太宰が福沢家に嫁いだのは誰のせいでもなく、太宰の意思によるものであった。
 ただ福沢の近くに行ってその下で死にたいという太宰の願いによってなされたことであった。太宰は福沢を好きだった。
 それはもうずっと昔から。
 まだ太宰が十にも満たない時からずっと太宰は福沢が好きで彼だけが太宰の狭い世界の中で生きていた。


 それはとても寒い冬の日。福沢はきっと覚えてもいないだろう昔の話。
 太宰は親のいない子供だった。かつてはいたのだろうが捨てられて顔さえも覚えてはいなかった。街の片隅にひっそりと生きていた。満足に食べることだってできずその辺で木の実を拾っては腹の足しにして、たまに大人から食べ物を盗んで暮らしていた。
 塵のようなものだった。
 大人たちも太宰のことをそんな目で見ていた。子供たちもそうだった。どういう訳か太宰は昔から多くの人に嫌われていた。おそらくは子供のくせに大人と同じような知恵を持っていたのがいけなかったのだと思う。よくわからないけど昔から太宰は賢くてそれを気味悪がられていた。
 そして嫌われながら太宰は生きる理由も見失っていた。
 なぜ生きているかもわからないなりにそれなりに必死に生きていた。でもあの日はその糸がぷっつりときれてももういいやと死ぬことを受け入れていた。
 寒い日だった。もう数日まともなものも食べてない日で、身に纏っていた布切れもどこかに飛んでいた。凍えて死ぬのか飢え死にするのか分からないがもういいやと太宰は横たわって眠る。
 かすれた吐息が出ていく。死んでしまえとそう思う中で太宰の視界の中に入り込んだのは人の足だった。どうしたと問いかけてくる声。見上げる気にもなれなかった。答えもしない中でその人物は太宰の体をゆすり大丈夫かと聞いた。それにも答えなかった。どうでもよかった。
 答えなければかってにいなくなるだろう。そんなことを思っていたけど男は太宰から離れることはなく、むしろ小さな太宰の体を抱え上げると近くの宿に連れていていた。
 そこで太宰の体を温かい湯につけ、美味しいご飯を食べさせてくれていた。身に纏うものを何も持たない太宰のために衣を用意してくれていた。
 大丈夫だったかと優しく頭を撫でてきてくれたのは銀の髪の美しい男。それこそが福沢だった。
 その日初めて太宰は人にやさしくされて、そしてその日のうちにころっと落ちていたのだ。
 福沢が取った宿で太宰は三日福沢と共に過ごした。福沢は感情表現が豊かな方ではなく子供と接するのも慣れていなかったがそれでもとても優しくて太宰はその優しさが好きになった。
 三日目もう家に帰らねばと言った福沢は太宰に使用人とにはなってしまうが共に来るかと聞いた。太宰はその言葉に頷こうとして頷けなかった。使用人は知っていた。偉い人にペコペコ頭を下げて偉い人に一生懸命使える人の事だ。福沢はきっと使用人ではなく偉い人の方で、そして使用人と偉い人はそう気軽に話せる関係でないことも知っていた。
 それが嫌だったのだ。共に居たいけれど頭を撫でてもらえなくなるのが嫌で太宰はその首を振っていた。
 福沢は少しだけ悲しそうな顔をして分かったと頷いて、その日太宰の前を去っていた。福沢を見送った太宰は決めたのだ。
 どんな手を使っても再び福沢とあう。福沢の近くに行くと。
 それからの太宰は死に物狂いで生きて伸し上がった。悪いこともした。酷いこともした。嫌われるようなこともした。そうしながら養子であったが貴族の娘にまでなったのだった。
 息子でなく娘になったのはその方が福沢の近くへ行けると思ったからだ。弟子として福沢のもとへ行くとか、刑部に入って部下になるとか他にも方法はあっただろうけど、ここまで来るのに太宰は疲れ果てていてもう福沢のもとに行けるだけで満足になっていた。
 何より太宰の心はおかしい。
 福沢を誰より愛しいと思い、誰より福沢に愛されたいと思うけど太宰は男でそんなものかなうはずがなかった。だから叶わないのならそれに近しい立場になってせめて彼の傍で死にたかった。
 だから娘になって福沢の妻にまでなったのだった。

 傍に行けるだけ。それだけでいいからとそう思ってのことだったのに。
 太宰の目の前には福沢がいる。強く抱きしめられているからその顔は見えないけどそれは間違いないことだった。福沢が太宰を抱きしめてそして愛を囁いている。
 こんな幸せがあっていいのだろうか。一抹の不安を感じながらも太宰はその幸せから逃れられなかった。あれほど求めた福沢が己を求めてくれている。
 それがとても幸せであった。



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