腐れ縁と言うのであろう。
 いけ好かないが何故だか嫌いにもなりきれない男と一ヶ月ぶり、に酒を飲んでいた。ぶりにと言うかまたと言うか。白い目をしていた養い子二人のことを思い出してしまう。そのうちの一人が言った知らないよと言う台詞も思い出して私はため息をついた。
「聞いていますか!」
「……チューハイ一つ。聞いている。そう大きい声をだすな」
 拳を叩きつけられた机が音を立てて揺れた。皿が跳ねる。咄嗟にコップを手にして中の酒を飲んだ。森医師が聞いてないじゃないですかと泣きわめく。
「聞いてくださいよ。私の話」
「はいはい。で、貴君の息子がどうしたと」
 めんどくさいと思いながらも私は森医師の話を聞く体制を形だけは作った。ほとんど聞く気はなく酒を飲んでは代わりを頼む。だんとまた森医師の手が机を叩いた。何時も嫌みな笑みを浮かべる顔が取り乱している様をみるのは、中々愉快だが酒のつまみにするには面倒だ。吐きそうになるため息をこらえた。
「ですからわけの分からないやからと付き合いだしたみたいなんですよ! 一年前から何かと一人で出掛けていて、部下に後をつけさせてもどいつもこいつも無能ばかりですぐに撒かれてしまうんですが、どうやら誰かとあっていることだけは間違いなかったんです。その相手に贈り物をもらったりしていたようなんですが、どうも一ヶ月前から様子が変で、紅葉君がそれとなく聞いたら恋人ができたんだって言い出したんです! 絶対その相手です。何処の誰かも分からない奴が私の可愛いあのこと付き合うなんて。しかも挨拶にすらきてませんからね、挨拶にも来ないなんて絶対ろくな奴じゃないですからね!」
 息継ぎの暇もないほどの勢いで捲し立てる男によく息が持つものだと私はそんなところに感心した。そして半分ほど聞き流して分かっていない話の最後だけを拾う。
「別に付き合い出しただけなら挨拶などしなくても良いだろう。結婚するわけでもない」
 確か森医師の言う息子は十八とかだったか。で、あればまだもう少し先。そう思いながら口にするが森医師は大きな声で否定の言葉を口にした。
「ダメですよ!私の可愛いあのこと付き合うと言うのに挨拶もなしなんてありえない!ちゃんと私に殺されに来るべきでしょう。それに結婚なんて私は絶対に許しませんからね。そりゃあいつかは、結婚しますよ! 分かってます。でもあのこの結婚相手は私が決めるんです! 私が認めた相手以外ゆるしませんから! そして妻には欠片も似てないあのこそっくりの可愛い子供を作るんです」
 子供も可哀想にとあったことはない相手に同情してしまう。酒を飲む度に自慢されていて大層頭がよく可愛らしい子供らしいが森医師にたいして塩対応らしい。そりゃあまあ、そうなるだろう。
 森医師の話を聴きながらこの店で一番度数の高い酒を亭主に二杯頼む。
「あのこはわたしのものなんですから!」
「森医師。一ついって良いか」
 声高に叫ぶ森医師に店の中の人の視線がほぼ集まっていた。みんなの視線は恐らく私と同じものだろう。問いかけるのに何処の誰かへむけた怒りのまま睨み付けてくる森医師。丁度よく頼んだ酒が届いた。
 私は彼にはっきりと告げる。
「気色悪い」
 何処がですかとでも言おうとしたのだろう。大きく開いた口に手にした酒のグラスを押し込む。暴れる森医師を抑え込んで半分ほど飲み込ませた。もう既にかなり酔っていた男は真っ赤になり倒れていく。このやり方よりは殴って気絶させた方が良かっただろうか。だがこんな場所で暴力を起こすのもあれか。考えながら倒れた森医師の横、酒を飲んで立ち上がる。森医師の懐から財布をだして数枚札を抜き取った。私の分のお勘定を支払ってから亭主に抜き取った札を渡す。迷惑料だと告げて居酒屋からでた。もちろん森医師は置いてきている。


 翌日、すっかり酒の抜けた私はどうやら二日酔いで寝込むことになったらしい森医師からの抗議の電話をすぐに切って電源を落とした。今日は休みであったが大切な用があり、森医師に構っている暇はなかったのだ。しまいこんで周りを見渡す。まばらに人がいるが求めている人物はまだいないようだった。早く来ることに成功したようで少しばかり気分がよくなる。時計をみればまだ約束の時間まで十分程余裕があった。とはいえ恐らく相手ももうすぐ来るのだろう。
 思っていたら探していた相手を見つけた。
「福沢さん!」
 相手も私を見つけて嬉しそうに笑う。遠くから駆けてくる姿に私は思わず声をあげる
「太宰、そう走ってくるな。ころ」
 言葉を最後まで言いきることができなかった。言いきる前に予想した出来事が起こったのだ。まだ、少しはなれた場所で細い体が地面に向かい傾く。反射的に地面を蹴っていた。
 腕に僅かなぬくもりがかかった。軽い体を抱き止める。きょとんとわざとらしく大きくなった瞳が私を見た。
「あっ、ごめんなさい」
「全くお前は」
 小首を傾けて恥ずかしそうに笑う姿に私は苦笑した。わざとの癖にそう思わせない完璧な表情を作っている。そのほほを一つつまんだ。私にはおみとおしなのだと私のものに比べると随分と柔らかい頬をつまめば腕の中の子は舌をだして笑う
「福沢さんがいるの見たら嬉しくなってしまって」
 ぎゅぅっと抱き着いてくるのを抱き締め返した。少し赤くなってしまった頬に手を添える。
「久しぶりだな」
「はい。お久しぶりです」
 すぐにはなれながら相手の手を握りしめる。ぽっとその頬が色づいていく。愛らしい変化を見つめるが、私自身少し赤くなってしまっているのが分かっていた。
「何処かいきたいところはあるか」
「特には。貴方といれたらそれだけで」
「そうか。では、また私の家で良いか」
 答えの分かった質問をする。こくりと頷く癖毛の頭。これから過ごす幸せな時間に年甲斐もなく胸を弾ませながら、一ヶ月ほど前にようやっと恋人になれた子の手を強く握りしめた。

[ 118/312 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -