その日太宰によかったねととても楽し気な顔で言われた敦は何かが納得できずに首を傾けていた。
 太宰は敦君なんかよりもずっと優秀であるがからかわれているわけでもなければその言葉は正しいと思うのだけど、でも何故か頷くことができなかったのだ。
 それは昼食時のこと。
 たまにはみんなで食べに行くかとまさかの社長から誘われた敦は少々緊張しながらもその案に頷いて、共に社長のお気に入りだという探偵社に程よく近いところにある定食屋にまできていた。社長と一緒なんて緊張してしまうので遠慮したいというのが本心だったが、丁度傍にいた太宰が俄然乗り気になってしまったのが運の尽きだった。
 とはいっても彼に目上の人の申し出を断れたかと言えばおそらくできなかったのだが。社長と言えと福沢は別に偉そうにしているわけでもないのでそれほどかしこまらなくてもいいのではないかと思うだろうが、それでも滅多に表に出てこない男。あの乱歩までもが尊敬している相手。何かしら素行をしてしまったらと敦としては緊張してしまう。
 だがさすが太宰と言うところか。
 ほとんどの者が出払っていて敦と太宰しかいなかった中で、社長にものおじすることもなく話していて、そして常からして険しい顔をしている福沢を楽しませていた。いつもより三県の皺が小さい気がするし、何なら吹き出してもいる。
 敦は珍しいものを見てぽっかんと口を開けてしまったし、太宰を尊敬してしまった。普段の仕事自体はともかく子言うところが太宰は本当にすごいのだ。人のうちに潜り込む天才と言うのか。すんなりとその場を支配してしまう。
 その場の空気を太宰が作っていく中で、敦も少しずつだが緊張が取れてきていた。福沢がどれがいいとお品書きを見せてきてくれた時はすぐに自信の鉱物であるお茶漬けを口にすることができていた。そんなものでいいのかと福沢は不思議そうにしていたが、すぐ太宰が敦君はお茶漬けが好きなんですよ。
「初めて会った時も敦君は国木田君の財布の中を空っぽにするほどお茶漬けを食べていたんです」
 なんて今思えば黒歴史を楽し気に披露していた。福沢の口元が緩み楽しげに笑う。 
「そうなのか。でもそれだけでは栄養が偏るだろう。他に何か頼んでおこう。太宰お前はいつものでよいか」
「はい。社長いつも通り何か美味しいものを頼んでくださいな」
 福沢の目がお品書きを見ている。と、ここにきてん? と敦の首が一度目の傾きを見せた。あれ太宰さんってもしかして結構頻繁に社長と食べに来ていたりする。たまにお昼見かけなかったりするけど……。考える中、福沢が店員に注文していた。
 その後一回お水を飲んでいる。すかさず太宰の手がお水を新しく注いでいた。また太宰が話し始めて場が軽くなる。
 先ほどより余裕をもってその話を聞けるようになった敦は二度目の首を捻た。なんというか言葉にはしづらいのだが二人の雰囲気が何か怪しいというか、なんか、こう言っていいのかはわからぬが仲良しすぎる気がしたのだ。
 同じ会社に働く仲間と言うのはあるのかもしれないが、それにしても……。
 福沢が楽しげなのは国木田や乱歩に与謝野といる時でも見せているが、何かそれらよりも楽しそうな気がするのだ。太宰もいつより楽しそうというか、何処かやわ粋な雰囲気だった。
 二人で楽しそうに話をしながら、時折敦にも話しかけてきてくれるが、よく考えればその頻度もいつもより少ない気がした。太宰はとても器用な男でこういう場では大体いつもうまい具合に会話に参加させてくれるが、今日は二人だけで楽しんでいる王なそんな感じが少しだけ。
 敦が緊張しているからかもしれないが、どうにもこうにも引っかかった。 
 んーー、と首を捻る横で二人は楽し気にしていた。
 料理が運ばれてきた後も敦の疑問は止まらなかった。
 敦の茶漬けと二人の白米以外は大きめの皿に盛られたおかずがたくさん出てきたのだった。敦は一枚の小皿をもらい好きに食べろと言ってもらったのだが、福沢は太宰の分は小皿にいれてこれぐらいは食べろよと話していたのだ。
「お前はいつも食べないからな」
 そんな小言まで告げている。太宰がそんなことないですよなんて少し頬を膨らませて抗議していた。その顔を見て敦は驚いていた。そんな顔をしているところ見たことないんですが、太宰さんそんなもできたんですね。言いたいけれど言葉にもならなかった。福沢の方はどうだかななんて困ったようにため息をつきながら、どこか楽し気だし、
 どういうことと目を皿にする敦をのけ者にし、府たちはにこやかに話していた。
 料理の味はとても美味しかった。
 それしか分からなかった。
 その後探偵社に帰った敦は太宰に言われたのだ。よかったねと。意味が分からず首を捻り何でですかと聞く。太宰はにこにこ笑っている。
「社長は優しいからね。よく食事に連れていてくれるんだけど鉱物を教えておくとね、それがおいしい店を探してくれるのだよ。凄い美味しいお店が多いから、社長と行くの楽しみになっちゃうよ」
「そうなんですか」
 敦の目が瞬きを繰り返す。でも僕探偵社に入ってからこれまで食事に誘ってもらえたことなかったんですけど。思い浮かんだことを口にはせずただただ首を捻った。


 それから一か月後。
 敦は太宰に美味しかったかいと聞かれたのだった。最初に聞かれたときは何のことかわからず敦ははっと声を上げ、首を傾けていた。何の話ですかと聞くと太宰はにやにやして敦を見るのだ。
「社長のとご飯だよ。どうだった。美味しいお茶漬け食べられただろう」
 敦の手が止まる。締め切りが今日までの報告書を仕上げなくてはいけないのだが、それより何の話だというような感想が強かった。んと首を捻る横で、太宰はやはりにやにやし知恵うr。
 ねえと聞いてくる声は何かを誇らしく思っているような声だ。何の話ですかと聞こうとして、その時敦は福沢と食べに行った時のことを思い出したのだ。
 その時に美味しいお茶漬けを食べさせてくれるよと言われていた。
 あれから一か月。
「えっと、僕まだ社長とは食べに行ってないんですけど」
 一度も福沢に食事に誘われたことはなかった。
 まあ当然と言えば当然だろう。わりとこの会社は上下が緩いところはあるものの社長なんて目上の目上。そう簡単に食べに行く機会なんて訪れない。それなのになぜか太宰はその目を丸く見開いて首まで傾けていた。初めて見る多岐の太宰の顔だった。
 ここまで驚いてた太宰なんてめったに見られるものではない。敦は軽く混乱した。
 何でと思う中、太宰は本当にと問いかけてくる。
「社長まだ言ってないのかい。社長良く誘ってくれるだろう」「
「……いえ、一度も誘われてないですが」
 からかわれているのか。でもそれにしてはなんか様子が変だ。いつも国木田にしているような顔をしていない。むしろ本当に驚いている。何度も首を傾けては瞬きをしている。顎に手を当てそんなことあるかななんて考えこんでいる。
「社長なら連れていてくれるはずなんだけどな。時間が合わないのかな。悪いことしたね。こないだの時とか敦君に譲ってあげればよかったよ。きっとおいしい所見つけてくれているのに」
 なんかもう色々よくわからない。何がどういうことなのか考える横で太宰はごめんねと笑っている。
「太宰さんは行くんですね」
「そりゃあ社長は優しいからね。よく私を誘ってくれるのだよ。敦君もそのうち来るから楽しみにしておくといいのだよ。私のお勧めは昼食よりも夕食だね。程よく酒を飲んで遅くなったところでそれから社長の家にお泊りコース。敦君は飲めないけど社長にお酒を注いで気持ちよく飲んでもらっていたらきっと遅くまで行けるからね。朝食まで食べさせてもらえるし、翌日休みならその日の昼と夜に次の日の朝食までついてくる。豪華セットだよ」
 へーー、はーー、へーー。と最後にはもう気の抜けた声しか出なかった。分かりましたと言って書類を掴み立ち上がる。まだ終わってないなんてことは関係なく敦はそのまま与謝野がいる医務室にまで向かっていた。
そして社員が社長の家にお泊りするなんて普通なんですかと問いかけていたのだ。

 はっと緩く口を開けた与謝野。詰め寄る敦の額に手を当て熱を測り、念のためにと体温計をわきに押し込んできた。
「で、何処がしんどいって」
 カルテを取り出し問いかけてくる。
「頭がぼんやりしているっていうか、って、違いますよ。社長ってそんな一杯みんなをたべにつれていったり、止まらせたりしているんですか」
 ついノリツッコミをしてしまいながら敦は叫んだ。太宰には聞こえないよう小さな声だが、鬼気迫るものがある。与謝野の目が何度か瞬きをしていた。はあとでていく声。
「どこ情報大。その頓珍漢な話は」
「太宰さんです」
「太宰の話なんてほとんど冗談みたいなもんだろう。何で騙されるんだい。国木田でもあるまいし」
「確かにそうなんですけど、でも何か太宰さんいつもと違うというか、こっちを騙そうって感じが見えないんですよ。美味しいからすっごく楽しみにしてたらいいよって。なんていうか、なんているか、その、そう乱歩さんがおいしいお菓子を見せびらかすような感じで!
 それにいつもなら太宰さんはどこかで冗談だって言ってきますけど、今回は僕に寝、どうだったなんて、本当だったでしょうなんて感じで聞いてくるんですよ。なんか変なんです」
 敦の手が大きく動いて何とか与謝野に伝えようとする。暫く与謝野は敦を睨んでいた。ガタリと音を立てて立ち上がる。与謝野が分かったと言っていた。
「よくわからないから確かめに行こう」
「へっ」
 厚地の苦難はまだまだ続きそうだった。


 次に向かったのは社長室であった。そこで仕事をしていた福沢を与謝野が詰め寄っている。
「社長が社員を頻繁に食事に誘ううえ、家にまで泊まらせているって聞いたんだけど、妾はそんなこと誘われた記憶がないんだけどどういうことだい。何でそれで妾には一度もないんだい。それともやっぱり太宰が敦に冗談を言っただけなのかい」
 与謝野に詰め寄られた福沢は最初訳が分からないと与謝野を睨むようにしていたが、太宰の名前を聞くとそのかがいつもと違い分かりやすくゆがめられ、そして敦を見ては頭をかけていた。椅子に座りこむ姿はどう見ても落ち込んでいる。
 えっと敦から戸惑った声が出た。社長と与謝野も驚いている。
 どうしたんですかと狼狽えながら問う。顔を上げた福沢は諦めたようなため息を吐き出した。
 すまなかったとそういてくる。
「敦、お前をつい巻き込んでしまった。迷惑をかけてしまったな」
「はあ」
「どういうこどだい」
 首を傾ける敦。頭の中疑問符が舞い続ける。何度も福沢からは深い吐息が吐き出されていた。与謝野が怪訝そうに福沢を見ていた
「まさか本当に社員にそんなことしているのかい」
「否、社員と言うか太宰だな。太宰にはそうしている」
「なんで太宰限定なんだい」
「それは、まあ」
 福沢の目がらしくもなくあたりをさまよっていた。言い難そうにくちがなんどか開いては閉じていた。そんな福沢を見たこともなければ与謝野もなさそうでじっと福沢をガン見しては口元を引きつらせていた。福沢が何かを隠すように手で口元を覆う。
「その……好ましい相手に自分を良く見せようとするのは当然のことだろう」
 福沢の頬がわずかに赤くなっており、敦はこれ絶対僕が見っちゃいけないものじゃないかと考えてしまった。与謝野の目が点になって好ましいってどういうことだいなんてそんなことを聞いていた
「好ましいは好ましいだ。
 ……その、まあここまで来てしまったので言うが、私は太宰のことを人として好いているのだ。そのことを太宰に分かって欲しいというか、意識してほしくて敦を使ってしまった。太宰にしていることを敦にはしていないとなると少しは何か感づいてくれるのではないかと思ったのだが、無駄だったようだな。 
 いつになったら気付いてくれるのか。せめてそこにだけはそろそろ気付いてほしいのだが」
 呆然と与謝野が立ち尽くす。何を言われたのかすぐには飲み込めなかった。福沢は頭を抱えて机の上に丸くなっている。こんな姿は見たこともない。とても大変そうであった。
 太宰さんそんなに気付かないんだ。なんで。普段誰よりも人の変化に気付く人なのにとつい太宰がいる方向を見てしまった。飲み込めつつある与謝野が出、社長と福沢に聞いている。
「太宰を週何回ぐらいの頻度で食事に誘っているんだい」
「……四日ぐらいか」
「そんなに。 何でそれで太宰さんは僕と社長が食べに行ったと思ってるんですか」
「否、なんでそんなに食べに行っといて他の人まで食べに連れていてもらえるって思ってるんだい。あのバカは。社員が何人いると思っているんだ」
 二人が驚いて声を上げた。福沢は口元を引きつらせ乾いた笑みを浮かべていた。
「そうだよな。そうなんだが、でもあれは私のことをとにかく優しい人として認識してしまったようでな。もうずっとその勘違いから抜け出してくれないのだ」
 はああと福沢からは深いため息が出ていく。敦はあの二人の世界でとても楽しそうにしていた福沢と太宰のことを思い出して、福沢のことを応援しようと心に決めていた。


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