「美味しい。これ凄い美味しいです。社長は天才ですね」
 にこにこと満面の笑みを浮かべて太宰が声をあげる。福沢は顔には出さぬよう努めながら満足し鼻の下を伸ばしそうだった。福沢の作る食事を食べる太宰は何時も美味しいと声をあげ、本当に幸せそうに食べる。そんな太宰をもっとみたくて福沢の料理の腕はここ暫くでかなり上がっていた。
「これも食べるか」
 ぱくぱくと口に含む太宰にあーーんと箸をむけた。ぱくりと太宰が口に含んでからあっと云う顔をする。噛み締めて飲み込んでから気まずそうに福沢を見上げてくる
「良いんですか、さっきの社長の……」
「良い。美味しそうに食べてるのをみると気分がよいからな。もっと食べろ

 平静を装ってはいるものの福沢の内心は荒ぶっている。猫のように警戒心が強い太宰があんなにもあっさりと福沢の差し出したものを食べたことが嬉しかった。
「なんならもう少し作るか。何を食べたい」
 福沢のといにぱちくりと太宰の目が見開き何度も瞬く。ふるふると首が横に振られる。
「これぐらいで量は充分ですよ。社長のご飯はどれも美味しくて食べたくなりますがでもあんまり食べ過ぎると太っちゃいますしね」
「お前は痩せているだろう。むしろ食べろ」
「そんなことないですよ。最近社長のご飯が美味しくて食べ過ぎてこないだお肉ついてきましたねって何人かに言われたんですよ。別に見た目はさほど気にしませんがあまり太くなりすぎると動きに遅れなどがでますからね。社長のご飯食べるとすぐデブになりそうなのでこれでも気をつけているんです」
 だから社長もあんまり作りすぎないでください。ダメってわかるのに食べてしまいます。もぐもぐと口のなかいっぱいに頬張りながら太宰が告げてくるのに分かったと答える福沢の目元は緩んでいる。答える声もとろとろになるのを必至に堪えているものだった。
 お前はもっと食べればいいよと思いながら口にはせず沢山食べる太宰を見つめた。


「御馳走様でした。凄く美味しかったです」
 満面の笑みで告げられるのに歪みそうな口角を抑えそうかと普通の声を出す。片付けは私がしますねと言って厨に行く太宰を見送り風呂の準備をしようと立ち上がった。太宰が福沢の料理を食べに来る回数はどんどん増え、今では週の半分の日は食べに来るようになっていた。そこまで増えると毎日家に帰るのも面倒になる。今では夕飯を食べる日は太宰は福沢の家に泊まっていている。福沢の家に来た当初は他人のスペースに入ったことが余程気になるのかぴりぴりとしていたのが嘘のように馴染んでいる。
 人の気配には聡く自分の家ですら満足には眠れないはずなのに、福沢の家では太宰は福沢が起こしに行くまで起きることはない。
 その変化がどう云う理由によるものなのか太宰は一向に気付かないけれど福沢はそれで良かった。太宰が気付くにはまだ早い。太宰は今だ人の好意を好きにはなれていない。それが好きになれないうちはまだ気付かないで良かった。気付いてしまえばきっと傷付くことになるから。
 ゆっくりでいいゆっくりで。
 だけどそろそろ。
 太宰の姿を思い浮かべながら思う。
 太宰が浮かべる笑顔は何時だって張り付けたものだった。作られ貼り付けられた仮面のような笑み。だけど最近太宰が福沢に見せる笑顔はそんなものではない満たされ幸せそうな太宰の心からの笑み。そんな笑みを見せてくれるようになったからそろそろ。
 そろそろ踏み込むべきか。
 此方から踏み込まない限り太宰は一生人の好意を嫌悪し続けるままになるだろうから。

 ●

「福沢さん」
 震える声が名を呼ぶのにやっとこの時が来てくれたかと思う一方。またなのかとも思ってしまった。どうしてこの子をそっとしておいてくれないのか。苦しませるようなことをするのかと見知らぬ誰かに仕方ないと分かりつつも怒りを向けてしまう。
 ぎゅっと抱き締めれば腕の中で太宰の肩が小刻みに震える。荒い息が耳に届く。その肩を叩き頭を撫でた。

「何でわざわざ告白なんてしてくるのでしょう」
腕の中で暫く肩を震わせてから太宰はポツリと音を溢した。
「言わなければ私は気付かないでもすむのに。わざわざ告げてくる事がもう嫌いで嫌いで仕方ない。告げることで私をものにしようとしているとしか考えられません。好きですなんて所詮表面上だけの癖に」
 福沢の胸元を強く掴んだ太宰が嫌悪感をたっぷりに含んだ声で吐き出す。気持ちが悪いと聞こえてくるのに福沢は一度唾を飲み込んだ。太宰の頭を撫で続けながらその顔を覗き込む。青白い血の気をなくした顔。ふるふると震える唇は紫に変色していて痛々しい。苦痛に歪んでいるのをこれ以上苦しませたくないと思いながらそれでも福沢は口を開いた。
「どうしてそう思う」
 問い掛けられるのに太宰の肩がぴくりと跳ね上がり、えっと云う目が福沢を見上げた。何を聞かれたのだろうと不思議そうにその首が傾く。
「どうしてて、だってそう言うものでしょう。彼らはただ表面的に私が好きなだけ。私のことを殆どなにも知らない。自分に都合のいいように妄想しているだけだ」
 再び吐き捨てられ顔を埋められるのにそんなことはないのではないかと語りかける。
「お前のことを知りお前を好きと云うものもいるのではないか」
 また太宰の肩が震える。福沢を見上げてくる目が不安そうに揺れ、口許が恐怖するように歪んだ。
「そんなはずあり得ません。彼らはただ都合のよい妄想をしているのです。好きだと言って私の事などどうでもいい。ただ私を自分の好きにしたいだけなのです」
「本当にそう思うのか」
 青白い顔からさらに、血の気が失せていく。見上げてくる顔が泣き出しそうに見えて胸が痛んだ。
 太宰は仲間からの好意や親愛の情などは受け入れられるようになっている。まだ自分を愛せてはいないもののそれでも自分を好きな人がいると受け入れられている。だけどどうしても恋愛感情からむけられる好意は受け入れられない。恐れ気味悪がる。それが何らかのトラウマによるものであろうことは何度も太宰の話を聞いて予想がついてきていた。そして予想がついてからこそ多少強引に踏み込む必要があると結論がでてしまった。
 何時まで待とうとどれだけ大丈夫だと抱き締めてもそのトラウマが払拭されぬ限りは太宰が好意を受け入れられず日は来ず何時までも恐れ続けるだろうから。払拭するためにはそのトラウマが何か知る必要があり、そしてそれを知るためにもただ待つだけでは行かなかった。
「それ以外何があると云うのですか」
 泣き出しそうな声で太宰が叫ぶ。こんな辛そうな太宰を見たくはなかった。だが必要なことだった。
「好きと云うのはお前の云うようなものではない。お前を自分の好きにしたいから好きと云うのではない。中にはそう云うものもいるだろうがだけどお前のことを知りお前のことを愛してその気持ちを知ってほしいから告白するものとている。お前を自分の好きに扱いたいなど思わずただお前の幸せを願っているものだっているだろう。傍にいたいとそれだけの願いのものだっているのではないだろうか。
何もお前を自分の都合よく扱いたいわけでは「違うそうじゃない!!」
 がんと強い衝撃が胸元に走った。太宰の腕が福沢の胸元を強く叩いたのだ。がんがんと何度と振り下ろされる。
「違う! アイツらは私を好きに扱いたいだけ! 好きだなんて言葉はそのためのものでしかないんです。なのに何でそんなこと言うのですか!
 私があんな奴等に何をされてもいいと言うのですか」
 声が奔流のように投げ出されるのに福沢は太宰に手を伸ばす、腕の中で暴れる太宰を強く抱き締める。
 すまなかった。福沢から震える声がでた。すまなかったと声にしてその手が太宰の頭をまた撫でる。優しく。力のこもらないよう柔らかに。優しく撫で少しでも落ち着くようにやわい力で抱き締め直した。


「すみませんでした」
 翌日、太宰は開口一番に謝ってきた。その顔は暗く青ざめている。寒くもないだろうに小さく震えている体を福沢は抱き寄せた。
「私の方こそすまなかったな。昨日は色々といってしまって」
「いえ、私のためだと分かっているのでいいんです。私の方こそ昨日は取り乱してしまって……
 私も分かってはいるんです。何時までもこのままではよくないことは。どうにかしないととは思っているんですよ。でも……」
 言葉を口にしながら太宰はぎゅっと身を寄せてくる。震えているのを抱き締めながら福沢は己の中の思いと葛藤していた。別にこのままでも良いのだ。太宰が怖いと云うのであれば無理に人の好意になれる必要はない。太宰は充分受け入れられるようになった。それだけあればこれから先も太宰は生きていけるだろう。告白され時々己を見失うこともあるがそれだって福沢が傍にいる。何かあれば苦しみが少しでも和らぐよう寄り添っていくつもりだ。
 だからわざわざ克服する必要はない。
 克服した方が良いはいいだろうが、昨日あんなに苦しんで今日もこんなに怯えながらまですることではないのだ。
 それでも福沢が受け入れさせようとしてしまうのは、ただ福沢が太宰に受け入れてもらいたから。太宰のためではない自分のため。ただのエゴ。そんなもので福沢は太宰を傷つけようとしているのだと思うと胸が痛かった。もういいと言ってやるべきか。思えながらも言えなかった。口にはできなかった。
 すまぬと心のなかで謝るのに太宰がでもと言葉を繰り返した。でもと何度も何度も繰り返し何かをその先を言おうとしては言えずに俯いた。無理に言葉にしなくとも良い。何も言わなくとも良いと言いたくて言えなかった。
 ただ太宰の頭を撫でる。すまぬと何度も心の中で謝った。
 太宰。細い声が太宰の名を呼ぶ。
 福沢を見上げた太宰の目がゆらゆらと揺れる。きゅと噛み締められた唇。でもと太宰が呟く。
「告白される度に昔のことを思い出してしまうんです。
……昔。私がまだマフィアにはいる前私を好きだと言って来た男がいました。その頃の私は好きという言葉すら知らなくて何を言われたのか理解できませんでした。でもその男が私に好きだといい、自分と付き合えば私に何でも与えてくれると云うからついていてしまいました。その頃の私は孤児で満足に食べることもできませんでしたから男の言葉は魅力的だった。だけど家に私を連れ帰った男は私を鎖で縛り上げて、それで…
 無我夢中で逃げ出したけど、その日以来好きと言われるのが恐くて恐くてならないんです。どいつもこいつもあの男と同じに見える。あの男と同じで私を」
 ガタガタと腕の中で震えが強くなった。呼吸が浅くなり今にも倒れそうになっている。抱き締めた腕で支えながら福沢は怒りで一瞬だけ目の前が赤く染まっていた。太宰にここまでの恐怖を植え付けた存在を許すことができなかった。出来るならおのが手でその相手を切りたかった。でもそれは出来ぬからせめて太宰の感じる恐怖を取り去ってあげたかった。
 大丈夫だと囁く。もう大丈夫。
「そのようなものはもうおらぬ。もしかりに居たとして無理矢理お前に手を出すのであればそんな輩は私が切ろう。
 好きと云うのはそんなものではない。もっと優しいものだ。中には独占しようとしたり、自分勝手な思いをぶつけるものもいるだろう。だがそんなものだけではない。お前の傍にただいたいから、お前の笑っている顔を見ていたいから好きと云うものだっておおくいるはずだ」
 頭を撫でると本当にですかと太宰が問い掛けてくる。力を抜いた体。だらんと腕が下に垂れ下がる。本当に。声は震えていた。信じられないとばかりに震え今にも壊れてしまいそうだった。
「本当だ。醜いものだけではない」
「分かってます。でも怖い。怖いんです」
 囁いたのにすり寄ってきた太宰が息を吐き出す。細い息を吐きそれから答えた声に福沢も分かっていると返した。分かっているだからすぐには受け入れようとしなくともいい。少しずつ分かっていこう。福沢が云うと太宰はこくりと頷いた。

 ●

 問いかけを少しして良いですかと太宰が揺れる声で聞いてきたのはあれから少し経ってからだった。何かを考え込んでいた太宰は暫く福沢の家に来なくなっていて久しぶりにやって来たかと思えばそうとわれた。良いぞと答えればほうと息をはいてから太宰は口を開く。その目は福沢から少しそらされていた
「福沢さんは好きな人とかいたことありますか」
 掛けられた言葉。多分そんなことだろうと思っていたものの少しだけ動揺してしまい答えるのに迷う。
「……ある」
「告白したことなどは」
「それはないな」
「何故」
「告白しても幸せには出来ないから」
 たんたんと紡がれていた質問が一度やんだ。驚くように福沢を見てから太宰の目が泳ぐ。
「……できたら告白しましたか」
 聞かれてくるのに複雑な気持ちになりながらそれでもひとつ頷いた。
「ああ。そうだな。私で幸せにすることができるのなら告白するだろうな」
 福沢の言葉に太宰が目を瞬かせる。不思議そうに理解できなさそうに。目を細目それからゆっくりと首を傾けた。
「どんな人でした」
 質問に少しだけ困る。本人を前にしてどう言えば良いのか。秘密と答えてしまいたいがそれでは納得はしないだろう。
「可愛い子だ。色々と傷ついてしまった子で難しい所もあるが誰かのことをを考えられる子で苦しみながらも真っ直ぐ進もうとしている。私はその子が少しでも安らかに生きていけたらと望んでいる」
 言葉を濁しながらそれでも本心から思うことを口にする。柔らかな目が見つめてくるのにその目が自分を見ていることに気付かず太宰は眩しそうな顔をした。ほぅと息を吐き出して羨ましそうな視線を向ける。
「きっといい人何ですね。いいな貴方に好きになってもらえたその人は。貴方みたいな人に好きになってもらえたらきっと幸せですね」
 ぽつりと落とされた言葉に福沢の心は震えた。お前のことだと言いたくなった。私が好きなのはお前なのだと。必死に出掛ける言葉を押さえ太宰を見つめる。羨ましそうな顔をしていた太宰は今では寂しそうな苦しそうな顔をしていた。目が彷徨う。
「私は……、私は一体何処が良いのでしょうね」
 福沢に問いかけると云うよりは自分に問うように太宰は云う。そして答えを見つけられなかったのかすがるように見てくる。
「ねぇ、私に誰かに愛されるような所ありますか? いくら考えてもこの顔ぐらいしか思い浮かばない。でもこの顔だけを好きになると云うならそれは……」
 あの男と同じでなのでは。
 俯いた顔から溢れるように言葉が出た。投げ出されていた手が掴むものを求めるかのように畳の上指先を丸めるのにその手を福沢は取った。抱き寄せてぽんほんと背を叩く。
「良いところはたくさんある。お前は人に優しいではないか。人の痛みがよくわかり適切な言葉を与えてやれている」
「そう言う風に振りをしているだけです。心から優しい訳じゃない。人の痛みが分かるのも感情をテキストのように読んで統計に当てはめているだけです。本当に分かっている訳じゃない」
「誰かのためにお前は一生懸命になれる。この横濱の街を守るためお前は日々頑張ってくれているだろう」
「誰かのためではありません。私のため。私が善い人になるためそれだけ。本当の私は真っ暗です」
 紡がれる言葉に口を閉ざす。言える言葉ならもっとある。幾らでもある。でもどれを言っても太宰に伝わることはないのだろう。どれを言っても否定する言葉を繰り出す。だからこれ以上は止めて太宰を抱き締める腕に力を込める。
「そうなのかもしれぬな。でもそれらも含めて私はお前を大切に思うよ」
 耳元でちゃんと届くよう強く声にすれば太宰の口許が震えた。自分を否定することばかり紡いでいた口が震えて泣きそうなそれでいて少し嬉しそうな声を出す。
「…………そうですか」

 ●

「今日敦君たちに私の事どう思うのか聞いてみたんですよ」
 福沢の家に来てから肩に凭れかかていた太宰がやっと口を開いた。眠るわけでもなく何かを考えるように閉じられていた目が薄く開いて畳の上を見つめている。
「そしたら彼ら酷いんです。ちゃらんぽらんだの迷惑噴出器だの。胡散臭いとか悪戯ばかりしないでちゃんとしてくださいとか。もう本当失礼しちゃう」
 感情の薄くなった声がそれでも感情を込めようとして話す。わざとらしくぷうと頬を膨らませる振りをしてでもすぐに萎んでいく。畳の上を見つめていた目が所在なさげにさ迷い、また閉じる。開いたとき何とも言いがたい目をしていた。悲しげではない。だけどただ喜んでいるのとも違う。
「でもねそんな酷いこと良いながら彼ら私にこう言ったんですよ。でもなんだか嫌いになれないんですよね。私の事大好きですって」
変ですよね。
 良いながらことりと傾けられる首。だけどその目は不思議そうにはしていなかった。
でもよくよく考えてみたら私もそうだなって……。
「国木田君や敦君、谷崎君みんな良い人で凄い奴らなんですけど、でも私はだから好きな訳じゃないなって。私とは違ってみんな善い人で人に好かれるような人たちだけどでも私が好きなのはその部分なのかと言われたら何となくそうだと言い切れなくて。何処を好きと言われても上手くは答えられなくてただ何か好きだなと。彼らの全部、彼らと云う人が好きだなと思って……。
 人を好きになるってこういうことなんですかね」
 小さな声、辿々しく途中何度か止まりそれで良いのか考え直しながらそれでも紡がれていたのに福沢は優しい目を向ける。
「何処をとかはなくその人の全てを何となく好きになる。そう言う……」
 また目を閉じた太宰が福沢の肩に寄り掛かる体に力を込める。よりいっそう近づいてことんと首をのせてくるのにその頭を撫でた。ほうと口許が緩んで目元が緩む。
「だとしたら少しはわかる気がします。
 彼らもそうなんですかね。私を好きと云う彼らも私の何かを何となく好きになったんですかね。私なんて良いとこなしですがそれでも私の何処かを……。私を見て好きになってくれたんですかね」
「きっとそうだ」
 そうであってほしいと願うように言葉にされたのを優しく肯定する。
「そっか」
 いつもよりずっと柔らかな声が太宰から溢れ落ちた。


 ある日、太宰がふらりと福沢の家にやって来た。
 その顔は苦しそうでありながらも何処かいつもと違っていた。そっと抱き締めるのに腕の中潜り込んできながら息を吐き出す。吐き出される息は重いけれどだけど。
「告白されました。好きだって……」
 腕の中の太宰が話す。その体は固く強ばりながらも息は落ち着いていた。長く息を吸い言葉を一つ一つ丁寧に口にしていく。
「気持ち悪かったけどでも聞いてみたんです。私の何処が好きなのって。
 そしたら少し戸惑ったけど色んな所をあげてくれて……理解できないところもあったけど、でも彼女は彼女なりに私の事を見てくれているんだなと思いました。あの男とは違いました。私の外見だけを褒め称えて私の外見だけを目的にしてたのとは……
 違ったんですね」
 細めた目が下を見て指先が震えた。悲しいのか安心したのかどちらか読み取れぬ顔をする。歪む口許は泣いているようにも笑っているようにも見えた。
「全部全部あの男に見えてました。でも……違ったんですね」
 ふっふと笑みが聞こえた気がした。少しだけ安堵した笑み。
「今でも告白されるのは好きになれません。私を好きだと云う人を見るのは気持ち悪い。でも前よりは楽になりました」
 前よりは楽に呼吸ができる。ゆっくりと息を吐き出す太宰に良かったと福沢は安堵する。
「私を好きでいてくれる人なんているんですね」
「ああ、いるよ」
 信じられないようにだけどその事を確かなものと信じて太宰が云う。何ともいえない口元。
 苦しんでいるような安らいでいるような。
 その姿にもういいかと思った。ほんの少しでも受け入れられるようになった今なら。
「私も太宰が好きだ」
 きょとんした目をしてから太宰がゆっくりと笑う。


 どうせまだ太宰は気付かないのだから。




 

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