福沢と付き合い出してからの日々はとても心地よいものだった。今までもずっと心地よい中過ごしていたけど付き合い出してからの日々はその何倍も満ち足りたものだった。
 とくに何かが変わったというわけでもないのだけど……。
 福沢は前と変わらず優しい。家に招いてくて。膝枕して頭を撫でてくれる。昼食を用意してくれて兎にも角にも甘やかされる。
 それは変わらない。なのに感じる嬉しさが跳ね上がった気がするのは何でなのか。分からないけど太宰は幸せだった。
 一週間のうち半分は福沢の家にお邪魔してはそのしあわせを堪能していた。
 さすがにお邪魔しすぎかと思って聞いたこともあった。
 福沢はそのまなざしを普段は絶対見られないぐらい優しいものにしてそんなことない。
 むしろもっと来てくれてもいいとそう言ってくれた。太宰の頭を撫でながらお前が来てくれると私も幸せだからなんてそんなことを言ってくれるのだ。
 だからもう太宰は気にすることなくお邪魔するようになった。付き合い出してからはお泊りするようにもなって、福沢の腕の中に包まれて眠ることもあった。
 当然やることもやった。
 福沢は渋っていたものの太宰が好きだから抱いてほしいと強請るとその腕で太宰を抱きしめて抱いてくれた。太宰の体をいたわったとても優しいものだった。今まで何度かそういう行為をしてきたことがあるがそれらとは全然違った。また太宰がにしてきたものとも違って体を触る指先や唇の一つ一つに愛情と言うものを感じた。
 大丈夫か。気持ちよいかと問いかけてくる声は己の欲を我慢したもので太宰を傷つけないよう必死になって己を抑えつけようとしてくれていた。そんな福沢を煽れば時折激しく腰をつかれることもあったがそれでもすぐに抑えては優しく動いてくれる。
 時には好き勝手抱いてほしいなんて思いもしたけれど、傷つけまいという愛情を感じて太宰は福沢に抱かれるのがとても好きになっていていた。
 甘やかされて抱かれて愛されて。
 本当に幸せな日々だ。
 一度お湯にかぶれば戻ってしまう夢のような日々だけど、正直な話太宰にとってどちらが夢の中分からなくなってきていた。
 男の時の時間は探偵社で仕事をし、横濱の街を監視し何かあれば一人で対処可能なことなら勝手に一人で対処する。家には寝に行くために帰ってまた出社するを繰り返す。敦や国木田といった探偵社のメンツと過ごしてはいるけれどどうにも現実感はあまりない。
 これは前々からのことで天人五衰との戦いが終わってからというもの太宰は何処か死んだように息をしていた。一つの大きな目的を果たしてしまって次どう生きたらいいのか分からなくなってしまったのが理由だろう。
 そんな中で女性になるなんて事件が起きたからこそ今までばかげた夢を見てみたのだけど、その夢があまりに心地よくてここ最近の太宰は夢の方に夢中で現実はもっともっと遠くなってしまったのだ。
 夢ははっきりとしている。
 福沢が触れてくる手も。くれる優しさも暖かさもどれもこれもしっかりとしていて日中探偵社で話すことより、仕事していることよりもしっかりと太宰の中に残っている。
 時間にしてみれば男でいる時の方が長い。でも心に残っているのは女でいる時。どっちが真実なのか境界が曖昧だ。
 まずいなとは思っていたけれど、気にすることすらほとんどできていなかったとき、その問題は起きた。
 太宰から仕事の報告書を受け取った福沢が一つ、眉をしかめていたのだ。
 じろりと睨んでくる瞳は鋭く、それからふうと息を吐き出している。今日も社長格好いいななんて思いながら見ていた太宰はそんな福沢の変化に首をかすかに捻った。
 報告書には何の問題もないはずだ。
 探偵社としてのやり方でそして探偵社として求められる最大の結果を出している。それをすべてしっかりと書いている。仕事にやる気がなく報告書をためることでよく国木田に怒られているが、出した報告書の内容で何かを言われたことなど一度もなかった。唐変木のくせして報告書だけは完璧なのが腹立つと言われたことはあったか。
 でもそれ以外は特にない。
 何故と首を捻る中。
 太宰と福沢が太宰の名前を呼んで、睨んだ。
「また女性を心中にでも誘ったか。私事に口を出す気はないが程々にしておけよ」
 ぱちくりと太宰の目が大きくなった。考えていたこととは全く違う内容であった。はあとでていく声。別に心中なんて誘っておりませんけどと声が出ていく。これは真実だ。最近はそんな時間はない。週の半分は福沢の家に泊まりに行くし、その残りの半分は仕事と後は横浜の監視で忙しい。今までは福沢の家に行く時間がなかったのでわりと時間が空いて暇を持て余していた。その度死にたい気持ちも持て余して誘っていたけど、時間が無くなった。そのうえ満ち足りた日々を過ごすようになって、死にたい気持ちもほんの少し落ちついて女性を誘わなくなった。
 それに今の太宰はもし誘うとしたら福沢と心に決めている。
 まあ福沢はそんな誘いになど乗ってはくれないだろうけど、でもできたら福沢とともに死にたいし、できなくともせめて女の姿で死んで福沢の腕の中に抱きしめられたい。その心の中に残りたい。
 だから女と心中するつもりもすっかりなくなって、その必要だってもうない。
 何でそんなことを言われてしまったのか。思う前で福沢の目は見開かれていた。えっと言うような顔をして太宰を見、その手頸を見た。福沢の鼻がわずかに広がるのが太宰にはわかった。
 再び首を傾けてから太宰は己の手頸を嗅いだ。
 それで固まる。
 太宰の手頸からは女物の香水のにおいがした。いつも福沢と会う時につけるあの香水だ。なぜ福沢が急に心中の話をしてきたのかすぐに合点がいた。その匂いがしたからまた太宰が女性に心中を誘った。それももしかしたら己の恋人にかもしれないと思ってしまったのだろう。
 鋭い目になっていたのは嫉妬だったのか。そう思うと嬉しく思うが、それよりも今はこのにおいのことをどうにかごまかさなくてはいけなかった。目を見開いている福沢に女物の匂いがしますねとまずは言った。
「どこでこんなにおいついてしまったのか。
 そうだ。そういえば今日の昼、暴漢に襲われている女性を見かけて声をかけたのでその時についてしまったかもしれません。
 可愛らしい女性でしたが心中には誘ってませんよ」
 前にナンパ男に声を掛けられていたことを思い出して設定はすぐに出ていた。福沢は眉を寄せるもののすぐに通常ぐらいの険しい顔に戻ってそうかと頷いている。
 よくやったという声はどこかほっとしていて、まだ相手が恋人だったかもわからないのにそんなにほっとしてくれるのは嬉しくなった。愛されているなと感じてこんなところだが太宰の心はほわほわと幸せになる。
 少し気が緩んでしまっただろうか。まあ最近は緩むどころか気をどこに置けばいいのかもわからなくなってきているのだが、福沢が不思議そうに太宰の名前を呼んでいた。
「どうしました?」
「否、何でもないが……。報告書ありがとう。次の仕事も頑張ってくれ」
「はい」
 福沢の言葉に頷く。これで終わりだろうと立ち去ろうとしたその時、なぜか福沢の手が太宰の頭に伸びていた。へっと太宰の口から声が出ていく。福沢の驚いたような目が見えた。
 見開いた二つの目が見つめあう。
 あのっとでた太宰の声。すまぬと福沢から声が出ていくが、その手が離れていくことはなかった。何故か二三度さらに撫でていく。
 嫌なんてことはあるはずもない。
 慣れ親しんだとても大好きな感触だ。少しの間、太宰は何も言えずに立ち竦んでいた。どこかぼんやりとしてしまう中で、福沢の手が離れていく。
 太宰と少し驚いているような声が福沢から出ていた。
「何ですか」
「いや……、何でもない。仕事頑張ってくれ」
「はい」
 どうしたのだろうと思いつつも太宰は一つ頷いて部屋の中を出ていた。

 
 その日の夜、福沢の家に行った太宰は福沢に暴漢に襲われたかと問われていた。はいそうですけどと笑って答える。
「でもすぐに通りかかった人が助けてくれたので問題はありませんでした。
 でもどこでそんな話を聞いたのですか」
「……少々小耳にはさんでな。お前は綺麗だから気にして歩いた方がいい。何かあればすぐ私に連絡してくれ」
「はい」
 福沢の手が頭を撫でてくる。心地よい感触。幸せな気持ち。太宰はそれを思うままに味わっていた。



「今回もよくやってくれた。……ありがとうな」
 いえと言おうとした太宰の口は止まっていた。福沢の手がなぜか太宰の頭を撫でてきたからだったが、暖かな感触にどうしてかなんてそんなこと考えなくなってそのままその手を享受していた。また頼むといわれてもただ太宰は頷くだけであった。
 もう少し深く考えるべきだったなんて思った時にはもうすべて遅いのだ。



 太宰の目は見開いて福沢を映す。はいとでていく声。傾く首。たらりと流れ落ちていく汗。あの、そのと声が出ていく。
 ごまかさなければと思う前で福沢は困ったようにその眉を落として息を吐き出していた。
 福沢の膝の上で太宰は口を何度か開けた。
 やはりそうなのかと聞こえてくる声はどこか遠くからのものだった。
 今日はこのまま福沢の膝の上で眠ろうとしていた所にかけられた声は、ここで眠るのかという問い。でもそこに付け足されていたのは太宰と言う本来の己の名前であった。女性となっている今の名前ではない。
 太宰の目が泳ぐ。誰ですかそれはなんて言葉がやっと出ていくが、眉を落とした福沢はごまかされてくれそうになかった。
 少し浮いていた太宰の頭を膝に押し付けて撫でていく。
 優しい手つきはそのまま眠くなってしまうものだが、今はその手を感じている場合ではなかった。
「まさかとは思ったし、そんなことあるはずがないと思ったのだけどな。でも頭を撫でた時の反応が二人とも同じで……とても幸せそうだったのだ。今のお前ならそれは当然なのだけど、普段のお前がそんな顔をするのがとても不思議でな。それで……試してみたわけだが。
 その前から少々気になることはあってな。
 もともと少しその似ていると思っていた。性別は違ったしたまたまだろうと思っていたのだが……それでも顔立ちどころかわずかにその性格と言うか癖と言うほどのものでもないが、小さなものが似ていると思っていた。
 だからこそお前に一度問いをしたことがあるのだ。あれはお前に抱かれたいとせがまれていたころだったか。どうしてそんなことを言ってくるのか分からなくて、少々似ている所を感じるお前ならもしかしたらその答えが分かるのかと思ってな。
 見事分かって……。その時には又に少し違和感は抱いていたのか。
 それから付き合うようになって私を見るお前の目が少し変わったというか、普段は確かに前と変わらずいつも通りなのだけどふとした時に女性の時と同じ目で見られるようになってな。徐々に違和感は大きくなっていた。
 それで決定的だったのは、あの日、お前の手から今のお前の匂いがした時だ。
 その時はまたお前が入水を誘ったのかと思ってしまったが、でもそうでないと分かってほっとして、だけどその後どこかおかしいとその話に感じてな。
 何せお前は前の時に今のお前とあっている設定になっていただろう。そこで私がその女性のことを好きなことを知っていた。そんなお前がその女性の姿とその女性の匂いを覚えていないわけがない。
 常人ならばまあ、覚えてもいないだろうが、でもお前だ。お前がそういうところに目ざといことはよく知っている。忘れているなんてありえない。そして私の反応からして嫉妬したということを気づいてもお前はいいはずだ。いやお前ならまず気づく。そういう奴だということはしっかり把握している。だがお前は私に何も言ってこなかった。もしや違う相手だったのかとも思ったがそれならそれでお前はちゃんと伝えてくるだろう。
 それがないのがどこかおかしく奇妙に感じていればまたお前の表情が女性の時に私を見つめてくる顔になって。
 それでまさかと思ったのだ。それだけでは分からなかったが、あの時何か確かめるすべはと思いつい触ってしまった時に確信した。
 あの時のお前は完全に私に触れられるときのお前だった。
 こう自分で言うのは恥ずかしいが私に触れられることを喜び、愛おしく感じるものの顔をしていた。
 それでも信じられなかったのが何度か試してみて確信が持てた。
 でも普通に聞いてもはぐらかされるかと思って一番油断するだろう今を狙って聞いてみたのだ」
 とつとつと福沢が話していく。
 何の話をとはぐらかそうとしていた太宰の口は閉じるしかなかった。まったくその通り過ぎて何も言えない。もうどうしていいのか分からなくて社長ってこんな饒舌になれたんだって見当はずれなことを思っていた。付き合いだす前からも大切なことについては普段がウソのようにしっかりと言葉にしてくれる人だとは思っていたが、今はそれ以上にちゃんと話してくれていた。
 多分前から言葉は組み立てていたのだろう。
 反論できるところがない。
 どうだと福沢が問いかけてくる。
「社長って名探偵だったんですね」
「一応探偵社の社長だからな。まあ推理はからっきし。犯人を武術で捕まえることぐらいしかできないが」
 福沢と違い見当はずれな言葉が出ていく。福沢はそんな太宰に付き合ってくれていた。太宰の頭を撫でながら見つめてこられ、もう撫でるのはやめてほしいなんてそんなことを思った。
 その感触が心地よすぎてうまく考えられないではないか。
 ただ考えたくないだけなのだろうけど。福沢の手は太宰の思考を溶かすように撫でていく。当たっているだろうと福沢がとう。
「……そうですね」
 ほうとでていく吐息。立ち上がらなければと思ったけれど起き上がることはできなかった。仕方なく口の端だけを上げる。
「じゃあ、これでもう終わりですね。だまして申し訳ありませんでした。今日のうちには荷物を片付けて「何が終わるのだ」
「はい」
 胸が痛みながらそれでも太宰は口にしていた。だけど福沢は不思議そうな顔をして太宰を見下ろしていた。太宰の言葉を途中で遮って聞いてくる。太宰はと言うと間抜けに口を開けて福沢を見た。
「何がって……私だと分かってしまったのですから、この関係は終わりでしょう」
「何故」
「何故って……」
 困惑して太宰は福沢を見上げる。福沢の手は太宰の頭を撫で続けている。相も変わらず気持ちよくて思考が鈍ったままだ。このまま本当に福沢の膝の上で寝てしまいたかった。だってと口が開くけどそんな必要ないだろうという福沢の言葉の前に閉じていく。
「お前は私が好きだろう。私も……お前であったことには驚いたが、それを知ったからと言って気持ちが変わることはない。好きなものは好きだ。女性のお前と普段のお前で気持ちが変わるわけでもないのならこのままこの関係を続けても問題はないだろう。
 それとも変わってしまうのか。
 今のお前でなく普段のお前は私のことを好きではないか」
 福沢の目は太宰を見つめてくる。撫でてくる手。そんなことはあるはずもなく太宰の首は降られる。好きになったのは女性として優しくされるようになったからだけど、そうして欲しいと考えていたのはそうなる前からだった。
 それに女性になったところで太宰の心には何の変化もない。
 男性も女性もどっちもただの太宰で、ただの太宰が福沢を好きになっている。
 それは変わらないから。
 そうかと福沢が安心したような顔をしてそれならばこれまで通りで大丈夫だなと告げてくる。そうなのだろうかと疑問に思いながらも深くは考えらえなくて太宰はそうですねと頷いていた。
 福沢の手が太宰の頭を撫でる。
「疲れただろう。もう寝ていいぞ」
「……そうですか。ではお言葉に甘えて」
 ふわふわとなでられる感覚。やっとのことで太宰は眠りに落ちることができていた。
 


 太宰が眠りに落ちたその後福沢がガッツポーズをしたことを太宰は知らない。一度眠れば怠惰な太宰のことだ。今以上に考えることが面倒になっているだろうなんて思っていることも知らなかった


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