「社長」
 その声が聞こえた時、福沢の肩はピクリと跳ね上がっていた。
 まさかというように震える。そばにいた与謝野がどうしたんだいと首を傾けている。何か恐ろしいものにもあったかのように青ざめている福沢。
 声が聞こえてきた方向を与謝野が見た。
 そこには小さな女の子がいて社長と二人のもとに駆け寄ってきているところだった。社長とその声が呼んでいる。フードで顔の見えない女の子だが何処となく覚えがあるような気がして与謝野の足は止まった。
 げっと相手を見るのに福沢は顔を抑えている。
 あの子と与謝野から出ていく深いため息。
 そらしていたら女の子がすぐ傍まで来ていて
「社長好きです。付き合ってください」
 にっこりと笑って口にしてくる。固まる二人の姿。福沢が女の子を見下ろす。見開いた瞳孔。
 息をのむような迫力があるが、女の子はそれにひるむ様子もなくフード越しに福沢を見上げていた。女の子やるなとつい先日だったか思ったことを思いながら与謝野は女の子を見る。ぎゅっと引き結ばれた口元。僅かに赤くなった頬。
 見えるのはそこまでだった。だがそれで十分。真剣なのが伝わってくる。こんなにも社長に惚れることがあるなんて。その事に驚いてしまう。福沢は膝を折っていた。
「その件は何度も伝えている通りだ。私には好きな人がいるんだ。だから貴殿の思いには答えられない」
 女の子に目線を合わせて一つ一つ告げる福沢。すまぬなという声は少々固い。子供なんて我が儘なんでよけい頑なになってしまうのではと思った後あれなんでと首を傾けた。
 与謝野が告白されているのを見るのはこれで三回目だが、もしや他でもあるのかと疑いの眼差しで二人を見る。女の子の肩がプルプルと震えていた。泣き出しそうに揺れていた手。
 あのと福沢が息をのみ、あたふたとしていた。助けを求めるように与謝野を見てくる。
 答えることはできず肩をすくめた。与謝野は子供の相手をしたことが何度かあるし、大きな子供の世話もしているが女の子は規格外であった。
 社長におびえているどころか何回も告白してくる。
 奇妙で対応できるレベルを超えている。傍観者になる。福沢がすまぬな。だけど大切なことだから中途半端に答えるわけにもいかないのだと口にしている。
 さらに子供の肩が震えてどうするんだこれと思っているところにあみと言う声が聞こえてきた。たったと走ってくるのは青い上着に赤い蝶ネクタイの子供だ。
「あみ、お前何してんだ」
「あ、コナン君。社長に告白していた」
 女の子の目が男の子に向く。ぎゅっとへの字に歪む口。女の子の手が男の子に伸びていく。
「また社長に振られた!」
 わあーーんと男の子に抱き着いていく女の子。はあと男の子から声がでて、男の子の目が福沢や与謝野を見上げた。あれと上げる声。何でと言いながらも何かを思い出したように男の子は女の子を見る。
 それよりお前とまた声を荒げている
「怪我とかないのか! てか、なんでこんなところに一人でいるんだよ。誘拐されたんじゃなかったのか」
「あ」
 男の子の声が街中に響く。
 はあと二人の目が女の子に向く。二人だけでなく周りを歩いていた通行人も男の子と女の子を見ていた。ざわざわとざわめいていた。
「えーーとね。縄が緩かったからなわ抜けしてブレーキを踏んで車の中から逃げてきたの。足とか擦り剥いちゃったけど。とりあえず家に帰ろうと思って歩いていたら社長を見かけたから駆け寄って……告白したら、振られちゃった」
 後半になるにつれてトーンが落ち揺れていく声。ふわーーんと泣き出すのにいや、違うだろうと二人は思った。
 そこでなくその前に、もっと別の所で泣いておけ。そもそもそんな時、告白なんてするなと言いたくなった。口をあんぐりと開けた男の子はお前何しているんだと言っている。
「告白してる場合じゃねえだろう。その前に助けを求めるとか探偵バッジで連絡するとかいろいろやることだあるだろう」
「だって社長がいたからうれしくなって、誘拐されて知らない街で心細かったから」
 心細かったんなら告白じゃなくて助けを求めて道を聞け。二人がそう思う。まんま同じことを男の子が言っていた。
「だって迷子だなんて思われたくなかったんだもん。迷子になったなんて情けないじゃないか」
 何を言っているんだ。この子は。思いながら二人は女の子を見ている。
「そんなことを思っている場合じゃねえだろうが。はあ、いやとにかく帰るぞ。みんな心配していたんだから」
「はあーい。あ、社長、さようなら。あの……私は社長の事好きですから」
 男の子が女の子の手を引いて歩いていく。迷惑をかけてすみませんでした。後ありがとうございましたと少しだけ振り向いてされる礼。それとは別に女の子は名残惜しそうに社長に手を振っていた。
 歩いていく後姿を呆然と見送る与謝野。同じように見送りながらいや待てと福沢が声を上げていた。
「攫われたというのが本当であれば子供だけで帰るのは危険だろう。私もついていこう」
「え」
 あーー、それもそうかと思ったのは与謝野だけで子供二人は何故か固まっていた。でもと男の子はその目を左右に動かしては女の子を見る。
 氷のように固まった女の子は口を小さく開けてずっと動かなかった。
「こいつが迷惑かけちゃうと思うから」
 男の子が女の子を指さす。それはそうだろうなと思いながらどうするのかと与謝野は福沢を見る。
 ぐっと唇を噛み、眉を寄せた福沢。道中もずっと告白されるようなそんな光景を思い浮かべてしまったのだろう。動かないのにへへと男の子が笑った。
 だから大丈夫だよと笑う傍の女の子はまだ動かない。福沢から出ていくため息。
 この後どうなるか与謝野は知っていた。
「それでも子供を二人にはしておけないだろう。いつどこで誘拐犯がまた狙ってくるかも分からないしな」
「いいの」
 福沢が言うのに暫く黙り込んでから男の子が聞いていた。頷いた後、与謝野もいいなと聞いてこられる。仕方ないと与謝野はああとすぐに答えていた。
 それでは行こうかと福沢はコナンたちが歩いていこうとしていた方向に歩を進める。固まっていた女の子がここで我に返ったのかいいのと聞いてきている。それにもああと答えて福沢は歩いていた。
 とくに会話はなかった。
 最初に男の子が博士の家は米花町だから電車に乗るけど大丈夫と聞いてきたぐらいか。福沢がああと答えてからは静かなものだ。
 男の子の方が警察だろうに連絡していた以外は特に何もなかった。聞く限り身代金目的の誘拐だったらしい。子供は無事だったが犯人に金が捕られてしまったと言う事が分かった。
 彼らは警察に自分で帰れるから犯人の方を追って。博士のお金取られちゃったら貧乏になって生活できなくなるからなんて言っていた。おいと思いながらも警官の方がそれで納得した雰囲気が伝わってきたので、二人は特に何も言わなかった。
 妙に親し気だったし本人たちがそれでいいならと家までの道を歩く。駅まではあと少しだったのだが、その途中で女の子が一度立ち止まっていた。動かなくなった女の子。歩いていた三人が止まり女の子を見る。どうしたと問いかける。女の子は何も答えなかった。
 男の子の方が何かに気付いたのか女の子に近づいていた。ほらと背中を女の子に向けている。
「疲れたんだろう。俺の背に乗れ。おぶってやるから」
 フード越しに見える女の子の口元は小さくとがっていた。
 ふるふると振られる頭。あっと男の子から少し低くなった声が出ていく。てめえ嘘を吐くなよ。疲れやすい体なのはわかってるんだから。今更意地はる必要ねえだろう。むくむくと女の子の頬が膨れていくのが見えた。
 そんなのじゃないと言いたげに女の子の首は横を向くが、動かない体はよく見れば足も震えはじめていて疲れているものだった。女の子の前に福沢がたった。
「この中では私が一番体力もある。私が運ぶのがよいだろう」
 あーーと声を出したのは与謝野だった。まあそうすべきなんだろうけどねと頭をかいている。正解だけど不正解な気がすると言っているのを聞いたのはコナンだった。
 苦笑するのに女の子が福沢を見つめてそれからゆっくりと手を伸ばしていた。
福沢が抱き上げる。ぎゅうと抱き着いていく女の子。胸板にすがりついて動かなくなる。福沢は困ったようにしながらもそれでは行くかと歩いていた。横で与謝野が親子みたいだねとつぶやいている。
 電車に乗った後も女の子が下りることはなかった。福沢が椅子に座った方がよいだろうと座らせようとしたのだが、福沢にはりついて離れず福沢がずっと抱っこすることになってしまった。
 そしてもうすぐ降りる駅につくと言う時、福沢は一つのことに気付いてしまった。
 最初すこし重くなったように感じる子供の体。はい? と首を傾け、下をみる。福沢の着物を握り締めていた子供の手は力をなくしてだらんとしていた。女の子が話すことはずっとなかった。
 おいと呼びかけるが返事はなく女の子は動かない。
 どうかしたのかいと聞いてくる与謝野に福沢は途方に暮れた顔を向けた。
「……寝てしまったようなのだが、どうしたらよい」
「え……、家までは起こさない方がいいんじゃないかい」
 ぎゅっと目を向いた与謝野。えーーというように顔を歪めた。福沢は女の子を見下ろす。その横で寝たのとコナンが驚いていた。ああと福沢が答える。
 じいとコナンの目が女の子を見た。フード越しにのぞき込んで本当だと呟いて、それから女の子と福沢を交互に見る。
「あのさ」
「なんだ」
「その」
 言いづらそうに開く口。福沢が聞くのにその口は何度か開いていた。はあと息をついた子供。頭を掻きむしる。
「やっぱりいいや。何でもないよ」
 気にしないでとコナンは笑った。その口がこれはさすがにダメだよなと言っていた。

…………

 女の子が目を開いたのは家につく直前だった。
 もそもそと動いて福沢を見上げてきた。暫く見ていたかと思うと俯いてしまう頭。フード越しで目が開いているのかよく分からないため、じっと見下ろしていた福沢は起きたのかと女の子に聞いた。こくりと女の子が頷く。
 もうすぐ家につくと言えば女の子はぎゅっと抱き着いてきた。
 女の子の家はすぐに分かった。
 というのもパトカーがいくつも止まっていたのだ。こんなにいなくてもと思うのに外にいた警官の一人がコナンたちに気付いて、あ、と駆け寄ってきていた。
「おかえりコナン君、あみちゃん。この人たちは」
 ほっと安心したように子供二人に声をかける刑事。すぐに福沢と与謝野をみてきた刑事はコナンに聞きながら、あれと福沢をみて首を傾けていた。何処かで会いましたかと聞かれる。福沢もそう言えば何処かであったようなと刑事をみていた。
 思い出すのは嫌な記憶だった。相手も思い出したのかあの時のでもどうしてここにとますます不思議そうに二人と子供二人をみていた。コナンが答える。
「途中であったんだけど二人で帰るのは危険だからって一緒にここまで来てくれたんだ」
「そうなんだ。ありがとうございます。さあ、中に行こうか。阿笠さんも心配しているよ」
「うん」
 ああ、なるほどと納得した刑事は人に好かれそうな笑みを浮かべて二人に礼を述べた。そして子供たちを家のなかに誘う。頷くのとは裏腹にぎゅっと女の子の手は福沢の着物を掴んでいた。離したくないというように強い力。下ろせなくて福沢は止まる。一緒にいた少し太めの刑事も少し困ったようにしていた。
「高木刑事。一緒に入ってもらっちゃダメ。あみちゃんすごく怖かったみたいで、この人がいると安心できているみたいなんだ」
 コナンが高木と呼ばれた刑事に可愛らしくおねだりしていた。その言い方どうなんだと思うものの福沢にはそう見えていた。
 女の子の手はさらに強くなる。だめですかと福沢の胸元に隠れながら聞いていた。もう少しだけ付き合ってもらえませんかと言われる。さすがに嫌だとは言えなかった。頷くのにフードに隠れた女の子の口元が僅かに綻んでいた。
 刑事の方もそれで納得してでは中へと四人とも案内される。長くなるだろうから先に帰っても良いぞと与謝野に告げていたが、与謝野はここまできたんだしと共についてきていた。
 女の子がぎゅっと福沢の着物を握っている。


「おお! あみちゃん無事じゃったか。心配したんじゃよ」
「博士」
「で、どういう状況なのよ。これは」
 家に入るやすぐに何度か会ったことのある恰幅のいい男が近づいてきて女の子に声をかけていた。泣き出しそうになっている。子供からもそんな声が聞こえる。再会を安心した会話の終わり、次に訪れたのは冷静な声。問いかけたのは小さな女の子。
 福沢たちは何といえばよいのか悩む。答えたのはコナンだった。
「途中で偶然会って送ってもらったらあみが離れなくなったんだ」
「安心するようなのでともに来てもらったんですが、いいですよね警部」
「ああ、構わん。それより早速で悪いのだが、誘拐されたときのことを聞いてよいか」
 警部と言われた男の声に福沢は女の子を見た。ぎゅっと着物を握り締めてくる女の子。今すぐ聞くと言うのは難しいのではないか。思いながらも、早期解決が望ましいのは分かるので、暫くは様子を伺うことにしようと思っていた。
 女の子が言えないようであれば待ってやってくれ。そう言うつもりでいた。が女の子はひょいと顔を上げて大丈夫だよと答えていた。
 話すのは良いがこっちに座ってと博士が飲み物を持って椅子に進めていた。そうですなと警部が福沢と与謝野に勧めてくる。今の所女の子が下りる気配がないので椅子に座りながら女の子の様子を見守る。
 それでと警部が子供に向けて口を開く。
「犯人の容姿など覚えているだろうか。何人いたかなどどんな小さなことでも良いから言ってほしいのだ」
「うん。あのね。犯人は三人組だったよ」
「三人組。目撃証言と一致しますね」
「ああ」
「あ、でもねもう一人は仲間だった人に殺されて死んじゃった。あと一人も崖に落ちたから死んじゃったんじゃないかな」
 子供の口からは驚くべきことが言われていた。はあと固まる。崖に落ちていくのを見たよ。死んじゃった人は銃で撃たれていた。と女の子はなんてことないように答えている。
 福沢はその姿をじっとみてぞっとしてしまうものを覚えていた。あまりにも死が身近になりすぎたものの話し方だった。この子供は普段どんな生活をしているのだと思ってしまう。
 そんなことも知らず女の子は多分死体は山に捨てられていると思うよと何て言っていた。
「殺されたって仲間割れでもあったのかい」
「ううん。仲間割れと言うか、一人がだまして死んだ二人を集めていたみたいだよ。博士がたくさんお金を持っているみたいに言っていたみたいなの
 よく分かんなかったけど、なんか私が好きだから、私をものにしたかったとか。その為に誘拐して監禁して滅茶苦茶してやりたいって言ってた」
 全員の背筋に冷たいものが走ってしまったのは間違いないだろう。はあと女の子を見つめてしまうのにほら、私ってかわいいからと女のこが笑っている。
 何がほらなのだろうと凍り付きながら福沢は思った。ほらなんてのんきにしている場合ではないだろう。そう子供を見てしまうのにほとんどのものもそう思ったみたいで、博士がと言う事はまた狙われるんじゃないか。と心配しているようであった。
 どうしたらとうろうろしているのに警察の者たちも青ざめていた。
「身代金目的であれば身代金を奪った今あみちゃんの身は安全かと思いましたが、本当の狙いがあみちゃんだったとしたら」
「ああ、また狙ってくる可能性がある。しかも一度失敗したとなると次はどんな手を使ってくるか」
 刑事たちの顔つきが一気に険しくなるのに、博士の顔からは血の気が失せていていた。今にも倒れそうになりながら、福沢の膝の上の女の子を見ている。どうにかならんのかと言うのに警察はその顔を歪めた。警備は固めますが、そんな話をしている横、大丈夫だよと呑気な声を上げたのは狙われている筈の女の子だった。
「私の事はコナン君が守ってくれるから」
 にこにこと笑っているような声で女の子が言う。呆れたように肩を落とすコナン。女の子はコナン君なら犯人だって捕まえてくれるもんねと何故か楽しげだった。先ほどまでの怯えは何だったのだろうか、疑問に感じながらもやはり女の子の事は心配だった。
 狙われていると聞いてしまえばそうなってしまうのは当然だろう。警察の話を聞きながら福沢は少しの間どうするかを考え込んでいた。答えはすぐにでて、話し込んでいる警察や博士をみた。
「もしよろしければ私が護衛をします」
 言ったのにあちゃーと横では与謝野が頭を抱えていた。はいと固まったような周り。ばっと膝の上の女の子が福沢の事を見上げてきていた。本当と軽やかな声。
「こうなってしまったのも何かの縁。知らぬ間でもないので」
「護衛と言いましても」
 乗り気になっている女の子ではなく警察に声をかけていた。本来なら博士の方かとも思ったが、博士の方はコナンと灰原と共にこそこそと何かを話し合っているようなので止めておいた。どうする。まあその方がいいんだろうけどと言う声が微かにだが聞こえてくるから受け入れるかどうかをすでに決めているのだろう。ならば後は警察の者にも納得してもらうだけだろうと考えたのだ。
 刑事の一人、警部の方がそう言えば確か前に話を聞いたとき武装探偵社の社長と言っていましたなと少し前の事件の事を思い出していた。頷くのにふむと顎に手をあて警部は考え込んだ。
「武装探偵社と言うと荒事に慣れた手練の武装集団と聞いておりますが、それなら……。まあ、阿笠さんが良ければになるんですが」
 警部の方は良さげなのに、博士の方をみると話し合いは丁度終わったところであるようだった。にこやかな笑みを向けられる。
「わしは大丈夫じゃよ。むしろ護衛してもらえると言うならありがたい。本当によろしいのか」
「社長本当にいいんですか」
 博士の言葉に腕の中の女の子の体が跳ねていた。嬉しそうに見上げてきて問い掛けてくるのを見下ろした。正直不味いとは思っている。ただでさえ押しの強い女の子だ。護衛のためとは言え共にいるのは不安がある。が、どう考えても狙われていると分かっている子を捨て置くのは目覚めが悪かった。
 ああと頷くのに女の子の口元が笑みのかたちに広がっていた。


「いや、すまんのう。迷惑をかけてしまって」
「いえ。私が言い出したことなので」
 警察が帰った後、博士が再び頭を下げてきていた。それに福沢は気にしないでくれと答えた。にこにこと笑った博士は強いとあみちゃんからたくさん聞いているから安心じゃわいと話している。福沢の目元が少しだけよってしまう。
 このこのまえでは戦ったことはない筈なのだが。どうして疑問に思い見詰める。女の子は嬉しそうにその足をばたつかせていた。社長と一緒。そう鼻歌を歌っている。狙われているとは思えない呑気さだった。
 ため息がでそうになったのに、それより先にコナンの方がため息をついていた。狙われているんだから大人しくしておけよ。そう告げたかと思うとそれじゃあと言っていた。
「俺そろそろ帰るから」
「え、帰っちゃうの」
 コナンの声にひざの上で子供の体が跳ねていた。福沢をみていた目がコナンに向く。少しだが居心地の悪さを感じていた福沢はその事にほっとしていた。帰っちゃやと玄関の元に行くコナンに向かい女の子は声をかけていた。駆け寄りたそうにしているが、膝の上から降りるのは嫌なのか福沢とコナンを交互に見詰めてむぅと口を尖らせていた。
 コナンは明日また朝きてやるから、良いだろうと既に玄関の扉を開けている。
 今にも帰りそうな姿に福沢は玄関のそとをみて少し眉を寄せていた。もう外はどっぷりと日が暮れている。子供が帰るには遅い時間に思えた。送ろうかと自然と福沢は聞いてしまう。膝の上で女の子は喜ぶが、コナンは気にしないでと返していた。
「いつもこのぐらいだから」
「帰っちゃた」
 そしてじゃあと帰っていくのに女の子はしょぼりと肩を落としている。寂しげな声を漏らした小さな体が福沢にもたれ掛かってくる。フードのてっぺんを見下ろしながらふっと福沢は一つの事が気になっていた
「そう言えば仲がいい兄弟かと思っていたのだが違うのだな」
「へ?」
 帰っていたコナンを思い浮かべまじまじと呟いた。女の子が奇妙な声を上げて福沢を見た。ことりとその首が傾いたかと思えば何が面白いのか笑い出している。
「コナン君とは兄弟にはなりたくないですよ。友達でいるのが楽しいです」
 はいと今度は福沢が奇妙な声を出してしまいそうだった。会話として少々おかしくないかと女の子をみる。女の子は哀ちゃんとは姉妹になりましたけどとまたも良く分からないことを言っていた。首を傾ける。女の子は楽しげに笑っているだけだった。


「見事に会話繋がっていないわね」
 見つめる灰原が呆れたように息を吐き出した。


[ 125/312 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
「#学園」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -