少し前から体の不具合を感じていた。喉元に何かが詰まったように息苦しく、胃の中がむかむかと変に気持ち悪かった。
 何らかの病気かなと思い放置していた。そのうち回復するか悪化して死ぬかどちらでも良かった。後者の方が嬉しいかもとも思っていた。だから誰にも云わずに好きにしていたのだけど……
 これはどうしたらいいのだろう。予期しなかった事態で戸惑う。私の目の前に広がるのは無数の花……。
 今までにないほどの苦しさがやって来て、吐き気がするのに咄嗟に入り込んだトイレ。吐き出したのは

 何故か花だった……。

 呆然と見つめる。これはなんだ、何が起きている。知らぬ間に寝ていたか。夢でも見ているかと思うがそうでないことは己が何よりも知っている。これは夢ではなく現実で。私は花を吐いた。そんな症状聞いたこともない。


「嘔吐中枢花被性疾患」
 何ですかそれはと鸚鵡返しにしたあと問いかけた。目の前の相手はにやにやと嫌な笑みを浮かべている。
「だからその病の名前だよ。通称は花吐き病と云われているのだけど太宰君は聞いたことないのかい」
「ないですね」
「そうかい。結構有名なのだけどね。ああ、でも君はこう言った事には興味ないからね。この病は遥か昔からあったそうでね、症状は太宰君も体験した通り口から花をはくこと。ただそれだけの病だよ。吐き出した花を触れたら感染するからしいからどごぞでそうとは知らずに触れたんじゃないかな。君はご婦人がたからよく花を贈られたりしてるからね。その中に混じっていたのかも。何せこの病は片想いが高じてなるそうだから。君を好きな女性がなんてありそうな話じゃないか。治療方法は今の所見付かっていないよ。両思いになったら白銀の百合を吐いて関知するらしいがね」
 ぺらぺらと淀みなく吐き出されていく言葉たち。私はそれに何も返せなかった。はぁと云う顔をして話す相手森医師を見る。何らかの異能や特殊な毒のせいではと考え、何かあってからでは遅いからと嫌々ながらも森医師に視てもらうことにしたのだけど、やはりその判断を間違いだったかと思う。かたりと音を立てて立ち上がた
「失礼しました」
「待ち給え。太宰君。君、信じてないね」
 私は冷めた目を森医師に向ける。当然でしょうと云った。
「私誰にも恋などしていませんもの。残念ながらそんな感情は私には存在しません」


 どうかしたか。聞こえてきた声に私は慌てていえと返した。何もありませんと笑う。それならいいが、もしや口に合わなかったか。食べられないなら無理して食べなくともいい。声をかけられ、そんなことありませんよと答えた。どれも美味しいですと云えばホッとしたような吐息が落とされる。そっと微笑まれて私も笑みを返す。
 思考の渦に沈んでいたのを引き戻された私は、また沈まないように気を付けながら目の前にあるご飯を食べていく。社長が作ったものは何時ものようにどれも美味しい。じっと見つめてくる視線に大丈夫ですからそんなに見ないでください。恥ずかしいですと口にした。すまないと社長は謝り視線がはずされる。心のなかでほぅと安堵の息を吐いた。喉元に競り上がってくる吐き気を気付かれないよう口の中のものと共に飲み干した。

「御馳走様でした」
 食事終わりの声が重なる。横においていたお盆を手に取り卓の上にある食器を乗せていく。炊事場まで持っていき洗い物をすませ、居間に戻ると既に社長は戻ってきており卓の前に座っている。太宰と声を掛けられた。はぁーいと返した。居間をでて部屋に向かう。箪笥から寝巻きがわりの着物と下着を取り出し脱衣場に。いい感じに風呂の湯は溜まっていた。
 ゆっくりと浸かってからあがる。居間に戻れば社長が丁度飲み物をいれている所だった。卓についた私にはいと差し出される。そのまま社長は着替えを持って脱衣場の方に行ってしまう。マグカップに口をつけた。ミルクと蜂蜜の甘い味が口のなかに広がる。少しのんびりとしてから立ち上がる。炊事場にいき戸棚の中から酒瓶を取り出す。徳利とお猪口も取り出し、鍋も手にする。鍋の中に水をいれ湯を沸かす。徳利の中に酒を注ぎ入れ口をラップで塞ぐ。ぷくぷくと沸騰しだしたら、火を止めて徳利を浸す。二三分して口元まで中の酒が浮き上がってきてから取り出した。お盆にのせ居間に。丁度社長が風呂から上がり部屋に戻ってきた所だった。社長の席にお盆を置く。席に座って飲み掛けだったホットミルクを飲んだ。
 のんびりとしていると時計の鐘が鳴った。見上げた社長がそろそろ眠るかと声をかけてくる。そうですねと答え卓の上のものをまとめる。二人で炊事場に向かい流し場に並ぶ。社長から洗ったものを受け取り布巾で水滴をとる。棚に戻し終えると脱衣場に向かい歯を磨く。二つならんだ歯ブラシ両方とると歯磨き粉をつけて一つを社長に渡した。
 二人で部屋に向かう。自分の部屋の襖に手をかける。おやすみなさいと口にすると社長が太宰と名を呼んだ。普段ならお休みと続くのだが今日は別の言葉を紡いだ。
「今日は共に寝ないか」
 少し柔らかめの声で問いかけられ、ああ、やっはり考え込んでいるのがばれていたかと息を吐く。どうだと誘ってる来る声に少し考えた。
「お邪魔して良いですか」
「おいで」
 襖から手を離し社長の側による。社長の部屋に入り布団がしかれるのを待った。一組の布団が床の上にしかれる。先に社長が入り腕を広げる。その腕の中に身を潜らせればぎゅっと抱き締められる。お休みと耳元で声が聞こえる。今夜は考え事に溺れ眠れなくなりそうだったが、暖かな腕に包まれてしまえば簡単に睡魔はやってくる。聞こえてくる鼓動が眠りの世界に誘ってくれた。




 

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