった。
「どうしてそんな姿を」
 上擦りながら福沢が問う。だってと太宰は言った。
「デートをするならこう言う格好の方が自然でしょう。私は別に性別など気にしませんが、でもこれで社長と恋人らしい振る舞いができるならそれでいいかなと思ったのです。
 もしかして社長は嫌でしたか」
 ふわりと笑っていた太宰の言葉は次第に小さなものへとなっていた。悲し気に眉を寄せて福沢は見てくる。福沢は否と答えていた。
 どう見ても演技だとそう分かるのだけど悲しげな太宰の顔に福沢は他に言えることなどなかった。お前がそれでいいのならいいのだがと太宰を見る。太宰が安堵し、ほっと笑ってよかったと言う。それではデートに行きましょうか。差し出される手。
 その手をしっかりと握りしめる。
「だけどいつものお前ともデートしてみたかった。
 でも可愛いぞ」
 褪せた目が見開いてその頬に赤みが増していく。俯きながらそれはまたいつか機会がありましたらと太宰は言った。



 デートはおおよそ成功と言っていいものだった。福沢も太宰も満足し、笑っていた。そして二回目のデートもそれとなく取り付けられたのだった。次こそはと楽しみにしていた福沢だが二回目、再び待ち合わせ場所に現れた太宰はまた女装をしていた。
 気を落としつつも二人はデートを楽しんだ。そしてそれ以降すべてのデートで太宰は女装をしてくるのだった。



「楽しいか」
 何回目のデートの前。福沢は太宰に問いかけていた。鏡に向かって座り化粧をしていた太宰ははいと首を傾けて福沢を見上げる。もう半分女性の姿に変装していた。後は少しの仕上げをして服を着替えれば完成という感じだろう。
 その姿を見下ろしながら福沢は問いかける。
「否、そんな風に化粧をするのは楽しいか」
「はあ」
 ことりと首を傾ける太宰。太宰が化粧をする姿をずっと見守っていた福沢はそれがとても時間がかかることを知ってしまった。あまりにも面倒そうな作業でものぐさな太宰にはつらくないだろうかと問いかけていた。
 見つめられる太宰は何かを考えてから微笑んでいた。
「まあ面倒ですが楽しくはありますよ。これさえしたら貴方とデート行けますからね」
 今日は何処に行きましょうかって太宰が微笑む。そこにはどう見ても嘘なんてなくて福沢の肩は小さく落ちていた。でていくため息。面倒だというのならそこを重点的に攻めてデートで女装するのを止めさせようと思っていたが、その手が使えなくなってしまったのだ。落ち込んでしまう中、それでもと太宰に声をかけた。
「私はそんなものがなくても行きたいのだが
 たまに本当にお前とデートしているのか分からなくなる」
「ナチュナルメイクにしてみましょうか」
 伝わってくれないかと思いを乗せた言葉。でも太宰はすぐにほほ笑んでいた。それは福沢が欲しい言葉ではなかった。


 福沢の気持ちはさておいて二人のデートは順調だった。
 それ以外だってもちろん仲が悪くなる事もなく、思いを重ねあうようにして付き合っていた。
 前まで通り家にいることの方が多いがデートをする回数もそこそこあって、二週間に一度は二人で出かけていた。そんな生活だ。
 だからか、探偵社の社内ではある噂が流れ始めていた。
 それは福沢が複数の女性と付き合っていると言うものだ。町やデパートで歩く福沢を見かけた者が何人かいたのだが、その都度隣にいる女性は変わっていた。だけど共に居る距離感は間違いなく恋人のそれであったと探偵社の社員の間では社長が二股をかけている。何人もの女性と付き合っている。もしかしたら援助交際をしているのかもなどと言うとんでもないうわさが駆け巡っていた。
 そしてそれがついに事務員だけでなく調査員の耳にまで入ってしまったのだ。
 国木田は倒れて、他の社員は理解を拒み、与謝野はそんなわけないだろう。ふざけた噂だと一周し、そんなありえない噂を流すのは何処のどいつだいとこぶしをならしていた。事務員たちはひいと声を上げながらでもと叫んでいる。本当に見たんですよと彼らが言う。そんなわけないと言いつつも与謝野も事務員を疑うのはきつくなってきていた。
 ぐっと唇を噛みしめて彼らを見つめる。眉間には青筋が浮かんでいた。落ち着いてくださいと谷崎たちが怯えながら声をかける。ぎろりと睨まれて悲鳴を上げていた。
 社長の後をつければいいんじゃないと言ったのは乱歩だった。
 ええと周りはなったが与謝野だけはそれはいいと言って賛同していた。あんたらもやるよと全員が巻き込まれることが決まっていた。
 そして福沢をつけるための計画を立て始めたのだった。都合がいいのか悪いのか。探偵社の中には福沢も太宰もおらず、みんなが福沢はつけることは福沢だけでなく太宰の耳にも届かなかったのだ。
 壁に耳あり、障子に目ありと何処で知られるか分からないのでその日に決めたこと以外誰も話さなかったのも大きい。そして決闘の日が訪れた。
 その日は太宰と福沢がデートをする日と決まっていた。どうしてこの日をピンポイントに選べたのかというと事務員と与謝野のたまものであった。
 乱歩に頼んでも推理してもらえなかった与謝野は事務員達とともに福沢の動きをじっと監視し続けたのだった。そして数日前から何処となくそわそわし始めた福沢にこれはデートするに違いないと福沢の休みの日に目星をつけたのだった。その日を事前に決めていた方法で伝えた。
 そして福沢の様子から割り出した待ち合わせ場所へと集合していた。


 みんなの目の前で福沢ともう一人、誰か知らない女性が笑っていた。長い髪に可愛らしい恰好をした福沢とは十も離れていそうな女性だった。先週事務員が見かけたのは福沢とおない年ぐらいの女性だったという話なので別の人だろう。
 二人の距離はとても近く手を握りしめあっている。二人は映画に行ってデパートを見て回ってとどう見てもデートを楽しんでいた。
 その姿を追いかけながら敦や谷崎などはどんどん蒼褪めていく。二人が向かう方向が福沢の家であったからだ。このまま福沢の家に帰るのではないか。後はお家でというのが想像できてしまう中、これ以上はと敦が一番先頭で福沢を睨んでいる与謝野に声をかけていた。
「し、黙りな」
 帰ってきたのは鋭い叱咤だ。
「見つかったらただじゃすまないんじゃ」
「もういいのでは」
 ひいと怯える敦。その敦の雄姿をたたえるように谷崎や国木田が与謝野に声をかけるものの与謝野の目は二人から動かなかった。
「まだまだだろ。社長がデートをしていたことは分かっても噂が本当かはわかってないから。せめて今の相手が誰なのか突き止めるまでは妾は帰らないよ」
 そんなと三人から声が出た。賢治とナオミ、鏡花はそれにしても可愛らしい人ですね。社長が付き合っているのがよくわかるとそう話していた。


 そんな後ろの騒ぎなどは知らず太宰と福沢は二人で歩いていた。隣で歩く太宰を見ては福沢はその唇を尖らせている。今回は太宰の素材を生かしたナチュラルめのものでとても可愛いが、やはり福沢としては不満の残るものであった。
「もういいのではないか。」
 ジト目で太宰を睨む。睨まれる太宰は笑っていた。
「でもまだ家じゃないですからね」
「そうだが……誰もおらんぞ。それに少しぐらいなら大丈夫だろう」
「そうですけどね」
 二人の目があたりを見渡す。いくら二人でも谷崎の異能を使い隠れている探偵社を見つけるのは難しい。それもかなり離れている所にいるからわかるはずもない。誰もいないと二人ともそう認識した。
「暑いだろう」
「それはまあ確かに」
 福沢が言うのに太宰は頷いていた。まだ暑い時期だ。太宰の目があたりをまた見渡す。そうしようかとまた頷いていた。太宰の手が鬘に向かい、そしてその鬘を取っていた。ふわりと彼本来の蓬髪があらわになる。まだ化粧はしているが、そうするとほとんど太宰で福沢の顔に笑みが浮かぶ。優しく見守る中、で太宰の手は鬘を持ったままぱたぱたと仰いでいた。
「ふう。やはりこの時期は鬘はむせますね」
「そうだろうな」
 ふふと太宰本来の笑みで太宰が笑う。福沢の手が太宰の額に流れる汗をぬぐっていた。
「お風呂入りたいです」
「家に帰ったらゆっくり入ろう」
「はい」
 二人が幸せそうに笑う。楽しそうな姿。ぎゅっと手を握りしめあって歩いていく中、後ろからはとんでもない叫び声が聞こえていた。二人が振り返る。驚き過ぎて谷崎の異能が解け二人の目には探偵社の調査員全員の姿が見えていた。
「どういうことだい!」
 与謝野が叫ぶ
「なん、なんで太宰が!」 
 その手が二人を指しているのに、なんでお前らがと二人も思っていた。




 二人に色んなところでーといってほしくって考えたんですが、もう既にいろんな作品で二人に色んなところデート行かせていて書ける場所がなかったです。
 どこか二人にデート行ってほしいところあったら教えてください。調べて書きます


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