共に刻む


太宰が入社したその次の年、太宰がいる状態で初めての福沢の誕生会が開かれた。毎年要らぬ。余計な気を遣うなと声を掛けてはいるものの私たちが祝いたいからするんですと社員たちに押しきられる形で開催する誕生会。そこに太宰もいて日本酒をくれた。
 次々に感謝の言葉をくれる社員たちの傍でにこにこと笑い太宰もありきたりな言葉を口にしてくれた。
 何てことのない誕生日の日。
 それが特別なものに変わったのは誕生会が終わった後。
 片付いた部屋のなかで太宰がほっと息を吐き出していたのを見つけたからだった。その時の太宰はとても疲れた顔をして一ヶ所にまとめた福沢へのプレゼント達を見ていた。その顔から一瞬だけ表情と言う表情が消えてしまった。何も感じさせない顔をしているのにはっとしたように顔を上げた太宰はにへらといつものような笑みを浮かべて国木田をからかいに行っていた。
 先ほど見たのは幻だったのかと思うほどに国木田に絡む太宰は楽しげで、誕生会の時を思い出しても皆と同じく楽しそうにしていた。だからなおさら福沢は太宰のことが気になった。
 それゆえに探偵社から皆と出ていき別れた後に太宰を追いかけたのだった。太宰は皆と一緒に寮には戻らず何処かに行こうとしていた。周りには誰もいないことを確認して福沢は声をかけた。太宰と呼び掛けたのに太宰は驚いたふりをしたうちどうしましたとへらりと笑っていた。何か仕事の用事ですかと聞かれたのにいや、と首を振った。
「そうではない。
 今日のことで少し気になることがあってな。……最後疲れた顔をしていただろう。誕生会等苦手であればでなくて良い。強制的なものではないからな」
 どう聞けば良いのだろうか。
 声を掛けたもののそれが分からなかった福沢は気付けばそんなことを言っていた。ぽかんと太宰の口が小さく開いてそれからああとかすれたような声がでていく。呆然としてような太宰は少しの間その瞳を彷徨わせていた。
「どうかしたか」
「いえ。苦手とかではないのでお気遣いなく」
「そうであれば良いのだが……」
 福沢が聞くのに太宰は笑みを浮かべ直す。ふわふわと笑うのに知ってはいたが本当にこいつは笑みを作るのがうまいと感心して福沢は見てしまう。福沢には苦手なことだった。
「だが、本当に無理はしなくて良い。皆祝ってくれるものの私としてはその必要もないと思っているし、そもそも祝うかどうかは本人が決めることだからな。それをつかれると感じるのであれば来る必要はない」
「はぁ」
 太宰の口がまた小さく開く。気のない声。話を聞いていたのかすらも分からないのに太宰はじぃと福沢を見てきた。
「本当に苦手とかではないのです」
 その口が音を紡ぐ。その声はいつもよりもずっと小さく何処か幼いものにもおもえた
「ただ」
 太宰の目がまた彷徨う
「誕生日って祝うものなんですか?」
「え?」
「……祝うのも祝っているのを見るのも初めてだったのでそれが分からなくてどうしてお祝い何てしたんですか? 産まれただけの日でしょう。その日を祝うのにどういう意味があるんですか」
 何か躊躇っている風でもあった太宰は最初の一言を言った後堰を切ったように問いを積み重ねていく。最初の言葉ですでに目を見開き驚いていた福沢はその言葉達にさらに驚くことになる。口を開け言葉をなくし立ち尽くすのに太宰は福沢をじぃと見上げ、それからごめんなさいと言っていた。
「変なことを聞いてしまいましたね。どうぞ。忘れてください」
 ふわりと笑う。
 あっと福沢は我にかえって踵をかえそうとしていた太宰の手を握り締めていた。すまないとその口からでていく。
「少々驚きはしたものの変と言うことはないだろう。誕生日を祝って貰えたり、祝うことができるのが恵まれているだけだ。そういう者が多くなってきているがまだまだそうでないものもいる。
 お前はそうではなかったのだな。それでは急に誕生会があるなど言われても分からなかったし、驚きもしただろう。場合によっては不快にも感じさせてしまったかもしれぬな。すまないな。そういう配慮が足りなかった。今後は気を付けることにしよう」
 福沢がつかんだ手をじっとみた太宰は福沢の言葉にまたはぁと力ない声を出していた。手をまだ見ている
「誕生日は生きているからこそ訪れるもの。その人が産まれてきて、そして今日まで生きて来てくれたことを喜ぶものだ。当人からするとまた一つ生きて年を重ねることができたことを喜ぶ日だ。
 分かりづらいかもしれないが……そうだな。まあ、出会えてくれてありがとうと言うことか」
 手を見つめる太宰は理解できていないようで何度か首を傾けていた。それは喜ぶことですかとも問う。福沢はそう言えばこいつはことあるごとに自殺をしようとしては失敗して見つかるのだったと思い出す。それでは生きてることを喜ぶと言っても分からないだろうと別の言い方をする。それでも太宰は首をまた傾け直すだけだった
「ふむ。そうだ。お前の誕生日は確か六月の十九日だったな。その時にお前を祝おう。私と出会ってくれてありがとうと。探偵社に入社してくれたこと、そしてこうしてここにいてくれていること私は感謝しているのだ。その気持ちとまた喜びを伝えるのが誕生日の日。私はお前に伝えよう」
 太宰の目が見開いてぱちりと瞬きをする。
 褪赭の瞳のなかに福沢を映す。はぁとでていく声。首を傾けながらまあ、良いですと口にする。口にしているが太宰はでもと言っていた。
「便宜上必要だったから適当に、それこそ日めくりカレンダーを使って引いた日を誕生日と言う設定にしただけなので多分なんの意味もないと思いますよ? 意味もないから自分が産まれた本当の日なんて知らないし……」
 また福沢の目が見開く。どう言うことだと一瞬思いつつも誕生日を祝うことを知らなかったような奴だ。そう言うこともあり得るだろうとすぐにそれでもと声を出していた。
「それでも今その日をお前が誕生日としているならばその日に祝おう。なんだかんだ言ったものの本当は誕生日に祝う必要などないのだ。誕生日でなくとも出会ってくれた感謝や傍にいてくれる喜びは何時だって伝えたら良いものだ。
 思い付いたら伝えれば良いだけだが、だけどそう言うものは気付いたら当たり前になって伝えることを忘れてしまうだろう。それを思い出す丁度良い節目と言うだけなのだ。一年ありがとう。これからまた一年できればよろしくとな。
 出会ってくれてありがとう。私はお前を探偵社として誇りに思っている。この気持ちを今伝えるが、また六月十九日設定とは言えお前の誕生日の日になれば伝えさせてくれ」
 また太宰の目が瞬きをしてそうしたいのならと頷いていく。賢い男だと思っていた太宰がこういう部分ではまだ子供なのだなと思って福沢は気付けばその手を太宰の頭に載せていた。ふわふわと、乱歩によくするように撫でていくのに太宰の目が見開いて固まる。
 えっと溢れた小さな声。瞳孔まで見開いて動きを止めるのに太宰は暫くして世話しなく瞳を動かす。逃げ場を探すように右往左往しながら体は動かないまま。凍りついて固くなっているのに頭を撫でてしまった福沢もまた驚いていた。
 驚きながらふむと考え込み、太宰の頭を撫でていく。えっえと、でていく声。太宰が福沢をみる。
「あの、こういうのは乱歩さんにして上げたら喜ぶと思いますが」
「そうだろうな。だが」
 福沢は太宰を見ている。太宰は戸惑いそしてどこか所在なさげにしていた。どうしたらよいのと撫でられている下から見上げてこられるようなそんな気すらするのにああと福沢は思っていた。
 この子はこんなことすら初めての事なのだと。福沢は気付き太宰を撫でていく。その手はことさら優しいものになっていた。
「誕生日の日、お前に何を贈ろうか。考えるだけで楽しいな」
 太宰の目は知らない場所で親を探す子供の目と同じだった。

しゅごう
「福沢さん。どうしたんですか? 箸全然進んでいませんよ。まさか美味しくありませんでしたか」
 名前を呼ばれ場はっとした福沢はすぐに横を向いていた。鼻と鼻がくっつきそうなほど近くに太宰の顔がある。
「そんなことはない。うまい」
「本当ですか」
 見つめてくる目は懐疑的だ。貴方はすぐ嘘をつくと、嘘しかつかないと多くの人に言われる口が責めてくる。福沢はそんなことはないと知っているが。嘘は七割程度だ。
「ああ。少し昔の事を思い出して幸せだなと思っていた」
「昔の事?」
「お前が探偵社に入社して初めて誕生日を迎えた日の事だ」
 ああと太宰が言う。その声は何処か低くなった。見やれば少し嫌そうな顔をしている。
「あの年はすみませんでしたね。折角の誕生日だったのに貴方に気遣わせてしまったし、帰るのも遅くなって大変だったのでは」
「謝られるようなことではない。お前とこのような関係になれたのもあの日があったからと言うのも大きいだろうからな。それにあのとき、祝う意味が分からないと言ったお前が今年はこうしてちゃんと祝ってくれる。それを毎年のように噛み締めるのだが、やはり幸福だな。わたしはとても恵まれている」
 ふふと笑う福沢は何時にもまして幸せそうだった。口許が揺るでいるのにそう言うものなのですかねと太宰は首を傾けている。
 あれから数年。今日もまた福沢の誕生日だった。
 残念ながら、丁度仕事休みの週末だったため皆で祝う誕生会はなく、福沢と太宰の二人で小さな祝いの会をしているだけだが、福沢は毎年この日に祝うことを楽しみにしてくれる皆には悪いがこういうのもよいと満喫していた。
 太宰が作ってくれた好物の牛鍋を口に含む。一口食べた後はプレゼントとして贈られたお酒を飲んでまた鍋に箸をつけた。この後にはケーキがあってそれから本命のプレゼントを渡す予定だと太宰は言っていた。本命のプレゼントがなにかは太宰の首筋に大きめのリボンがついているのを見ればそれで分かる。
 そうでなくとも毎年同じものが贈られるから分かるのだけど。
 芸がないとは思わない。毎年同じもので嫌になることはない。ただいい加減贈らなくても良いとはならないのだろうかとそれだけは不思議になる。
 まあ良いのだけどと想いながら福沢はまた一口を牛鍋を食べる。福沢の大好きな味だ。太宰が一人飾り付けた部屋のなかで福沢は笑う太宰を傍にしてその幸せを噛み締める。


[ 293/312 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -