事前にもらっていた面接書類が落ちていく。
 太宰治
 その名前だけを知っていた男の姿を見て、一瞬で過去のことが思い出された。男も同じだろう。その褪せた目は大きくなって福沢を映していた。

 それは九年ほど前、探偵社が設立し軌道に乗り始めていたころだった。ある日仕事の都合で帰りが遅くなっていた私の袖を引くものがいた。
 ふわりとほほ笑むその姿がやたらと目につく。とても美しい子供だった
「ねえ、お兄さん、僕を抱いてみない」
 子供の口が動いて、そんな言葉を囁いた。甘く笑う口元はとても甘美な形をしていて……。
 はあとそんな声が出ていた。出会った頃の乱歩と同じぐらいの年頃の子。珍しくなかったとはいえ、声をかけられたのに呆然とし、その後沸々と怒りのようなものが湧き出していた。子供に対してのものではなかったが、あまりよくないものであったのは確かだ。そのような趣味はないと早口で告げると子供の手に財布から取り出した札を一枚だけ握らせていた。
 それがその時の私にできた精いっぱいだった。
 子供に対して思うところはあったものの、目についたものすべてを助けることはできない。わずかな哀れみだけで許してほしいなんてそんなひどい話だった。
 子供は握らせた札を見下ろして、それからなにこれととても冷たい目をしていた。子供の目とは思えないような虚無の色をした目。はっと口元が歪に歪んで、僕はこんなものが欲しいんじゃないよと札を捨てるとその靴底で踏みにじっていた。
 わずかに目を見開いてしまう中で、子供はこんなものいらないと汚れた札を蔑む目で睨む。欲しいなら奪えばいい、盗めばいい。それだけだ。それなのに
 見下ろしている子供が口にしていく。それはわたしにきかせようとしているものではなかった。何かを思い出して自然と出てしまっていたもの。
 子供の中で何かが沸き上がっていた。鬱蒼としたものを纏いながら子供はもういいよ。そう云い捨て背を向ける。
 別の人に抱いてもらうから。子供の声が聞こえて、私は思わずその子供の手を掴んでいた。
 目に見えたものすべてなんて助け出せない。この子供を救うことなんて私にはできない。分かっていたけどここで見捨てることも選べなかったのだ。
 分かった。抱かせてくれと願った。
 そうして私は子供と二人ホテルへと向かったのだった。ラブホテルと呼ばれる主に性行為をすることを目的に作られた宿泊施設の事であった。建物に入り部屋を取っていく。
 何度か仕事の関係で使ったことはあったが、本来の意味で使ったことはまだなかった。ロマンチックのかけらもない初めてであった。
 部屋に入ると子供はきょろきょろと部屋の中を見渡していた。ふーん案外普通なんだねと呟いては興味を無くしたのかベッドの上に横たわっていた。あまり奇抜なものだと子供に悪いかと思い質素な、ほとんど普通のホテルと変わらない部屋を取ったが、もしかしたらもう少しラブホらしい仕掛けがある方がよかったのだろうかと奇妙なことで悩んだりもした。
子供が起き上がって私を見てきた。
 どうしたらいいの。服を脱いだ方がいい。それともお風呂入った方がいいと聞いてくる。私はそのどちらにも首を振っていた。お風呂には入った方がいいのかもしれないが、どうせ汚れるのだからいいだろうと子供のいるベッドに腰を下ろした。
 子供の目がじっと私の動きを見ていた。
 どことなく緊張した様子があって、私は怖いならやめるかと聞いたが首が盾に振られることはなかった。抱かれたいのとその口が囁き、お願いと蠱惑的に笑う。
 人を意のままに操るためのすべを習っているものの笑い方だった。その笑顔に何か気になるところが産まれながら私は子供に手を伸ばしていた。ベッドの上に押し倒し、分かったとのしかかる。
 子供の服のボタンをはずしていき、その白い素肌に触れた。その顔だけでなく子供は所々に包帯を巻いていた。外していいのか聞くとどうするのが正解なのと子供は逆に聞いてくる。お前が望む方でいいと答えれば少しだけ悩んだ後、外さないでほしいとそう強請られた。だから外さずに包帯の上から白い肌をなぞっていく。
 自分から誘ってきたので抱かれなれているのかと思ったが、どうもそうではないらしく子供の反応は初心なものであった。どうしていいのか分からず抱く側に答えを求めてくる。不安も透けて見えた。
 大丈夫かと何度か聞いた。
 子供は大丈夫だと頷いていた。お願いというから怖がらせないよう気を付けながら子供を抱いていく。竿をしごき一度射精した後に双丘の奥にあるすぼまりに指を押し当てた。知識はあったのだろうが、初めての感覚にその体は震えて、怯えたようなしぐさを見せた。
 中に指を入れてもいいものかわからずこのまましてもいいのかと聞いた。
 子供は頷く。抱かれたいのとそう言っていた。子供の中に指を入れた。まだ小さな子供だ。養い子の乱歩よりも幼いだろう。酷い大人になった気がしながら、でもここで逃げ出したら子供は他の者の所に行くのだろうと思いことを進めていく。子供には怯えている様子はあったが、気持ちよくなっている様子があまりなかった。
 どうも不感症のようだというのは竿に触った時にはなんとなくわかっていた。なんとか射精はさせたものの頬を赤らめることもなく初めての感覚に少し戸惑っている様子だけがあった。それとは違うが排出器官に物を入れられている異物感というものもあんまり感じてないようで苦しげでないことだけが救いだっただろうか。
 ある程度広げたところで指を抜いた。入れるのと子供の目が私を見る。もう一度大丈夫かと聞いた。うんと子供は頷く。
 子供の反応を確かめながら己のものを入れた。痛くないよう気を付けながら子供を抱き、そして吐き出す。子供にも射精を促してから小さな体をベッドの上に横たえた。
 子供は一度も気持ちよさそうなことはなく、終わった後もどこか不思議そうにしていた。こんなものなのとその口が聞く。人それぞれだからなと私は言ったが子供は納得できないようでもっとやってとそう強請ってきたのだった。
 お願いと見てくる目。
 体の負担が大きいと言ったものの子供はそれでは納得しなかった。抱かれたいのとそう口にする
「沢山沢山抱かれて、その感覚を覚えていたいの。
 森さんが僕のこと子供だなんて思ってないこと分かってるけど、僕だって別に森さんのこと親だなんて思ってないけど、でもそれでも……、利のために僕に接待の仕方を教えるって、今度しようねなんて言うのだもの。
 あの人の感覚を覚える前にもっと他の事覚えておきたいんだよ。ねえ、お願い。」
 子供の目は真っ暗だった。虚無の目だ。何を映せばいいのかもわかっていない目。その目が私を見てきていた。
 小さな声。その胸に抑えきれなかったことを伝えてくる子供。よく知った男の名前に一瞬で腹の底、マグマが煮えたぎったもののそれを子供に伝えることもできず、ただ子供の頭を撫でた。
 今すぐにもこの子供をさらってやりたいと思ったがそんなことで気もせず分かったと口にして、子供の中に己を突き立てる。
 優しく、優しく抱こうと抱きしめてゆっくりとまた抱き始めた。



 そんなかつてのことを思い出しながら目の前の男を見た。あの時名前は聞かなかった。こんな形で知ることになるとは思わなかった。
 男の口元が歪む。
「種田長官の紹介だったので期待していたのですが、さすがにダメですよね。長官には私からうまく言っておきます」
否と私から声が出ていく。
「そんな必要はない。お前が入社できるかどうかは……もはや私では決められぬが、それでも過去のことで入社を断ることはない。
 それよりまた会えてうれしい」
 太宰の顔がほっとしたような、絶望したようなすべてがまぜこぜになった表情を浮かべた。その後それらはすべて消えて、無の顔だけが残される。まるでどんな表情をしていいのか分からないでいるようだった


[ 294/312 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -