「美味しいです」
 ニコニコと笑う笑顔。ぱくぱくと箸が進むのを福沢は弛みそうに頬を堪えて見つめた。最近は敦や鏡花、賢治に谷崎など何かと皆と昼食を食べることが多くなった太宰。前のように食べてないからと理由をつけて食事に誘うことは難しくなり暫く共に食べれていなかったのだが、今日は誘うのに成功し久方ぶりに夕食を共にすることができていた。福沢は太宰の食べる姿をみるのが好きで今日は嬉しくてついつい作りすぎてしまったのだが、太宰の食べるペースは早くどんどん食べてくれる。昔は食べさせようとしてもお茶碗一杯ぐらいしか食べれなかったことを思い出せば大きな変化でそれだけで福沢は何時も嬉しくなる。
「やっぱり社長の料理は美味しいですね」
 口一杯に頬張って太宰が幸せそうに笑う。そうかと単調に言いながらも福沢の内心は嬉しさで小躍りしそうな程であった。
「そうですよ。最近皆と色んな店行きますが社長の料理が一番だと私思いますもん」
「世辞は別に要らんぞ」
「本当ですよ。たまに社長の料理食べたいなとか思っちゃったりするんですよ」
 世辞だとしても嬉しくて舞い上がりそうなのを堪えながら落ち着いた振りをしていれば、太宰は愛らしく頬を膨らませる。ん゛ん。出そうになった奇妙な声を呑み込みながら福沢は箸を動かす。口にものを入れ噛み締め呑み込んで落ち着かせてからなら、食べに来たらいいと口にする。へっと瞬く太宰の目。
「言ってくれたら私のところは何時でも来てくれていいぞ。一人で食べるのも空しいしな」
 是非来て欲しいと言いたいのを抑えて抑えてお前が望むならばと言う感じを出す。それに太宰がふわりと微笑んだ。
「本当ですか。じゃあ、お言葉に甘えて今度来ちゃおうかな。良いですか」
「ああ」
 どぎまぎと福沢の鼓動が高鳴る。同じようなことを何度言ってもかつて太宰が福沢の元に来るようになるまでかなりの時間がかかった。それが今や簡単にいけるのだ。喜ばない方が無理だろう。
「来週とか来ちゃダメですか」
「来週か……。大丈夫だが、何時来る」
「んーー、そうですね、社長は何時がいいとかありますか」
「私は何時でもいいが……だが、そうだな土日や休みの日の前日などは都合がいいかもしれんな」
「なら、来週の土曜日。来週の土曜日にお邪魔してもよろしいですか」
「ああ。いい。何か食べたいものがあれば当日までに言ってきてくれ。私で作れるものであれば作るから」
「本当ですか。やったー」
 スムーズに会話を続けながら福沢は途中でふと疑問を感じていた。こんなに簡単に行けるものだろうか。太宰ならば何処かで遠慮しそうなものだが。不思議に思いながらも、太宰がとても嬉しそうに笑うものだからまあいいかと考えるのを福沢は放棄した。



 それから太宰と食事を共にする回数はグッと増えた。一週間に一回。下手すれば二回は共に食べられる。福沢が作るものを太宰は美味しい美味しいと言って平らげた。そんな太宰を見るのは福沢にとって至福の一時だった。
 そんなある日福沢は社内で気になる話を聞いた。太宰のいない休憩時間、敦や鏡花、賢治、谷崎などが集まって話しているのが偶然聞こえて来たのだった。
「やっぱり駄目です」
「こっちも無理だったよ……」
「色々試してみたんですが……」
 何やら深刻な様子で話し合う四人。何かあるのかと思いながら真剣な四人の姿に話しかけるのを止めて事務員の方に声をかけようとした。その時聞こえてきた太宰と言う声に福沢は動きを止める。太宰が何だと気になりつい聞き耳をたててしまった。
「全然食べてくれません。僕が行ける範囲で色々行ってみたんですが……」
「私も半分食べたら良いぐらい……」
「僕の方もだよ、食べれないから食べてくれませんかとかナオミに作るのに味が心配なのでとか色々やってみたんだけど……」
「僕もです美味しい店沢山教えてもらって行ってみたんですが、殆ど食べてくれませんでした」
「太宰さんに何とか食べてもらいたいんだけどどうしたらいいんだろ……」
「全然食べてくれないもんね」
 ぱちぱちと瞬きをしてしまう。一体なんの話を彼らがしているのか福沢は一瞬理解できなかった。彼らの知り合いにはもう一人太宰という名のものがいるのだろうかとまで思ってしまう始末。が、彼らが太宰とよく食べに行くことを知っていたので何とか話に出てきていた太宰が太宰だと認識する。足が勝手に動いていた。
「太宰はそんなに食べないのか」
 へっと上がる声、四人が驚き声をあげるのに福沢はじっと見つめた。言いにくそうにしながらもはいと彼らは頷いた。
「全然食べませんよ。お店に出された料理も半分食べたら良いぐらいで、普段二三口だけとかしか食べなくて……」
「誘わないと自分じゃ食べに行ったりもしなくて」   聞こえてくるないように首をかしげる。それは本当に太宰かと思う。
「口一杯に頬張って食べたりなどしないのか」
「へっ?太宰さんがですか? ないですよ。絶対。むしろちびちび食べるぐらいで……」
 不思議そうに見上げてくる四人。だが福沢の方が事態を把握できずに混乱していた。



 食べないのか。福沢が問い掛けると太宰は食べますけどと何だか歯切れ悪く答えた。敦達の話を聞いた福沢は自分の知る太宰とのあまりの違いに戸惑いそれがどうしてか長いこと考えた。その結果出てきたのが太宰はもしかして外で食べるのが嫌いなのではないかというものだった。元マフィアだった毒殺されかけた経験などもあるかもしれない。それなら警戒して苦手になって仕方ないのではと思い試しに一度太宰と外へ食べに来ていた。
 福沢の家で食べるときは一目散に箸を伸ばす太宰は店では気が乗らないのか福沢が食べ出しても箸を握らなかった。やはりそうなのかと思いながらそれなら太宰が安心して食べれるように何か方法を考えなければと思っていたら、太宰が箸を手にする。渋渋と言った感じに食べるのを見た。
 きょとんとその目が大きく瞬いた。不思議そうに皿をみるのに福沢も不思議に思い太宰をみる。何かあったのかと問おうとしたら太宰がもう一口食べた。その目がもう一度瞬いて、それから嬉しそうに食べ出す。目を開くのに太宰は美味しいですねと声を出した。ああ、そうだなと福沢は震えながらも声を出した。

 やはり四人の言っていた太宰と福沢の考えていた太宰とでは違うのかもしれない。少なくとも福沢が知る武装探偵社調査員の太宰はよく食べる。何時もより少なかったかもしれないがそれでも充分なぐらいの量は食べていた。帰りながらお腹一杯と明るい声を出す。
「美味しかったか」
「はい。あそこ前何度か行った時はそんなに美味しくなくて嫌だったんですが今日は凄く美味しかったです」
 ふんわりと笑う太宰。何でですかねと首をかしげるのに福沢はへっと歩いてる途中固まり転けそうになった。何とか体勢を立て直しそんな無様な姿を見せないようにしながら太宰を凝視する。
「あ、でもやっぱり料理は社長のが一番ですね。最近色々な店で食べますがどこもなんかいまいちで社長が作ってくれたご飯が一番美味しいです」
 何てこともないことを言うかのようにさらりと告げられた言葉。福沢の足が完璧に止まった。先に行く太宰を呆然と眺める。また食べに行っていいですか。聞こえてくる声。
「社長?」
 返事がないのに気付いて太宰が後ろを振り返り福沢をみる。不思議そうにする顔は自分の言葉になんの疑問も抱いていない。福沢をみる目も何一つ変わらずただ面倒見のいい社長と言ったようなぐらいにしか考えていない。
 分かるのに福沢の顔には熱が集まり、赤くなっていることが容易に想像できた。夜で良かったと思いながら上擦りそうな声を堪え福沢はできる限り低い声を出した。
「ああ。良いぞ。また何時でも来い」
「やった」
 響く甘い声。福沢がゆっくり歩き出すのに太宰も歩き出す。社長は本当に料理上手ですよねと聞こえてくるのに当然だと返した。
 当然だ。
 正直な話、福沢自身は料理の腕などまあまあ。そこらの一般的な家庭料理レベルで料理上手などとは思わない。店の味とどっちがうまいと比べたら間違いなく殆どの人は店と言われるだろう。だが太宰にとってはそうではないのだ。そしてただ一人太宰がそう言ってくれるのなら福沢の料理は誰より旨いのだ。福沢が食べさせたいのはただ一人だけなのだから。



 先は長いと思いながらそれでも浮かぶのは笑みであった。






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