コナンと灰原があみこと太宰治に出会ったのはある雨の日だった。
傘が壊れるのではないかと不安になるほどの大雨の日、彼ら二人は古びた家の庭で倒れている太宰を発見したのだった。
最初は取り込み忘れた洗濯物か何かが何処からか飛ばされその庭に落ちたのかと思った。だが雨粒で視界が悪いなか見えた小さな頭。
おい、大丈夫か。
駆け寄ったコナンが声をかける。体を揺さぶるのに雨だけでない何か嫌な感触が手についた。広げた手は赤い。雨に濡らされた地面もまたじんわりと赤くなっていて
工藤君、その子
ああ、腹部を刺されてやがる。凶器はあの包丁か
子供から少し離れた所に黒い柄の包丁が落ちていた。鋭い目がそれを睨み付けてからまた子供にうつる。大丈夫かと声をかければ子供の目がぴくりと動いた。手足が微かに動く。まだ息はある。咄嗟にコナンは救急車に連絡を。そう灰原に言おうとした。
だがその口が止まる。現場のある不自然さに気づいてしまった。そして彼は瞬時に言葉を変えた。
博士に、博士に連絡しろ
もうして、って博士? 救急車じゃないの?
救急車はいい。それより博士だ。博士んちに連れてくぞ
ちょ、どう言うことよ
良いから早く! 人に見られる前に連れていくぞ
ああ、もうあとでちゃんと説明しなさいね
そうして太宰はコナンと灰原に拾われたのだった。
…………
「怪我の手当てはしたがやはり病院に連れていた方がいいんじゃないか? それに警察にだって連絡を……」
「いや、それはダメだ」
血塗れの子供を家にまで連れてきて治療した後、コナンと灰原、阿笠の三人はリビングへと集まっていた。阿笠が心配そうに眉を寄せる。コナンは怖い顔になりながら首を振った。見てみろと机の上に並べた品を指す。
「それは……あのこを拾ったときに持ってきたものじゃな……。それがどうかしたのか」
「あの子供裸だったよな」
阿笠がきくのにコナンは険しい顔で問いかけていた。問われた阿笠はそうじゃったかと首を傾けてから手を叩いた。咄嗟の事過ぎて、状況のすべてを覚えていなかったのだ。そんな阿笠にコナンは言っていく。
「裸で外にいるなんておかしくねえか。何処か室内で刺されたにしてもパンツぐらいは履いてるもんだろう」
「それは、確かに……」
「もしかしてあいつこれを着ていたんじゃないか」
それは阿笠に伝えるためと言うよりも自分の考えを纏めるためのもののようだった。並べたものを見ながら呟く。そこに並んでいるのは服に靴、そして写真が一枚。服は青いストラップのTシャツ。ベージュ色のズボンに砂色のコート。そして下着、靴は成人男性のものでその他のものもどれも大きかった。
「そりゃないじゃろ。だってここにあるのは全部大人用じゃ。上着だけなら分からんでもないがズボンや靴は子供が履くには無理じゃよ」
ははと阿笠は笑ったが横で話をきいていた灰原ははっとコナンを見た。その顔色は青ざめ始めている。
「工藤君……貴方まさか」
そんな灰原が震えた声できいた。じっと灰原の目を見てコナンは頷く。
「そのまさかさ、あの子供本当は子供じゃねえかもしれねえ」
「なんじゃと」
コナンからでた言葉に阿笠が驚いた。思わず大きな声がでる。はっと口許を抑えていた灰原はしばらくしてから冷静になっていた。
「確かに不自然だけどそれはさすがにないんじゃないかしら。あの薬で幼児化するのはわずかに の確率。仮に小さくなった人がいたとしてそれを私達が偶然発見するだなんてあり得ないわ。服は何か別の理由があるんじゃ」
「俺だってそう思う。だけどあいつの体みただろう」
否定の言葉を紡ぐ。考えすぎよと言おうとしたがそれはコナンに遮られる。
「ええ、随分傷だらけだったけど」
コナンが言うのに頷く。でもそれがなにと言おうとしてコナンが先に話し出していた。
「あの傷跡おかしかった。
じっくりみた訳じゃないからあれだけど中にはかなり昔についたみたい古い傷がいくつもあった。でもあの子供はどう見ても俺らと同い年ぐらいだそ。んな子供に十年も前ついたような傷跡があるか?
まだ七歳なんだぞ。しかもその古い傷の中に銃創だってあったんだ。それに火傷の跡。あれも不自然だ。大きい跡だったけどあれだってかなりの古傷。あんな大きな火傷を今よりずっと小さな三歳とか四歳の時とかにおったとしたら死んでねえ方がおかしい。彼処までの火傷で生きてるはずがないんだ」
「それは、私も思ったけどでも……」
灰原の言葉が小さくなっていく。阿笠に至ってはなにも言えなかった。コナンの言っていることが本当のように思え、もしかしてと考えてしまう。そんな筈はないとそう思いたいが、確信をもって口にすることはできなかった
「兎に角起きたら様子を見てみよう。もしあの薬を飲まされ小さくなったんだとしたら起きたとき混乱するはずだ。それで分かるさ。
俺の考えすぎだったら病院に連れていて警察に連絡すればいい。もし本当にそうだった場合はどうするか考えなきゃならねえけどな」
「考えるってもしそうなら仲間なんじゃないか。奴等に薬を飲まされ小さくなったわけだし」
「バーーロ。
そうだとしてもどうして薬を飲まされたのかが問題になるだろうが。俺みたいにたまたま奴等の取引現場見てて言うなら大丈夫だけど、もし奴等の組織の一員で失敗したからとか、奴等の取引相手で口封じの為にとかだったらどうするんだ」
「確かに……」
コナンの言葉に阿笠がきく。それに対してコナンは答えた。なるほどと二人が頷く。
「ちゃんと見極めなきゃいけないわけね」
「ああ」
三人の間を重苦しい空気がながれた。
子供が目覚めたのはそれから四時間後だった。毛利探偵社に電話して何とか泊まる件を了承して貰ったコナンが見張りをしている時だ。
「あ、目覚めた。大丈夫? 君、倒れてたんだよ? いたいところない」
「え……」
声をかけるのに子供の大きな目が見開いてキョロキョロと周りを見ていた。全体を確認してから子供の目がコナンを見て、それからその口を開いた。でていたのは小さく戸惑った声だった。コナンを呆然と見つめてくる。コナンはまた声をかける。
「僕江戸川コナンって言うのよろしくね。君の名前は」
子供らしく笑い名前を問いかける。その裏ではじっと子供を見定めているのに、子供は首を傾けていた。
「名前……」
不思議そうに子供が口にした。
「うん。何て言うの」
子供にコナンは聞く。 子供は呆然とコナンを見ていた。そして呟く。
「分からない……」
「へ?」
それは信じられない言葉で思わず素の声がコナンからはでていた。
「分からない……僕の名前分からない……。ぼ、くは誰?」
子供の目がコナンを見る。ぼそぼそと呟く声。じぃとコナンを見つめてくる目に不安などは見えなかった。そこに広がっているのは無で何を考えているのかコナンには読み取ることは出来ない。じぃと見つめるのに子供はそらすことなくコナンを見てくる。
「分からないって、え? 名前だけ? 他のことは覚えてない。どうして倒れていたとか、家族のこととか」
「……分からないよ」
コナンが再びきくのに子供は考え込むようなそんな素振りをした。子供の声が聞こえた。
「どうするのよ」
「どうするっつてもな」
灰原に問われるのにコナンはガシガシと頭をかいた。子供はまた眠っている。あれからさらに子供にいくつもの事を確認したが、どうやら完全に子供は自分のことを覚えていないようだった。ただでさえややこしい状況がさらにややこしくなってコナンはああもうとナニカに八つ当たりしたい気持ちだった。
「病院に連れていくか」
「いや……、今の状況で連れてくのは不味い。死体が見つからない状況で近くの病院に身元不明の患者なんかが運ばれたら関係性を疑われる可能性もあるからな。まあ、大人から子供になったなんて思わないだろうけど……それでも用心しておくに越したことはないだろ
しかたねえから俺たちで匿うしかないんだろうけど、どうしたら」
そんなコナンに阿笠が提案するが、それはすぐに却下されていた。言いながらコナンはため息をつく。まじでどうしようもなくねぇかと頭を抱えるのにうーーむと同じように阿笠も考え込んでいた。
「またわしの親戚と言うことにしておくか」
おっと阿笠は声をあげ、笑った。それならば、と言うのにコナンはチラリと子供が寝ている部屋を見てため息をつく。
「その手しかねえけど……いい加減博士が怪しまれそうなんだよな」
「そうね。私と貴方突然二人も親戚が現れているんだものね」
遠い目をするコナンに灰原も頷いていた。ああと言いながらちらりとコナンの目が子供の寝ている寝室を見る。
「ああ。それに今回は周りだけじゃなく彼奴も騙さなくちゃならないしな」
「彼奴ってあの子供か。あの子には本当のことを話せば」
「自分が本当は大人で薬を飲んで幼児かしたかもなんて話せるかよ。それにできる限り彼奴には記憶を思い出させたくない」
きょとんと首を傾ける阿笠。コナンが言うのに一度納得したように頷きながらも、次の声にはまた首を傾けていた。
「どうしてじゃ、」
「危ない人間の可能性が高いからでしょ」
阿笠が問うのに灰原が答える。こくりと頷いたコナンは鋭い眼差しをして扉を見ていた。
「ああ。あれだけの怪我してるんだ。一般人とは思えないからな。奴等の仲間じゃないにしても折角忘れてくれたんだ。今は記憶を思い出さないでくれる方が都合がいい」
コナンの言葉にそうねと灰原も同意していた。有無と阿笠が難しい顔をする。
「じゃが、そうすると」
阿笠が言うのにコナンが答える。
「本人にもここにいることを納得せざるえない理由が必要になるんだよ。流石に親戚の子供だけじゃな」
首をひねるコナンに二人も同じように考えこんで頭を悩ませた。頭脳明晰な二人であるもののなにも思い浮かばない。暫くどうやってと三人で考え込んでいた時だ。
ぽんと阿笠が両手を合わせた。良いアイディアが浮かんだとでもいうのか目は輝いている。
「うーーん、お、そうじゃ。それなら君の双子の妹とかにしてみたらどうじゃ。わけあって別々の所に預けられていたけど彼が預けられていた先で事故があってこちらで引き取ることにしたとか。それなら理由がつくんじゃ」
どうじゃと博士が二人を見る。ちょっと驚いたようにその話を聞いていた二人、灰原にコナンは考えるが、考えた後首を振っていた。
「いいアイディアだけど俺がいるのはおっちゃんちだからな」
「ああ」
だめかとしょんぼりと博士が肩を落とす。他にはとコナンが考えようとして、あっとその顔を上げていた。そのめがばっと灰原を見て輝く。
「そうだ。灰原!」
名前を呼ばれ灰原はその顔を歪めた。それは次に何を言われるのか分かっているものの動きだった。
「灰原お前の妹ってことにしねえか」
「いやよ」
コナンが言うとともに灰原は嫌だと斬る。冷たい目を向けるのにコナンは手をすり合わせて頭を下げていた。
「そこをなんとか」
「これ以上不審な人を周りに増やしたくないわ」
ふんとそっぽを向く灰原。
「そんなこと言ったって今回ばかりは仕方ないだろう」
「嫌なものは嫌」
ばっさりと切り捨てるのにコナンは困ったように肩を下げた。この通りともう一度下げる
「頼むよ。何かあったら絶対俺がどうにかするから。な」
「そうじゃ、哀ちゃん。わしからも頼む」
頼むと何度も言ってくる口。博士からも声を掛けられるのにちらりと横目で見た灰原は深いため息を吐き出していた。
「はぁ。仕方ないわね」
そして降参の白旗を上げる。
これがコナンたちと太宰が出合い、そして太宰と灰原がしまいになったいきさつであった。
「まさかあの時はこんなことになるとは思わなかったよな」
「何の話」
昔のことを思い出していたコナンは深いため息を吐く。横では太宰がわんわんと鳴いている。社長の馬鹿。好きでなくなるなら最初から好きとか言わないでよと叫んでいる。コナンは可哀想にとまだあったばかりの銀髪の男を思い出す。あったのは今日が初めてだが、太宰から色々な話は聞いているので初めてという気は正直しない。
本当可哀想に。良く知る人に向けて思うように同情する。そんなコナンに向けられる灰原からのじっとした目線。だから何なのよと聞かれる。コナンはああと顔を上げた。
「嫌さ、太宰と出会った時のことを思い出したんだけど、その時はこんな変なことになるとは思わなかったよなと思って……」
「ほんとう、そうね。あの時は何かあるんじゃないかって警戒だけしていたからね。まさかそれがね」
灰原の目が泣く太宰を見る。聞いていると太宰が言うのに二人は聞いてる聞いてると生返事で答える。社長と太宰が泣いた。
「どうするんだよ、これ」
「だからもうどうしようもないのよ」
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