添い寝の誘い方

   添い寝の誘い方


 ほんの一瞬、チラッと自分を見つめる視線。感じたのに福沢は横目で視線の主を見やた。そこにはいつも通りだらけながら机に突っ伏している太宰の姿がある。その横では国木田が不真面目な太宰の様子に怒鳴っているが聞いている様子はない。そんな様子を見ながら福沢は胸中でため息をつく。
 そろそろどうにかしなければなるまいと。



 太宰が不埒ものに拐かされたあの日からもう二ヶ月近くたった。同僚のあられもない姿を見てしまい気まずげだった国木田もいつも通り変わりなく接している。太宰の怪我もすっかり良くなっていた。
 それだけのは時間たった。なのに太宰が福沢のもとに来たことはない。
 眠れなくなったら何時でもこいと言ってある。だが太宰が来る気配を見せたことはない。それが眠れているからというであれば良い。そうでないことを福沢は分かっていた。
 あれから二ヶ月の間、度々太宰は睡眠不足に悩まされている。端から見ているだけだが、福沢は太宰の睡眠不足について確かなものとして断定することができた。
 と言うのも元々太宰の睡眠不足の話は、乱歩や与謝野女医との話でよくあがる内容だったのだ。太宰は完璧なほどに不調などを隠してしまえたが、それでも乱歩の目は誤魔化せない。
 今、アイツ六徹めだよ。その仕事まわすのは流石にやめといた方が良いんじゃない。
 数年前、些か厄介な仕事を回そうとしていた折りに言われた台詞。その台詞を言われたときは流石に福沢も乱歩を信じられなかった。なにせ普段と変わった様子など欠片もなかった。その一時間前には何時ものように川に飛び込んで国木田に怒られてといたのだ。それがもう六日も寝てないなどどうして信じられよう。まあ、アイツの場合は慢性的に眠れてないようだし、六徹目とは言っても普段とあんまり変わらないとは思うけどさ。驚く福沢に続けられた乱歩の言葉。眉間に皺が刻まれたのは仕方ない。
 そうなのか。固い声で問い掛けたのにうんと乱歩が答える。
 流石に六徹もするのは珍しいけど二、三徹ぐらいならざらにあるよ。寝ようとしても眠れないんじゃないかな。普段眠れてるときも充分な睡眠時間とれてないようだしね。まあ、でも今日辺り眠れるんじゃない。その仕事回すなら明日、いや明後日の方がいいと思うよ。
 乱歩の忠告に従いその仕事は太宰には回さず福沢本人がいって解決してきた。その際、その程度の仕事ならわざわざ社長が赴かなくとも私と国木田君で大丈夫ですよ。そう声をかけてきた太宰をそれとなく観察したが、福沢には顔色一つ変わりないようにしか見えなかった。
 それから折を見ては福沢は太宰を観察するようになった。乱歩も時おり今、三徹目だね。一応ちょっとは眠れてるようだけどでもまともな睡眠取ってないよ。もう七徹目だ。いい加減ヤバイかも等と言ってくるようになり、いつ頃からかその話に与謝野女医も混じるようになった。
 そして太宰の睡眠不足の件は早々にどうにかしなければいけない程ではないが、少しずつでも改善させていかなければいけない案件として議論が行われるようになっていたのだ。そのお陰で福沢にも太宰の様子が分かるようになった。さすがに何徹めかを完璧に当てることは出来ないが、眠れてるかないかぐらいなら判別できる。
 で、話を今に戻す。
 この二ヶ月近く太宰が眠れたのはほんの僅か。あわせて二週間にも満たないほど。普段とそう大差ないようではある。だが太宰の悪癖とも言っていい眠り方を知ってしまった福沢は気が気ではいられなかった。
 ちらりと太宰を見やる。国木田に怒鳴られながら未だ仕事に取り組む様子を見せない太宰は他から見たらいつも通りだろう。眠れてないことなどおくびにもださない。が、あれでもう五日近くは眠れていないはずだ。多少ではあるものの動きが鈍っている。このままではいつまたあのような方法を取るともしれない。そうなる前になんとか手を打つ必要があるだろう。
 さてどうしたものかと福沢が思考に耽る横、ちらりとわずかな視線が肌を刺す。常人ではまず気付かないであろう程の視線。その主が誰かも、福沢は分かっている。太宰だ。
 まったくとその胸中でのみ呟く。手のかかる奴だとそれは続く。
 おおよそ三週間前からだろうか。太宰からの視線を感じるようになったのは。ほんの一瞬、わずかな隙間に感じる窺うような視線。何かを言いたそうにしながらも結局は何も言わずに終わる。最近では顔を合わせるたびに刹那だが何かを躊躇する様子を見せだした。
 最初の頃こそ一体何だろうかと思ったが、続けばそれの理由も見当がつくようになる。恐らく太宰は福沢に添い寝を頼みたいだ。たまに眠れた日にその視線が消えるのがいい証拠。だが、自分からは頼みにくい。というより、本当に頼っていいのか分かりかねているのだろう。福沢自らが言ったことなのだから別段気にすることもないというのに。変なところで不器用な奴だと福沢は呆れるほかない。普段はすぎるほどの器用さで上手く立ち回っているくせに自分のことに関しては何もできない。何でもかんでも一人で抱え込んで対処しようとする。甘えることを知らないのだ。
  今回はまあ、頼ろうかと考えただけでもよしとするべきかと福沢は結論付ける。太宰本人からの言葉を待ってみたものの、このままではいつまでたってもそれは訪れないであろうから。
 立ち上がって福沢は太宰の名を呼ぶ。
 はいと答えた彼は自分がなぜ呼ばれたのか分からないのか首を傾げた。つくづく不器用な男だと福沢は思う。
「後でお前に話があるのだが、今日の夜は暇か」
「今日の夜ですか。大丈夫ですが。今ここではだめなのですか」
「ああ。二人で話したい。それに時間もかかる。帰りは待っていてくれ」
「はい」
 神妙な顔で頷く太宰。その優秀な頭が何か問題が起きるようなことでもあっただろうかと、考え出すのが分かりまた胸中でため息を漏らす。自分自身のことだとは欠片も太宰は思わない。
 少しずつになるとはわかっていたがこれは思っている以上に骨が折れそうだった。


 夕刻、わざわざみんなの前で言ったお陰か退社時刻になるとすぐ福沢と太宰を除いた全員が帰っていた。残された二人。太宰はみんながいなくなり気配も感じなくなるのを確認するとで、と切り出した。
「用とは何でしょうか、社長」
 その一連の動きにさすがと感心しながらも、福沢は苦笑する。
「何。ちょっとした個人の用事だ。ここでは何だ私の家に行きたいのだが良いか?」
「はい? 社長の家にって……え、何故ですか? そんなに人目をはばかるような案件など」
 今は特にないはずですがと続けられるはずだった言葉は不自然に止まった。太宰の顔が赤く染まる。呆然と太宰が見つめる先にいる福沢はいつも通りの何ら変わりない表情をしている。その手は何故か太宰の蓬髪頭を撫でているが。まるで猫を撫でるような柔らかさで撫でてくる手に太宰は戸惑う。
「え、社長、これは一体」
「そう案じるな。言ったであろう。個人の用事だと」
「はあ、では一体どのような用件で。私と社長が二人きりで話す個人の話など特に思い当たらないのですが。……後その、この手はいつまで続くのでしょうか」
 太宰の戸惑いには無視して福沢が言葉をかける。なので触れない方がいいのかとも考えた太宰は一応触れないようにしてみた。一瞬後にはやはり気になり問いかけてしまう。
「いやか」
 返ってくるのは短い問い。人の顔色を読むことに長けている太宰だが福沢の変わらない表情からは何一つ読み説けない。どう答えてよいのか分からず太宰からはまごついた言葉が出た。
「え、いや別に嫌というわけではないのですが、その子ども扱いされているようで恥ずかしいといいますか、あまりこういうことをされた経験もないもので。どうしていいか分からなくて……」
 それは本心からの言葉。太宰の頬がより赤く染まる。回らない思考では思ったまま口にしてしまうしかなく、もしやこれはそれを狙った社長の策略ではないのか。回らぬ頭がどうしようもなくくだらない事を考えた。
「そうか。だが私からしたらお前も乱歩と同じ子供のようなものだ。気にするな」
「子供ですか?」
「ああ、それもなかなかに手のかかるな」
「……私そんな風に言われるの初めてなのですが。その……覚えがいいと褒められて育ちましたし……」
 納得できないというように太宰は訴える。だがどうしても言葉尻が弱くなってしまうのはそれを言った人が言った人だからだ。目をそらしてしまう太宰。恐らく福沢もそれを言った相手が誰か分かったのだろう。眉間に深い皺ができている。
 太宰の頭を未だ撫で続ける手に少し力がこもった。
「……確かにな。お前はいろいろと器用だ。世渡りもうまい。仕事をするにおいては優秀だろう。だがそれとは別に人として不器用すぎる。もっと人を頼ることを覚えろ。困ったことがあるなら遠慮せずに言え 。
 言っただろう。眠れなくなったらいつでも来いと。何故来なかった」
  福沢の相貌が太宰を見つめる。福沢が何を言いたいのか分からず太宰はじっと福沢の目や口周りを見ていた。筋肉の動きを観察していた瞳が最後の言葉に丸く見開く。
「え、あ、では用事というのはまさか……。え、でもどうして分かったんですか。うまく隠していた心算なのですが。あ、そうか」
「乱歩ではないぞ」
 乱歩さんですねと言おうとした太宰の言葉に福沢が重ねる。余計に太宰の目は丸く大きく見開かれる。その顔はそれ以外に見破られるなどあり得ないと言いたげだった。事実福沢も初めは乱歩の言葉なくて分からなかったのではあるがその辺は隠して答える。
「私は社の長だぞ。乱歩ほどとはいかんが社員の事なら見ている心算だ。不調の一つや二つ見抜けぬでどうする」
「さすがです。社長。あ、でもその今回はそんなに眠れてないわけでもなく、まだ社長に頼む程でもなかったので」
 太宰からでる感嘆の声。そして続けられる実に嘘臭い言葉に福沢の声が険しくなる。
「嘘を云うな。もうかなり眠れていないだろう。体がふらついているのに気付かぬとは言わせぬぞ」
 まっすぐに見つめる目。その目は途中から太宰の目とあわなくなっていた。何を言われるか察知したのだろう剃らされてしまったのだ。褪赭の目が下をみて右往左往とさ迷い続けている。言葉を探すような姿に福沢がじっと待つ。やがて小さな声が二人きりの事務所に落ちた。
「……だって、迷惑ではございませんか」
 伺うような目。なにかを恐れるようにその目は問いかけた後すぐにきえまたさ迷い始めた。その姿にまったくとつぶやく。分かってはいるが面倒なやつだと。
「私から言い出したのだ。別に迷惑だと思ったりせぬ。それより眠れないのを見ている方が心配でならん。長く続くようならすぐに来い」
「……」
「まあ、お前のほうが嫌だというのであれば仕方ないが」
 返事はすぐになく視線が揺れ続ける。それにわざと目を伏せて言葉を続ければ、勢いよく伏せられた顔があげられた。
「そんな。そんなことはないです」
 強く言い切られるのに対して、続く言葉は弱い。折角あげられたというのにまた伏せられてしまった目が言葉を探しては泳ぐ。
「その……こないだはとてもよく眠れて、それで……また、一緒に寝てもらいたいとは思っていたのです。ですが」
 迷惑ではとその口が先を紡ごうとするのを福沢は先回りする。
「なら、いつでもいいから来い。迷惑などと欠片も思わぬ」
 最後の方はまだ言うのかという思いも加わり存外強いものへとなってしまった。そうであるが太宰の顔は綻ぶ。
「はい」



 照明を落とした真っ暗な部屋。一人用の布団のなかで細い太宰の体を抱き締めると彼からふっふと笑みが零れ落ちる。
「やはり、社長は暖かいですね。とても安心します」
 穏やかな声。その声は柔らかく掠れ、まるでもっとと言うようにその手は福沢の服を掴む。
「よく眠れそうです」
 もう寝る寸前と云うような声を出す太宰自身は気づいてないだろうが。蓬髪頭を撫でながら福沢は潜めた声で囁く。
「そうか。ならばゆっくり眠るとよい」
「はい。ありが」
 その先の言葉は聞こえず変わりに寝息が聞こえ出す。まったくともう一度だけ胸中で呟く。
 穏やかな寝息が暗闇に溶けて消えゆく。その静寂を感じながら福沢も目を閉じた。




  

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