記憶を思い出したのは小学生のころだった。思い出した時は戸惑ったものだが、次第に湧き出してきたのは愛しいと言うその言葉だけであった。私が思い出したのは私が産まれるよりも前、所詮前世の記憶と呼ばれるものであった。
 前世では私は軍人であり、剣士であり、暗殺者であり、そして探偵社の社長であった。
 軍で暗殺者として働き、人を殺すことに疲れていた私はそれでも誰かを助ける存在でありたかった。そのため探偵社を設立し、そこで人のために生きていた。戦いの中に身を置いて街を必死に守ってきた日々。大切な仲間がいた。
 そんな記憶。
 その記憶を思い出した私はその事は胸の奥に秘めて口を閉ざした。打ち明けたのは同じく前世の記憶を思い出していた幼馴染だけであった。
 かつては色々あって敵同士になってしまった男は今世では思い出した時色々あったもののお互い良い関係が築けた。
 今世も人のためにと警察官の道を行った男はその時、福沢も共にと誘ってきたが、私はその誘いを蹴ってしまった。
 世のため、人のためにと生きることは素敵なことでそうありたいとも強く思うけど、私はもうそれを前世でやれるだけやったと思っている。何より今世では何を置いても大切にしたいと思うものがすでに決まっていた。
 そうするためにはその道はあまりに不釣り合いだった。
 警察が悪いわけじゃない。それがなければ困ることもたくさんある。ただ大切な人と共に居たいと言う願いが叶わぬ場所でもあって、私は再び男と別れて己の道を進みだした。
 と言っても福沢が何かをすることは特別なかった。
 時間の融通が利くような会社で会社員として働くだけの日々。働き甲斐と言ったようなものは何もない。ただただ働いて金を得るだけの何もない日々。うんざりもしていたが、福沢は毎日そう過ごしてそれでその仕事終わるとあたりをうろつき、休みの日は遠くに出かけて何かを探して歩いていた。
それが見つかったのは三十を少し過ぎたころ。
 細い路地裏。
 どこかの店のごみ箱の後ろに隠れるよう潜んでいる子供を見て、福沢は口角を上げてしまっていた。
 そっと手を伸ばして相手を見る。
 おいでと言えばじっと隙間から見ていた目が大きくなっていた。社長と小さく幼い声が聞こえてくる。どうしてとその口が少し震えた声を吐きだす。
 差し出した手はそのままにしてどうしてだと思うと福沢はそんなことを問う。子供が福沢を見上げて口元を少し歪にゆがめていた。
「私が今世まで虐待にあっているなんてそんな想定しないでくださいよ。今世はあのころと違って平和なのです。私だって平和に過ごしているかもしれないじゃないですか」
「それならそれでよかった。ただお前の姿を一目見たいだけだったからな。
 でもそうではないのだろう」
 子供は見た目とはそぐわぬしっかりとした口調で話していた。そんな子供は福沢の言葉に唇を寄せてじっと見つめてくる。子供の姿をよく見てみれば骨がうっすらと見えるほどやせこけている。さらにその皮膚には青あざや火傷の跡のようなものが見えていた。うまくやれると思ったのですがねと子供は笑うけど何処となく泣き出しそうでもあって福沢は手を伸ばしておいでともう一度言っていた。
「……行けばどうなります」
「お前は今から私の子供となる。文句は言わさぬ」
 迷いのない言葉に子供はふっと笑ってその小さな手を伸ばしていた。福沢の腕が細い体を抱き上げる。
「太宰。良い子だ」
 子供の名前を呼んで頭を撫でていく。
 覚えていることはたくさんある。
 大切だったものの事。間違ってしまった過去。すべて覚えている。その中でひときわちゃんと覚えていることがあって、それは太宰が笑ったその日々だ。
 太宰が笑えるようにと歩んだその日々。そして笑う太宰と共に生きた日々。他のなんでもなくその日々をよく覚えているのだ。
 二人で生きた特別な日々。
 愛して愛して愛した。
 前世の記憶を思い出して真っ先にわきだしたその時の思い。
 それは生きていく中で衰えることなくあり続けて、もう一度太宰に会いたいと強く思ったのだった。前世の時に抱いた思いなどもう捨てるべきだと考え、そうしようとした時もあったものの捨てられずそれは続いてしまった。
 そうして大人になるころにはすっかり太宰を見つけることを唯一として行動するようになっていた。その後の事を考えてはやりやすいように調整して、自分の時間のほとんどすべては太宰のために使った。
 そしてやっと見つけた太宰。
 太宰の親を説得するのは簡単だった。色々と考え、色んな方法。司法を味方につけることまで考えていたが、ただお金を見せるだけで太宰の親は簡単に太宰を明け渡した。その際の条件はただ一つ今後二度と太宰が自分たちに関わらない事。自分たちとの暮らしのすべてを他の誰かに言わない事。当然腹は立ったがそれで余計なことはせずに太宰の事を手に入れられるならと福沢はその話を飲んでいた。
 手続きの大半は福沢がすまし、太宰の親権を手に入れたのだった。
 そうなる前から太宰はすでに福沢の家で暮らしており、親権が獲得されてからは太宰本人の意思もあって福沢の職場、家近くの学校に転入していた。
 転校する前までも多少遠かったものの福沢は気にせず毎朝送り、夕方になれば迎えに行っていたのだが、それが太宰には嫌がられた。
 それなら自分が太宰の学校の近くに引っ越そうとも考えたがそれも嫌がられ、関わらないには遠くに行くのが一番だからという言葉で説得されて転校させることにしたのだ。
 太宰のどうせ学校には友達もいないしという言葉が決め手の一つでもあった。福沢の家の近くの学校は小学校のわりには勉学に力を入れており、かなり学力の高い学校であった。そこに通う子供たちも何処となく落ち着いていたり、賢そうな子供が多い。
 太宰は何か息苦しそうと言っていたもののそれなりにうまくやれているようであった。
 福沢の家にもわりと早く慣れて積極的に家事の手伝いもしてくれるようなそんな子供だった。
 太宰が生活のリズムになれてきたころ、福沢はやたらと早く家に帰っていた。小学一年生の授業はお昼ごろには終わるので、すでに帰っていた太宰は福沢の姿を見て瞬きを繰り返す。どうしたのと問いかけてくる太宰に福沢は在宅で仕事をすることになったと告げていた。太宰の顔が歪み、なんとも言い難い眼で見てきた。決して喜んでいないわけではないのだ。
 それでも馬鹿を見るようなそんな目で見てこられる。太宰はその小さな口を尖らせて開いた。
「いったいどんな我が儘を言ったんです。ただの平社員なんでしょう」
「別に我が儘などは言っていない。うちの会社はそもそも数年前から在宅ワークを推奨していくことが決まっており、既に子持ちの家庭などはそうしている者も多くいたのだ。それが今回会社の半分以上の者が在宅でも大丈夫なシステムが整い私もその一員になった。それだけだ。給料が落ちることはないし、安心して今まで通り暮らしはできる。時折出社が必要になるが……、まあのんびり家で仕事をするさ」
 スーツを脱ぎながら福沢は言った。その手はソファに掛けてある着物に伸びていた。前の時は着物を着ていたため今でもそちらの方が落ち着くのだ。
 太宰がはあと呆れたため息をつく。
「なんでこうあなたの生活の基準が私を拾うこと前提になっているのか取り調べをする必要があるんじゃないかと思えてきますね」
「別にそんなつもりはないが」
「嘘は止めてください。貴方のことだから今世は警察とかだと思っていたらただの会社員。家の中には布団と調理用具以の家具がない。それも段ボールの中にすぐ詰め込めるぐらい。これはまあ今でもよく分からないけど車はワゴン車だし、小中高すべて十分以内の場所にある。遊びに行けそうな場所も周りにたくさんある。と言うかよくこんな物件独り身で手に入りましたよね。この辺は家庭を持っている人向けでなんていわれませんでしたか。わりと町内会の活動なども活発なようですが、独り身でこんないい場所住んでて心傷んだことありません」
「否、どうせいつか太宰が暮らすと思っていたのであまり。太宰が来なくともその時は近くに引っ越すつもりだったから、その時でいいかと」
 鋭い眼で睨まれて福沢の声はしぼんでしまっていた。もう一度太宰がため息をつく。小さな頬がぱんぱんに膨らんでいて怒っているのは分かるのだがついつい笑ってしまった。
「もう貴方と言う人は。前世で散々人に自分を大切にしろと言ってきた人のやることですか。もっと自分のこれからを考えて生きてください」
「だからお前とともに生きたいと思ったので、そうしたのだが駄目だったか」
太宰の唇がひん曲がっていた。ぱんぱんに膨らんでいた頬もしぼんで睨みつけるような目だけが何とか強気を保っている。そんな太宰にこれならと思ってそれよりと声を掛けていた。それよりではないのだけどとぶすくれるが、今日はこれから散歩に行こうか。ついでに近所にある店に食べに行こうと言えば太宰の肩は跳ねて嬉しそうに見上げてくる。
近所にある店は海鮮料理が得意で特にカニ鍋は閉めの雑炊も含めて絶品だった。正直ここに住処を決めたのはこれが一番の決め手だった。前世の時と好みは変わっていないようで福沢は大変嬉しい。
 福沢は手早く着替えると行こうと太宰に手を差し出していた。記憶があって大人びているものの子供の体に引っ張られてしまう所もあって目の前にえさを掲げられた太宰は凄く嬉しそうに花を散らすのであった。
 もうもうと言っているもののあまり怒りは感じられない二人で街の中を散策する。まだおやつ時の時刻、ペットの散歩などもよく見かける時間があるが、この辺に犬の姿は見られなかった。最終的な決定の理由となったのは食べ物だが第一条件だったから当然である。
 この条件を満たすところは少なかったので探すのが大変だった。ちゃんと見つかってよかった。
 太宰が引っ越してきてからは全体まで回っていなかったので、ゆっくり少しずつ回って町の中を教えていく。隅々まで歩いていくと太宰の顔がぶすくれていく。太宰が気にいるもは大抵あると思ったがそれが気に入らないらしい。たくさんの本を借りるための大きな図書館。パソコンなども使えるインターネットのカフェ。近所のおばさんがよく集まって井戸端会議をする場所。交番。警察寮。女子高生の好きそうなお店など様々だ。
 もうもうと太宰は頬を尖らせていた。
「私が楽しいとこばかり、いえ、別に今は平穏に生きてますし、情報なんてそんな集めてないから楽しくもないのですけど、でも貴方の好みも考えて選んでくださいよ。猫カフェの一つでもある場所にしてください」
「猫は好きだが、今でもそのよう場所に行く気はないぞ」
「私と一緒ならいいでしょう。私今はこんな姿なんですから似合うと思いますよ」
 頬を膨らませた太宰が言う。福沢の目が太宰を見る。ふくらと頬を丸めている太宰は愛らしく確かに福沢が共に行っても大丈夫そうであった。浮くこともないだろう。それでも福沢はでもなと呟いていた。
「そう言う場所にまで行って猫に触れたいわけでもないからな。その辺の猫を見るだけで十分だ。そう言う意味ではちゃんと私の好みを入れているぞ。この辺は猫が多いし、近所のみんなほとんどの猫が可愛がっている者が多い」
「ああ、マンションにもよく猫がきますよね」
「そうだな。ああ、そう言えばちょっと前猫と戯れている姿があまりに愛らしくて写真を撮ってしまったと言われたが、あまり知らない人に写真を取らせるような真似はするな
 気付いていただろう」
「ああ、写真の一つや二つは良いかなって。マンションの管理人とか仲良くしておいて損はないでしょう」
 太宰がにっこりと笑う。困ったように福沢の眉間にしわができるもののそれで何かを言うことはなかった。顔を歪めてブウと太宰の口元が曲がっていた。
「社長の好きなもの少しでもあるならいいんですけどね」
「ちゃんと私の事も考えているよ。それより太宰、私の家二人で暮らしいくには少し家具が足りないと思うのだが……」
 怒りが収まったようで膨れてない頬に向け声をかける。太宰の首が傾いて福沢を見上げる。
「それでなくとも少ないように思いますが」
「そこでだ。これから二人で欲しいものを買いに行かないか。二人で使うものだ。二人で選ぼう」
「もう。そういうのは私が見つかる前に用意しておくものなんですよ。許しますけど」
「では行こうか」
「はい」


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