がたりと開いた襖。寝ようとしていた福沢がそちらを見ると治が立ちすくんでいる。
「どうした」
 掛けた声にピックりと肩が震えた。福沢さんと唇が揺れて泣き出しそうに顔を歪める。探偵社を創立してからは他の社員と同じように社長と呼ぶようになっていたのが、福沢の名を呼ぶ。何度も呼んでくるのに福沢は腕を広げる。幼い頃のようにぎゅっと飛び込んでくる。
「何かあったのか」
 抱き留め頭を撫でると治はホッと息をついて顔を埋める。問い掛けに体を強張らせながら何かを云おうとしてくる。
「迷っていることがあるのです。
 ……今回の件、まだすべて解決したわけではないんです。……全てを裏で操っていた黒幕がいます。その黒幕の正体は突き止めいています。でも……どうしたらいいのでしょうか。私は彼女をどう罰すればいいのか、わかりません。それに六蔵君も……」
 数日前から蒼の使徒なるものから探偵社は攻撃を受けていた。爆弾事件の予告をされ、それ事態は食い止める。だがそれだけで終わりでないのを福沢は知っていた。前世でも同じことがあった。そして太宰がその事件を納めるために選んだ道は最小限の死だった。最適解でありながらも人の道からは外れた結論。いつの間にやらかつてのような考え方を身に付けていた太宰だが、だからと言って選べるとは限らない。苦しげに福沢の腕の中で太宰の瞳が揺れる。
「彼女がやった罪を証明することは誰にもできない。だけどそんなことは些細な問題です。一番は……、彼女を救うすべが私にはわからない。彼女は大切な人の死に憑かれている。彼女自信の望みは何もなくただ死者のために行動している。彼女にはそれ以外にいきる理由が何もない。希望さえも……。
 六蔵君もそうだ。二年前に父親を失ってからどう生きればいいのか分かっていません。父親の影を追って燻っている。私達が蒼の使徒を捕まえれば彼はきっと彼女を見に来るでしょう。だけどそこで救われるものはない。彼の中でまた何かがなくなるだけだ。
 どうしたところであの二人は生きる意味をなくし虚無の世界に落ちてしまう。それをどうしていいのか私には分からないのです
 私には彼らは救えない。彼女らを救う方法が分からない。
 それならいっそ……」
 苦しげに治の目が歪む。腕の中で強く肩が震えた。
「生きる理由もない虚無の中で生きていくのはとても苦しいです。己が何者かすらも分からなくなってただ時が過ぎるのを待つだけだ。
 私は……何も知らなかった。人を殺しながらそれがどういう意味を持つのか。死がどういう物なのか。生きていると言うことすら知らずにただ息をしてお腹がすいたから何かを求めた。でももしあの頃の私がそれらを知っていたのだとしたら、そしたら私は……」
 きっととは口にしながらその先は言葉にしなかった。ぎゅっと抱きついて首もとに頭を擦り付ける。治が口にしなかった言葉を知っているから福沢は抱き締める腕に力を込める。
「ねえ、私はどうしたらいいのでしょう。最適な解答が一つだけ、でも……」
 かつて太宰が選んだ道がある。彼が思い浮かべた解答から一番最適だと被害が最小限だと思える解答。だけどそれは……
「お前の好きなようにしなさい。お前が選ぶ道を私は信じている」
 福沢の答えに治が震えそれからか細く息をついた。



「貴方があの人を変えたのですか」
 聞こえてきた声に眉を寄せる。何の事だと答えるとあの人はあんな人ではなかったと返ってくる。
「あの人はもっと暗い目をしていました。今の私よりも暗い目。そしてあの人は今とは違う結果の道を選んだ。それを変えたのは貴方ですか」
 思い出したのか。福沢が言うとふんわりとその女は微笑んだ。その目はとても暗い。
「ええ、思い出してしまいましたわ。あの人は酷い人になってしまったのですね。私はあの結果で満足でしたのに」
「…………確かに貴殿にはあの結果が最善だったのだろう。あの子も酷く悩んでいた。だがもうあの子はそんな結果を選ばない。最適解だったとしても最善ではないからだ。あの子は善き人になる。誰に言われずとも願われなくともあの子は善き人になる。
 ……貴殿のことも心配していた。どうにか救えぬかと。今でもずっと考え込んでいる。私も考えた。だがわからぬ。私には見つからぬ。だけどあの子ならきっといつか答えを出すだろう」
 福沢の言葉に女が福沢を見る。その目は何を言われるのかその言葉をすでに知っているようだった。
「だからそれまであの子の助けにでもなってはくれないか」




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