それから三、四回ぐらい同じようなデートをした。一、二週間に一回。探偵社の仕事を思うと結構な頻度だと思う。無理をさせているのではないかと福沢は気になっていたが、前のデートの時に太宰が貴方とデートしている時が一番落ち着けるから大丈夫ですよと言ってくれていた。
考えていることが読まれ気遣われてしまったかと落ち込んでしまったものの太宰の言葉に嘘は見当たらず、それが嬉しかった。
三回目の時も太宰は少し緊張していたが、回を重ねるごとになれて、思考すすることのないデートをそれなりに楽しむようになっていた。
映画館と喫茶店の場所は変えた。
あの映画館もよかったのだが、近くに丁度良い喫茶店がなかった。今の場所はもう少し客の入りは少ない場所。喫茶店は昼間は繁盛しているが、昼過ぎると突端に誰もいなくなる場所を選んでいた。
前々回ぐらいから固定となったそこを変えることはないだろう。
濃いぐらいの珈琲を福沢は少しずつ飲む。そうしながらどこか行きたいとかはあるかと太宰に聞いていた。
ぼんやりと机の上を見ながらサンドウィッチを食べていた太宰はハタとその動きを止める。ことりと傾く首。
どうしてそんなことを聞いてくる。次のデートに別の所へ行くのもいいかと思ってな。と言えばさらに太宰の首が傾く。かたりとカップの縁がなった。
少し釣り眼になった眼が福沢を見つめてくる。
赤い唇は強きそうで、その唇がぽかんと開いているのが何となくミスマッチで笑ってしまう。ぴっしりとしたズボンスタイルだがどこかふわりとした様子を見せている。スカートしか見たことがなかった福沢は最初見た時、少し驚いてしまったがこれはこれで似合っていて美しかった。
どんなタイプの服でも似合っているように思えるのは太宰の化粧の変化によるものだろう。そんな太宰はどうしてですかと福沢に聞いてきていた。
どうしてそんなことをと聞かれる。福沢はたまには別の所にデートに行くのもいいかと思ってと答えた。何時もここだが、それ以外もいいだろうと言うと太宰の目は少し大きくなって福沢を見る。じっと見てくる瞳。えっと開く口。何処が行きたいところはないかと聞く。
「どこでもいいぞ。お前が行きたいところならどこでも私は行きたい」
微笑めば太宰の大きな目は私を見てくる。何度か開いた口。本当にと太宰は聞いてきていた。
「本当にいいんですか」
恐る恐る見つめられ福沢はああと頷いていた。何処でもいいと言えば
太宰の口が開く。何度か動いてからやっとのことで言葉を紡いだ。
「遊園地」
思わずはいと福沢は首を傾けてしまった。何を言われたのかと太宰を見つめる。太宰は福沢をじっと見てきている。そして遊園地ともう一度答えた。何処でもいいと思っていたが、予想していなかった場所に福沢は暫く固まってしまった。遊園地とはどういった所だったかと考え込む。太宰がなんて冗談ですよと言おうとしていた。
それは言わせず遊園地だな。わかったと福沢は答えていた。
今度行こうと微笑む。太宰が少し困ったように眉を寄せていた。
遊園地に行きたいと聞いたのはそれから三日後だった。
メールは知っているが細かいことは話したかったので人の目をしのんで話しかけた。ことりと首を傾けた太宰。どういうことですかと聞いてくる声。
「デートに行くので調べたのだが、結構たくさんあるだろう。何処が良いのか分からなくてな。小さい所でもいいか。それとも大きい所がいだろうか。千葉の方にかなり有名な場所もあるそうだが
お前は何処がいい」
問いかけながら調べてまとめたプリントを渡すと太宰は不思議そうにしていた。
ぽかんと見つめてきてえっと困ったように首を傾けていた。
「えっと何処でも良いのですか」
「ああ、お前が行きたいところならどこでもいいが」
やはり太宰の口は空いている。そしてじっと見つめてきた後、一つの場所を指さしていた。人の話ではあるが福沢でも聞いたことがあるぐらい有名な場所だった。正直ここは選ばないだろうなと思っていたところを選ばれて福沢はその口を丸く見開いてしまっていた。出ていきそうな声を飲み込んでわかったと頷いていた。
それから一日後再び福沢は太宰に聞いた。
「遊園地というのは着物でいたら目立つだろうか」
はいと首を傾けた太宰。どうしてそんなことを聞くのですか傾く首は昨夜と同じだった。
「色々と調べていたんだが、そうしているとどうも悪目立ちしてしまいそうな気がしてきてな。洋装にした方がいいだろうか」
どう思うと太宰に問いかける。太宰はまだどことなく分かっていなさそうな顔をしながら、小さく頷いていた。
「まあ、……確かにその方がいいのではないかと思いますけど」
「そうか。分かった」
福沢が頷いた後に太宰は瞬きをしていた。ことりと傾く首。えっととその口が開いて、福沢のことを頭のてっぺんからつま先まで見つめてくる。福沢は上から下まで和装で決まっていた。
「社長ってお洋服持っているんですか。スーツなどを着ているのは見たことありますが、それも目立つと思いますよ」
ことりと傾く首。一緒に買いに行きましょうかと太宰が言うが福沢は首を振っていた。大丈夫だと福沢は言う。
「乱歩や与謝野が買ってくれたものがある」
「それならいいんですけど」
んーーと太宰の首は傾いたままだったが、しばらくすると微笑んでいた。
「当日楽しみにしていますね」
「ああ」
「……やから」
待ち合わせについた太宰は福沢の姿を見るなり固まって、そしてそんな言葉を言っていた。じっと福沢を上から下まで見ていく。いつもとは違う黒い羽織。その下には薄い緑のシャツに黒めのジーパンであった。
福沢が口を閉ざして、己の姿を見下ろす。少ししてから太宰が慌てたように首を振っていた。
「え、いえ、すみません」
「いや、私も少し思っていた。駄目だな。こういうのはよくわからん。お前はとても可愛らしいのだがな」
少し蒼褪めた太宰の頭にふくざわの手が置かれて大丈夫とほほ笑む。そして太宰の姿をほめていた。太宰の格好は今日はふんわりとしてどこか子供っぽさの残るものであった。
「そうですか」
「ああ、とても可愛い」
太宰が嬉しそうにほほ笑む。なのでもう一度可愛いなと太宰に伝えていた。太宰の手を福沢が握ってさあ、行こうかと遊園地に向かい歩き始めた。
遊園地は予想していた通り人が多くて、福沢は太宰が疲れていないか何度なく確認しながら歩いていた。太宰はあれに乗りましょう。あれがいいですととても楽しそうにしながら様々なアトラクションを指さしていた。
あまりこういうところに来ない、どころか今回が初めてな福沢はそれなりに調べていたにも関わらず戸惑うことが多かったが、太宰が教えてくれてスムーズに進んでいた。
絶叫系というのはなかなか良いものだったが、太宰はそれよりはファンシーなものに乗りたがった。太宰が乗りたいものを乗りながら途中で何度か水の上や遊園地の中をただ回るような少し時間がかかるものにも乗った。景色を楽しむではなく、太宰を己の肩に寄りかけて福沢はその頭をゆっくりとなでていた。
福沢の意図が分かるのだろう太宰は目を閉じて少しうれしそうに口元を緩めていた。
アトラクションを楽しんでいく中で、次のものに向かう途中、不意に太宰が足を止めていた。同じように立ち止まって福沢が太宰を見る。
「あの、」
「どうした」
太宰が何かを言いづらそうに視線を泳がせる。その視線が時折あるものを見ていて、福沢はそちらに視線をよこしていた。そこにあるのはアイスクリームの屋台であった。ああと福沢は一つ頷いて屋台を指さした。
「あれが食べたいのか」
太宰が笑みを浮かべて首を縦に振る。何味がいいか聞くと福沢はここで待っているように伝えて、屋台に向かった。
「お姉さん暇してるの。俺たちとどう」
はっと一瞬福沢は止まってしまいそうだった。アイスクリームを買って戻ってきたら何ともバカそうな男に太宰が声をかけられていたのだ。こういう場合恋人として助けに行くべきなのだろうが、一瞬そんな言葉が出てこなかった。
太宰がぽかんと口を開けて間抜けな顔をしているのを見てしまったから。
何が起こっているのか分からない。そんな風な顔をしているのに驚いてしまう。しかもそんな顔をしたすぐ後には顎に手を当てて何かを考えこむように俯いてしまう。ねえねえと声をかけられているが答えることもなく考え込んでいる太宰は何か良からぬことを考えこんでいるようにも思えた。
何をしてるのかと思い見つめてしまう。だがしつこくなってきているのに我に返って福沢は太宰に近づいていた。丁度太宰も何かを考え終えたようで動き顔を上げていた。
何かしらを起こそうと言うつもりではなさそうなのに少しだけ安心してから男の手を掴んだ。
太宰の目が丸く見開いた。
あっと残念そうな顔。それからすぐにうれしそうになる。彼に対して何かしようとしていたのだろう。怒鳴る男をその辺に投げ捨てて大丈夫かと声をかければ太宰は頷いていた。
ありがとうございますと頭を下げてくるのを良いからと言ってその手を掴む。握りしめて少し離れた場所にあるベンチまで行こうとした。大丈夫だったかともう一度聞く。太宰は大丈夫ですよと笑っていた。
「久しぶりのことでちょっと驚いてしまいましたけどね。あんなのあったななって。もうないかと思ってました」
うふふと笑う太宰は愛らしかった。男たちが狙ってくる意味も分かる。それでも福沢はそれを口にすることはなかった。また何かあればすぐに締め付けるとは言うがそれだけで太宰はお願いします稲と笑った。
ほらと太宰に買ってきたアイスを渡す。ありがとうございますと受け取った太宰が食べていく
「うまいか」
「とても美味しいですよ」
「良かった」
太宰が夢中になってアイスを食べていた。たまに福沢にもどうぞと差し出される。ありがたく一口いただいていく。二人で暫くの間はアイスを食べていた。甘い味のアイスは一口二口ぐらいで福沢はもうしんどくなっていたけど太宰が差し出してくるのをみると断るのもできなかった。
太宰はとても楽しそうにしていた。それでアイスを食べ終わると太宰は一つの乗り物を指さしていた。
「あれに乗りましょう」
太宰が指さしたアトラクションを見上げる。それはたくさんアトラクションがある中でも目立つものの一つ。大きな円の形のものだった。福沢でも今日のために調べる前から知っている者であった。
「あれって観覧車か」
「観覧車ってカップルはキスするものらしいですよ」
はいと頷いた太宰がその後に悪戯っ子の顔をして笑っていた。太宰の言葉を聞いて福沢の目が少しだけ寄る。
「何だ。それは」
「そう言う話があるんですよ。女の子たちの可愛い夢です」
少しだけ低くなった声に太宰は楽しげに答えている。そんな太宰を見た後に、観覧車を見た。ゆっくりと回っている観覧車。
「したいのか」
「駄目ですか」
太宰を見て問えば少しだけ不安そうな声を出してみてくる。褪せた目は福沢からそらされない。いいやと福沢は首を振った
「行こうか」
不安そうだった目が少しだけ見開いていた。まるで驚いているような顔。手を握って福沢は観覧車に向かってあるいた。
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