ボロボロと花が口の中からでていく。紫の小ぶりの花と白の粒のような小さな花。一つは有名な花であるが、名前は知らないものであった。否、よく見たら思い出せそうだがそんな気にもなれなかった。適当に拾い上げてはごみ箱に捨てる。本当ならその辺に捨てていきたいところだが、別の人が触って感染でもすると困るから探偵社と福沢の家の周りには捨てないようにしている。
調べたところ花吐き病の花を吐くタイミングは相手のことを思った瞬間なのだと言うが、太宰にはどれにも思い当たることはなかった。ただ過ごしている時、仕事をしている時、家にいる時など様々な時に吐きだす花。誰かひとりのことを考えていた覚えはなかった。
どこにいくかとか、仕事の内容とか、どうするかとかをつらつらと考えていた。何も考えていない時もあった。
そんな感じであったから太宰は己が花吐き病であると言う事も何かの冗談だろうと思っていた。
花吐き病は片思いをこじらせている者だけがなると言う話であるが、調べたところ、患者の数は少なく一般的に広がっている様子はない。花吐き病に関する研究なども殆どなく詳しい事が分からない状況なのだ。だから片思いをこじらせたと言うのがそもそも間違いの可能性もある。
今の所全員それに当てはまっているという話だし、両想いになれば銀のユリを吐いて完治すると言う話もあるから片思いの人がなるのは確かなのだろう。でもそれ以外にも何かしらの理由があるかもしれなかった。おたふくかぜも大抵は子供のうちに掛かるものだが大人になってからかかるケースもごくまれにある。そう言ったイレギュラー的な掛かり方なのかもしれない。
問題はどうやってこれを直すかだ。
片思いの人がかかった場合は簡単だ。思い人と両想いになればいい。がそうでない思い人のいない場合はどう直したらいいのか。自分の体調について太宰はあまり興味はなかった。多少悪くても動くことはできるし、問題になるほどパフォーマンスが低下することもない。あっても問題ない時に倒れて病院で点滴の一つでも打てばすぐに良くなる。それに倒れて終わった所で太宰は良かった。
そんなこと言えば福沢は怒ったり、お前はとため息をついたりするのだろうが、
それがあるからよいと言えるのでもあった。
こぼと喉の奥から何かがあふれて息がしにくくなる。口の中、一杯に吐きだすが今は歩いている途中、ごくりと飲み干していた。ひりひりと喉が焼けて舌がしびれるような感覚があった。また毒がある花が混ざっていたのだろう。
自身の体調のことなど特に気にしないもののこれだけは面倒なのだよなと太宰は思った。花の中には毒を持つものがある。それもほんの数的で人を死に至らせるような恐ろしいものもあった。それほどのものはないが、でも毒をもつものが太宰が吐く花の中に混じっているのは確かだ。太宰は人がいる時などはそれを飲み込むようにしているが、それが少し問題だった。
大抵の毒には耐性がついていて人が飲めば死ぬようなものでも飲むことはできるのだが、限度と云うものはさすがに存在した。いくら耐性がついていても飲み過ぎは体に悪い。最近の太宰は毒を飲み過ぎて体調が良くないのを感じている。自分のことなどどうでもいいもののこれは少し問題だ。
その辺で毒の飲み過ぎで息絶えるようなことは問題ではないが、こう大量だといつ限界を超えるか分からなくてわざと毒を飲むような潜入の仕方ができない。さすがの太宰も潜入の途中で死ぬようなそんな無責任な真似はできないのだ。
今の所そんな予定はないものの何時必要になるか分からない。それが太宰にとっては大きな問題であった。
だからそれなりに花吐き病の解決方法を調べていた。資料もないしどうしていいのか手探りのような状態だったが、少しずつ太宰は考えをまとめることができ始めていた。
片思いの者だけなると言うのは恐らく何らかの片思いしている者独特の精神状態によるものから発症するのだろう。恋をしているかしていないか。片思いをしているかしていないかで恐らくだが何かしらの違いがあり、もしかしたらその状態になるとなんらかのホルモンが大量に分泌されていたりして、それが影響しているものとの考えである。
そして何故太宰がかかってしまったのかというと片思いをしているのに近い状態になってしまったからだ。
実際は違うがそれに近しいような感情の動きでその片思いの精神状態の時だけに大量に分泌されるホルモンが太宰も分泌されてしまったのだろう。
完治させるにはこのホルモンの分泌を抑えるしかない。どのホルモンか分からなかったので太宰は片っ端からホルモンの分泌を抑える薬を試した。
そりゃあもうありとあらゆる薬を試した。
一度に一つでは効率が悪いので一回に三つずつ試した。医師の判断もなく薬を呑むのは問題であるものの太宰はそんなこと気にしなかった。全く気にせず試して何度か体調を悪くした。薬物耐性ができており、効かないからと既定の倍以上のんだのもよくなかった。薬の規定はちゃんと守るべきだ。そこまでして効果が出た薬はなかった。
薬での治療は断念することに。次に考えたのは今の太宰の精神状態が片思いの者とちかいものであるなら、今度は両想いの時と近い精神状態になることであった。
恋などと言うもの自分のような人間失格には必要ないと思っているため、太宰には無縁のものであったが、どういった風になるのかは理解していた。
他人の恋心を利用したことなどいくらでもある男だ。片思いの時の思考や感情の変化も分かっている。それが両想いになった時、どう変化するのか。
おそらく一番大きく変化する部分を変化させる必要がある。太宰はそう考えた。
そしてそれは人にもよりけりだが、幸福感や満足感、後独占欲などが考えられるだろう。それに似た気持ちを得る必要があると太宰はそう思考したのだ
太宰は歩きながら考える。
目的地まではもう少しだった。別段今の太宰が不足していると感じるようなことはなく、むしろ今の日々に満ち足りていた。
これ以上幸せになるなどできそうもないほどだった。別の何かが満たされたらいいのか。でもそれは……。
考えながら太宰は目的の場所についていた。
福沢の家だ。
鍵を使ってその家に入っていく。家の中には福沢はいない。今日は遅くまで会議があるので帰ってくるのも遅いだろう。その事を考えながら太宰は居間に行く、そこでごろりと横になっていた。寝室に行こうかとも思ったが、ここで待っていることにした。
とりあえず。
家の中を見ながら考える。
ひとまず別のものを探すのは後にして、今日は社長にここで暮らしてはいけないか聞いてみよう。これ以上この場にとどまったらどうにかなってしまいそうだけど、これ以上の幸せを求めるならそれぐらいのことしか思いつくことがないから。
うとうとしてきた時、食道を何かがせりあがってくるような感覚がやってきた。喉元に何かが詰まる。
そこから出てくるものをゆっくりと口の中へと吐きだしていく。外に吐きだした方がいいのだろうが、動くのが嫌になって太宰は口の中にたまったそれをまた一枚一枚のみこんでいく。出る時は普通の嘔吐と変わらず、あふれるように出てくるが、飲み込むときは花の形が邪魔になって飲み込むのに時間がかかる。
何とかすべて飲み干すが体はしびれた。目を閉じると眠気は一瞬で襲ってきた
「太宰、太宰」
穏やかに呼びかけてくる声。そして優しく揺すってくる感触で太宰は目を覚ましていた。ぱちぱちと目を瞬いて見つめる。目の前にいる銀灰の目が穏やかに細められていた。
「こんなところで眠っていたら風邪をひいてしまうぞ」
「んーー」
低い声は優しい色をしている。耳に心地よく届いて眠気を強くさせる。むずがるような声を太宰は出していた。連れていこうかと福沢が優しく問いかける。太宰は目をもう一度閉ざしたくせにそれには首を横に振っていた。
起きますと舌足らずの声で答える。まだその目は閉じていて眠っていてもおかしくなさそうであった。ふわふわと太宰の頭を福沢が撫でていく。気持ちよすぎて眠そうになる。太宰はその頭を振っていた。
福沢の手が離れていく。少しの間を開けてから太宰の目が見開いていく。ぱちぱちと瞬きをして今度はちゃんと起き上がっている。
それでもまだ眠そうで福沢の手がそっと開いていた。太宰はその腕の中に飛び込む。抱きしめられてぽんぽんとまた頭をなでられる。
時計の長針が三つの数字を過ぎるぐらいまでの間、そうしていた太宰はいきなり福沢から体を話していた。福沢の膝の上、福沢を見降ろす。
「起きたか」
「はい。起きました」
「そうか。それで今日はどうしたんだ。暫く来ないと聞いていたが」
「ちょっとお願いがありまして」
福沢の目は穏やかな色をしている。柔らかくてとても甘い色なのに太宰はこの人のこんな表情他だと滅多に見られないんだよなと考えた。いつもの福沢は口元を堅く引き結び、そして鋭い眼差しで社員を見守っている。探偵社の者でもこんな眼差しを知っているのはごくわずかだろう。乱歩や与謝野、国木田といった社の古株メンバーが知っている程度のものだと思う。そのうえ今この眼差しを見る者もあまり多くはない。
せいぜいが乱歩と与謝野さん程度だろう。国木田は恐らくほとんどもう見れていない。というのも彼らが福沢と私事で出会える時間というのがそうない筈なのだ。何せ今は福沢の時間の半分以上を太宰が奪っているから。
週に四日は福沢の家にお邪魔し、そのうち半分はお泊りしている。
気づけばそうなっていたが、福沢は嫌がるどころかもっと来てもいいのだと言ってくれるからそのままにしている。そうして福沢はプライベートの時間、半分は太宰と共に過ごしているのだ。
その残りのわずかな時間どうしているのか知らないが、福沢は一人の時間を好むタイプ。静かに過ごしている時も多いだろう。
そう考えるとこの顔を見られるのはせいぜい乱歩と与謝野の二人に限られてくる。
それにプライベートでもいつもこの表情を見られるわけではないからその二人でさえ見られているのか怪しい所だ。
福沢の頬に太宰の手が伸びる。
少し硬い肌。ざらついているのを撫でていく。
どうしたと福沢が微笑む。この顔を探偵社の誰よりも太宰が見られることは自分ではよく分からないけど、独占欲と云うものは満たされてもいいように思えた。
でも銀のユリを吐きだすことはない。
つまりこれは駄目だと言う事だろう。独占欲ではないと言う事。太宰の手が福沢のほほを撫でていく。福沢はくすぐったそうに首をすくめて見ている。今日はやけに甘えてくるのだなと何もかもを許すような声が微笑む。
駄目ですかと太宰が問う。揺れる銀の髪。
「寧ろ嬉しいよ」
福沢は微笑む。
「それで私へのお願いとは何だ。お前の頼みなら私がかなえられることなら何でも聞くが」
穏やかで優しい福沢の声。太宰は口元に微笑みを浮かべる。
「その申し訳ないんですが、暫くの間ここで暮らさせてほしくて」
太宰の口から出ていく言葉。福沢の目が見開くもののすぐにまた優しいものへ変わっていた。ふわりと笑う口角は優しいだけでなく喜んでいるようであった。
「そんなことなら喜んで引き受けよう。暫くと言わずいつまでもここにいてくれて良いのだぞ」
「ありがとうございます」
ふふと笑った太宰は福沢の胸元にその体を飛び込んでいた。うとうととまどろむ。福沢の手は太宰の頭を何度も撫でていく。眠るかと問いかけられる。それにもまた頭を振っていた。否と出る声。それよりお腹空きましたと太宰は告げる。何が作ろう。福沢の声がそれに答えた。
喉から湧き上がってくるものを飲み込みながら太宰は目を閉じる。穏やかな時間が流れている。
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