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 福沢には十三人の妻がいた。
 どの妻にも言っては悪いが愛情なんてものは抱いていない。一番目と二番目の妻の時こそ己の妻となる者愛していこうと考えたが、どちらの妻も福沢のことを愛してはおらず、福沢が持つ権力とお金のことだけを考えていた。家同士の結婚でも夫婦となれば愛情が芽生えて自然と思いあうようになると思っていたがそんなものは幻想であった。家柄や金だけを愛する妻たちを愛そうとも頑張ったがそれでは福沢の心が満たされず福沢は妻に期待をすること、そして妻を愛することを辞めた。
 だが愛がなくとも性行為をする必要はあった。
 福沢の家は大きく雇っている使用人の数も多い。仕事で雇っている者も多くいる。後継ぎもなく福沢が死んでしまえば残された者たちが路頭に迷うことになってしまう。
 そのために福沢は愛もなく妻たちを抱いたが、一向に子供は産まれず妻を増やすことになったのだった。福沢の妻探しはすぐに広まりあちこちの家から是非自分の娘をと見合いが申し込まれた。期待もなく誰でもいいと福沢は全て受け入れることにした。幸いというべきか災いと言うべきかそうしても困らないぐらいにはお金があった。
 婚姻を上げた後も何度かお見合いの話は上がり福沢はまたそれを受け入れていた。子供が生まれていなかったからだ。余程女運が悪いのか、家にやってきた妻のすべてが金目当てなのが透けて見えて妻に関してはどうでもよくなっていたのと、断れないわけでもないが付き合いを考えると婚姻しておいた方がいい相手が多かったのも理由の一つであった。
 妻の扱いはどれも同じだった。部屋を与え、食を与え一か月同じ額の小遣いを与える。夜は順番に回ろうかとも思ったが妻たちにも何かと都合と言うものはあるだろうとその日一番早く福沢を褥に誘った者の部屋に行くことにしていた。
 妻の多くは福沢の寵愛を受けたり、子供を産めばさらに待遇がよくなると考えて他の者より早く呼ぼうと潰しあうようになった。醜いと思ったものの福沢はそれにも何も言わなかった。妻たちに関わることが面倒だったからである。
 ただ呆れていた。
 そんな中に一人変わった妻がいた。
 婚姻の儀式のときこそそれなりの装いをしていたもののそれが終わると質素な服に着替えた十三番目の妻だった。一番新しいその妻は妻たちの潰しあいに参加することはなかった。福沢を誘おうとすらせず、与えた部屋でひっそりと過ごしている。部屋から出てくることは殆どなかった。たまにあるかと思ったらそれは家に芸者を招いたりした時で、彼女自体はつまらなそうにして一目たりとも芸者を見ておらず、代わりに部屋付の少女がじっと見ている。そのことからその子のために出てきたことがありありと分かった。奥方についてきた部屋付でもなければ使用人が呼んだ芸者を見られることはまずないから。見られても裏方としてのんびりは見られないだろう芸者が終わればすぐ部屋に戻ってまたひきこもる。
 まともに顔を見たこともなかった。親睦のためと形だけはある食事の席にも来たことはない。
 毎月お小遣いとして与えている額だけで満足というのであればまだ分かるものの、どうもその妻はそもそもお金など気にしていないようにも思えた。妻の多くは贅沢し着飾りたがっているが、その妻だけはろくな贅沢をせず、たまに姿を見た時来ている服は質素なもの。毎日新しい着物を着ているんじゃないかと思うぐらいの他の妻とは違いいつも同じものを着ていた。でもお金を使っていないわけでもなさそうで、妻の代わりにその部屋付がやたらと豪華な格好をして目立っていた。
 金の使い道についてはどうでもよく好きなようにしていたらいいと思っていた福沢もこれにはさすがに疑問に思った。だがまあ言う事はしなかった。好きにすればいいと妻を見放していた。
 もしかしたらこのままずっと会わないのかもしれないと思いつつそれでもいいとすら思っていた。
 そんな変わり者の妻が福沢を今晩誘った。
 それは喜んでいい事なのかもしれないが、福沢は行くとは言ったもののどうにもきのりしなかった。どうにも誘いに来た使用人の態度が気になってしまったのだ。時間外に来たにも関わらずその必死さの故許可してしまったのだが、どうしてそんなに必死だったのかが分からない。
 何か嫌な予感めいたものがして憂鬱な気分になりながらも福沢は着替えて妻の部屋に向かった。興味がない妻のこととはいえ、約束を破ることはしたくなかった
 そうして部屋に入った福沢は見えた光景に絶句した。
 福沢を迎え入れたのは着飾った部屋付とそして骸骨のようにやせ細り土の色をした妻だったのだから。
「これは、どういうことだ」
 福沢からかすれた声が出ていく。その目は部屋の中をくまなく見つめ、そして横たわる妻を見ていた。胸が上下しているかすら分からないぐらい衰弱している。妻の元へ駆け寄っていた。うっすらと瞳が開いて福沢を映す。
 色褪せた瞳の色だった。
 その目がわずかに見開いてなんでなんていうふうに口が動いたものの音にはなっていなかった。唇すらも満足に動かすことができていない。妻の元から離れて扉の元まで戻った。そこに待っている己の付き人に医者を頼んだ。
 そしてそのすぐ後に部屋まで戻り部屋付の少女を睨みつける。
 福沢が部屋に入ってからずっと彼の様子をうかがっていた少女は一度肩をはねさせたものすぐに福沢を強い眼差しで見つめていた。
「……お願いです。主を助けてください。このままでは死んでしまいます」
 恐れているようなそんな雰囲気があるのに、それでも付き人は己の主張をしっかりと行っていた。お前のせいではないのかとそんな声が福沢から出るのに俯いてしまいながらもそれでも助けてくださいとそう頭を下げている。
 その姿を福沢の銀灰が見つめる。
「お前は罰として独房行きだ。主人を死なせかけた罪しっかりと反省して来い」
 低い声で告げながら福沢は部屋付の少女から目をそらしていた。深々と頭を下げている少女からは安どの色が見え隠れしている。それは決して罰が軽かったからのものではなく主人が助かるかもしれない。その期待によるものだった。
 この原因を作ったのは彼女ではないのだろう。それでも福沢にはこの家の主として今は彼女に罰を与える必要があった。
 付き人が連れてきた医者が十三番目の妻の治療をするのを見ながら一体どういうことなのかを考えていた。



 十三番目の妻の命は無事助かった。命が助かってからも暫くはろくに動くことも話すこともできず安静が必要とされた。
 そろそろ動いてもいいと医師が判断を下したのは一週間を超えたころでその知らせを聞くと福沢はその日の夜十三番目の妻の部屋まで訪れていた。
 訪れた時、十三番目の妻は丁度夕餉を食べている所であった。まだ固形物は無理なのかおかゆとスープの簡易的な夕餉だ。妻の傍には彼女が連れてきた部屋付の少女がいた。
彼女が目覚めるまでは少女は独房に入れていたが、目覚めてすぐあの子は何も悪くないのです。と福沢がつけていた召使に懇願したとのことから出して元に戻していた。
 少女が頭を下げる中、十三番目の妻は手を止めて福沢のことをじっと見てきていた。
 色褪せた瞳の中に福沢を映しながら何の御用ですかなんてそんな分かり切ったようなことを聞く。福沢は一泊置いたのちにその口を開いていた。
「遺言状を見た。貴殿の気持ちは分かった」
 まっすぐに見てこようとしていた十三番目の妻の瞳が揺れた。俯きそうになりながらそれでも妻は福沢を見ていた。福沢の懐には先日妻の部屋で見つけた遺言状があった。そこには妻のこの世への怒りが詰め込まれている。だから福沢は一つのことを決めたのだった。
「貴殿にはすまぬことをした。知らぬこととはいえ辛い思いをさせてしまった。その罪滅ぼしにもならないだろうが、これからの貴殿の生活を支える準備はもう整えている。一生困らないだけの金と信用のおける使用人も用意した」
 話していると褪せた目はさらに大きくなっていた。まん丸い形になって福沢を見ている。
「だから貴殿はこの家から出て自由に生きるといい」
 大きく瞳が揺れた。それに合わせて唇が震える。嫌だとそんな声が聞こえた。
 福沢の目もまた見開かれて十三番目の妻を見つめる。何を言っているんだと少し震えた声が出ていた。
「嫌です。私はこの家から出ていきません。……それだけは嫌なのです」
 言葉の途中だがお前はと福沢は言いそうになったがその言葉は消えていた。褪せた目が見つめる。その目の中には光はなくとても暗い色を浮かべていた。その目が福沢をじっと見つめてきた。
 目をそらしたら最後、何かが起きてしまいそうな嫌な力が宿っていて、福沢は嫌だなんてそんなことを言えなかった。唾を飲み込んでわかったとただそれだけが言える。
「だがここで死ぬ事は許さぬ。何故居たいか分からぬが、もしこれからもここに住むというのであればまた自殺などされないよう今までよりも関わっていくことになる。それは覚悟しておけ」
 褪せた目が一度ゆっくりと瞬いた。それからその口元が小さく開いた。かすかに形を作るその唇はどこか安堵したようにも見えて福沢はますます分からなくなっていた。
「今はゆっくりと体を休めるといい」
 何とか言葉を紡いだ。今度こそ見つめる唇はほっとしたように歪んだ


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