眠れぬ夜の眠りかた

 あぁ、失敗してしまった。


 そう太宰が感じた時にはもうすでに遅かった。大勢の人に囲まれ、あっと言う間に拉致されてしまう。思惑も何もない。完全なる計算ミス。単なる失態。
 用意周到に事態の数手先まで読んで動く太宰にとって滅多にない事態。だが焦りはしなかった。気付くのは遅かったが痕跡は残した。後はそれに探偵社の誰かが気付き助けに来るのを待つだけ。それも二日もしないうちに来るだろう。それぐらいを待つことなど太宰には容易い。焦ることはない。むしろ太宰はちょっとした期待すら抱いていた。
 連れてこられたのは何処かの廃倉庫。
 そこで太宰は男たちに取り囲まれている。太宰に個人的な恨みを持っているらしく太宰にとっては丁度良い相手であった。捕まえた太宰を前にどう痛め付けようかと男たちが太宰を見ている。
 男たちの視線を感じながら太宰は縄で縛られた体を僅かに揺すった。太宰からしたらいつでも抜けられるような甘い縛り方だった。だが縄脱けをしようとは考えない。したとしても数の不利を覆すことはできず自分一人での逃亡は不可能だ。揺すったのはあくまでも逃げようとするそぶりを演出するため。そして、もう一つ挑発のため。
 男たちのなかの幾人かがはっと顔を赤らめた。。痛め付け方を考えていた視線のなかにまた違うものが混じる。強くなった視線。男の一人が太宰の顎を掴んだ。値踏みするようにみてくる視線にまた一つ体を揺する。
 ごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。
 太宰は自分の価値を余すことなく知っていた。彫刻のように端正な顔。そこに浮かべる甘いマスクは幾多の女性を虜にする。細いがそのわりに筋肉のある長身の体はバランスがとれ多くの女性を見惚れさせてしまう。そして時にそれらは女性だけでなく男性すらも魅了することをよく知っていた。特にそれは今太宰の前にいるような男たちには効く。端正で甘い笑みを崩さない顔はその顔が涎を垂らし快楽にだらしなく溺れる姿を見たいと言う欲を煽り、程よい筋肉のついた美しい体はその細い腰を掴み欲望のまま揺さぶりたいと言う激情を与える。
 それを知っていて太宰はわざと体を揺らししなを作った。男たちがみるみるうちに欲を昂らせていく。なあ、と誰かが言うのにそうだなと答えられていた。そこにそれ以外の言葉はない。それでもどうするか答えは決まっていた
 男たちの手が次々と太宰の体に触れる。



 真っ暗な世界は心地良い。どうしようもないほどの安堵を与えてくれる。体からは全ての力が抜け、疲れていた部分を回復しようとしているのが分かる。始終回り続け摩耗気味だった脳も綿のように柔らかな感覚で包まれて安らかな休息を得ていた。
 心地よい時間だ。
 そんな時間を長く堪能してゆっくりと意識は目覚め始めた。
 目をあけまず最初に太宰がみたのは白い天井。それだけでここが何処なのか分り彼はのんびりと背伸びをする。
「ふわぁぁ! よく寝たぁ」
 まるで緊張感を感じさせない声が太宰から出た。その声のままにもう一度寝ようと布団の中で転がる。先程まで視界に写っていた天井が消え、変わりに現れたのは壁と扉。そこで太宰は大きく見開いた。壁と扉だけでなくもう一ついや、もう一人そこには居た。
「社長いらしてたんですか」
 目を開けた時、人の気配は感じなかった。だから太宰は誰も付き添っていないのだろうと思っていたのだが……。その予想に反して探偵社の社長、福沢はいたのだった。部屋の壁に寄り掛かって太宰の方を見ていた。また失敗してしまったなと太宰が心のなかで呟く。誰もいないと思ってしまったものだからつい本心からの言葉を出してしまった。どう言い訳をするものかと考える。その前で福沢もまた真剣な表情で太宰を見ていた。
 走る沈黙。動いたのは福沢の方が先だった
「太宰、今回の件はすまなかった」
 福沢の頭が下がる。背筋が綺麗に伸びた美しいおじぎ。その姿や声から心から謝罪されていることが伝わってくる。太宰は慌てた。
「いえ、私が捕まったのは不注意のせいですし、彼らは元から私を標的にしていたのですから何も社長が謝ることは、むしろ助けに来ていただいただけでありがたいと言いますか」
余計な手間をかけさせてしまい申し訳ないぐらいで。続けるはずだった言葉が顔をあげた福沢の強い眼差しにより遮られてしまう。
「本当にそうか」
 問い掛けられた言葉に太宰は喉を詰まらせる。えっと惚けることすら出来なかった。
「あんな連中に捕まるようなミスを普段のお前が起こすとは考えにくい。絶対にあり得ないと断言してもいい。お前が捕まったのは別の要因があったからではないのか。
 その要因も分かっている。襲撃にあっていたのだろう。それもここ最近は毎晩のごとく。それでは疲れも溜まる。その上眠れていなかったのではないか。上手く隠していたが不調だっただろう」
 開いていた口が閉じる。太宰は押し黙った。じっと己を見つめる瞳は何もかもを暴いてる気すらする。そうだ、彼の後ろにはあの稀代の名探偵だっているのだと遅すぎることに思い当たってた。ゆっくり眠り回復されたつもりであったが、今だ疲れは抜けきれていないらしい。ここにきて太宰は頭がいつもより回っていない事に気付く。
 それでも太宰は足掻いた。
 弱みを簡単に吐き出す事が出来ないのはもはや彼に染み付いた性分だ。痛みも何もかも笑顔の下に覆い隠す。
「まあ、確かにそうではありますが。でも私を襲撃にあったのは私に恨みがあるものたち。結局は自業自得の結果ですので」
「違うだろう」
「え?」
 綺麗な形で纏めようと言葉を紡いだ先、寸分の間もおかずに否定の言葉がおかずに聞こえてきた。太宰の笑みが固まる。福沢の強い目が太宰を見ていた。真っ直ぐで曲がりない目。太宰のような人にはそらしてしまいたくなるような目だ。
「お前に恨みがあったのは確かかもしれない。だがその恨みは何故買うこととなった」
「それは」
「確かにかつてのこともあるだろう。だがそれだけではないだろう。お前が普段から社の為に裏で動いていることは知っている。その為に買った恨みだってあるのではないか」
「……その通りですが」
 そんなことはないと思わず否定の言葉をだしそうになった。まっすぐな目が見つめてくる。結局太宰はその言葉を飲み込み肯定の言葉をだした。言ったところで最早通じはしない。何せ福沢の裏にはあの名探偵がいる。そもそも福沢事態も簡単に騙されてくれるような男ではないのだ。
 何もかも剥ぎ取られ丸裸にされているような気分だった。
 そんな気分になることなど滅多にない。むしろ今まで一度もなかったことで太宰は軽く混乱さえしていた。そんなの表には一欠片もだしてはいないが、どうしてだろうか。それすらも見破られている気がする。
 福沢の目が変わらぬ真剣さながらも優しさを帯びる。
「それにもうお前は探偵社の一員だ。仲間であれば困ってるときに助けるのは当然であろう。そこに負い目を感じる必要はない。それでももしなにか思うのであれば、助けられたぶん他の誰かを今度は助けてくれたらいい。お前にはそれが出来る。
 本当はお前が自ら助けを求めてくれるまではと思っていたのだが、どうやらお前からは無理らしいな。ずっと待っていたのだがそのせいでこの有り様だ。本当にすまぬ」
 また、頭が下げられた。
 本当に美しいお辞儀だ。形だけの心のこもっていないものならこうは見えないものだろう。もう太宰は何を言っていいのかもわからず短い言葉だけを返す。舌先三寸で自分の都合のいいように周囲を丸め込んでは動かすのが太宰の特技なのに今はできそうにない。
「いえ、」
「太宰。過去を忘れろとは言わぬ。だがこれもまた忘れるな。お前は我らの大切な仲間で困ったことがあるなら何時だって頼ってきてくれていいのだ。お前が助けを求めてくれることを探偵社は何時だって求めている」
 真っ直ぐな福沢の目が太宰に告げる。ああ、もうと太宰は心のなかで悪態をついた。そんな真っ直ぐな優しい目で優しい声で言われたら落ちてしまうではないかと。頼りたくなってしまうではないか、はいと答える以外なくなってしまうではないかと。
 事実太宰はそう答えていた。
 それに満足したのか福沢はひとつ頷き。ついで流れるようなすべらかな動きで太宰の頭を撫でた。いいこだと子供のように誉める声が聞こえてくる。
 刹那太宰はすべての動きを止めた。福沢を見る目さえも固まり、呆然と口が開かれる。かっと太宰の顔に血が集まていた。
 真っ赤になった太宰が福沢をみるも、福沢は気にしないのか未だ頭を撫でている。蓬髪の頭がさらに乱れていく。それと同じように太宰の心も乱れていくばかりだ。
 一通り撫で終わり福沢が満足し手を離すまで太宰は身動きひとつできなかった。髪は撫で終わった際、福沢が整えてくれたのに、太宰の心の乱れはなおらない。むしろ撫でるのとは違ったその手に余計に心は乱された。
 落ち着け平常心。平常心。ああ、もう顔が暑いな。ちっとも落ち着けないじゃないか。
 ぐるぐると回る思考は通常時のものとは違いすぎている。いつも自分がどうやって思考していたのかすらも太宰は忘れそうであった。今この場から逃げ出せるのであれば大嫌いな元相棒にだって頭を下げてもいい。本気で思うほど混乱している。
 そんな太宰を見下ろしながら、福沢はふっとその顔から優しさを消した。険しい目が太宰を見つめる。その僅かな変化に普段であれば一瞬で気付くところだが、太宰は心の中が酷く乱されていて気付くのに遅れた。
「所で太宰、一つ聞きたいのだがよいか。先程起きたときに云っていた言葉はどう云うことだ」
 声をかけられて初めて太宰は福沢の変化に気づく。あっと、赤かった顔から血の気が引いていく。青ざめたものになった。混乱して対処するまさえ用意できなかった太宰は顔を偽ることすらできない。そんな太宰を福沢の冷たい目がいぬく。
「私にはよく寝たと言っていたように思うのだが……まさかお前わざと捕まりあのような目に遭ったのではなかろうな」
 責める固い声が耳を打つ。
「……いえ、捕まったのはわざとでは」
「ならあのような目に遭ったのは自分の意思だと云うのだな」
 言葉で隠すことも出来ず知られたくなかった真実がさらけだされた。それに対して何か言い訳をと考えるも回らぬ頭ではうまい考えなど出てこない。
「何故だ」
 福沢の責めるような声だけが耳をうち、太宰を追い詰める。
 悪いことに責めながらもその奥には心配の色が覗いておりそれが余計に太宰から言葉を奪った。本当のことなど言わぬ方がいいと思いながら、それを覆い隠すための嘘が今の太宰には思いつかない。
 福沢の目が太宰を見つめ続ける。太宰のほうが目をそらしたところでじっと見つめ続けるそれから逃れられそうにはなかった。
 ああと音にならない呻き声が落ち、太宰は観念する。
「その最近眠れなくて……。寝ようとしても意識が冴えて眠れない状況で、そう言うときああいう風に乱暴に犯されるのは結構いいんですよね」
 太宰の言葉に福沢が絶句するのが見なくても分かる。なんだそれはと余計に責める声が強くなる。ああ、だから言いたくなかったのだと太宰は思う。言っても福沢や他の探偵社の人に理解されるはずもなく、ただでさえみんなとは違うと言うのにそれが浮き彫りにされる。これでも日々必死に探偵社に馴染もうとしている太宰にはとても辛いことだった。
「あ、ほら、精神的肉体的ともに疲労が激しいですから死んだように眠れると言うか、……だからその……」
 呆れたような声音に何とか言い訳のような言葉を漏らす。だが、それが余計に自分との差を明確にしていると気付いて太宰は言葉を止めてしまった。ああと、細い息が漏れる。
 探偵社に助けられたときもうすでに太宰の意識は朦朧としていた。それでも自分がどういう状況であったのかはしっかりと覚えている。自分を捕まえた男たちに服を切り刻まれ、好き勝手に体を蹂躙されていた。本来受け入れる場所でない場所に男の太いものいれられ、中も外も男たちと自分の白濁でいやというほど汚されていて。
 だがそれは太宰がわざと男たちを煽りやらせたことでもあった。理由は先ほど福沢に言った通りのもの。最近眠れないためだった。
 もともと太宰は眠りが浅く誰かが自分に近づいただけで起きてしまう。それゆえか昔から度々眠れなくなるときがあったのだ。いつもより思考を巡らせなくてはいけないような任務のあと、あるいは長期間誰かに狙われた時など、脳が稼働し続けたせいかなかなか興奮が収まらない。思考がさえわたり眠れなくなる。
 眠れなければ体の疲れは蓄積される。その上常時フル稼働状態な脳のせいで思考が回らなくなっていく。これは不味いと思ったポートマフィア時代あれこれ試行錯誤して見つけたのが、見も知らぬ相手に乱暴におかされるという今回のような手法だった。
 同じ男に欲をぶつけられ良いように扱われるというのは、屈辱的で精神に多大なダメージを与え、愛もなにもない欲を満たすだけの行為は、体に無茶なダメージを与える。ただでさえショート寸前だった脳も体もその行為による疲れで機能を停止。気絶するように眠ることができるという人間としては失格のような行為。
 探偵社のみんなが助けに来るとわかった上で、あんな行為をしたことは反省すべき点だったとは思う。だが、太宰は早々に寝不足を解消する必要があったのだ。それこそ最初のころの会話通り、襲撃にあいつづけていた太宰の体調は最悪で男たちに捕まるようなミスをするほど。いまだ狙ってくる組織を潰しきれた訳でない太宰にとってそれは痛手だった。このままでは探偵社にもっと迷惑をかけてしまうかもしれないと思うとどうしてもあの男たちにおかされて少しでも寝ておく必要があった。
 お陰で起きたときの太宰はいつも通りとは言えないが、眠る前までよりは確実に思考が回るようになっていた。今は福沢の猛攻のお陰で捕まったときと同じぐらいいやそれより回っていないが。
 はぁ、と大きなため息が聞こえた。福沢がここまで大きなため息をするのもなかなかないこと。思わず太宰は彼の方を見た。そこには渋面をした福沢の姿。どういうわけか責めるような色だけは消えていた
「そんなので寝たとしても疲れはとれんだろう」
「いえ、これが案外とれるんですよ。限界まで達した後とかなのでもうぐっすり寝て爽快です」
 福沢の言葉に太宰はやっと浮かべることができだした笑みを張り付けて答える。早くこの会話を終わらせてしまいたかったのだ。太宰の様子からそれは分かるだろう。福沢には終わらせるつもりはないようだった。
「それはそう思いたいだけではないのか。体は回復できたとしてもそんなのでは精神に余計に負担がかかるだけだ」
 真っ直ぐに太宰をみて正論を述べる。本当は太宰 だって分かっている。だけどそれでも体が回復しなければ、いくら凄い頭脳があっても意味をなさない。
 精神に負担がかかっても脳を休めることは出来る。結局精神と脳は別物だ。敵を潰す方法を思考するのに自分の感情など考える必要もない。いくら心が壊されても思考だけはでき続ける。それならいいではないか。そうするしか他、太宰は持ったないのだから。
「では、どうしろと言うのですか。そうでもしないと」
 それともあなたなら他の方法を知っているのか。そんな思いで太宰は言葉を口にのせた。ほぼ無意識だった。そしてその声は福沢にはすがるようにも聞こえていた。
 先程よりも大きく深いため息が福沢から落とされ、太宰は顔をあげた。その目はいつになく揺らいで今にも泣き出しそうだ。
 そんな太宰に福沢は声をかける。
「太宰少し向こうによれるか」
「え? あ、はいできますが」
 それは予想にもしていなかったもので太宰は戸惑う。戸惑いながらも素直に答えた太宰になお福沢は声をかける。
「ならよれ」
「はい? え、それは一体なんのために」
「太宰」
「はい」
 それは太宰の戸惑いに答えるものではなく、余計に太宰を戸惑わせるものだった。気にする様子はない。戸惑いどうしたらいいのかと回らない思考を動かす彼に急かすように福沢は声をかけた。
 それは存外力がこもっていて、太宰は抗うこともできず、理解できぬままベッドの片側を開けた。
 きしりとベッドのスプリングが音を立てる
 えっと太宰の目が見開かれた。開いた片側に何故か福沢が入り込んできたのだ。医務室のベッドは当たり前のごとく一人用だ。しかも二人とも細いとはいえ男。体が接触し体温が伝わるだけでなく普通に寝たら落ちそうになるのか福沢の腕が太宰に周る。ぎゅっと抱き締めてきた。もはや接触どころの騒ぎではない。
 隙間なく抱き締められて太宰は狼狽する。
「ちょ、え、社長!」
 太宰から悲鳴のような声がでた。
「寝ろ」
「寝ろって、私先程起きたばかりですよ。それにこの体制では」
 だが福沢からでたのはたった二文字。絶句し何とか腕の中から抜け出そうと太宰が言葉を紡ぐ。その言葉も頭に回された手で福沢の逞しい胸板に押しつけられでなくなった。
 トクトクと穏やかな鼓動の音が耳に届く。ふしくれだった大きな手がまた太宰の頭を撫でる。一度目と違い何故かそれに戸惑いは起きなかった。むしろ大きな安心感が沸き上がてくる。
「まだ起きるには早い。お前には休息が必要だ。それに案外人肌と言うものは悪くないものだ。きっとお前も眠れるだろう。だから寝ろ」
 低く穏やかな声が柔らかく溶けていく。強ばっていた体から力が抜けて、さっきまで寝ていたはずだというのに眠気がやってきた
 はいと言葉を返した筈だがそれがちゃんと言えたか太宰には分からなかった。



 ゆっくりと目を開けるとそこは真っ暗な闇のなかだった。
 一度目に起きたときはまだ明るく日も高かったことから、かなりの間眠ってしまったことが分かる。太宰がこんなに眠ったのはいつぶりだろうか。犯されて無理矢理眠るときよりも長いこと眠れた気がする。まあごくたまに瀕死の状態になり丸二日眠り続けることもあるが、それはこの際置いておく。
「どうだ。よく眠れたか」
 身じろぎをしたので気付いたのだろう。福沢の声が問いかけてくる。抱き締める腕の力は変わらず。きっと太宰が寝ている間こうしてずっと抱き締めていたであろうに意地の悪いことを聞くものだと唇を尖らせた。太宰がずっと夢も見ないような深い眠りにいたことを感じていた筈だ。
「……とてもよく眠れました」
「そうか。また眠れなくなったらいつでもこい。添い寝ぐらいであればいつでもしてやる」
 固い声で太宰が答えたのにふふっと笑う声が落ちた。福沢の手が太宰の頭を撫でる。答えは聞こえてこないが、小さな頭が遠慮するようにそっとすり寄ってくる。
 それにきっとまた近いうちに来るだろうと撫でる手を強くした。



 この甘えることを知らないどうしようもない子供をたんと甘やかしてあげなければ。
 胸のなか湧いた思い。

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