それから数時間後、敦たちは探偵社に戻っていた。
 ただいま帰りましたと敦たちが言うのに習って子供も同じ言葉を言っていた。あの後から子供は考えることはやめて遊ぶことに全力になっていた。それで敦たちと過ごしているうち笑顔も多くなって、今もまた楽しそうに笑っていた。
 その笑みをみんなに向ける。
 ほっとしたような吐息がその笑顔を見たみんなから落ちていく中、からりと何かがら転がり落ちる音が探偵社に響いた。
 耳の良い敦の目がそちらを見る。子供の目もそちらを向いていた。
 そこにいるの太宰で、己の席座って仕事をしていただろう彼は今は立ち竦んで子供を見ていた。
 その目はまるでお化けでも見るように見開かれながら、震え、そして、

 その形相が鬼のように変わっていた。
 何かが乱暴に床にたたきつけられる音が響いた。えっと周りが驚く中で太宰の体がとても素早く動いていて、一部始終すべて見ていたはずの敦ですら動けないほど滑らかな動作で、太宰の手が、子供の首に伸びていた。
 がたんとまた大きな音が響く。
 まるで映画を見ているような感じで人ごとの世界になりながら、みんなの目の前で太宰が床に子供を押し倒し、その首を締めあげていた。







 子供が笑っていた。
 思い悩んでいたようだった子供が、公園から帰ってきたその時には笑っていた。それはとてもとても楽しそうな笑顔だった。
 いつかこうなる日が来ることを私はなんとなくわかっていた。そうだろうと確かに思っていた。その日が近いこともまた分かっていた。
 待ち望んでいたような、来ないでほしいと拒絶していたような、その日は近づいていて、その日を訪れさせようとしていることも知りながらただ待っていた。

 私は多分それを今後悔した。

 子供を拾った。殺すはずだった子供を拾ってしまった日のことを思い出す。
 まだ動けないはずの、必要な準備が整っていないはずの、一度も目を開けたことがないだろう子供が起き上がるのを見た。壊した培養器の上、起き上がった子供はとても小さく今にも崩れてしまいそうだった。
 あーーとその子供から声が出ていく。
 出ないはずの声。生きているのが分かる。やたらと大きく見えてしまうその目の中に拳銃を持っている私の姿が映っていた。
 殺さなければいけないと思った。
 壊さなければいけないとそう思った。
 どうせこれは私のなりそこない。
 運悪く意識を持ってしまったようだが、培養器の中から出たらそう長くは生きられない。そして培養器はもう既にすべて壊してある。助かる道はない。
 それならばまともな自我を抱くその前に終わらせてあげるのが優しさなのだ。
 確かにその時私はそう思った。

 だけど……。


 試してみたくなってしまったのだ。
 私は研究所を無理矢理連れ出され、この世の中に放り出されて以降ずっと化け物と言われてきていた。それは日に日に強くなってマフィアの頃は部下の殆どが、そして敵対する者全員が己を化け物だと見てきていた。
 何度人の心がないと罵られたか。悪魔と言われてきたか。
 それだけのことをしてきた自覚はあるけれど、でもそうなる前からずっと言われていたから、だから
 それがどうしてなのか。
 『環境のせいなのか』
 それとも
 『私生来のものなのか』
 試してみたいとそう思ってしまったのだ。それはきっと間違った判断だ。でもその気持ちに私は勝てなかった。
 だから探偵社に連れていた。
 みんなはとても驚いて私とそっくりの子供を見ていた。当然だ。同じ細胞でできた器なのだから。私の隠し子ではとか、何かあるのではとか疑いながらもみんな子供にやさしくしてくれた。
 それは私の予想通りであった。
 言葉を教え、知恵も与えてくれていた。
 みんなからいろいろ言われながらも私はそれをただ見ていた。
 かつての私は言葉を教えられ、知恵を与えられ、人の殺し方や人の騙し方を、人をより簡単に殺すための作戦の立て方などを教えてもらっていたけど、子供が教わっているものはそんなものではなかった。
 人を悦ばせるための方法、人を跪かせる方法。
 そんなものを教えるものは誰もいなかった。そんなものを誰かが求めることなんてなくて、ただ優しいものだけを子供に名一杯与えてくれていた。
 それを見つめ続けた。
 私が与えられなかったものを与えられた私がどうなるのかが見たかったのだ。
 知ったところで何も変わらない。
 分かっている。
 私は私、
 私と同じ器を持つなにかは、ただそれだけの私とは違う何かだ。
 分かっていたのだ
 私は今更何も変われない。人間失格。それだけの何か。それでも知りたかったのだ。
 
 知りたかったそれだけだったのに……。


私は私が分からない











太宰が我に返ったのは頭が揺れるような衝撃を感じたからだった。首を掴んでいた子供とは引きはがされ床に倒れる。じわじわと痛みが感じ出していた。
 殴られたのだと判断したのは一拍置いてからだった。お前は何をしているんだ。国木田の怒鳴り声が太宰の耳を叩く
 外の音がやっと聞こえてきた。
 みんな太宰を見てどうしたんですか。何考えているんだいと焦った声を出している。その声を聴きながらも太宰の目は子供を見ていた。大丈夫ですかと駆けよられた子供は小さく頷いて立ち上がっている。苦しそうではあるものの恐怖などはかけらも感じられず、湧く嫌悪とともにほっとしたものがあった。
 みんなの目が太宰を睨んでいた。
 さすがに言い逃れできるようなところはない。
戸惑いつつもにらまれる。太宰は立ちつくしていた。殺したかったのかいと問われても太宰に答えることはできなかった。
 どうするつもりだったのか太宰の方が誰かに聞きたかった。
 子供の褪せた目を見る。恐怖なんてものはやはりその目に宿っていない。感じるのは失望だった。じくじくと太宰の胸が痛む。結局何も変わらないのか。だけどあの時見た者は確かに太宰の胸をざわめかせた。
 町がいようのない本物だった。
 あれこれ思考が巡っていくが声に出すことはなかった。何も言えるようなことはないのだ。太宰は口を閉ざしたまま。その間も国木田なんかは何を考えているんだと太宰を攻めて、谷崎屋敦もどうしてですかとそんなことを言っていた。
 耳だけがその音を拾う。
 太宰と己の名前を呼ぶ深く低い声が耳について脳に届いた。後ろからの声に思わず振り返る、他にも幾人かがそちらを見ていた。
 そこには福沢が立っている。
 丁度ちょっと前に社長室から出てきたのだろう。その目は探偵社の中をざっと見渡しながらも何もかも把握は住んでいるようで銀の目はすぐ太宰を一心に見つめてきていた。
 いるような鋭き目。
 その目に見つめられて太宰は口元をゆがませる
「駄目だったか」
 問われたのはそんな言葉だった。
「やはりお前にはその子と共にいるのは無理だったか。無理だというのならそれはもう仕方のないことだろう。このままここに置いていても傷つくだけだ。それならその子をどこか里親に預けることにするが、お前はどうしたい」
 福沢の目がじっと太宰を見ている。周りは福沢の言葉に理解できずその口を薄く開いていたが、だからと言って福沢に何かを言えるものもいなかった。
 福沢のめは恐ろしいほどまっすぐにだざいをみつめていたから。
 その鋭い眼差しは時に子供を見て、子供は一つ頷いていた。太宰はその目で見ながら立ち尽くして、その口を小さく開けては閉じていた。褪せた瞳は暗く淀んでいて
 しばらくの間何も言わなかった。
 福沢は言葉を重ねるようなことはせず、ただ待つ。
 長い時が立って太宰は口を開ける
「別に無理なんかじゃないですよ。ついやってしまいましたが私は……ちゃんとわかっています。わかっているから。
 それにこの子を里親に出すのは無理ですよだってそう長くは生きられない子供ですもの。もってに三年。それだけ生きられたら奇跡ともいえるような子供を預けるのはその里親が不憫でしょう」

 いつもの太宰と針が鵜ためらい続けた酷い声だった。その弱い声で話し続けられる内容にみんな目を大きくしていた。はっと出ていく声。何を言ったんだと太宰を見る。あんたなんてと太宰に言ったのは与謝野だ。その声は震えている。声だけでなく体全体が震えて今にも倒れそうでもあった。何を言ったんだともう一度問う中で太宰は笑うように口角を上げるだけだった。笑えてはいないけれど
 福沢の目もまた見開かれてはいたけれどすぐに子供を見ては何かを悟ったものに変わっていた。唇をかみしめていた子供は太宰の声に驚いたように固まっていた。えっと小さな声がこぼれていく。
 太宰の目が福沢から離れて子供を見た。細められる目。口元が歪んでよかったねと囁く子供は何も言わなかった
 なんてこと言うんだいと与謝野と国木田が詰め寄ってくる。太宰さんどうしたんですかと敦は泣きそうになっていた。鏡花ちゃんや谷崎などは途方に暮れた目で太宰を見ていた。どうしてとその目は語っている。
 太宰は静かと形容するには少しためらうような目で子供やその周りを見た。何もなく何も持たない。思いつく言葉なんてないけれどそれでも形容するとしたらおぞましいという言葉だろう。
 太宰が見つめる先で子供は太宰と同じような何とも言い難い表情をしていた。
 おぞましい。だけどどこか穏やかだ。静かなんてことはないけど何もない。
 太宰と福沢が名前を呼ぶ。周りの空気が揺れる
 kうちビルを噛みしめ今にも太宰につかみかかりそうだった国木田がその声に動きを止める。全員の目が福沢に集まる。福沢の目はずっと子供と太宰を見ている。
「本当にその子がここにいていいのか」
真っ直ぐに見て問う。太宰の口が開いて閉じた。
 目が一度子供を見てからええと言っていた。社長どうしてだいとたまらなくなって与謝野が問いかけていた。その顔には怒りと悲しみが見えている。みんなそうだった。そんな周りを福沢の目が初めて見ていく。それからまた太宰を見ていた。
 ひたりと太宰を見据える
「これは太宰の問題だからだ」
「太宰の問題って何だっていうんだい、この子は太宰の子供でもないんだろう。じゃあなんだっていうんだい」
 与謝野の目が太宰を睨む。その中に映るのは不安や恐怖だけど嫌悪ではなかった。口を閉ざしたまま太宰は与謝野を見て福沢を見る。福沢の目は太宰を見つめ続けたままだ。動くことがないどうすると聞いてくる。太宰の肩が震え、それから下に落ちた。
 ゆっくりと太宰の口が開いていく。
「子供ではないけどそれよりももっと近しいものだ。全部同じ同じ存在。
 その子は私そのもの。
 私の細胞から作られた遺伝子レベルで同じの私のクローン」 
 静かな声で太宰は話す。聞いた癖に福沢の眉間に皺が少し増えていた。それ以外の殆どの者は間抜けな顔をして固まっている。どれも驚いた顔であることには違いない。
 太宰はその目から逃れながらほうと息をつく。
 何でと震えた声を出したのは敦であった。どうしてそんなことがとその口は言っている
「異能の研究のためだよ。大昔に軍で研究されていたんだけど非人道的すぎると粛清され今では裏でこそこそ行われているのさ。
 この子はその一つをつぶしに行ったら目覚めてしまってね。どうしようもないから連れてきたのだよ。
 でもクローン技術自体がまだ安定したものじゃないから奇跡みたいな確立だし、培養器の中から出るにはまだ時間が足りなかったから体は弱い。そのうち死ぬよ」
 ふふと太宰が息を吐き出す。そんなと落ちていく声。どうしてともう一度聞こえた。
「どうしてあんたなんだい。あんた何処でそんなものにかかわって」
 人一倍命に敏感な与謝野が太宰を見つめる。義を求める国木田も酷い顔をしていた。ああと言って太宰は子供を見た。太宰と全く同じ顔をした子供
「いつからっていうと最初からですかね。そもそも私がクローンですから。最初は数々の異能の持ち主の遺伝子を組み合わせた最強の異能者を作ろうとしていたんです。その過程で生まれてしまったのが私。
 まあ、成功したのは私だけでしたけど。もっとたくさんいたのに全員培養器の中で死んで、成功した私の細胞を使って異能者を増やすことにシフトしたんですよ。能力としては何人いたところで強くなるものでもないですが、様々なところで異能を消せるのはいい。
 それに人の形をしていても所詮は人が作り上げた道具。使い捨ての駒にしても誰も文句言いませんからね」
 太宰の顔がやっと笑えていた。それはとても美しいものだった。目を細めて口元を上げそれはもう美しく笑ってどこかを見ていた。
見開かれた全員の目。
 子供肌座から目をそらしチア。
 重いものが漂う。誰も何も言えない。そんな中で太宰と福沢が太宰を呼んでいる。
 本当にこのままでいいのかと聞く。太宰が少しだけ苦く笑っていた。いいのですよとそう答える。そういえばと与謝野の目が福沢をとらえる。社長は太宰のことを知っていたのかいと聞く。ああと答えていた
「と言ってもこの子が来た後、最初のうちは半信半疑だったのだがな。
 軍にいたころその研究にかかわる者たちを討伐に行ったことがある。と言っても上の意向に気付かれ逃げられた後だったのだが。でも研究に関しての書類などは見ていたのだ。
太宰のこともそこには書かれていて、写真も見ていたのだが覚えていなかった」
「……」
「そうだったのですね。軍人と言えど細部まで知っていそうなことに疑問を抱いていましたが。その時に保護されていたかったものですよ」
 太宰は苦し気に微笑む。太宰さんと誰かが太宰を呼んでいた。泣き出しそうなその声がだれのものなのかはわからない。
 どうするんですかと誰かに聞かれた。
 みんなの視線が太宰と子供に集まる。
「だから言っているだろう。ここで面倒を見たらいい。まあ外に放り出してもいいけどね。
 みんなの好きにしたらいい」
 全員の視線を感じながら太宰から出ていくのは投げ捨てた声だ。目の前にいる福沢の目が少しだけ険しいものになった。
「太宰」
 咎める声が聞こえる。太宰は首を振った。
「私とこの子は同じものだけど、もう違うものです。
 だからみんなが決めればいい。私にこの子のことについて決める権利などないのです」
 太宰が告げる言葉。最後なんて屁理屈だということは分かっている。それでも太宰に譲るつもりはなかった。自分では何も決められないのだ。何が正解で何が間違いなのかカエラも分からない。
 だからみんなに任せようとする。そんな中で福沢は深いため息をついていた。そしてまた太宰を見つめてくるのだ。福沢の目はまるで磁力にでも寄って引き寄せられているように太宰から離れることがなかった。
「せめて名前はお前がつけろ」
 でていく言葉。太宰の顔が歪む五
「それこうなっても言いますか」
「いったろそれがけじめだ」
 そらされることのない瞳。他のみんなもそうだった。そらすことなく太宰を見ようとしている。
「私なんかに名前を付けられるなんて悲しいのではないでしょう」
 自嘲気味にほほ笑んだ太宰。福沢が何かを言おうと口を開く。それよりも前に与謝野が動いていた。子供のもとに近づいてそして子供の目を一番近くで見る。
「あんたはどうしたいんだい」
 問いかけたのは太宰にではなかった。
「僕」
 幼い子供に向けて問いかける。子供の目が震えてそれから首を振っていく。与謝野の目がそんな子供をみる
「分からない。でもそれが必要なら貴方に着けてもらいたい」
 真っ直ぐに子供が告げた。太宰の目を真っ直ぐに見ている。太宰からでていくため息。
「はあ、どうせろくなものしか付けられないよ。そうだね五百二十三だから……」
 なにかを言おうと福沢の口が動いていたが結局何も言うことはなかった。太宰がそれ以上言葉を紡がず口を閉ざしていた。
 長い時間がたってからようやっと開く。
「もう少しだけ考えさせて今すぐには何も思いつかない」
 答えなんてまだまだ見つけられそうになかった。


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