純朴そうな少年だった。ひょろひょろとして何処か頼りない。だが何かを感じさせる不思議な少年。太宰が彼を選んだ理由も判る気がして福沢は仕方ないことなのだと自らに言い聞かせた。去り際一瞬だけ視線をやった太宰と目が合う。その目が寂しそうに見えて震える腕を抑えた。





「太宰、どうした」
 その姿を見たときから嫌な予感はしていた。いつもみんなに見せる貼り付けたような笑みを浮かべて目の前に立ったから。その笑顔さえも何処か悲しそうに見えて……。何かあったのかと福沢が問おうとして社長と先に太宰が口を開いた。お願いがありますと云ってくる。その話を聞く。

 区の災害指定猛獣に登録された人虎を社員にと言う太宰の話は予想だにしていなかったことで驚愕したが、それ以上に福沢には気になることがあった。
「お前は、良いのか…」
 人虎を社にいれると云うことがどう云う結果を招くことになるのか分かっているのか。言葉にせず福沢がとえば太宰は薄く笑う。
「はい。彼はきっと今後の探偵社に必要な存在となりますから」
 彼がそう言うのにそうかとだけ口にした。何を考えているのか読み取ることができないが太宰がそう判断したのならそれは本当に必要なことなのだろう。そう思いながらも決断するまで僅かな時間を要した。覚悟を決め了承の言葉を告げる。
 太宰がホッとした、されど哀しい顔をする。出ていこうとする彼の名前を福沢は呼ぶ。両腕を広げれば彼は困惑した顔をした。
「えっと、……まだ仕事中ですよ」
「ああ、だがもう残された時間は限られている。来てはくれないか」
 云えば太宰は口許を歪めて福沢の元に歩み寄った。広げた両腕のなかに潜り込み、肩に額を押し付ける。ぎゅうと背に腕を回しながら諭吉さんと福沢の下の名を呼んだ。
「触れられなくとも傍にいることを赦してください」
「当然だ。お前こそ私の傍を離れるな。触れられなくなろうとも思いはかわらん。
 愛している。治」

 低い声が囁く。それに私もと細い声が返した。


 出会ったのは二年前。太宰が探偵社に入社したとき。それから色々あって一年後に福沢と太宰は付き合いだした。上司と部下、男同士、二回りほども違う歳の差。様々な障害はありながも思い合う事を止められなかった。互いに互いを思い愛している。
 その事実は二人だけの秘密だった。
 探偵社の者たちにすら告げっていない。仕事場である事務所では上司と部下と言う関係を崩すことなどなかった。抱き合うことなども今まで絶対にしてこなかった。
 だか二人は互いに腕を伸ばして抱き締めあった。
 そこには深い事情がある。それは二人の異能力に関わること。福沢の持つ異能、人上人不造は社員となったものの異能力の出力を調整するもの。今は制御しきれていない人虎の異能も社員となれば多少制御できるようになるだろう。問題は太宰の異能にある。太宰の異能人間失格は触れたものの異能を消すと云ったもので触れ合えば福沢の異能すら消してしまうのだ。幸い今までは暴走するような危険のある異能を持つものはおらず触れあうことができていた。でもこれからは違う。
 異能を制御できないものを社に入社させる以上、もしものことがないように最善を尽くさねばならない。制御できず本人や周りに被害が及ぶことがないように小さな接触すらも許されなくなる。だから二人は強く抱き締めあった。これから先触れられなくなる分を埋めるように強く強く。
 抱き締めあいそれから二人は距離を開ける。もっと触れ合いたいという思いを押し込めて日常に戻ろうとする。太宰と福沢が呼んだ。今日は私の家にと福沢が告げるとはいと太宰は答える。



「おじゃま」

 しますと繋げようとした太宰の言葉は中途半端に止まる。夜も更け福沢の家にやって来た太宰は呼び鈴を鳴らすことなく玄関の扉を開けた。いつもそうするように勝手に中にはいる太宰は伸びてきた腕にぎゅっと抱き締められる。力強く太宰を抱いたのは福沢であった。こんなところで待っていたんですか。少し驚いた声で太宰が問い掛ける。腕の力が強くなった。
「随分遅かったな」
 低い声が何かあったのかととう。寂しげにも聞こえた声にごめんなさいと謝罪の言葉が出た。
「国木田君が明日の入社試験に合わせて私に色々学ばせてやろうと画策していたので、会議が終わったあとも谷崎君も交えて少しお話ししていたのです」
「……そうか。入社試験はどのようにすることになった」
「社内で爆弾魔の立て籠り事件を起こすことになりました。もちろん狂言で犯人は谷崎君がやることに。本当は私に狂言役をやらせたかようなのですが、それは回避させていただきましたよ。だってそんなことしていたら貴方との時間がなくなってしまうから。
 この時間だけは何があっても譲れないのです」
 ぎゅっと太宰が福沢の背に腕をまわして抱き締めた。より近くなる距離。見つめあう二つの目。自然と唇同士が重なり接吻しあう。
「治。愛している。何があろうとその思いは変わらぬ。だからずっと私の傍にいてくれ。苦しくなるときもあると思う。それでも傍に居続けたい」
「勿論です。私だって貴方を愛してる。諭吉さんが大好き。ずっと貴方の傍にいたい」
 濡れた唇が切ないまでに互いを乞う。限界まで近づこうとお互いの腕が強い力で抱き締めあう。骨が軋むような音がしながら痛みなど感じる余裕もなかった。
 再び二人の唇が重なり長く重なり合う。僅かな隙間が出来るのさえ惜しく息継ぎさえいれずに貪り合っていく。太宰の腰が抜け離れそうになるのですら縋り支えて接吻を続ける。途切れたのは随分とたった後だった。荒い吐息を吐き出す二人の間を銀の糸が繋ぐ。
「抱いてよいか」
「抱いて……、たくさん。朝までずっと繋がったままでいて」
 熱で掠れた声が問いかければ同じような声が答える。抱き締めあう二人は移動するのさえ惜しんでその場で互いの熱を求め合う。




 朝まで抱き合い寝る時間すら惜しんで抱き締めあっていた二人は身支度を整えた後もずっと互いから腕を離さなかった。
「もう時間ですね」
 ぼそりと腕の中で太宰が告げたのにああと小さな声が出た。このままずっと居られたら良いのにと思いながらも一度強く抱き締めた後動き出す。
 一人になった体が急激に冷たくなっていくようだった。二人何も云わずにキスをする。触れるだけのそれを追いかけたくなりながらぐっと我慢する
「何時か。……何時か私が年老い社長の座を降りる時が来ればその時は……」
「……ええ。その時まで待ってますから。再び貴方に触れられるようになるその日まで貴方の傍で待ってます」
 互いに触れたいと思いながらもその思いを飲み込む。伸ばしてしまいたくなる手を堪えて背を向けた。




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