私の家で過ごす時間はいつも静かなものであった。
 甘えん坊な年下の恋人が、私の膝の上に座って肩に頬を乗せ話をする。隣に座るときや目の前に座るときもあるがもっぱらはこれだ。私の鼓動を感じられるのが幸せなのだと笑う姿はとても可愛いもので何度も思い返している。
 嬉しそうに笑いながらその辺で見た面白い話をしてくれる。彼自身の話が少ないのが少々残念なところであるが、どれも楽しい話でいくらでも聞くことができた。私も時折見かけた面白い話をすることがあった。
 私の話を聞いてころころと笑う彼はとても愛らしい。
 二人でそうしてのんびりと過ごして、昼になれば二人でご飯をつくる。とはいっても彼は私の後ろで立っているだけ。たまに味見をするのが仕事だった。料理は苦手だというし、何より自分が作ったものを美味しそうに食べてくれるのが好きなので彼が動くことを私が求めていなかった。台所にいるのは一人でいるのは暇だから私の姿を見ていたいという彼の可愛いわがままによるものだ。
 他の者に言われたらじゃまだで一蹴する自信があるが、彼から言われると可愛くて許してしまう。惚れた弱みという言葉を彼との付き合いの中で何度も感じていた。
 作るご飯は彼の好きな素材をふんだんに使った彼のためのものだ。
 嬉しいと食べてくれる彼を見るのが最高の幸せであった。
 昼食をとった後はまた二人でのんびりと過ごす。彼はどうやら普段はとても忙しくあまり眠れていないようなので、途中で少し眠るのがいつものことだった。膝の上、背を丸めて私の鼓動に耳を当てながら眠る姿は何度見ても愛おしくて心が洗われていく。柔らかい頬を撫でながら過ごす時間は宝物だった。
 起きた時私を見てふんわりと微笑む姿も愛らしいものだった。
 可愛い可愛い私の恋人。年甲斐もないほど夢中になって入れ込んでいた。
 夕暮れ時になったら彼は家に帰る。泊っていくこともたまにあるが、基本的には周りがうるさいとかで帰るときの方が多かった。また今度と次の約束をして帰る彼は名残惜しいの何度か振り返っていた。私も彼との別れが寂しくいつも彼が見えなくなるまで彼の背を見送っていた。



 彼とのデートは一週間に一度私の休みの日に行われる。待ち合わせの公園はいつも決まっていてそこに向かっていたのだが、私はその途中気になるものを見かけて立ち止まってしまった。
 道に止められた一台の車であった。人が乗っているのかエンジンはかかっている。 スモークフィルムが貼られているようだ。一見すると普通の車、よく見かける光景であるが、何か気になるところがあった。
 じっと見てみてその正体に気付く。スモークフィルムを張ってあるとはいえ、完全に外から見えなくなるわけではない。とりわけ私は目がいいのでスモークフィルム越しにも中の光景はうっすらとだが見えてしまう。それで中の奴らが銃を手にしているのが見えてしまったのだ。
 こんな白昼堂々、何かをやらかそうとしているようだ。
正直恋人との待ち合わせの途中、面倒ごとには遭遇したくなかったが、その恋人に何か火の粉が降りかかっても困る。軍警に連絡、問題ありそうなら手を貸そうと決め携帯を取り出す。相手にはこちらには気付いているようだが、スモークフィルム越し中が見えているとは全く思っていないようで気にするそぶりはない。一度通り過ぎて物陰で伺おうと思った時、車が動いていた。
 急発進する車。何かをやると車の前方を確認する。ふっと見えたのは曲がり角から曲がってくる人の姿。すぐにそれが彼だと気づいた。慌てて踏み出すが遅かった。
 車のドアが開いて誰かの手が彼を掴む。そして彼を無理矢理車の中へ乗せて去ってしまっていた。
 その瞬間、一度と彼と目があった気がした。
 私は急いで探偵社に電話して、車の車種、そしてナンバーを伝えた。私事であるが今はそんなことを言っていられない。車がどこへ行くか追跡してもらえるよう頼んで私もできる限りは追いかけようと走り出していた。




 一年前からマフィアでは出かける森の息子、五大幹部の一人である太宰の後をつけることに成功したものは報酬五百万円というミッションが存在していた。親馬鹿で知られる首領直々のものであり、挑戦したものは数知れず、成功したものは誰一人いない高難易度ミッションであった。
 黒蜥蜴や幹部たちもまた森に言われて挑戦しているが、ことごとく失敗している。
 もうみんなこんなの無理ゲーだろうとあきらめてはいるが、絶対にあの子が会っている相手を私の前に引きずり出したまえという首領の命令によってそのミッションはずっと続いていた。
 そして今日、努力が叶い、かなりいいところまで追いかけることができた下っ端たちだったがその目は見開かれ、顔は青ざめていくことになってしまった。
 何せ彼らの前で幹部である太宰がさらわれてしまったのだから。急ぎ首領、基親バカのもとに知らせは走った。
 丁度幹部たちが集まるその場でその知らせを聞いた森は一笑していた。彼の愛息子である太宰がそんな簡単に捕まるはずはないと。聞いていた他の者もあれなら大丈夫だろうと余裕の態度。犬猿の仲で知られる男などはどうせ何かくだらないことでも考えてるんだろうよと切り捨てていた。
 ただその言葉を聞いて妙な暴走を始めたものが一人、それは彼らが首領、森で、もしかしたら太宰君は私に助けられたくてわざと捕まったのかもしれない。それならば可愛いあの子のために早く助けに行ってあげなければなんて言い出し、マフィアの全勢力を集め始めたのだ。
絶対ないとその場にいた者全員思ったものの誰一人止められなかった。森が溺愛しているもう一人の少女、エリスが絶対ない。と言い切っていたが彼はそんなことないよ。きっとそうに違いないと自身も出かける準備を始めていた。



 そんなこんなで太宰を浚った男たち、ただ見目のいい少年少女を浚っては高値で売り飛ばすだけのマフィアや探偵社から見たら小金稼ぎの雑魚たちのアジトの前に探偵社とマフィアがそろっていた。
 探偵社の方は福沢は己で対処しようとしていたのだが、福沢のいつにない覇気にこれは何かある。手助けしなければと全員集まってきたのだ。ただ恋人を助けに来ただけなのだが。
 鉢合わせた二組織はどうしてお前たちがここにと睨みあいながらもまずは救出が先だとアジトのドアを無理矢理破っていた。見張りなんてものもはもう既に倒されて意識不明の重体である。
 アジトの中に乗り込めば見えたのは数人の男たちにその真ん中で両手首を縄で占められ服を今まさに脱がされそうになっている男の姿。
 探偵社の社員はその光景に眉を寄せ、マフィアはまたやってらあと呆れた横でぶちぎれる男が一人。
 その一人福沢が真っ先に攻撃を仕掛けて、驚いている男たちを床に倒していく。反撃する隙間すら与えないのに、双方続いていた。相手は雑魚で一瞬で片が付いた。
 縛られた男だけが残る中で森がさあ、太宰君お父さんが助けに来たよと手を伸ばして彼を抱きしめようとした。だがそれと同時に福沢が太宰の名前を呼んでおり、さらに福沢の胸の中にその太宰自身が抱き着いていた。
「きゃああ! 福沢さん、やっぱり助けに来てくださったんですね、うれしいです」
 ぎゅううと抱き着いてくる恋人を腕の中に収めながら、はっと固まって福沢は森を見た。はああと般若のような顔をして森もまた固まり福沢を見ていた。
 はあああああああああああああと二大組織のトップの叫びが狭い倉庫の中に響いた。遅れて全員声を上げている。挙げていないのは福沢の腕の中できゃっきゃと嬉しげに笑っていマフィアの首領森の息子であり、探偵社社長福沢の恋人である太宰だけだ。
 縛られていたはずの縄を地面に落として福沢と恋人の抱擁をしている。
「は、はああああああああああ。ちょっどういうことだい福沢殿。それに太宰君もここはパパの胸に来るところだろう。ほら」
「どういうことはこちらのセリフだ。まさか貴殿が言っていた息子とは」
「森さんきもいです。あっち行ってください」
 森と福沢二人が突然のことに驚きお互いを指さしあう中で太宰だけは冷静でしっしと福沢の腕の中で森を追い払うようなしぐさをしていた。それから福沢に向けてにっこりと笑う
「すみません。福沢さん。突然変な人が来てしまってびっくりしてますよね。あそこにいるのは私の父を名乗っているただの変態なので気にしないでくださいね」
「太宰君! 私は君のお父さんだよ」
「それより早くあなたの家行きましょう。今日のデートずっと楽しみにしていたんですから」
 森の抗議など何のその。太宰が福沢に向けて微笑みかけるのにこの世のものとは思えない悲鳴が一つと言わず上がっていた。


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