在宅ワークを初めて一日目。
朝六時に起きて朝食を作る。ご飯を炊いて、野菜を切りゆでる。和え物をあえ卵焼きを作る。そのわきでみそ汁を作り、魚を焼いていく。皿に盛りテーブルにセットした後、太宰の部屋まで行って起こす。おおよそ七時ぐらいだ。
幼い太宰の寝起きは悪い。目はしゃっきと開いているものの体の動きはのろく、食べるスピードも遅いが慌てさせようとはしない。本人のスピードに合わせる。
三十分もあれば体は起き出して動きもてきぱきとしたものになっていく。顔を洗い終わった後はほんの少し家でのんびりする。太宰の学校は八時三十分からなので八時十分ぐらいには準備を整え、家を出る。
学校まで送ってから帰り道スーパーで買い物をしていく。
家に帰っても九時にはまだなっていない。洗濯を開始し、部屋の中を片付けてから昨日持ち帰ったパソコンを立ち上げる。前世ではパソコンなどの機械類は苦手だったが、今生ではこれが在宅ワークの一番の可能性だと気付いてから必死に覚えて、今では剣と同じぐらいに得意分野だった。幼馴染などには化け物だと恐れられるぐらいにはなれた。
仕事をサクサクと進める。昼食は適当にとる。カップラーメンにお湯を注いだ。今日買ったばかりのそれは絶対に見られないようにする必要があるためそこをどうするかが悩みどころだ。
見つかったらおそらく人にはいろいろ言うくせにと怒られる。食事をしながら仕事をし、自分の分が終わったら部下の進捗なども見て電源を切る。
遅れている者はいないので幸先はいいだろう。
また十六時ぐらいにつけて確かめるつもりだが、それまでもう一度家の外に出てマンションで飼っているような野良猫のもとに行く。
そこにいるかどうかは半々だが今日はいた。
心地よさそうな顔をして座っているが福沢がじっと見ると気づかれて逃げられてしまった。くすくすと笑い声が聞こえてきた。顔面から血の気が引いていく。ちらりと見ると近所の女性が立っていた。二児の母で子供二人は学年は違うが太宰と同じ学校だ。
気づいた女性が謝るもののいえと首を振った。
「なかなかなついてくれませんね」
「うむ。他の者にはなついているようなのだが。やはり私の顔が怖いからだろうか」
「そんなことはないと思いますけど独特な雰囲気があるのかもしれませんね」
女性が話しかけてくる。福沢は普通に答えていた。
子供というのは敏感なもので相手の親に対する親の態度などでも遊ぶ相手を選んだりする。そのため周囲の人脈作りはことさら丁寧にやってており、世間話などはお手の物だった。
「そういえば治君は猫に好かれますよね。この辺では見かけないような猫まできて遊んでいたものだから、つい写真を撮らせてもらったんですよ。その後撫でさせてもらったんですけどいつもよりも大人しくてびっくりしてしまいました。
福沢さんも治君と一緒なら撫でさせてもらえるかもしれませんよ」
「少し癪ではあるもののそれはいいかもしれませんな」
女性のようににこにこと笑顔を浮かべ続けることはできないが、少しでも和やかな顔をして頷く。太宰のことを思い浮かべた。
太宰も私の考えを分かっておりマンションの者にはことさら愛想よくしている。別に太宰はそこまでしなくともいいというか、今世はそういうことだって私がするからただ自由に生きてほしいのだが、それはまあ難しい話らしかった。
ここのマンションの者は動物が好きなものが多いので動物と戯れては愛らしさを一杯アピールしますと楽しげだった。おかげで太宰と動物の戯れエピソードを聞くことが多い。
そんなもの私が一番みたいのに。笑顔がひきつらないようにそれだけを気を付けていた。
「おすすめですよ。治君といるととても大人しいんですから。動物に好かれるオーラでも持っているんでしょうかね。とてもうらやましいです。
それに動物と戯れている姿はとてもかわいいですしね」
「そうでしょう。でもお宅の勉君もいい子でこないだなんてお年寄りを支えてあげていましたよ。それにいつも元気に外を走り回っていてうらやましいです。うちの子は外はあまり行かないし、いってもすぐに疲れたって言い出しますからね」
「うちの子は腕白だけが取り柄ですから。勉強にもついていけてるのかじゃあ私はこれで」
「では」
世間話が終わると部屋に戻る。
やることは特にないので少しのんびりしてからもう一度部屋をでた。太宰の学校まで行くと幼い子供たちが下校している所だ。その様子をじっと見て待っている。校門から太宰の姿が出てくる。声をかければすぐに気づいて太宰は駆け寄ってきた。
その後でため息を一つつく
「ちゃんと仕事をしてください」
「在宅は自分のペースでできるからよい。今日の分は終了だ」
「後で慌てることになっても知りませんよ」
可愛くないことを言いつつも太宰の手は私が言わずとも私の手を握り帰り道を歩く。途中交差点の所に交通警備の者がいた。車の通りもそこそこ激しい通りなのもあってしっかりと子供たちを見ていてくれている。
あいさつするとそのうちの一人が凄い顔をして福沢を見てきた
「福沢さん。いつの間にそんな小さい子供を。
まさか隠し子」
そしてとんでもないことを言い出している。半目でその男を睨んでしまった。
「いろいろあって引き取った子だ。変なことは言わないでくれ」
「いやーー、すみません。まさか福沢さんに子供がいるとは思わなかったもので」
へらへらと男が笑う。謝っている感じは全くと言っていいほどしない。警察官とはみんなこんなやつなのかなんて嫌な気になってため息が出てしまった。
腕の中で太宰が見上げてきていた。
「福沢さん刑事さんと知り合いなんですか」
ことりと首を傾けながら聞かれる。
「まあな」
「この人は凄いんだよ。前に子供に声をかけて連れて行こうとした不審者を捕まえてくれたりしてね。僕らへの協力もしっかりしてくれるから助かっているんだ」
「へえ」
私としてはあまりいい話題ではなくすぐにでも話をおわらせたい。だが警察官の男の方は太宰に余計な話をしていた。業務があるだろうに話し込んでいいのか。聞いた太宰の目はというとやはり警察にでもなればよかったのではないか。何で在宅ワークなんてしているんですかと語ってきている。
「警察の業務が少しでもスムーズに進んだらその分しっかりとした休養を取ってもらうことができて、何かあった時万全の態勢で働いてもらえるからな」
耐えられなくなって多分そうではない方向に言い訳をしていた。太宰の目はそのままで頬まで膨らませ始めている。そろそろここを抜け出したい。さっさと話しを終わらせようと思ったが、男の方がにこにこしてこれまた余計なことを言い出していた。
「いや、本当ありがたいですよ。でも子供ができたのはびっくりです。この子供連れが多い中で平然とした顔で独身貫く変人で有名だったのに」
「おい一言多いぞ」
じっとと太宰が見てくるから、そこから目をそらして同じようなもので男を見てしまう。少しは反省すればいいのに頭をかく姿からはそんなものは見られなかった。
「すみません。どうも福智警部の知り合いだと思うとつい」
「まったく」
舌を出す男。くっそと吐き捨ててしまう。どこ行ってもこの言葉を言われてしまうのはもはやのろいか何かなのだろうか。幼馴染がその道を行くといった時は頑張れよなんて祝福したものであるが、間違いだったと今では思う。はあとでていくため息。
腕の中では太宰の目が見開いている所だった。
「福智」
小さく出ていく声。聞こえた男が太宰に笑いかけている。
「知っているのかい。ああ、遊びに来てたりするのかな。あの人騒がしいでしょう」
「ううん。まだ。福沢さんに聞いたの」
「そっか。でもそのうちきっと遊びに行くから気を付けておくんだよ。あの人加減って言葉を知らないから」
答える太宰の声は驚きが混ざりながらも楽し気に笑おうとしていた。嫌な予言をする男の言葉にもうんと元気よく頷いている。やめろ変な予言をするなと言ってやりたいところだが福沢にもその未来は見えていて言葉にすることはできなかった。
そろそろと男に告げる。ばいばいと太宰が腕の中で手を振る。男の方は敬礼して答えていた。
男から離れたところで腕の中、太宰が見上げてきた。その褪せた目は私を映しては少しだけ震えていた。
「仲直りしたんですか」
問う声は弱弱しい。できるんですかとそう聞きたいのが分かる。だから私は力強く頷いていた。
「まあな。結局もうすべては昔の事なのだ。今は今として生きていく」
太宰の目が私を見つめる。太宰という過去に縋りついている男が何を言っているのだとは思うがまあ、それはそれのこと。進めたいものがあるのなら少し自分に都合よく生きることも必要だろう
太宰は家に帰りつくまでずっとおとなしかった
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