太宰が学校帰りにいなくなったのはその翌日のことだった。博士の携帯には社長に会いに探偵社に言ってくると暗号で送られてきていた。
 それを解読したコナンがあの馬鹿と怒鳴ったのは言う必要もない事だろう。


 みんなに似合うと言われたお気に入りのワンピースを着て、可愛く髪も結い上げて、最後にすっぽりフードを羽織って可愛いあみが完成する。
 鞄の中に財布を入れてルンルン気分で学校に向かった太宰は、学校が終わると同時に飛び出して鼻歌交じりに電車に飛び乗っていた。
 子供になる時に太宰は財産を一通り捨ててきている。一文無しになっていたところ、博士のお手伝いなどをして貯めたお小遣い。それでは微妙に目的地までの行きと帰り分が足りなくて、仕方なくその手前の駅で降りる。
 それでも歩いていける距離だろうと探偵社までの道を歩いていたけど、太宰はその足を止めてしまった。普通に遠かった。福沢に会いに行ってもう一回告白しに行こう。そう決めた太宰は、思いついた勢いのままでてきて、ここからなら歩いて行けたはず。と特に何も考えていなかったが、それはまだ探偵社にいたころの太宰の話であった。
 今の太宰はそのころよりも十は幼い。それを計算に入れてなかったのだ。
 はぁと太宰は息を吐いて立ち止まる。
 疲れちゃったとその口は良いながら歩いてきた道を見る。探偵社までの距離は遠い。どちらかと言えば福沢の家の方が近い距離。そっちに行こうかなと足を向けた。合鍵ならまだ探偵社にいたころに贈られて持っている。それを使えば福沢の家には入れるし、休むことができる。
 福沢が帰ってくるまでそうしていようかなと思う。だけどと太宰は俯く。昨日すまぬ。他に好きな人がいると言われた記憶がよみがえって瞼にうっすらと涙がたまった。
 ふるふると唇が震えて、今にも大声をあげて泣きだしそうだった。
 なんでぇと子供のように言いたい。でも言えず太宰はその肩を震わせる。ふるふると震えながら、きっと前を向いてまた歩き出していた。正直な話もう限界で足は小鹿のように震えていた。そんなので歩いていくのに太宰は何度かこけていく。
 こんなことなら博士にあと二十円だけお金もらってきたらよかった。こけた地面で思うが、事情を話したら一人でなど行かせてもらえない。そう言う事を太宰はさっぱり分かっていなかった。うるうるとその目を震わせながら太宰はむくりと起き上がった。
 もう歩きたくないが、歩かないと福沢には会えないし、家に帰ることもできない。
 社長にあって好きだと思いを伝えて、それでその後はゆっくり二人でお話しして、社長が作ってくれた夕飯を食べ、そして一緒に眠る。
 その姿を思い浮かべてとぼとぼと歩いた。後二十分以上道のりはあった。足が縺れて何度も転びそうになって、太宰はこけた。こけた体を何とかおこすことはできたまもののそこから動くことはできなかった。もうこれ以上はいけない。
 行けても探偵社にはたどり着けないと悟ったのだ。
 ひたひたと隅まで移動して、道の端にうずくまる。どうしようとこの先を考える。探偵社には行けないし、駅に戻るまでの体力も残っていなかった。子供が一人で過ごすには危ない時間にもなってきてもいる。もし無事に一夜を過ごせたとしても体力は元には戻らないだろう。明日だって探偵社にも駅にも行けそうになかった。
 交番に行こうにも今の太宰は戸籍を持っていないし、膝を抱えてぎゅっとスカートを引っ張った。寂しくてどうしようもなかった。寂しいから福沢に抱きしめてもらいたかった。誰でもいいから傍に来てもらいたかった。
 悲しいのに太宰は口を尖らせる。昔はこんなことなかった。だけどこれは太宰が求めた結果で。思考がぐちゃぐちゃだ。泣き出しそうだった。
 その時だった。
 どうしたと見知った低い声が呼びかけてきたのだ。太宰はばっと顔を上げた。それは求めていたものの声で、太宰の目、うっすらと張られていた涙の膜からぽろりと雫があふれていく。
 社長と小さくその口がらでていた。
 太宰をしげしげと見詰めてくる瞳は銀灰の色をしている。
「こんなところで一人どうしたんだ、迷子か何かか。名前は言えるか。何処に住んでいる」
 低い声ができる限り優しく太宰に問いかけてくる。ひざを折って目線を合わせようとしてくるのに安心感や喜びがあふれて抱き着いていた。社長と福沢を呼ぶ。
 ぴくり福沢の肩が震えた。勢いよく抱き着いてきた太宰を抱きしめながら、驚いた表情で見てくる。そしてなんで私の事をと問いかけていた。ひゅうと抱き着いてくる太宰を見て、その目を見開く。
「昨日の……。いや、だが東京に住んでいるのはなかったか。何故ここに」
「社長」
 福沢が驚いているのには気づかず太宰はぎゅっと福沢に抱き着いてく。福沢の名前を何度も呼ぶのに福沢は戸惑っていたが、やがては震える小さな肩を掴んでフード越しにくせ毛の髪をゆっくりと撫で始めていた。
 どうした。何か怖い事でもあったのか。優しく福沢は太宰に問いかける。太宰は答えなかった。答えずぎゅっと抱きしめ続ける。ふわふわとその頭を撫で続けていれば社長と福沢は呼ばれた。ここにいるぞと福沢は太宰に言った。ぎゅっと抱き着いてくる太宰を見下ろす。
 その体は少しばかり汚れていた。そして怪我をしているのが見える。怪我はどうしたと問いかけるが、太宰は答えない。もう名前は呼んでいないがぎゅっと抱き着いて離れそうになかった。
 こけたのかと聞かれる。こくりとその髪が動いた。親はどうした。一緒にいた子供はと問われる。今度は動かなかった。近くにいるのか。首を振る。分からないのか。一緒に来たのではないのか。首を縦に振った。福沢はでは誰と、と聞く。また答えはない。
「まさかとは思うが一人で来たのではないだろうな」
 声が低くなって問いかけられた。答えはうんだった。
「はぁ」
 福沢が驚いた声を上げる。何を考えているのだ。低い声で怒鳴る。ぴくりと太宰の体が跳ねあがった。
「だって」
「だってではない。お前は確か東京に住んでいるのだろう。そんな場所からお前のような幼いものが一人で来るのではない。何かあったらどうするつもりだ! そんな怪我までして何かあればただではすまぬのだぞ。心配してくれるものの気持ちにもなれ!」
 湧き上がってきた怒りのまま怒鳴った後、福沢ははっとしていた。怒られて小さな体がより強く震えている。
「いや、すまなかった。いいすぎてしまったな」
 慌てて声をかけるが、太宰は震えるだけだ。ぽんぽんと肩を叩いて大丈夫大丈夫と声をかけていた。
「今日は何をしに来たのだ」
 落ち着いてきたのに問いかける。ぎゅっと太宰の手がその服を掴んだ。
「社長さんに会いに」
 小さな声が聞こえる。なんだともう一度問いかける。一度言われてはぁと目を見開いていた。
「社長さん。好き。大好き。付き合ってください」
 大きな石が降ってきたように福沢の頭には衝撃が走り、そして動きを止めていた。じいと太宰を見てはぁとその目を見開く。何を言われたのだと首を傾ける福沢。好きだともう一度聞こえてくるのに福沢はこけそうになった。意識が遠のいて倒れそうだったが、何とか踏みとどまり太宰を見る。
 太宰はぎゅっと福沢の服にしがみついて福沢の胸元に顔を寄せていた。
 これはどうするのか。必死になって考えた結果、福沢はすまぬと口にしていた。ぴくりと揺れる肩。何でと聞こえた。
「会いに来てもらって悪いが、私には好きな人がいるのだ。その人以外を好きになることはできないから」
 すまぬなと言おうとした言葉は最後まで口にできなかった。嘘つきと太宰が叫んだ為だ。嘘つき嘘つきと太宰は福沢に向かい叫んで、そして逃げ出そうとした。疲れていたのも忘れて腕の中から力づくで逃げ出して、走り去っていく。福沢はびっくりして動きを止めていたが、慌てて追いかけていた。
 一瞬だけ離れたもののすぐに追いついていた。あと数歩の距離、手を伸ばすのに、掴まえるその前に太宰の体は力づきていた。べっしゃりと良い音を立てて転がる。驚いて動きが止まる福沢。
 ゆっくりと頭が持ち上がったかと思うと、その目元に少しずつ涙が溜まっていていた。
 慌てて駆け寄った福沢は太宰がぐずぐすと鼻を鳴らしているのに大丈夫かと恐る恐る声をかけて、太宰の体を持ち上げる。
 軽い体はすぐに持ち上がった。足元を見る。膝小僧は擦りけて血が滲んでいる。顔は大丈夫かと見ようとしたがフードと長い髪が邪魔してよく見えなかった。太宰は先ほどから無言でぐずぐずと鼻を鳴らし続けている。
 どうしたらいいのだろうかと途方にくれた福沢は暫く固まった後、立ち上がり来た道を戻っていた。


「しゃ」
 言葉になり切れていないような奇妙な声を上げて社員が見つめてくる。
 福沢はその視線から逃れようと与謝野はいるかと聞いていた。腕の中で子供は大人しくしていた。泣きつかれているのだろう。ぐったりともしていて、時折鼻を鳴らす音が聞こえてきた。
「……え、どうしたんだい」
 呼ばれた与謝野は暫く固まった後にそう聞いていた。社員のほとんどはその問いと同じことを思っていた。
「……怪我をしているので見てやってくれないか」
 太宰を指さして福沢が言う。それを聞きたいわけじゃないと全員が思い、福沢を見てしまう。問いかけそうになりながら与謝野は飲みこんで連れてきなと言っていた。
 聞きたい。ものすごく聞きたい。けれども怪我人が優先であることは分かっていた。医務室に向かう三人を全員の目が追いかける。
 その間誰も何も言わなかった。三人が消えた後も暫くは無言でどうするかと思えば、そのままみんな仕事を始めていた。
 凍り付いて思考を放棄するなか、そんな探偵社のドアがガチャリと開いた。


「で、どうしたんだいこの子」
 医務室。子供の手当てをしながら与謝野は福沢に聞いていた。手当を受ける子供が昨日、福沢に告白してきた子供であることに気付いた与謝野の声は少々引き攣っている。まだあきらめていなかったのか。そもそも何処であってこうなったと思うのに福沢はそのと言い難そうだ。
 まさか攫ったりはしてないよね。呆れの目で見てしまう。そうではないと首を振る。
「そうではないのだが、どうにも私に会いに来たらしく」
「は」
「そうだ、与謝野。この子供の知り合いの電話番号を知らないか。どうも一緒には来てないようなので連絡して呼びたいのだが」
「いや、しらないけど、え?」
 与謝野の目が丸くなっているのに目をそらす福沢。そんな福沢が聞く。与謝野は緩く首を振りながら福沢を大きくなった目で見る。じいと見つめるのに福沢は目をそらしたまま、子供は着物にしがみついたままだ。むしろ寝てないかと思うほど動かないでいる。
「会いに来たのかい」
「みたいだ」
 はぁと福沢が吐き出す。信じられないと与謝野は子供と福沢を交互に見ている。
「こんな子供がそのために来たのかい。あれ、この子確か」
「……東京に住んでいた筈なのだが、」
「それが、一人で」
「ああ」
「何やってんだい、あんた」
 太宰に向けて大きな声が出てしまった。子供の肩が跳ねた。ぎゅっとしがみついてくる。与謝野に抑えてくれと福沢は頼んでいた。でもと与謝野は子供を見るが、その憔悴しきった様子に怒りを抑える。子供の相手何てしたことがない福沢のことを思い、怒りを飲んだが、代わりに呆れたため息が出ていた。
 どうするのかと福沢と子供を見る。
「どうするんだいその子」
「どうすると聞かれても……。もう少し落ち着いたら本人に聞いて連絡して送り届けるしかないだろう」
「まあ、確かに。そうなんだろうけど、大丈夫なのかい」
 与謝野が聞く。福沢は困りはてた。己にしがみつく子供を見下ろす。肩をはねさせしがみついてきた以外の動きは一つもない。
 動かないのに今落ち着いているのかさえ計りかねた。聞きだせるのだろうかと二人が見つめる。その時とんとんと控えめにドアが叩かれ、そして事務員とこの間子供と共にであった二人の人物が顔を出していた。
 あのと声をかけてくる事務員。呆れた目をして子供を見るコナンに頭を何度も下げている博士。
 その三人が救世主のように二人には思えた。


 ああーーん! 
 探偵社から帰宅するビートルの中。太宰の泣き声が響いていた。迷惑だなと思いながら進んでいく車。社長に振られた。好きな人って誰だよ。そいつ殺して私も死んでやるざまあみろ。そんな物騒なことを泣きながら太宰は叫んでいる。
 だからお前のことだよと後ろに座っているコナンが呆れた目で見ている。一人で探偵社にいくなんて何を考えているんだ。みんな心配したんだぞと言うつもりだったのに泣き出した太宰にそれは言えずにいた。
 代りにバカバカバーーカと言われている福沢に強い同情をした。



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