満ち足りた時間を過ごしていた。
 福沢さんの家で暮らしだして数日。今までになく穏やかで幸せな日々。福沢さんの家でのお泊りはいつもドロドロに甘やかされて優しくされてそれが毎日続いて幸せでないわけがない。満たされた日々というのはこういう日々のことを言うのであると馬鹿な私でもわかってきた。それでも花を吐くのは止まらなかった。
 これ以上もないほど充実した日々にもかかわらず花を吐く。どうやら両想いになった時に感じるのはこの安息とはまた違うらしい。もうそろそろ万策尽きてきた感じは否めないものこんなこと誰かに相談もできやしない。森さんからは何度か連絡がくるが、好きな人は誰なんだいとか、ちゃんと告白しないとだめだよと言ってくるだけなのであてにもならない。私は誰かを好きになってなどいないのだ。ただの間違いになってしまったようなもので、最近は一生付き合っていくことになるのだろうとも思っている。
 あきらめの境地と言う奴だろうか、
 毒の問題はあるものの福沢さんのおかげでここしばらくは体調の良い日も続いている。それでもよいかと感じ始めていた。面倒ではあるものの吐いた花を集めて毒の解毒剤も集め始めていた。吐き出さなくても形や味を確かめたら吐いた花がなんであるのか分かるからそれに合わせて後で薬を飲むようにすればある程度は解毒できる。もうこれでいいかと思っていた。
 思っていたのだ
 なのにうまくいかないものである。
 今私が見ているのは社長がいつになくその目を大きくして私を見つめてくる光景。大丈夫かとかけられる声。背をさすってくれる暖かい手。大丈夫と言いたくて言えない中、またせり上がってくるものがあった。今度はちゃんと呑み込もうとした。
 だけど
「飲むな」
 鋭い声が耳を撃つ。そして社長の手が私の顎を抑え、口を開かせようとしてくる。いやですと言いたい中、社長はそれを許さなかった。ダメ元で社長の手に私の手を重ね口からでていく物が振れないように気を付けた。
 はらはらと花が落ちていく。
 眠りかけていた時、突然にあふれ抑える間もなく吐き出してしまったものの中に混ざっていく。
 社長が大丈夫かと背をさすり私を見てくる。
 酷く心配した目。
 私を見つめるその目から逃れながら大丈夫ですと何度か口にした。花が落ちる。種類はまちまちだった。
 すみませんと言いかけて口を閉ざした。そんなこと言っても社長は気にするなと言うだけだと思ったから。それよりも後から後から湧いてくる花を吐き出しきることに集中した。そうしないと社長は休んでくれない。
 花を吐き終えるにはかなりの時間がかかった。
 もう吐きたくないのにまるで堰が壊れたかのように花はあふれ続けて止まらなかったのだ。やっと止まったのは数時間したぐらいした後だった。
 それまで社長は私を優しくなでてくれていた。
 すべて吐き終え、落ち着いた後には私の頭を一つ撫でて水を飲ませてくれる。大丈夫だったかと聞く声は巻き込まれた怒りもなくただ優しいもので苦しかったなといたわってくれる。
 口の中からかすかな息が落ちていく。花に口の中や食道を占領されてなかなか苦しかったものの身体的にはあまり問題なかった。
 だけどどうにも重くて社長が用意したクッションの上に横になってしまう。社長の手は優しく頭を撫でてぽんぽんと胸元あたりをたたいてくる。
 穏やかなリズムはとても眠くなってしまうモノだった。瞼を閉ざしてしまう。社長はそんな私を咎めることなく寝ようかと優しく口にしてくれるのだった。
 その言葉に任せてもう寝てしまいたかったけど……。でもやることを思い出して起き上がっていた。
 無理はしなくていいと社長がすぐに声をかけてくれるが、私は首を振ってこたえていた。大丈夫ですと言いながら社長を見る。社長はまだ私に夢中で片付けまでには手が回っていなかった。一つ安心して社長に片づけは私がやりますと伝えていた。
「だが」
社長の眉が寄る。まだ苦しいだろうと言いたげな声。私がやろうかと言われる。それでもすぐに首を振っていた。
「私に片づけさせてください。
 聞いた話ですがこの花を触ると感染してしまうそうなので」
「それは」
 社長の目が少しだけ見開かれるのが見える。布団の上に広がるシーツを社長は見ていた。どういうことだと問いかけてくる声は険しいものになっている。
「社長がこんなものにかかってしまうと困ります」
 だからねえと笑う。お願いしますと笑って社長を見る。社長の眉が寄ってその唇をかみしめていた。険しい顔をして花を睨みつけ、そして私を苦しそうな目で見つめてきていた。大丈夫なのかとそっと私の頬に触れて顔色を見てくる。
 もうだいぶ良くなってきている自覚があった。
「どんな病気なのか聞いてもいいか。このような病は今まで見たことがない」
「……私も詳しくは知らないのですが、嘔吐中枢花被性疾患。通称花吐き病と言うそうです」
「花吐き病」
 繰り返した社長の眉間が震えていた。唇を閉ざし考え込んでいるようだが、知らなかったようでそれが何なのかもっと知ろうと私を見てきていた。
「森さん曰く恋煩いしている者がなる病だそうですよ」
「恋煩い」
 もう一度社長が私の言葉を繰り返した。険しかった眼差しが一度驚いたものに変わっていた。ぱちぱちと瞬きを繰り返してみてきている。何度も首を傾けながら考え込んでいるようだった。
 顎にも手を当てて考えていた。それでもうまく呑み込めないようだ。どういうことだと私に聞いてきていた。
「片思いしている人がなって、その人の事を考えると花を吐くそうです。両思いになったら治るとか」
「お前がか」
 さらに社長の目が大きくなっていた。社長の不思議な色をした目が私を見てきている。無っと口が尖った。
「言っときますけど森さんが言っているだけ。この病は発症している人があまりいないので研究が進んでいなくてそう言われているだけのものだと思いますよ。
 だって私は好きな人なんていませんもの」
 社長に対して少しだけ険しい声が出てしまった。悪いことをしてしまったと思うが、唇が尖ってしまうのを戻すことはできない。
 社長はもう一度瞬きをして、しばらく何かを考えていた。
「……ではどうやって直すのだ」
「そこなのですよ。問題は。いろいろ考えてみたのですがなかなか治らなくて。
 恋をしている時に感じる何かが発症する理由だとは思うのですが。もうあきらめ気味ですね。一生付き合っていくしかないのかと」
 問われた言葉。そう言われるだろうとは分かっていたので私はわざとらしく手を上げて首を振った。ため息のように息を吐き出した後、でも大丈夫ですからと笑った。もう気にしないでくださいとそう伝える。でも社長はそれでは納得してくれないようであった。
 じっと私を見ては何かを考えこんでいる。
 口元まで抑えて考え込む社長にねえともう一度声をかけるが、その声は聞こえないようだった。
 社長が顔を上げる。社長が真っ直ぐに私を見つめてくる。
「太宰。本当に好きな人いるのではないか」
「だからいませんよ。そんなもの」
 社長の言葉に眉が寄った。また態度の悪いものになってしまった。はああとでていく声。唇が尖ってしまうけど、社長の目は変わらぬまま私を見てきていた。
「お前がそう思っているだけじゃないのか。
お前は恋などバカバカしいと感じているだろう。それに自分にはそういうものはないと思っているんじゃないのか。だからお前が理解できないのではないか」
 真剣な目で社長が私に伝えてくる。そんなはずもないのに、そうなのかもなんて思えてしまうような声だった。
 何も言えなくて口を閉ざす。社長の手が私を撫でてくる。
「一緒にお前が好きな奴を探してみよう」
 なあと駆けられる声。でもと私は首を振った。
「……私が、だれを好きになるというのですか」
「分からぬがきっととてもいい人なのだろうな。
 そいつが少しうらやましい」
 


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