人間よく分からない性欲を持っているものである。
 その日捜査の一環で所謂おかまバーに潜入していた太宰は初めて見るような性癖を目のあたりにしていた。
 太宰が狙っていた男にパンプスを脱いでほしいと頼まれたのだ。それぐらいならば驚くことでもなく男の好みに合わせて少し似合わないぐらいの女装をしていた太宰はすぐにパンプスを脱いでいた。そして男に手渡すと男は渡したパンプスの中に酒を注いで飲み干したのであった。
 太宰は一瞬だけ固まった。
 笑顔の裏ではいと動きを止める中男はこくこくと飲み干していく。
 ありがとうと返されたパンプスを見下ろしたあとすぐ五ありがとうございますとそう言っていた。美味しかったですかと聞く声には嫌悪の欠片すらなくて麗しく笑ったままであった。
 


潜入捜査が終わった後、一連のことを思い出した太宰が感じたのは恐怖だとか気持ち悪さだとかではなく、なぜあんなことをしたのかという純粋な疑問であった。男の行動が太宰には欠片も理解できなかった。性癖の話というのは応じてそう言うものでどれだけ考えても意味の分からないものだ。それでも太宰は疑問に思いあの行為から得られるものを考えた。あまり思い浮かぶことはなかった。
 靴など雑菌の住処のようなものだし、いくら太宰が潜入の時は身なりに気を付けいい匂いがするようにしていたとしても足の歌までは左程の手入れをしていない。あそこまで近づいて嗅げばそれなりに匂いもあったはずだ。
 味と匂いはまず違う。
 まあ中にはそう言うものが好きというものもいるのだろうが、太宰の知る限り男は結構な食通であったからそれは関係ないだろう。別のところ、パンプスの形が好きなのか。でもそれなら履いているものを遣わなくてもいい筈で。
 何か満たされるような欲でもあるのか。
 それにしてもと考え込んだ太宰は暫く悩んだ後に、分からないのなら自分もやってみたらいいと思いついていた。そしてそこからが早かった。
 その日の夜太宰はすぐに福沢に靴を貸してくれませんかと聞いていたのだった。
 パンプスではないものの靴であれば変わりはないだろうとにこにこ笑ってお願いすれば、福沢は不思議そうにしながらもいいがと答えてくれていた。疑わしそうではあったものの断ることをしない福沢に太宰は幸せを感じながら靴を取りに玄関に向かった。
 そこで今回の計画の間違いを悟ったのだった。
 というのも福沢の靴は草履だった。
 平らな草履ではいくら上手に注いだところで酒は流れていくだけ飲みようがなく、太宰はふてくされて福沢の傍に戻った後床に丸まりふて寝し始めた。
 福沢の首が傾きどうしたのだと太宰に問うた。
 太宰は酒が飲めなかったからと答えた。はあとまた福沢の首は傾く。
「飲めなかったって靴を取りに行ったのではなかったのか。一体どうするつもりだったのだ」
「……パンプスの中に注いで飲むバカがいたので一体どんなものかなって気になったのですよね」
太宰にとっては特に隠すようなことでもないので自然と答えていた。が、福沢は暫く動けなくなってしまっていた。太宰の頭を撫でようとしていた手が止まり、見開いた眼で見降ろしている。は。は。はあと何度も出ていく声はうろたえたものだ。何だそのば、嫌、人の趣味にとやかく言うものでもないが、ただ理解できないが。でも試してみようとするな。靴の中は雑菌の集まりなんだぞ。腹を壊したらどうする。」
 眉間に深く皴を刻んで引いた声を出す福沢。太宰はもぞもぞと動いて福沢の膝の上に頭を乗せていた。頭を摺り寄せる姿に福沢の手が太宰の頭に触れる。
 ぽんぽんと振れているうちに福沢の眉間から皴が薄くなっていた。口元に呆れた笑みを浮かべて優しい眼で太宰を見る。
「まあそうなんですけどね」
「もうやろうとするなよ。試してみたってお前はそれで気持ちよくもならないだろう。変わりにお前が喜べることならいくらでもやってやるから」
 はーーいと楽し気な声が太宰から出た。
 試すことはできなかったが太宰はこれで満足していた。



[ 291/312 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -