社長はよく花を吐いていた。
 相手のことをいつも思っているのだろう。他の人がいる場所では飲み込んでいるのかはいていない様子であったが、家の中では何度も吐き出してはその花を愛おしそうに、悲しそう見ていた。
 相手への思いを大切にしているのだろう。処分するにしても一つ一つ丁寧に拾っては捨てていた。おざなりに捨てる私とは全く違うようだった。
 社長が吐く花は相手への思いであふれていた。愛おしいだとか、貴方を見ているだとか、幸せを願っているだとかそんな思いだ。
 社長が吐いた花を見る。
 あなたの助けになる。貴方を見つめている。君ありて幸福。そんな思いが社長からはあふれている。見知らぬ誰かを社長はずっと思っているようだった。
 社長が吐き出した花を拾った。綺麗な花だった。くるりと手の中で遊ぶ。誰かへの思いだ。
「森さんが前に言っていたんです」
 花を拾っていた社長が私を見た。足元に広がる花。この家のごみ袋の約三分の二は最近は花だ。
「花吐き病の患者が吐く花はその思いに呼応しているのだと。貴方は誰にこんな思いを抱いているのですか」
 社長が少しだけ困った顔をした。今まで何度聞いても社長はこの問いには答えてくれなかった。それならば勝手に調べようと調べてみたこともあるが、私では分からなかった。少なくとも身近にいる人でないのは確かだ。どの人にも社長は同じ態度で特別な感情は見えなかった。
 遠く離れている誰かを社長は毎日思っている。
「ねえ、誰にですか」
「……それは言えぬ」
 社長に問う。首が横に振られていた。
「教えてくれてもいじゃないですか」
「すまぬな」
 何度聞いても社長はかたくなで口を閉ざした。それでも私はそれがだれか知りたかった。もう限界だった。毎日社長が花を吐く。床に花が落ちてそれを社長が拾う。ごみ箱の中には社長の思いがあふれている。
「ねえ、誰なんです。誰を好きなんです」
「太宰」
 みっともない。社長を困らせていると思いながらも止められない。おねがいと社長を掴んだ。
「やっぱりその人が好きな人と言うのを殺しましょう。そして両思いになりましょうよ」
「太宰。それはせぬ。そんなことしたところで私を好きになってくれる保証などないし、何より私は幸せになって欲しいのだ」
 社長が少し悲しそうな顔で首を振る。それでも社長は本当にその人の幸せを願っている。きっと殺して両思いになれたとしても社長はとても傷つくだけなのだろう。分かってしまっていたけれど私からはそんなのは知らないなんてひどい言葉だけが出ていた。
「お願いだから。その人と付き合ってください」
「太宰」
 社長を見て乞う。余裕のない声だった。いつにない声で、社長が戸惑っているのが分かる。それでもどうしようもなかったのだ。
 社長は花を吐くときとても苦しそうにしながら、愛おしそうにしている。落ちた花を大切なものを見る目で見ている。ずっと私に向けられていた目を誰かに向けている。
 その目を見るのがもう嫌だった。
「もう誰かを思って花を吐かないで。見たくないんです」
 身勝手な言葉に社長の目が見開かれていた。
「貴方が花を吐くところなんて見たくないんです。。誰かを大切に思っている所を見るのが、苦しいのです」
「太宰何を言って」
 社長の声が少しだけ震えていた。私は自分が何を言っているのかはよくわかっていなかった。ただ思うがままに口にしていた。苦しいと悲しいと。社長に花なんてはいてほしくない。しんどそうだからとかそんな理由ではなくて、それが誰かを思って吐くものだから。そんなものは見たくなかった。
 社長に花を吐くほど思う大切な人がいるのが嫌だった。ごみ箱一杯にあふれた花は私の分も混じっているけれど全部社長の思いのように思えて苦しかった。
 喉元に何かがせり上がてくる。花だ。
 忌々しい花がでていく。興味もない私の花なんてちゃんと見たこともなかったけれど落ちてくる花を見て嘲笑いたくなった。だって愛してだとか、貴方を私のものにしたいだとか、私を見てだとか、そんなものがこぼれていたから。どれも有名なものばかり。お話にだって何度となく使われて余程俗世から離れてないと知らない何てことなさそうなものだった。
 やっと私は気付いた。全部遅いというのにやっと気づいた。
「私……、貴方が好きなんだ」
 花とともに音が崩れていく。花は後から後から吐き出された。気づいてしまったことが今は悲しかった。気づかなければそれが叶わないことであることさえ知らずにすむというのに。
 社長が震えていた。その目を震わせ、口を震わせ、驚愕した目で私を見ている。その顔が歪んでいた。
「……太宰、お前何を」
「社長が好き」
 さすがの社長も私を気味悪く思うかもしれない。そう思っていても言葉は止まらなくて口をついて出ていた。
 悲しかった。空しかった。
 社長と過ごす静かな時間が好きだったのに、多分もう過ごせにない。それがつらかった。胃の中からせり上がってくるものが止まらない。まるで流せない涙の代わりのように花が落ちていく。吐き出しても後から後から口の中にたまって窒息しそうだった。
生理的に目元が濡れていく。
 ぼやけた視界の中で社長は呆然と立ち尽くしていて、そして、その口からきらきらと輝いた銀色の百合を落としていた。
 喉に花が詰まる。 
 社長の足元に落ちた花を見つめてしまう。社長はその花のことには気付いていないようだった。
「なんで……」
 ぼろぼろと咳き込むと同時に喉に詰まった花が全部出ていく。それ以上は花が沸き上がってくることはなかった。銀の花を見る。他と違う色をしてきらきら輝くそれはどう見てもこの世の花ではなかった。
 社長の目が初めてその花を見ていた。
「両思いになった時銀の百合を吐くって森さんが……」
 喉が震えた。何処にも私たち以外の人はいなかった。当然だ。二人で暮らしている社長の家なのだから。他に人なんていない。それなのに社長の足元には銀の百合が落ちている。
 呑み込めない事態。
 でも社長は動じることはなかった。少しだけ眉を寄せて困ったようにしているが、でもすぐに頷いていた。
「そうか。まだだと思うのだが私の思いは満たされてしまったからな」
 銀の目が私を見る。色んな思いが詰まった瞳に私を映している。
「社長」
 喉が震えた。これからのことは全部予想できるけど、それがうまくつながらなかった。社長をただ見つめてしまう中で、社長の手が私に伸びる。
 私に触れて、近づいてくる。
「私も貴殿が好きだよ」
 声が聞こえた。思わず何をなんて言ってしまう。そんな筈ないって今あるすべてを脳が否定しようとするけど、目の前の光景がそれを拒んだ。
「ずっと貴殿が好きだった」
 社長がずっと近くにいた。今まで見たことないほど近くにいて、あ、と思った時には暖かいものが唇に触れていた。喉の奥から何かがせり上がる。今までとはどこか違う暖かな感覚があった。
 喉の奥から口の中に広がっていく。吐き出したいが出入り口は塞がれていて、社長の舌が私が吐き出したものをさらっていく。溢れるものにしびれるような甘さが伝わった。
 社長の喉仏が上下に動いた。
「太宰。好きだよ」
 銀色の糸が繋がる中で社長が思いを口にする。私はその思いを確かに受け入れていた。もう何もでていく物はない。




















「なんで私の片思い相手一緒に探してくれたりしたんですか。わたしのことすきだったのでしょう」
「いったろ。幸せになって欲しかったのだと。まあどうやら回り道をしてしまったらしいが」
「少しは考えなかったのですか私があなたを好きだとか」
「お前の傍に一番いた自信があったのだけど考えなかったな。
「なんで」
「答えが単純すぎると思ったから。お前の一番近くにいたから恋する相手としてもう既に考えられてそれで違うと思われたのだろうと思っていた」
「私全くそんなこと考えてませんでした。ただ心地よいなってそれだけ
 でも今思えばそれが恋をしていたってことなんでしょうね



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